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北の荒地への道程
『 ミルラス防壁 』 の危機
しおりを挟む一枚の羊皮紙が手渡されるの。
流麗な文字が、びっしりと書かれているわ。 ミラスル防壁の術式に組み込まれた、異界の術式の撤去手順とか、その後の修復方法とか、必要な魔力経路の分岐式とか、事細かくね。 手順自体は大体理解できた。
でも、ティカ様がおっしゃっていた通りに、膨大な手数が必要になる。
さらに、言うなら、この制御術式を本来の場所に、埋め込むだけでは、ミルラス防壁の書き換えは終了しないわ。 だって、現物が王都一杯に刻み込まれているんだもの。 そっちの方も手直しをしなくちゃならないわ。 解呪と、聖浄浄化は必須の項目。
この広い王都全体に打ち込まれている術式全体の書き換えが必要なのよ。 その前の浄化もね。 魔力…… 足りるかな? ティカ様もやるって言っているし、膨大な魔力を持つ私たち二人だから…… なんとか行けるのかしら?
必要魔力量の計算はティカ様が終えている。
彼女曰く……
” 二度ほど、魔力回復ポーションを使えば、王都全体の聖浄浄化は可能ですね。 その前に、あの魂の捕縛術式の解呪も…… でも、試算によると、どうにか出来そうなのですよ ”
ってね。 パッチワークの様に【聖浄浄化】を、実施していっても、他の汚染源からまた、汚染されてしまうから、そこは一気にもっていかなくちゃならないわ。 時間との戦いになるもの。 結局、予備に作った「魔力回復ポーション」が、決め手となりそうね。
「ティカ様。 全作業行程は、理解いたしました。 制御術式の改変には時間がかかるとは思いますが、どれ程を予定されておられるのですか?」
「……出来るだけ早く。 ニトルベイン家の ” 耳 ” が、油断ならない ” お話を ” 掴んでまいりました。 時間の余裕はあまりありません。 本来ならば、もう少し、準備に時間をかけるつもりででしたのよ? でも、状況が急変いたしましたの」
「……出来るだけ早く…… ですの? では、今晩から、こちらに詰めて…… と?」
「ええ、そう。 秋季大舞踏会への出席は…… 出来なくなるでしょう。 わたくしも、貴女も……」
「それは…… ティカ様が、狙わての事に御座いましょうか?」
ティカ様は私が大舞踏会に、敢えて出られないように、この ” お仕事 ” を、ぶつけられたのかと。そう思ってしまったの。 理由はあるわ……
私が秋季大舞踏会に ” 護衛 ” として、出席することに、ティカ様は反対されておられたのもの。 私の事は、” 護衛 ” ではなく、” 護衛対象者 ” であると、強くウーノル殿下に進言されておられたもの。 ” 護衛対象者が、誰かを護衛するのは、おかしいと。” ……ね。
でも、なんで、私が護衛対象となるのよ。 それも少し判らないわ。 王太子府の面々にはその理由が思いのほか、効いてしまったのも、不思議なところ。 それで、今も尚、私の大舞踏会参加が、あれこれと議題に上がるそうなのよ。 よくわからないわ?
