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北の荒地への道程
北の荒地への道程(7)
しおりを挟むでも……
本当に、あのティカ様が私の出席を許容するかしら? 出来る限り、私を表に出さない様に、留意して下さっているというのに? ちょっと、考え辛いことなのよ。 それに、ルーク様は、” ニトルベインの影 ” と仰っていたわ……
と云う事は、宰相府…… もしくは、国務寮で任務にあたっている、ニトルベイン大公家の ” 影 ” の方々かもしれないわよね…… う~ん、ちょっと、考えてしまうわ。 疑問は疑惑になり、心の内に影を落とすことに成るわ。 そうしない為には、ここで聞き質すべき事柄だと思うの。
「あの、最後に…… ロマンスティカ様も、わたくしの護衛参加を?」
「いいえ、あの方は、最後まで抵抗されておられました。 ニトルベイン大公家の『影の者』から、王太子府への進言が在ったにもかかわらず、その心配は ” 皆無 ” であると。 『 疾風の影 』程の手練れは、そうそう存在する事は無く、さらに、ロマンスティカ様 ご配下の『影』がお守りすると。 リーナ様のご参加は、見送られるようにと…… しかし、ロマンスティカ様は、特に大切な事が有ると ” ここ三日 ” は、王太子府に御伺候されませんでした。 王太子殿下は、かなりお気に去れておられましたが、ご決断されました。 あの方は、今も、その決定に異を唱えられておられますが、既に勅命は下されたと…… 仕方なく…… ここだけのお話ですが、渋々…… 苦渋に満ちたお顔で…… ご承認された次第に御座います」
やっぱり…… そうなのね。 とても違和感があったんだもの。
ティカ様は…… そんなにも…… 守ってくださろうと…… 申し訳ないくらい…… ありがとうございます。 感謝申し上げます…… 目を伏せ、手を胸の前に組み、祈る。 彼女の配慮と、意思に深く深く感謝を捧げたの。
その様子を見たルーク様は、私が怒りを感じていると、間違われたようね…… 感に堪えない私の様子に、怒りを必死に抑えているって、そう感じられたのかもしれないわ…… 違うのに……
取り繕うように、ルーク様は言葉を紡がれるわ。
「……あの方が何を御考えになっているか、わたくし達も判りません。 どうかお気を悪くされないで頂きたいのです」
「ルーク様。 ティカ様には、” 感謝 ” 申し上げているのです。 わたくしが、” 庶民 ” である事は、この王都に住まう方々は皆々様ご存じでもありましょう。 たとえ王太子殿下のご命令で有ろうと、” 庶民 ” が、国王陛下御臨席になる、公式な大舞踏会に、貴族籍にないわたくしが、それも、辺境の孤児で有ったわたくしが、出席する非常識な出来事、さらに言えば、王族席とも云える場所に伺候し、王太子妃殿下となられるであろうお方の護衛を務めるなど…… 多くの方々には認められぬ事に御座いましょう。 今回の出来事の後に、わたくしが置かれる状況を鑑みられた事と、そう感じました。 感謝すべきは、ロマンスティカ様のご配慮。 とても、有難く、その想いを受け、精霊様に感謝を捧げたのでございますわ。 決して、気分を害したわけでも、不満に思う事などは、有りません。 ルーク様…… 機会が御座いましたら、ロマンスティカ様に、感謝していたと…… そう、お伝えいただけませんか?」
「……承知いたしました。 貴女方の間には、わたくし共には想像も成し得ない、深い繋がりが在るのでしょうね。 孤独なニトルベイン大公家のお嬢様が心許せる方なのですね。 ……良かった。 本当に良かった。 あの方に友誼を結ばれる方がいらっしゃる事に、創造神様に深い感謝を捧げたくあります。 さぁ、時間もあります。 こちらに…… 王太子府の皆様は、第五層の「貴賓控えの間」にて、お待ちになっておられます。 さぁ! リーナ様! 皆様の元に。 襲撃なくば、リーナ様のデビュタントとしての ” ご用意 ” も、して御座います」
―――― えっ?
えぇぇぇっ ?!?!?!
なんですって? そんなお話、一度も聞いていないわ! 私がデビュタント? 庶民なのよ? 貴族籍も何もない、辺境の孤児なのよ? そんな私がデビュタント? おかしいわよ…… そんなの絶対におかしい!
