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北の荒地への道程
北の荒地への道程 大舞踏会 (7)
しおりを挟むアンネテーナ様の後ろ側からね、その様子をじっくりと眺めていたの。
―――― どんな思惑から、誰が何をするか、判らないのだもの。
警護と云う面においては、この位置取りは、” 最高の ” 場所なのよね。 だって、ここは、最後列の後ろ側。 居並ぶ貴族の子弟の方々の、後姿がすべて見えているのだものね。 なにか、” 悪意 ” や、 ” 害意 ” を、持つ者が居たならば、即座に動ける位置だし、観察も実施し放題なのだもの。
強度の強い 【気配察知】の感触には、特に注意を引くような ” モノ ” は、無かったの。
少し安心したわ。 この場所に居並ぶ、貴族の子弟の方々は、” 邪 ” な想いを抱えている人は居ないみたいだったから……
そして――――
陛下の御言葉が、ホール一杯に響き渡るの。
「さて、皆の者。 祝福を。 王国の藩屏たる貴族の一員になったこと、喜ばしく思う。 この良き日、良き時に聖堂教会からも、祝福を授けよう。 だが、その前に、皆に告げる事がある! 王太子ウーノル、ドワイアル大公家、息女、アンネテーナ。 此処へ」
にこやかに微笑みながら、国王陛下はそう続けられた。 あぁ…… ” 例の発表 ” ね。 陛下の御言葉に、騒めくのは、何も教えられていない低位の貴族様方。 中位以上の方々には、それとなく噂は広がっているんだものね。 そう、王城コンクエストム内では、既成の事実として受け止められている事柄。
――― ファンダリア王国の未来に関する、慶び事。
ウーノル王太子殿下と、アンネテーナ様が国王陛下の足下に伺候されるの。
「かねてより、王太子妃候補として王城にて研鑽を積みし、アンネテーナ=ミサーナ=ドワイアル 大公令嬢。 その能力、見識、礼法は、十分に王太子妃としての資格を得たと、そう認める。 宰相府、執政府の ” 強い推薦 ” も、なにより、ドワイアル大公家当主、ガイスト=ランドルフ=ドワイアル大公も賛同してくれた。 本日只今を持って、アンネテーナ=ミサーナ=ドワイアル 大公令嬢を、ファンダリア王国 王太子 ウーノル=ランドルフ=ファンダリアーナ の婚約者としてファンダリア王国、国王として正式に冊立す。 『婚姻の儀』は、両名が第二成人を迎えし後、良き日を選び挙行する」
響き渡る、国王陛下の御声。 その内容に ” 威風の間 ” に、『 慶び 』が盛り上がる。 熱気と云うか、歓喜と云うか…… それに触発されたかのか、精霊様達も寄り集ってこられたの。 濃厚な精霊様の気配が、この ” 威風の間 ” に流れ込んできたのよ!
ウーノル殿下が、国王陛下に頭を垂れ、胸に右手の拳を置き、” ご返答 ” 為されたの。 ご婚約者の正式な冊立。 その御礼とも云うべき、御言葉だったの。
「国王陛下に於かれましては、この『 勅 』 を、わたくし達に、頂きました事、誠に有難く存じます。 王太子として、立太子してから、常に傍に侍し、研鑽に努めておりました ドワイアル大公家息女、アンネテーナ を、我が妃となす事を願っておりました。 これを、正式にお認め頂いたこと、感謝申し上げます。 これより、彼女と共に、ファンダリア王国の平和と繁栄に力の限り努めます事、精霊様に御誓い申し上げます」
「ふむ。 ファンダリアを、良き国に導けるように、研鑽をせよ。 次代の王としての研鑽をな」
「承りました。 我が力の限り」
これで…… アンネテーナ様は、晴れてウーノル王太子殿下の正式な 『ご婚約者』 と、なったわけだよね。正式にね。 すでに、王宮や、王城内部では決まったも同然だったけれど、国王陛下の ” 勅 ” として、これまでの筆頭候補から、” 御婚約者 ” に、なったのよ。
でもね……
普通は…… ご婚約式や、お披露目を別の機会に特別に設ける筈なんだけれどなぁ…… なんで、この場で、一緒にしちゃったんだろ?
