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北の荒地への道程
その日(2)
しおりを挟む私は…… ね。
その中には入らず、後ろから見てたのよ。
ティカ様が私のすぐ隣にいらして、こっそりと耳打ちされる。
「リーナ、彼らは特務局の精鋭。 だから、高度な書き換えも可能なの。 彼らを呼んだのは、「ミルラス防壁」の為。 そして、重要な部分は…… リーナ、貴女に任せるわ」
「それは、わたくしで…… 良いのでしょうか?」
「貴女しか出来ないと思う。 あの「魂の捕縛術式」を昇華させる事が出来る人は、あなた以外に居ない。 私もやってみたけれど、うまく術式が動かないの。 きっと…… そう、貴女の持つ「属性」が鍵になっていると思うの」
「『闇』属性ですか…… ティカ様は『光』属性ですものね」
「ええ、そうよ。 特務局の魔術師達の中にも、『闇』属性の方はいらっしゃるけれど、あの術式を使いこなせるかというと…… 甚だ疑問ね。 だから…… 貴女にお任せしたいの、よろしくて?」
「承りました。 ティカ様の意思が奈辺に在るのかも、先ほどのお言葉で理解しました。 おばば様の御意思を、「ミルラス防壁」に反映させるのですね。 すべては、無垢なる民の為と……」
「悩んだけれど、それが、「ミルラス防壁」の有るべき姿だとそう確信したの。 おばば様との議論や、貴女とのお話し合いでね。 だから…… 今度はわたくしが、「ミルラス防壁」を変革する。 歴代の王妃殿下の想いを受け継ぎつつも、これからのファンダリア王国にふさわしい姿に……」
「納得の理由ですね。 判りました。 わたくしは、わたくしの成すべきことと、理解しました。 きっと、「闇の精霊」様も、お悦びになられるでしょう」
「そう…… 願いたいわ。 この事は、わたくし、ロマンスティカの独り善がりかもしれないわ。 そう、独善的で、驕慢な…… でも、必要だと、信じているの…… この変革を良きモノとしたいわ」
「必ずや、そうなりましょうね。 いえ、すべきなのです。 ティカ様から、アンネテーナ様にお渡しになられるのならば、変革された「ミルラス防壁」でなくては成らない。 ……そう思います」
「嬉しいわ、リーナ。 そう言って貰えるだけで、力が湧いてきます。 ……そろそろ、分担が決まったみたいよ」
「ええ、わたくしは…… 処刑場に参ります」
「お願いね。 聖壇を持って、誰かついていきますから。 もしなんだったら、魔法的能力のない、護衛騎士でも宜しくてよ? 貴女の術式を見ても、驚かない…… というよりも、断片的にでも理解されないように……」
「お気遣いありがとうございます。 出来れば…… 一人での方が…… 宜しいかと。 護衛には、シルフィーやラムソンさんがおりますし…… 力仕事が在るのならば、第四〇〇〇護衛隊の人に手伝ってもらえますから」
「なら決まりね。 お昼十二刻より、始めます。 それまでは、処刑場に入らないでね。 貴女を失う事は、ファンダリアの未来を失うことに他ならないんだもの。 わたくしが、制御魔方陣で特定の者たちを殲滅する支持を与えそれが実行されたら、「ミルラス防壁」の内包魔力は枯渇します。 基底状態になりますので、いかな「魂の捕縛術式」でも、貴女を捕らえる事は出来なくなるでしょう。 それまでは、決して刑場に入らず、観察してくださいね」
「承知いたしました。 安全に…… ですね」
「ええ、それが一番です。 本当なら、わたくしも傍に居たいのですが、新たな制御魔方陣をあの場所に打ち込まねばなりません」
「判っておりますわ。 それは、ティカ様にしか出来ない事。 決して間違わず、完璧な制御魔方陣を打ち込めるのは、ティカ様以外には、おられないでしょうし。 ” 絶対記憶 ” は、本当に羨ましいです」
「ほほほ…… 時と場合によっては、不便もあるのよ? ……リーナ。 始めましょう。 まだ、時間はあります。 一度、第十三号棟に戻って、準備を終えた後に…… きっと、それだけの時間はあります。 しっかりと護衛の方を選んでくださいね。 聖壇は、先に処刑場の入り口に運んでおきます」
「承知いたしました、ティカ様」
―――― 時は、満ちた。
ダイニングルームに入っていた方々は、そのフードの奥の瞳に、” 責任 ” と云う名の光を灯し、頷きあって退出を始められたの。 最後に、” 私達四人 ” が、玄関ホールから、外に出る。
ティカ様は王城に。 そして、私達は一度、第十三号棟に向かうの。
準備を完璧にするためにね。
