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北の荒地への道程
北の荒地への道程 大舞踏会 (3)
しおりを挟むウーノル殿下の前に立たれた、ルフーラ上級王太子殿下。 にこやかに朗らかな笑みを、そのお顔に浮かべながら、お言葉を発せられたの。 王族同士であり、遥かに年上である、ルフーラ殿下からの御言葉が発せられるのは、国際儀礼に乗っ取っても、間違いのない仕儀。
さらに言えば、この大舞踏会は彼への歓迎式典という側面も持ち合わせているしね。 主催者である、国王陛下へは、先に 「謁見の間」に於いて、ご挨拶をお済ませに成っている。 つまりは、無礼講と云えるような時間なの。
よく言えば、親交を深めるため。 悪く言えば、腹の探り合いの時間。 ウーノル殿下にしても、ルフーラ殿下にしても、お互いの為人については、御存じないものね。 報告書に記載されている事と、実際に会ってみるのとでは、受ける印象も違うことが多いのだもの。
「ウーノル王太子殿下。 今宵のご招待誠に有難くあります。 拙の配下の者達が、汗を掻いた賜物に御座いましょう。 我が国と、ファンダリア王国との間に紡がれた ” 縁 ” 大切に守って行く事を誓いましょう」
「上級王太子殿下に於かれては、ご機嫌麗しいこと重畳。 ひとえに、ファンダリア王国と、ベネディクト=ペンスラ連合王国との国交と通商条約の恙ない締結を心より慶びたいと思う。 秋季大舞踏会と歓迎の式典を合わせた事、誠に申し訳なく思うが、国内の多数の貴族達との面識を得るのには、良い機会であると、勘案した。 不満に思われるかもしれぬが、容赦して欲しい」
互いに拳を交える様な、そんな会話。 お互い ” 様子見 ” と、言った感じかしら。 笑顔の下で、どのような思惑を練ってられるのか…… 流石に王族の会話ね。 何重にも意味を持たせた言葉と、良くも悪くも取れる様な、声のトーン。 まったくね……
「なんの! 拙には誠、願ってもいない機会であると言えよう。 ファンダリア王国だけでなく、この大陸の沿岸に位置する諸国の王侯にも、そして、ファンダリア王国の重要な貴族の方々との面識を得る機会を与えて下さったことには、感謝申し上げる。 それに、一つ、謝罪せねばならぬこともある」
「謝罪? なんであろうか」
「拙の妃の到着が遅れており申す。 拙の妃は、ベネディクト=ペンスラ連合王国の情報解析の専門家でもある故、その ” 仕事 ” を疎かにするわけにもいかず、この度のファンダリア王国への旅には、同道する事叶わなかった。 別便にて、向かっては居るのだが、どうにも距離が遠い上、アレに任せている ” 仕事 ” もなかなかに、一筋縄ではいかぬ物。 遅参の非礼を成した事、謝罪申し上げる」
そっか…… 遅れているんだ、ハンナさん。 でも…… 良かったかも。 この場でお目見えしてしまえば、それこそ、” 不測の事態 ” になりかねないんだものね。 ハンナさんの性格なら…… ね。
「ルフーラ殿、その事については、いささかも意趣を覚えるものでは無い。 お国の大事を務める王太子妃としての役目を存分に発揮されていると、そう聞く。 仄聞するに、フルーラ殿の妃は、このファンダリア王国の出身であると」
「左様ですな。 アレは…… そう、ファンダリア王国南方辺境域、アレンティア辺境侯の直臣であった、ダクレール男爵が娘御…… ハンナ=ダクレールに御座いました」
「うむ…… 上級王太子殿下の妃となるならば、本領にても、相応の対応をせねばならなかった筈なのだが?」
「その折は…… 少々、問題が御座いましてな。 拙の妃は、貴族として、男爵令嬢として、拙に嫁いだわけでは御座いません。 ファンダリア国民の一人として、出自卑しからぬ者として、拙の出生家である、第一王家に嫁いで参ったのです」
「…… ” エスカリーナ失踪 ” の、件か……」
えっ、そ、そこなの? ドワイアル大公閣下が、その様に決められたと、そう聞いていたのだけれど、それって、私が原因だったの? お嫁に行くのに、華やかな式典も、何もなかったって言うのは…… 私のせいだったの?
「まさに。 偶さかに、拙の妃を護るという大義の代償に、彼の美しき御方の行方が…… 失われました。 忸怩たる思いを胸に抱きます。 それを成したのが、ベネディクト=ペンスラ連合王国の第四王家の不始末と言う事も在り…… ドワイアル大公閣下のお怒りを受け、そのような仕儀と相成ったのです」
「うむ…… そうか…… エスカリーナが、上級王太子妃を護ったと…… たしか、ハンナ=ダクレールは…… エスカリーナの専属の……」
「” 侍女 ” に、御座いましたな。 そして、今も…… その心の奥底には、エスカリーナ様の御姿が克明に刻み込まれております。 アレも大層気に病んでおるのです。 情報の収集とその解析に関して、アレの右に出るものは、我が国でもそうはおりますまい。 しかし、その根本たるは……」
「失踪した、エスカリーナを探さんが為…… ですな、ルフーラ上級王太子殿下」
私の言葉が…… ハンナさん、そんなに心に刻み込んで下さったの…… ダクレール領で私を探そうとした彼女に、彼女にしか出来ない事をしなさいって、” 薬師リーナ ” として、言ったのは、私。 それを、今も尚…… ハンナさん…… 貴女って人は…… もう、五年よ、五年前の事なのよ……
「まさしく、その通りに御座いましょう、ウーノル殿下。 拙も、上級王陛下も、上級王妃殿下も、その事に関してはとやかく申す事は御座いますまい。 その能力は紛れもなく、我が国、ベネディクト=ペンスラ連合王国に寄与しております故にな。 ただ、少々……」
「ん? どうされた」
「事、エスカリーナ様絡みに成ると、行動が大胆になるのです。 今までにも、数々の ” 暴挙 ” とでも言うような事をしてまいりましたのでな。 心配ではあります」
「と、申されますと?」
「飛竜に乗り、痕跡の有った場所に供回りも付けず飛び込む…… 危険と云われる地帯にも、なんら臆することなく、乗り込む…… ” 真実を見極めんとする為には、必要な事 ” で、あると、どんなに諫めても治りませなんだ。 拙の力不足からか、想いの深さからか…… まぁ、子供が生まれてからは、そこまではしませんが」
「おお、そうでありましたな! 御子のご誕生をお慶び申し上げる」
「有難き御言葉。 王家の者達も、慶んでおりましてな。 皆が…… 甘やかす事、際限なく…… そちらも、少々気がかりでは御座いますな。 ハッハッハッ!!」
闊達に笑う、ルフーラ様。
そうか…… ハンナさん…… ずっと、探してたんだ、私の事。 いいのに…… そんなことしなくて…… でも、とても、心が温かくなったわ。 彼女の笑顔、ちょっと拗ねた顔、泣き顔…… すべてが、全てが愛おしく感じるんだもの……
そう、彼女は、幼い私にとって、母であり、姉で有ったんだもの。 王都で、ダクレール領で、彼女がどれ程私に心を砕いてくれていたかは…… 誰に指摘されなくったって、理解しているもの。
――― ええ、痛いほどにね。
お嫁に行かれたハンナさん。 相手が相手だけに、気軽に会いに行ける訳にも行かず、それに、私は…… エスカリーナは光芒の果てに消えた事になっているんですものね。
お会いする時には、たぶん…… そう、 ” 薬師リーナ ” としてね。
そう…… こんな私を……
許してほしいな。
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