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北の荒地への道程
北の荒地への道程 大舞踏会 (1)
しおりを挟む王太子殿下は、この部屋に集う皆さんを見回し、確かめるような調子で、言葉を紡がれ始めたの。 皆さんの表情も真剣そのものよ。 きっと…… 大切なお話なんでしょうね。 それに、まだ、アンネテーナ様の護衛計画について、何もお話に成っていないんだもの……
これって、わたしだけなの? 皆さん既にご存知で、私に伝える事を失念されているだけなの? そうなら…… ちょっと、マズいと思うのよ。
いよいよ、御言葉が発せられるわ……
「……今夜の秋季大舞踏会は、今年十五歳に成る者達が、 『 社交界へのデヴュー 』 となる、舞踏会だ。 マックスは本来の通り、今宵デビューとなる。 わたしもまた、今宵、社交界に正式にデビューとなる。 私のデビューだが、特殊な例だ。 が、しかし、先例もあり、王宮、宰相府、王太子府も認めた。 この事が ” 発布 ” されたと同時に、出席者の数が膨大に膨れ上がった」
まぁ、そうね。 同年にデビューを果たしたら、万が一でもお近づきに成れる可能性はあるんだもの…… それを狙って、殿下の同年代の方々は、近年になく沢山おられるんだものね。 殿下は続けられるの。
「近年にない程に、出席者が膨大な数となったため、王宮側も陛下主催という事も在り、最大の会場を用意する事になった。 獅子王陛下が、御親征の砌に、使用され、北の王国との最後の戦の後、封じられていた、” 威風の間 ” の使用に踏み切った。 あの場所は、近衛全軍の将兵を中に入れ、” 訓示 ” に、使われた場所でもある。 私の感覚から言っても、相当に広い場所である」
溜息ともつかない、そんな空気の漏れる音が、殿下の口から漏れるのよ…… 警備を司る者にとっては、悪夢のような場所って事ね。 傍らに居られる、マクシミリアン殿下、そして、そのお隣に座られている、公女リリアンネ殿下をちらりと見られてから、言葉を続けられたの。
「さらに、外務の影の 『 耳 』 から、よからぬ企てがマグノリア王国に於いて、持ち上がっているとの情報も入った。 『王家の見えざる手』も、同様の兆候をつかんでいる。 目標が何かは、まだ掴めていない。 今回は、宰相府も執政府も軽視しない。 厳重な警備となった背景には、その事が大きく関わっている。 …………公女リリアンネ殿の傀儡化と、その随身の者達の 「 命 」 を、狙うほどの者達だ。 警戒は、厳重にするに越したことはない。 予測される、目標となるのは、国王陛下、王妃殿下、王太子たるわたし、直系の王子、王女。 マグノリアの策謀とう事で、マックス。 傀儡化が失敗していると判断されておれば、公女リリアンネ殿、 私に衝撃を与え、その影響が最も懸念されるのが………… 今宵、王太子の婚約が成立し、学園の卒業を以て、王太子妃となり、そして、未来の国母となる ――――アンネテーナの 「 命 」 だ」
言い切ったのよ…… 云い切っちゃったよ…… 殿下…… 公女リリアンネ様の前で…… そして、誰もその事について…… 何も言わないのよ…… 公然の事実であり、それは、公女リリアンネ様もお認めに成っていると、そう云う事なのね。
「いくら警備を厳重と成したところで、大舞踏会に大人数の参加者が居る事には、変わりは無い。 陛下を含め、王族やその関係者に、多くの貴族の者達が、 ” 感謝の辞 ” を述べる 『 挨拶に 』 接近する時となる。 …………思いたくは無いが、彼の国と結んでいる者。 関係者の ” 命 ” を盾に脅されて居る者。 そういった輩も、存在する。 この事柄はは、警備にあたっている、各寮の『影の者』、『王家の見えざる手』、有力な高位貴族の家に仕える、『闇の者達』 からの、情報でもある。 かといって、そう云う者達をすべて排除するわけにも行かない。 未だ行動に移さずに居る者達が、ほとんどであるから、予防的にはどうしようも無いと、執政府よりの泣き言を聞かされた。 王命による『大舞踏会』は、開かざるを得ない。 だからこそ、警備には万全を期さねばならない」
