その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
489 / 713
北の荒地への道程

そして…… 北の荒地へ (2)

しおりを挟む



 ベローチェ様の御顔が初めて私に向けられるの。 私の御挨拶に、頭を少々下げられたわ。 怒りすら浮かべられていた、彼女の表情が柔らかく変わるの。 



「貴女が…… 南方辺境域の聖女なの? 『海道の賢女の唯一の弟子』にして、『辺境の聖女』と名高い…… ” 薬師錬金術師リーナ様 ” なの…… 信じられない…… この王都で、お会いできるなんて……」




 えっ? どういう事? 




「それに…… こんなにも愛らしい…… いえ、美しい方だったなんて…… 精霊様の御導きだわ!! お願い、北部領域に来て…… もし、噂通りなら…… 貴方の慈しみが……、北部領域には必要なの!」

「こら! ベローチェ!! やめろ。 彼女は第四軍、第四〇〇特務隊の指揮官だ。 それに、様々な ” 役目 ” も負われているのだ。 易々と北部領域に迎える方ではないのだ。 お前はおとなしく、ここで待て。 何もお願いするな。 いいな」




 そう言い置かれると、ミレニアム様は、足早に、ホールの中に向かわれたの。



^^^^^



 ―――― 残されたのは、私とベローチェ様。 星が降るような、バルコニーで向かい合うのよ。 そして、まだ、私を見詰めていらっしゃるの。 なにかを探る様な視線。 でも、その瞳の中の光には、困惑が宿っていたわ。 きっと、私に違和感を感じられているのよ。


 魂は、呼び合っている。 でも、それが何か判らないって事かもしれないわ。


 だって、乳姉妹なんだもの。 呼び合っちゃうわよ。 繋がりは強力で…… そして、儚いのもなのよ。





「どうか、されました、ベローチェ様」

「……薬師リーナ様。 貴女を見ていると…… なんだか ” とても懐かしい ” と、感じるのよ。 何故でしょうね…… 不思議だわ」

「そうですわね。 ベローチェ様、申し訳ございませんが、北部領域のお話をもう少し、詳しく教えて頂けないでしょうか?」

「……ええ、宜しいですが、何故でしょうか?」




 えっとね…… 「ミルラス防壁」の改修が終わった今…… 私が王都ファンダルに留まる必要は無いのよ。 精霊様との「お約束」も果たさねば成らないもの。 病んだのは、民だけじゃないわ。

 ええ、北部領域の土地もまた、” 病んで ” いるのだもの。 そして、それを浄化出来る、【浄化】と【解呪】の魔方陣も編めるんだもの。 だから…… 行かなくちゃならないの。 その為には…… 情報が欲しいの。

 勿論、クレアさんにも情報の収集はお願いしている。 彼女…… 北部最北端の辺境伯家のお嬢様だったから…… そうね、先ほど、ベローチェ様が仰っていた、汚染が広がり切って、衰退の一途をたどっている、スクートム辺境伯のお嬢様なんだもの。 

 同じ様に、スクートム辺境伯様の御連枝である、ブークリエ伯爵も…… 同じように、大変な苦難に見舞われている筈ね…… そう、スフェラさんのご実家のお話ね。 すでに、北部辺境域、北部領域は汚濁に沈んでいると…… そう認識した方が良いみたいね。




「わたくしには、果たさなければ成らない、精霊様との『精霊誓約』が御座います。  北部領域に関しては、精霊様が特にと…… ドワイアル子爵様に於かれましては、ああ仰っておられましたが、わたくしの意思としては、北部領域に向かいたいのです。 故に、あちらの状況をよくご存じで有れば、御教えを受けねば、ならないのです」

「……辺境の聖女のお噂は、本当の事だったのですね。 ならば、お話申し上げます。 かの地に於ける、苦難の現状を」

「宜しくお願い申し上げます」




 バルコニーの端に向かい、そこに設置してあった、テーブルに着くの。 しっかりとお話をお伺いしなくては成らないからね。 給仕さんが居られたので、飲み物と軽くお腹に入れられるモノをお願いしたの。

 お話は多岐に渡ったの。 北部領域の全般状況から、汚染の実態、そして、聖堂騎士の暴虐さとか…… 耐えきれなくなっている人々が、次々と難民化しているって…… 

 更に、聖堂都市 ”《ソデイム》と《ゴメーラ》 ”の状況も……

 口を開きそうになったの。 あまりにも…… あまりにも酷い状況。 沢山の…… 本当に沢山の、下級薬師の方々が荒野に消えたのも、不思議じゃなくなったの。 そして、聖堂騎士と云う名の山賊のような輩達。

 聖堂教会の御威光を背に、やりたい放題なのよ…… 精霊様への祈りすら、彼の地では、捧げられ無くなっている様なの。 本当に何をやっているの。 今でさえ薄い御加護しか与えられない土地で、そんな事をしたら…… 聖堂の方が行う ” 【浄化】 ” は…… 絶対にその効果を産むことは無いわ……

 暗澹たる思いに、表情に影が落ちるの。 すでに、北部領域は精霊様の御懸念通りに、この世界の創造神様の ”御加護 ” から、離れてしまっているわ。 すでに、この世界の ” ことわり ” からの逸脱すら…… 感じてしまう、そんな事実の羅列。

 わたし…… 本当に、精霊様の御約束を守れるのかしら? 本当に…… 本当に酷い現状なのよ。 伏せる目。 下がる頭。 ベローチェ様のお顔も、沈痛な面持ちなの。 静かに成ってしまった、テーブル回り。 秋の虫の声が、耳にうるさく聞こえてくるの。

 満天の星空に、月が掛かり始めるの。 月明りが私たちを照らし出しているの。 大舞踏会の華やかさと違って、ここには重く陰鬱な空気が流れているの。 もう…… ほんとに、重い現実が圧し掛かってくるのよ。




 ^^^^




 結構な時間が過ぎていたのにも関わらず、ミレニアム様は戻ってきてくださらなかった。 きっと…… 殿下の周囲でかなりの困惑が広がっている筈。 聖堂教会の蛮行は、王都周辺ではそこまで顕わに成っていないわ。

 そんな私達の元に、一人の男性がお越しになったの。 警備の人…… どうしたの? こんな、バルコニーの端っこに来るような御方じゃないわ?


 だって、そこにいらっしゃのは、ベネディクト=ペンスラ連合王国、上級王太子殿下……



 ――― ルフーラ=エミル=グランディアント上級王太子様。



 だったんだもの。




「お嬢様方、如何なさいましたか? こんな隅の方で、なにやら深刻そうなお顔で。 拙が力に成れる様であれば、良いのですが?」



 トンデモナイ、御言葉を掛けられるのよ。




 あ、あのね…… そんな御言葉を紡がれるのは、どうかと思うわ?



     だって……


     貴方は……




  ” ベネディクト=ペンスラ連合王国 ” の、





  ” 上級王太子殿下 ” ……なのよ?



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:901pt お気に入り:10,037

王家の影である美貌の婚約者と婚姻は無理!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:19,328pt お気に入り:4,439

君じゃない?!~繰り返し断罪される私はもう貴族位を捨てるから~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:10,821pt お気に入り:1,842

六丁の娘

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:4

召喚されたのに、スルーされた私

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:262pt お気に入り:5,599

妖精のお気に入り

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:1,718pt お気に入り:1,103

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:45,085pt お気に入り:12,050

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。