その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地への道程

再会せしは、幽界の友 (2)

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 ―――― ふわりと、意識が浮かび上がり、目の前が真っ暗になっているの。




 そうよね、幽界ならば、異界の魔力を通した【詳細鑑定】魔法が必要だもの。 

 あわてず騒がず、左手で「魔力変換術式」付きの【詳細鑑定】を紡ぎ出す。 勿論、「魔力変換術式」はティカ様の調整済みのモノよ。 物凄く効率の良い物になったから、いつも使っているモノと遜色はないわ。



 そして…… 視界が広がるの。



 物凄くびっくりした顔の、魔人さんの姿が浮かび上がり…… そして、魔人さんの書斎に居る事が理解できたわ。

 私の姿は…… アイボリーホワイトのドレス。 シルクレードの長手袋。 肩帯は、「蒼」。 胸に掛かるネックレスは…… 深紅の宝玉…… 正式な王女の装い。 身体的には、十八歳相当…… 王女の気品を持ち合わせた、不思議な私の姿形。 

 きっと、この姿が、私の奥底で、私が何者なのかを体現した形なのね。 心がスッと静まるのが判るの。 何故だか、とても懐かしく、そして、満ち足りたの。 不思議ね。 前世でも、” 王女 ” として、生きた事など無いのにね…… 




「小さき者…… なのだな。 どうした? なぜ、此処に? また、限界まで魔力を使ったか?」

「いいえ…… その…… 理由はわかりません。 かなりの魔力は使いはしましたが、限界まで使ってはおりませんもの。 わたくしとしても、とても不思議なのです」

「そうか…… 不可思議な事よな。 どれ…… 少々確認をしてみようか」





 促され、ソファに座るの。

 魔人さんに、 ” 手を ” と促され、私の手を取られるの。 優しく、温かい手だったわ。 魔力が流れ、そして戻っていくの。 私の身体の中を、走査しているような感覚があるわ……

 そうね、私も治癒師として、診察する時には、同じように患者さんにこうやって確認するものね。

 ふと、不思議そうな顔をされる、魔人さん。 そして…… 紡がれる言葉。




「小さき者よ…… 以前この幽界に来た時の君とは…… 違うな」

「はい? と、申されますと?」

「姿形は変わらなぬが…… そのなんだ…… 根本部分…… 生物としての…… そう、種としての変革が認められる」

「種としての変革?」




 どういう事かしら? 私は紛れもない人族。 父親も母親も…… 高貴な生まれとは言え、連綿と続く人族の家系なのよ? その他の人種の方々と、交わった記録はおろか、形跡すらないわ。 ファンダリア王国では、” 血筋 ” を重要視するもの。 まして、王侯貴族ならば、より厳重にとね。 

 魔人様の仰る意味が掴めなかったの。




「思うに…… その原因となる事は推測できる。 度々の無茶な魔法の行使。 その度に受け入れる、幾多の魂の欠片…… 魔力…… そう云ったものが、小さき者の身体に変革を促していると考察する」

「つまりは……」

「どこまで変化が進むか…… それはわからない。 一部かもしれないし、種族として新たに生まれ変わるやもしれぬ…… しかし、元のままの種族では居られぬであろうな」

「人族では無く…… なにか、別のモノに……」




 絶句したの。 ええ…… 本当に言葉を失いそうになったわ。 誇りと矜持を以て、今まで生きて来たのは、” 人族の ” 薬師錬金術師と云う根底があったから。 だから、足元から、土台が崩れていくような、妙な浮遊感を感じてしまったの……




「小さき者よ、端的に言えば、体の中には強い獣の魂の欠片が存在する。 その上、人型とは違う…… そうだな、樹木的な何か…… ” したたかに柔らか ” な、魔力も内包しておる。 しかしな……小さき者よ、人格の基本は ” 小さき者 ”に在る。 どのように変革したとしても、人型を取る事には違いあるまい…… そうだな…… 過去にそなた達の世界に存在したであろう、そんな稀種族に変革されるやもしれぬ。 そなたたちの世界の理に乗っ取った ” 者 ” にな」

「…………人非ざる存在になるのでしょうか?」

「見た目は…… 大して変わらぬやもしれぬな。 まぁ、いずれな」

「……魔人様の ” 診立て ” では、そうなのですね」

「あぁ、そうだな。 リーナが君であると自分自身を定義が出来てさえ居れば、問題にすらならないがね」

「柔らかく幼い心が、わたくし自身が ” この身を ” わたくし自身であると、そう信ずれば…… ですか」





 崩壊しそうになっていた、私自身の土台と成るべき部分が、また、しっかりとし始めたの。 魔人様のお言葉は、言祝ぎの様な、祝福のような、……福音のように、心に響き渡ったから…… 