そこで、皆様が大きく頷くの。 きっと、このお部屋に招待されている方々は、身の潔白や身辺状況を徹底的に洗われた者達で、王太子殿下の命を受けて動いてい居る人達に違いなわね。
えっと…… そういえば、四大大公家の内の一つ…… フルブラント大公家の方の御姿が見えないわ…… どうしたのかしら? そんな事を考えていた時、ちょうど殿下がその関係のお話を、御語りになり始めたの。 あの大公家の方々は、御連枝を含み、近衛兵団と近衛、護衛の両騎士団、さらには、第一、第二軍の司令部要職につかれていた筈よね。
たしかに…… お忙しいとは思うのだけれども…… 十五歳に成られる方が誰一人して、このお部屋に入室されていないも…… 不思議ね。
「フルブラント卿には、王都全域に配備している、近衛兵団の指揮を執ってもらっている。 申し訳ない事だが、彼が信を置ける将兵は、フルブラント大公家の家族と連枝一同だけだと、そう云われてな。 流石に、一部、近衛騎士も配属先の部隊から呼び戻して同道させている。 また、彼の御仁のご家族の女性の方々は、この王城の一室に於いて、その身の安全を図っている。 人質に取られるような、愚かな事態を避ける為だ。 王都の護りの要は…… 『人』 である。 「ミルラス防壁」も、人為的に作られた防壁。 最後にモノを云うのは、忠義の心を持ち、ファンダリア王国に忠誠を誓う、そんな漢達に他ならない。 この任に当たる事が出来る者は、現在のファンダリア王国には少なくってしまったと、フルブラント卿は、嘆いても居た。 その為に、彼は、一族郎党、連枝の者達をもって、その大任に当たると、申し出てくれた。 天晴な献身と私も嬉しく思った」
成程ね。 軍務を司る、フルブラント大公閣下は、自ら王都の護りを任じて居られるのか。 第四軍の、オフレッサー侯爵閣下は、王都に進軍してくる敵を迎え撃つ為の盾。 そして、フルブラント大公閣下は、王都ファンダルを覆う鎧って、ところなのね。
うん…… そうか…… ウーノル王太子殿下は、「ミルラス防壁」の効果を信じてはいるけれど、信用はしていないのね。 だって、「ミルラス防壁」だって、人の手による 魔法の防壁なんだもの。 そこに、人の意思は介在するし、特務局でも把握していない、防壁術式に綻びが有るかもしれない。
最後の防壁は、何時の世にも変わらずにある人の……
―――― 想い ――――
このファンダリア王国を護ると決めた、人の想いが、絶大な力を発揮するのよ。 「ミルラス防壁」が感謝の祈りによって、稼働する今…… 積極的な攻勢防御を成すのは人の意思。 強い人の意思が、王都ファンダルを護る。 そう、信じられておられるね。
王太子殿下は、何処までも用心深く、そして、” 人の想い ” に、敏感なんだ…… さらに続けられるの。
「王国騎士団長のテイナイト公爵に関しては、宰相府の命に従い、護衛騎士団を率い、場内の警備を担当してもらっている。 フルブラント大卿に率いられる、近衛兵団、第一軍、第二軍 および、近衛の将兵は、この王都ファンダルと、王城コンクエストムの防衛に専念してもらっている。 よって、どのような形で有っても、大軍を用い、今日、この日に王城に攻め込むことは無謀の極みと云える。 マグノリアの愚か共でさえ、この事は理解している筈なのだ。 つまりは、マグノリア王国の取れる手は、闇の者、王家の手の者等による、隠密行動に限られると考える。 このほかにも、手は打った。 ――― ファンダリア王国の軍事的、示威行為を成して、直接軍事行動は制限した。 オフレッサー卿にも手を貸してもらっている。 第四軍は、第二、第三、第四師団が国境線に張り付き、何時でも行動を起こせる様に陣頭指揮にあたっている」