「わ、わたくしのデビュタントですか? えっ? そ、そのお話は…… どなたの御発案なのでしょうか?」
「王太子殿下に御座います。 これより、王城、王宮にも伺候される機会も増え、貴族の者達とも出会う機会も増えるので、その準備も含めると」
「は、反対される方はいらっしゃらなかったのでしょうか?」
「この事案は、多くの方々が難色を示されました。 ある方は情報統制上の問題として、有る方はリーナ様の戦闘能力を、有る方は…… その……」
「わたくしの 『 身分の件 』 で、御座いますね」
「……すべて、王太子殿下が論破されました。 最後の物に関しては、貴女程ほど弱者に対する援助を行っている者はいないと…… 貴族の矜持を持つ誰しもが、手を差し伸べる、社会的弱者への救済と、なんら遜色もない と。 その行いは、広く王都全域は及ばず、周囲の街や村にも及ぶと」
優し気に私を見るルーク様は、何故か誇らしそうに、語り続けるのよ。
「……リーナ様は、第四軍の軍属薬師様としても、十全にお役目を御果たしになっていると。 危機的な状況下にあった、第四軍の医薬品に関してすらも! 情報漏洩に関しても、御身が軍属の薬師様であることから、守秘義務は軍の規則が適用され、第四軍司令部に問い合わせ、リーナ様も考課表も併せてお取りになりました。 エスコ―=トリント練兵場における ” 苛烈を極めた ” 第四軍の新たな訓練方法に、リーナ様ご自身も参加されている事は もとより、彼の練兵場に於いて、軍法令の順守、規則、命令に関しての真摯な遂行が記載されておりました」
―――― そして、深く息を吸い込まれ、感に堪えないといわんばかりに、続けらたの。
「ご説明をされる、その時の殿下の視線が向く先には、慈善としての弱者救済を行っていない方、出自を問題にされた方々、情報漏洩に関して敏感になっている者達、リーナ様の ” 護衛能力 ” を、問題視した者たちは…… 沈黙されました。 よって、王太子府は、リーナ様のデビュタントに関して、” 御承知である ” のです。 王太子殿下は、リーナ様の王国に対する献身に、深く ” 信 ” を、御与えになったのです!」
目を伏せられ、静かに首を垂れられた、ルーク様。 ウーノル殿下の視野の広さや、懐の深さに、感動しているような、そんな感じを受けたの。 でも…… それって、単に私が精霊様との ” お約束 ” を、守って行動していたことに過ぎないわ。 それは、誰かと比べる様な事じゃないし、また、比べるべきものでも無いわ。
私の事を思ってくださっているのは、痛いほど理解できるわ。 だけど、その方法があまりにも…… ” 過激 ” であり、” 激烈 ” な手法。 きっと…… その先も御考えに成っているとは思えるのだけれど、それを私が望むかどうかは…… 御考えの範疇から飛び出してしまっているわよね。
……頸木と鎖
私に巻き付く、太く、重き 茨の柵が目に浮かぶのよ。 ” 社交界 ” という、『茨の園』に私は、押し込まれてしまうわ。 そんなことを本当にされてしまえば。 強い監視下に置かれ、成すべきも成せず、精霊様とのお約束も果たせず…… 駄目よ、そんな事。 私にとっては、悪夢も同じ。
思わず…… 口をついて漏れ出てしまった ” 言葉 ” が一つ。
「……無茶な」
「リーナ様? なにか?」
ご自分の御考えに、耽溺されていたルーク様には、私の呟きは届いていなかったようね。 良かったわ。 彼にウーノル王太子殿下について、否定的な事を言えば、相応の対応をされてしまうのは…… 知っているからね。 胡麻化しちゃったわ。
「いえ、…… では、王太子府に御伺候いたします。 ご案内お願い申し上げます」
「はい、こちらです」
そして、私は達は…… ルーク様が歩き出し、その後に続くの。
ほんとに無茶なことを考えられるわよね、ウーノル殿下は……。 辞退は…… 出来ないよね。 だったら…… なにか、舞踏会で混乱が有れば…… 無理か。 あれだけの警備なんだものねぇ…… はぁ…… これほど、 ” 襲撃者の登場 ” を、望んだこと、在ったかなぁ……
不謹慎な事を考えているのを悟られない様に、極力表情を消して、静かにルーク様の後をついて行ったのよ。
ルーク様の取られる順路には、誰の姿もなかったの。 徹底した人払いがされており、更に、床にも検知関連の魔方陣が打ち込まれれていたわ。 誰か…… そう、誰かがここを通ると、それだけで、どこかの警報が鳴るのよ……
徹底して、人払いをしているから、反応さえあれば、侵入者が居るって事になるのよね。
その魔方陣もまた…… トンデモナイ強度の、術式がとても高度な物。 見るからに…… 高位の、それも超一級の魔術師様の手に寄る物よ。 その記述の癖から、私には、判る。 これは、” ティカ様の手 ” によるものだと判のよ。
ほんとに、何処までも優秀な方ね…… つまりは、この王城の王太子府関連の魔法障壁はすべて、ティカ様のお手製となるって事。
―――― 流石は、ティカ様。
こんな物を仕込んだ後で、「ミルラス防壁」の改造に着手されたのよ、あの方……
何処まで内包魔力が豊富なのよ……
おばば様だって、呆れられるかも?
ねッ、ティカ様♪
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