「あぁ、自分自身の定義は、自身でしか出来ぬ。 どのような器になろうとも、小さき者が自分自身であると、そう定義出来ていれば、なにも…… なにも変わらぬよ」

「……はい」

「…………伝えるべきかどうか、迷いはしたが、小さき者は強い。 十分に受け入れられると、そう考えた。 違うだろうか?」

「魔人様…… お伝え下さり感謝申し上げます。 何も知らずに、この身体のに変革が起こりましたら、きっと、混乱と困惑にとらわれていた事でしょう。 そして、魔人様の ” お言葉 ” により、救いを得ました。 本当に、本当に、感謝申し上げます」





 丁寧に、丁寧に、カーテイシーを捧げ、感謝の意を伝えるの。 異界では、別の礼法があるようだけれど、私は知らない。 だから、私の知る最高の礼節を以て、魔人様に感謝の意を伝えたの。

 魔人様の双眸に、満足気な光が満ちる。 感謝を捧げられたのが理由ではないって、その瞳の色を見ればわかる。 そう、魔人様は魔人様の御考えが、正鵠を得ていた事に喜ばれていたのよ。

 その証拠にね…… 私の手を取り直して、頷かれたのよ。 繋がれた手は、そのままに御言葉を紡がれるの。




「小さき者よ、重畳であるな。 が……しかし、なぜ幽界に来てしまったのか…… もしや…… ” 魂の定着 ” が、緩くなっているのか? 『 魂の器肉体 』の変革が、内側の魂を保つ力を弱めている……かもしれぬな。  それも、魂の器が固まりさえすれば、この現象は、発生きなくなるであろうな。 ……いや、それにしても、驚いた」

「何がでしょうか?」




 呟かれる御言葉の最後に、彼の強大な力を秘めた魔人様が驚かれたことを、告げられたの。 一体、何に驚かれたのだろう? 決して、何事にも動じられないような、御方なのにね。




「小さき者よ。 御主の ” 母なる者 ” が、作り上げた、我らが魔導術式を消し去ったな」

「はい…… 「 魂の捕縛術式 」は、この世界のあことわりに反します。  よって、分解昇華させねばなりませんでした。 アレは、この世界に在ってはならぬ物なのです」

「そうか……  ならば、小さき者、君は解放されたぞ。 我の…… いや、『 異界の者からの契約 』からな」

「えっ?」




 どう言う事? わたし…… 契約なんてしていなかったのよ? それが、契約からの解放? 意味が分からない。 チリリと、脳裏に浮かぶ一つの言葉。



      ” 血の継承 ”



 ウッ…… そ、そうか…… お母さまから、引き継いだのは、なにも知恵と知識と魔力だけじゃなかったんだ! 私の瞳の中の光を読み解いたのか、魔人様は言葉を紡がれる。





「小さき者の御母堂が契約を交わしし事は、事故ゆえの事とは言え事実。 しかし、その契約の元、成した ” 魔導術式 ” 行使した事もまた事実。 それを無に帰せば、契約も自ずと解除されるであろう。 当事者では無いのでな。 継承者に課された負債を支払ったとでも、言うべきなのであろう。 もう、” 魔導捕縛術 ” が、小さき者を狙い無差別に襲うことは、無いだろうな。 あぁ、捕縛術に攻撃を仕掛ければ、意識は向くがな。 そこは、他のモノ達と同様になろう。 よかったな」

「はい…… それは…… 嬉しい ” 御言葉 ” ですわね」




 お母さまが編みし、この世の物に成らざる ” 魔導術式 ” は…… 私が支払うべき負債だったって事なの? その分解昇華が、負債を支払う贖いだったって言う事なの? 奇しくも、王都の護りを想いの力で強化する方策が、私の負債を支払う結果にもなっていたと?


 ―――― 精霊様の御導きに他ならないわ。


 だから…… 精霊様は導かれたんだ…… 私を、異界の成約から解放するために…… ストンと落ちた。


 「ミルラス防壁」の改変に関して、何が何でもって感覚があったのは、事実。



 その理由が判らなかったんだけど…… 脳裏に在る、薄らぼんやりした、何らかの方策…… そんな焦点がボケた様に感じられていたモノの、” 最後の一片 ” が、コトリと嵌り込み……  ” 一枚の絵地図 ” に、なったの。




 そう、精霊様の描かれた、そんな未来へ続く、細い道の描かれた ” 絵地図 ” にね。





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