そこまでやるの? …………開戦前夜もかくやって感じね。 相手の行動に合わせて、こちらも準備完了って処なの? 緊迫度相は、既に開戦の状況なのよ。 王太子殿下の権能を持って、諸侯にファンダリア王国の危機的な状況を示唆し、そして、コレを成した。
よく…… 見える目をお持ちだ事……
でも、そんなことに成っていたなんて、同じ第四軍に所属している私が知らないなんて…… どうかしてるわ……
誰も…… オフレッサー侯爵閣下も…… 司令部の方々も…… 本当に誰も…… 教えて下さらなかった。 私は…… 信用されていないのかな……
「薬師リーナ」
「はっ!」
「第四軍直属の軍属の薬師である君には、敢えて出来るだけ情報を伏せていた。 企画していた、前線の状況を知らば、君の事だ、きっと前線にて従軍薬師の任を全うするとそう申し出ると鑑みた。 状況から、君を王都から出す事には、第四軍指揮官であるオフレッサー卿が強く懸念を示し、薬師リーナに於いては、王城外苑にて留まって貰いたい、とな。 オフレッサー卿は云うのだ。 薬師リーナに於いては、間接的に彼らの安寧を護ってもらう…… つまりは、薬師の本来の任務を全うして欲しいとの嘆願があった。 これに同意した事により、このような仕儀となった。 もう一度、云う。 君は護られるべき ” 薬師錬金術師 ” なのだ。 よって、我が命である、” アンネテーナの護衛 ” もまた方便とも云える。 決して、アンネテーナ、ロマンスティカの両名より、離れぬ様に」
そ…… それは…… 私が護衛対象だったって訳? 王都の第十三号棟では、心もとないって、御考えになったって事?
「先ほど、君の口から聞いた事は、無かったこととする。 君は…… 薬師リーナ、君の認識を正しておく。 君は、” 護衛対象者 ” なのだ。 良いか」
「も、勿体なく」
一瞬厳しい眼差しを向けられた殿下。 ティカ様が優し気に微笑んで、ポンポンと手を叩いて下さったの。 彼女としては不本意なんだろうけど、結局はウーノル王太子殿下の案に乗ったって事ね。 でも、私が倒れちゃったから…… 急遽予定を変更して…… 最後の最後まで抵抗していた風を装った?
だから、私がここに居ても……
不満に思われることもなく……
御傍に居る事を……
許してくださったんだ……
「本日の大舞踏会は、ある意味、王国の未来を左右する物となるであろう。 皆、気を締めて臨む様に。 尚、舞踏会に先だって、海洋国家 ベネディクト=ペンスラ連合王国との通商条約も締結された。 本日、彼の国の上級王太子 ルフーラ=エミル=グランディアント殿下も、ファンダリア王国に御行幸される栄誉を賜った。 通商条約の署名は、彼の上級王太子殿下の名を刻まれる事となった事。 祝賀の行事として、この大舞踏会に列席される事もまた、合わせて申し送る」
えっ? そ、それは…… 本当の事なの? ルフーラ様がいらっしゃるならば、上級王太子妃殿下は?
彼女も、一緒に…… 来ているの?
……ハンナさん。
貴女は……
今、この御城に……
いると云うの?
「――― 以上である。 ベネディクト=ペンスラ連合王国の高官の者からの話では、上級王太子妃殿下の到着が、少々遅れていると、そう報告には有った。 間に合うであろうとも。 他国の王族の方が見えれる、今、大舞踏会。 決して、混乱させてはならぬ。 決してな。 では、時間だ。 皆、” 威風の間 ” へ。 出陣ぞ! 心せよ! 」
色々な、思惑が絡み合う……
そんな、大舞踏会の始まりの鐘が、今、鳴らされた。
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