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北の荒地への道程
そして…… 北の荒地へ (2)
しおりを挟むベローチェ様の御顔が初めて私に向けられるの。 私の御挨拶に、頭を少々下げられたわ。 怒りすら浮かべられていた、彼女の表情が柔らかく変わるの。
「貴女が…… 南方辺境域の聖女なの? 『海道の賢女の唯一の弟子』にして、『辺境の聖女』と名高い…… ” 薬師錬金術師リーナ様 ” なの…… 信じられない…… この王都で、お会いできるなんて……」
えっ? どういう事?
「それに…… こんなにも愛らしい…… いえ、美しい方だったなんて…… 精霊様の御導きだわ!! お願い、北部領域に来て…… もし、噂通りなら…… 貴方の慈しみが……、北部領域には必要なの!」
「こら! ベローチェ!! やめろ。 彼女は第四軍、第四〇〇特務隊の指揮官だ。 それに、様々な ” 役目 ” も負われているのだ。 易々と北部領域に迎える方ではないのだ。 お前はおとなしく、ここで待て。 何もお願いするな。 いいな」
そう言い置かれると、ミレニアム様は、足早に、ホールの中に向かわれたの。
^^^^^
―――― 残されたのは、私とベローチェ様。 星が降るような、バルコニーで向かい合うのよ。 そして、まだ、私を見詰めていらっしゃるの。 なにかを探る様な視線。 でも、その瞳の中の光には、困惑が宿っていたわ。 きっと、私に違和感を感じられているのよ。
魂は、呼び合っている。 でも、それが何か判らないって事かもしれないわ。
だって、乳姉妹なんだもの。 呼び合っちゃうわよ。 繋がりは強力で…… そして、儚いのもなのよ。
「どうか、されました、ベローチェ様」
「……薬師リーナ様。 貴女を見ていると…… なんだか ” とても懐かしい ” と、感じるのよ。 何故でしょうね…… 不思議だわ」
「そうですわね。 ベローチェ様、申し訳ございませんが、北部領域のお話をもう少し、詳しく教えて頂けないでしょうか?」
「……ええ、宜しいですが、何故でしょうか?」
えっとね…… 「ミルラス防壁」の改修が終わった今…… 私が王都ファンダルに留まる必要は無いのよ。 精霊様との「お約束」も果たさねば成らないもの。 病んだのは、民だけじゃないわ。
ええ、北部領域の土地もまた、” 病んで ” いるのだもの。 そして、それを浄化出来る、【浄化】と【解呪】の魔方陣も編めるんだもの。 だから…… 行かなくちゃならないの。 その為には…… 情報が欲しいの。
勿論、クレアさんにも情報の収集はお願いしている。 彼女…… 北部最北端の辺境伯家のお嬢様だったから…… そうね、先ほど、ベローチェ様が仰っていた、汚染が広がり切って、衰退の一途をたどっている、スクートム辺境伯のお嬢様なんだもの。
同じ様に、スクートム辺境伯様の御連枝である、ブークリエ伯爵も…… 同じように、大変な苦難に見舞われている筈ね…… そう、スフェラさんのご実家のお話ね。 すでに、北部辺境域、北部領域は汚濁に沈んでいると…… そう認識した方が良いみたいね。
「わたくしには、果たさなければ成らない、精霊様との『精霊誓約』が御座います。 北部領域に関しては、精霊様が特にと…… ドワイアル子爵様に於かれましては、ああ仰っておられましたが、わたくしの意思としては、北部領域に向かいたいのです。 故に、あちらの状況をよくご存じで有れば、御教えを受けねば、ならないのです」
「……辺境の聖女のお噂は、本当の事だったのですね。 ならば、お話申し上げます。 かの地に於ける、苦難の現状を」
「宜しくお願い申し上げます」
バルコニーの端に向かい、そこに設置してあった、テーブルに着くの。 しっかりとお話をお伺いしなくては成らないからね。 給仕さんが居られたので、飲み物と軽くお腹に入れられるモノをお願いしたの。
お話は多岐に渡ったの。 北部領域の全般状況から、汚染の実態、そして、聖堂騎士の暴虐さとか…… 耐えきれなくなっている人々が、次々と難民化しているって……
更に、聖堂都市 ”《ソデイム》と《ゴメーラ》 ”の状況も……
口を開きそうになったの。 あまりにも…… あまりにも酷い状況。 沢山の…… 本当に沢山の、下級薬師の方々が荒野に消えたのも、不思議じゃなくなったの。 そして、聖堂騎士と云う名の山賊のような輩達。
聖堂教会の御威光を背に、やりたい放題なのよ…… 精霊様への祈りすら、彼の地では、捧げられ無くなっている様なの。 本当に何をやっているの。 今でさえ薄い御加護しか与えられない土地で、そんな事をしたら…… 聖堂の方が行う ” 【浄化】 ” は…… 絶対にその効果を産むことは無いわ……
暗澹たる思いに、表情に影が落ちるの。 すでに、北部領域は精霊様の御懸念通りに、この世界の創造神様の ”御加護 ” から、離れてしまっているわ。 すでに、この世界の ” 理 ” からの逸脱すら…… 感じてしまう、そんな事実の羅列。
わたし…… 本当に、精霊様の御約束を守れるのかしら? 本当に…… 本当に酷い現状なのよ。 伏せる目。 下がる頭。 ベローチェ様のお顔も、沈痛な面持ちなの。 静かに成ってしまった、テーブル回り。 秋の虫の声が、耳にうるさく聞こえてくるの。
満天の星空に、月が掛かり始めるの。 月明りが私たちを照らし出しているの。 大舞踏会の華やかさと違って、ここには重く陰鬱な空気が流れているの。 もう…… ほんとに、重い現実が圧し掛かってくるのよ。
^^^^
結構な時間が過ぎていたのにも関わらず、ミレニアム様は戻ってきてくださらなかった。 きっと…… 殿下の周囲でかなりの困惑が広がっている筈。 聖堂教会の蛮行は、王都周辺ではそこまで顕わに成っていないわ。
そんな私達の元に、一人の男性がお越しになったの。 警備の人…… どうしたの? こんな、バルコニーの端っこに来るような御方じゃないわ?
だって、そこにいらっしゃのは、ベネディクト=ペンスラ連合王国、上級王太子殿下……
――― ルフーラ=エミル=グランディアント上級王太子様。
だったんだもの。
「お嬢様方、如何なさいましたか? こんな隅の方で、なにやら深刻そうなお顔で。 拙が力に成れる様であれば、良いのですが?」
トンデモナイ、御言葉を掛けられるのよ。
あ、あのね…… そんな御言葉を紡がれるのは、どうかと思うわ?
だって……
貴方は……
” ベネディクト=ペンスラ連合王国 ” の、
” 上級王太子殿下 ” ……なのよ?
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