第十三号棟に帰り着いたのは、昼十一刻の鐘が鳴った時。 秋のさわやかな風が、肌にここ良かったの。 街路を歩く、庶民の皆さんは、何の憂いもその表情には無いわ。 ニコニコと微笑みながら、その様子を眺めるの。
この笑顔を…… 安寧を護らなくちゃね。
第十三号棟に帰り着き、クレアさんと、スフェラさんに、ちょっと ” お仕事 ” が出来たと告げるの。 彼女たちも心配してくれていたみたいね。 日々の ” お仕事 ”の調整をしてくれていたんですものね。
「あの…… リーナ様」
「なんでしょう、スフェラさん?」
「王城からのご連絡はいまだありません。 如何いたしましょうか?」
「えっと…… こちらからは、なにかご連絡をしているの?」
「リーナ様が、御止めになっておられるので、こちらからのお問い合わせは控えております」
「では、問題はありませんね。 なにか、ご指示があるまで、放置で宜しくてよ? 大体、第四軍の庶民階層の従軍薬師が、王城にご招待される訳ないじゃない。 王太子妃殿下になられる、アンネテーナ様の護衛? そんなのだって、私じゃ荷が重いわよ。 王城には護衛騎士の方も、魔術師の方も沢山いらっしゃるもの」
屈託なく微笑んで、そう言い放つのよ。 だって、その通りじゃない? 畏れ多くも、国王陛下も御臨席になられる、秋季大舞踏会。 今年十五歳になる、王侯貴族様方のご子息、ご令嬢のデビュタントという、いわば、この国における ハレの日。 そんな日に、わざわざ扱いの難しい、庶民の薬師なんか、呼ぶわけないものね。
ちょっと考えれば、直ぐに答えは出るはずなのに…… なにを、みんな悩んでいるのかしらね。
「フルーリー様から頂いた、ドレスの準備は…… あのとても仕立ての良いドレスですが……」
「ええっと、アレは…… そうね、本当に何が起こるかわからないから、最後まで準備はしておきましょうか。 明日の夜までは、トルソーに掛けて、私の部屋に」
「はい、承知いたしました。 それで、本日のご予定なのですが……」
「あぁ、全て解除して。 どうしても、外せない ” お仕事 ” が出来ちゃったから」
「承りました。 では、そのように各所に。 護衛隊は……」
「編成はそのままで、お出かけする時に、一緒に付いて来て貰えるかしら?」
「御意に。 本日の護衛は、第一班ですので、プーイさんが護衛隊長になります」
「判ったわ。 では、あと、四半刻で出ます。 宜しくて?」
「御意に。 準備は終えております。 本日の予定の組み換えは、お任せ有れ」
「よろしくね!」
ほんと、スフェラさん元気になったよね。 良かった。 本当に良かったよ…… 私との会話をニコニコして聞いているのはクレアさん。 彼女もとても、心配していたものね。 悲惨な暗い過去を記憶の奥底に封印して、滅多なことでは浮かび上がらない様に出来るようになったのかもしれないわ。
「闇」系統の魔法で、【忘却】っていうのが在るのだけれど、もし…… もし、彼女がどうしても生きていきたくないっていうのならば、これを掛ける事も視野に入れていたの。 この魔法は、思い出したくない記憶とともに、人格の部分にも影響が出るので、出来る限り使いたくなったから……
こっそり、クレアさんとも話し合ったの。 クレアさんもとても心配していたのは、彼女が彼女で失くなる事。 だから、極力使わない方向でって事になっていたの。 だって、もし生きていても、彼女が彼女で失くなるのならば、それは、彼女が死んでしまったのと同じって…… 私もそれには同意したわ。
だから、殊更に嬉しいの。 前を向いて歩み始めたスフェラさん。 この頃は、男性の官吏の方々ともきちんとお話が出来るようになってきたし、それに何よりも、彼女に ” 笑顔 ” が出始めたんだもの……ね。
―――― クレアさんもとっても嬉しく思っているって。
そんなお二人に、あとの事を任せて、私はいつもの人たちと一路 『処刑場』へと赴いたの。
もう、この頃はね、前世の記憶に苛まれることもなくなったの。 これはね、うん、たぶん、今の私が前世の私と違うって、そう思えるようになってきたからかもしれないわ。 でも…… 処刑場のあの石の処刑台から見上げた……
あの、『蒼い空』の記憶だけは…… 無くなることは無いわ。 ええ、それは確実な事。 あの記憶は…… 単なる記憶では無く、魂に刻み込まれた…… そんなモノだろうから……
秋の空は蒼く……
とても澄んでいたの。
高い高い空。
ふわり雲が浮かんでいたの。 それがまた、眩しくて……
涙が零れ落ちそうなのよ……
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