陛下の後ろに佇んでいる、ヘリオス=フィスト=ミストラーベ大公閣下 の ” 御尊顔 ” が、歪んでいるのが見えるのよ。 そして、同じような顔をしていたのが…… フローラル=ファル=ファンダリアーナ王妃殿下。
はぁ…… このお二人か……
王太子府、宰相府、執政府が、これ以上 この方々の、嫌がらせやら、思惑を増長させない様にする為に、この場でご婚約を発表されたんだね。 なるほど、これだと、財務大臣の権限として、色々と嫌がらせが出来る、” 特別予算 ” を、組む必要もないし、衆人環視の中だから、王妃殿下の横槍も入れようが無い。
たぶん…… 国務大臣様…… ええ、ニトルベイン大公閣下。 それと…… 宰相 ノリステン公爵閣下 辺りが、これを仕組んだって事よね。 王太子殿下の陣営に着かれたと言う事で、間違いないわ。 ええ、きっとそう。 ファンダリア王国の未来の為に、愛して止まなかった末娘である、王妃殿下を切られたのかも……
こういった処が、ニトルベイン大公家なのよ…… そう、ティカ様のご実家…… 情に厚い御家だけれど、それに伴う義務の遂行を忘れてしまうと…… ね、この通り。
―――― 怖い、怖い、御家なのよ。
王妃殿下の普段の御振舞いに、御父上である、ニトルベイン大公閣下もついに…… って事かしら? なんにせよ、国王陛下の御言葉だし、これだけの人々の前での発表だから、覆す事も出来ないわよね。 ほんとに、策士ね、あの方は。
ちらりと、ベラルーシア様に視線を向ける。 いろいろと、父君でいらっしゃる、ミストラーベ大公閣下に吹き込まれていた彼女。 彼女も確か、その気に成っていたとか、居なかったとか…… かなり、ウーノル王太子に惹かれていたはずなのよね。 そして…… 側妃…… いいえ、王妃の席を狙っておられたと、そう仄聞していたけれど……
そんな彼女も、晴れやかな笑顔で、アンネテーナ様をご覧に成られつつ、小さく拍手されていたわ。 【気配察知】も輝くような緑の輝点。 なるほど、ベラルーシア様は、すでに違う訳ね。 心より祝福されておられるのよ。
――― でね、もう一人。 とてつもなく不機嫌な感情を笑顔に包み込んでいる人がいるの。
ええ、聖堂教会枢機卿様ね。 あの方の思惑から、事態はどんどんと離れていく。 ファンダリア王国の王権が盤石に成っていく様は、彼にとっては悪夢にも似た現実なのだものね。
さて…… これから、どう出るのか? この会場の中で、唯一ともいえる不穏な雰囲気を纏っているのが、フェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿様だけなんだものね。
祝福の嵐が ” 威風の間 ” に充満しているの。 そんな、歓喜の嵐の中、国王陛下がまたも、不穏な言葉を御紡ぎになるの。 どうにも、国王陛下は人の顔色を見る能力に、欠損があるようね。 と云うより、最初からそのつもりだったのかしら? 国王陛下にとって、デギンズ枢機卿は王立ナイトプレックス学院時代から付き従ってくれている、側近中の側近だものね。
なんとか、政府高官の方々との間を取り持ち、良好な関係性を取り戻したく思われいるのかもしれないわ。 だって、昨今の王宮では、デギンズ枢機卿の影響力がとても衰微しているんだもの。 式典や儀式以外のお国の重要案件には、関われない様に、排除されつつあるって、そうティカ様が教えて下さっていたのよ。
その背景には、神官長 パウレーロ猊下の復活が有るんだって。 そう言って、ウインクをして下さった、ティカ様。 あぁぁ…… 御存じなんだ。 誰が、猊下の復活の鍵になったのかを…… 侮れないのは、ティカ様の情報収集能力ね。 ほんとにもう……
国王陛下がお続けに成られるの―――
「良きかな! さすれば、貴族となった者達も同じく、聖堂教会から祝福を!」
「はい、陛下」
一歩前に出てくる、フェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿。 にこやかに微笑むのは、その姿を認める、 フローラル=ファル=ファンダリアーナ王妃殿下。 もうね、何を言っていいやら……
両手を広げる デギンズ枢機卿。 あぁ、懐に魔道具仕込んでいるね。 ユーリ様から、アノ時の仔細をお聞きになったフルーリー様から聞いているわよ? また……例のアレ遣るつもりかな? ほら、祈願祭でやった、目くらましの大道芸。 魔道具が発する、” 光の制御術式 ” が、浮かんでいるわよ?
己を高貴で尊い存在に魅せんがため、虚飾に費やすその心。 なんともはや、聖職者と云えない心根だよね。 人はね、見た目に引きずられるんだもの…… 光を纏い始めた枢機卿様に、心奪われても、仕方ないもの……
でも…… こんな場所で、それをするの? 本当に、この人は、何処まで精霊様を侮辱すれば気が済むのかしら?
その様子を厳しい目で見ているのは…… ウーノル王太子。 視線が、ユーリ=カネスタント=デギンズ助祭様に運ばれるの。 そして、頷かれるユーリ様。
干渉術式が展開され、光の制御術式に干渉を始めるの。
歪む術式……
点滅する、光……
―――― 驚くデギンズ枢機卿。
思わず、胸に手を当てていたわ。 あぁ、魔道具の出力強度を上げる御積りなのね。
さて……
ユーリ様と、デギンズ枢機卿様。
どちらがお強いのか?
よかったら…… 手伝おうか?
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