その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地への道程

再会せしは、幽界の友 (1)

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 眠かった…… ひたすら…… 眠かったの。




「ミルラス防壁」の再起動を確認した私たちは、それぞれの還る場所に向かったわ。 「特務局」の方々は、防壁がきちんと稼働しているかどうか確かめる為に、そして、ティカ様は、王城コンクエストム地下の制御魔方陣の元へ、王都の街路に去って行かれたの。

 ティカ様が別れ際に言うのよ。




「リーナ…… 感謝しているわ。 今回の大規模書き換えが恙なく終了できたのは、全て貴女のおかげ。 誰よりも苦しい作業を、誰よりも長時間して下さった。 思うのよ、は、流石だと…… 誇りに思います」

「ティカ様…… わたくしは…… ただ、成すべきを成したのみ。 でしょ?」

「もう、リーナったら。 ……貴女、なにか吹っ切れた様な表情を浮かべるのね? 何故かしら?」



 きっと、そんな表情に見えたのは、精霊様の御導きについて、理解したと私が感じたからね。 もう…… 王都ファンダルに居る必要もなくなったと、そう確信したの。 今まで、何故か王都から離れる事に、一抹の不安を感じていたのは…… きっと、精霊様とのお約束の為。

 何かしらを、王都でやり遂げなければならないと、そう、言われていた…… からだと思う。 

 人の感情の機微にとても聡い、ティカ様は私のほんのちょっとした、表情の変化を見て取られたの。 そんな、ティカ様にお応えするの。 正直に、偽りなく。 私の思う処をね。




「ええ…… そうですね。 それは、きっと…… 王都の護りが、「異界の術式」に依らず、わたくし達の 「この世界の理」 の中で生きている者の、 ” 手 ” に、帰って来たからかもしれませんわ。 それに……」

「それに?」

「王都の護りは、ティカ様と、アンネテーナ様が万全の体制を御創りになられるモノと。 もう、わたくしが、王都に居る必要はなくなりました。 これで…… ” 辺境 ” にいつでも  が、出来ますもの。 そうですね…… 言葉を換えれば…… ” 後顧の憂いは無くなった ” と」

「そう…… リーナは…… 行くのね」

「はい、もとより、わたくしは、この王都に居るべき者では御座いませんもの。 苦しむ民が居る場所が、わたくしの居る場所。 そうでは御座いませんこと? わたくしは、辺境の薬師錬金術師リーナ なのですから」

「心情を ” 吐露 ” 致しますれば……精霊様とのお約束なんて、無かったらよかったのに…… ですわね。 でも、それは、わたくしの強欲ね。 ……判りました。 出来る限り、貴女の意思を尊重いたしますわ。 たとえ王太子殿下で有っても、貴女の意思を曲げる者は排除します……ね」

「フフフフ…… 怖い事を仰いますね」



 目が笑っていないよ、ティカ様。 王太子殿下を相手にしても…… って。 下手をしたら、反逆罪に問われてしまうわ。 ティカ様がそんな下手を打つとは思えないけれど…… 思わず変な笑いが浮かんでしまったくらいよ。 真剣な視線で、ティカ様はお続けになったの。 




「それほど、貴女は貴重な薬師錬金術師なのよ、ここ王都ではね。 ならば、わたくしも、…… 役目を果たさねばなりますまい? 制御魔方陣の最終調整を行いますわ…… ゆっくりと…… ゆっくりとお休みなさい、リーナ。 宜しくて?」



 怖い怖い。 それだけ、私には鎖と頸木が取り付いているって、ティカ様は言外に仰ったって事ね。 戦うためにも、十分な休養を取れって事。 ティカ様の御言葉には、二重三重の意味が重ねられているわ。 淑女であり、ニトルベイン大公家の御令嬢であり、魔導院の高位の魔術師。 

 そんな彼女に言葉は、立場立場を十二分に理解し、その立場立場で、整合するように組み上げられているんだもの。 頭の良いティカ様は、それを瞬時に判断してお口にされる。 見習うなんて、難しいわ。 だから、私は、素直に答えるしかないの。




「…………有難きお言葉。 では、わたくし達はここで…… ごきげんよう、ティカ様」

「ええ、ごきげんよう! リーナ!!」





 月の光が降り注ぐ、「処刑場」をティカ様に見送られて後にする。 もう、二度と、あの場所では処刑は行われないわ。 きっとね。 処刑前の祈りの時間が、あの場所の本来の姿。 立ち戻る、本来の役割。 



 祈りによって魔力を集め、祈りによって防壁に魔力を注ぎ込む。 強い祈りが防壁を強く出来るのよ。




 ―――― それが現実になったのよ。 





 強権を持つ、王侯貴族、そして聖堂教会から、民へその祈りの主体が移されたの。 たった一人でも、真摯に王国の安寧を祈るのであれば、「ミルラス防壁」は励起状態を維持できる。 そう、出来てしまうの。 祈りの集合は、それだけ、防壁を強固に柔軟に出来るわ。

 もう…… 誰かの思惑で、弱められたり、下手をすれば停止されるそんな危険はなくなるの。 そう…… 民が、この国を見捨てるまでは…… ね。

 振り返えると、そこに在るのは、ぼんやりと浮かび上がる 「 聖壇 」

 神々しくも、神聖な「聖壇」が、鎮座していたわ。

 一つ…… 頷き、




 そして……

「 処刑場 」……いえ、今は「  」 を、後にしたの。







 ^^^^^






 第十三号棟に帰り着いたのは、深夜一刻半。 倒れ込むように、意識を失うように、自室に戻り、眠りに付いたの。 すでに、かなりの間、起きていたからね。 相当疲れていたのか、体内魔力になにか不都合があったのか……

 シルフィー達、護衛について来てくれた人たちにも ” 休む ” ように伝えて、クレアさんとスフェラさんからの報告は、明日起きてからって事にして、寝間着にも着替えず、そのままの姿で、寝台にひっくり返ったのよ。 



 ―――― もう無理。 とても、とても、眠い……

 
 意識が途切れると同時に、深い深い眠りに落ちたことが分かったの。 ええ、ちょっとやそっとでは覚醒しないほど……

 心音がだんだんと弱まるのが判る。

 呼吸が浅くなり、やがて止まる……


 はぁ…… ここでこうなるのか。 理由は判らないけれど、今度は、はっきりと過程が判った。 これ…… 魂が身体から離れる前兆なんだ…… 身体の各部分の魔力がすべて、基底状態になって、肉体を保護していく。 崩壊しない様に…… 蘇れるように……


それが…… 仮死状態。


 迷宮の中で、助けを待つ最終手段として、冒険者さん達の最後の一線なのよ。 私も教えを受けて、使えるようになってはいたんだけど…… こんな事になっていたんだ…… 知らなかった。

 お部屋で休んでいる筈なんだけど……

    私の体から魂が遊離しちゃった……





 異界の魔人様が、仰っていた ” 幽界へ入る条件 ” とも、合致していない?



 よく理由もわからず、そして、私の魂は、引き寄せられるように、あの場所へと向かう……。


 前回、前々回は、意識が無く、突然だった。 でも、今回はその過程がすべて、” 見えている ” のよ。


 なにが鍵になって、この状態になったのか…… 理由は判らない。なんでだろう? 





  でも……






 ―――― 来てしまったものは、仕方が無いわよね……






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