「そうであらば、良かったのですが…… 別の経路で入った情報があります。 …………貴女を危険に晒すのは、王太子府であっても、許されない事なのですよ。 それでも、アンネテーナの護衛にと、ウーノルが希望しているの。 ほんと、諦めの悪い子ね。 でも、この件はそれには絡んでいないわ。 その ” お話 ” が、とても重要で緊急に対応せねばならぬ事になりました。 本当にトンデモナイお話なのですよ。 だから、こちらの ” 備え ” を万全にせねばならないのです」
「現状を鑑みますと…… そのお話というのは、『ミラスル防壁』に対する、無効化の手段が発見された? それとも、異界の術式を操る者が?」
「情報によると、その両方。 ……その方の無効化の手段が、異界の術式に寄る処だそうなのよ。 どうも、あちら側もその手の研究に長年取り組んでおられた…… 形跡がありますのよ?」
「彼方? ……マグノリア王国に御座いましょうか?」
「ご明察。 彼らの野望は、言わずと知れた物。 それを挫く為には、『 ミルラス防壁 』を、異界の術式に寄らない ” 元の形 ” に戻し、より強固に組み直す事が肝要。 そして、” その時 ” は近づいておりますもの」
「なんと…… 厄介な」
「ええ、とても厄介。 表立っては出来ない事。 あちら側にも知られてはいけない事。 わたくしたち二人だけが、知り、改変し、作動させる。 改変にあたり『防壁』は一度、防壁は起動限界を割り込み、停止します。 その時を狙われれば、問題はさらに大きくなります。 ならば…… と云う事に御座いますわ。 お判りいただけたでしょうか?」
「……そうですね。 であるならば、この作業は、不眠不休となりましょう。 ティカ様もご覚悟を」
「勿論ですわ。 宜しいですわね、リーナ。 でも…… 貴女でよかった。 こんな ” お話 ” を、すんなり聞いて下さるのは、貴女しかいないんですもの」
「買い被りですわよ、ティカ様。 真に憂国の物ならば、ティカ様のお話をきちんと聞かれますわ」
深い溜息を洩らされるのティカ様。 なにか…… 事情がおありになるのかしら?
「時の巡り合わせが、悪いのですよ。 今、王国上層部は、南の国との通商条約の事で頭が一杯。 ドワイアル大公閣下の手の者達、『眺訊の長き手』ですらも、南側と北側で手が一杯。 どうしても、同盟を組んでいるマグノリア王国に対する監視の目は緩んでしまう。 ニトルベインの『闇の手』達はその穴を埋めるために頑張っているわ。 そこで掴んだ情報がね……」
「ティカ様がそれほど、恐れられる情報なのに…… 国の上層部でも信じられないような、そんな…… ” お話 ” だったのですか」
「ええ、そうね…… そうなのよ。 わたくしとしては、わたくしの様な者が其の事に対して、何らかの手を打つのは、完全に越権行為だと、そう感じてしまうの。 なにか事を起こすことによって、ウーノルの足を引っ張りそうだもの。 だから、わたくしの権限内で出来ることを成すだけにしたわ。 この装束を着込む時、わたくしは、魔術士ティカ。 特務局の魔術士。 国の…… 国民の安寧を守る為の存在するのよ、わたくしはね。 そうでしょ、リーナ」
「まさしく…… ティカ様。 いえ、秘されし王女、ロマンスティカ=エラード=ニトルベイン大公令嬢様。 御意に」
「ありがとう…… 秘されし王女、エスカリーナ=デ=ドワイアル殿下。 手を取り合い、無垢なる民草の安寧を、闇に落とさぬように…… 勤めましょう。 王家に連なる者として、ファンダリアの地に住まう者として」
「承りました。 全力を以て…… ロマンスティカ御義姉様」
「頼りにしているわ、エスカリーナ姫」
なるほど、状況は理解できた。 緊急で、抜本的対策が求められているってね。
見つめあう私の黒い瞳と、ティカ様の翡翠色の瞳。 真摯で矜持高い光が浮かぶわ。 ファンダリアの貴族として、王族に連なる者として、誇り高く穢れない その視線に、私は覚悟を決めたの。
でも、本当によく間に合ったものよ。 だって、そのお話が現実のものとなれば、今までの『ミルラス防壁』では、対処不可能ってことでしょ?
異界の魔術の法理を読み解けなければ、王国の最後の防壁は無いのと一緒。 そして、マグノリア王国の侵攻が有るとすると、それは、きっと…… 密やかに、行われるはず。 そして、『ミルラス防壁』にマグノリア兵の排除を命じても…… 王国の奥深く、中枢に入り込んだ手の者達に掻き回されるのは必定って事ね。
させないわ、そんな事。
王都に住まう、無垢なる王国の民。
そんな人達が戦火に怯えるなんて…… 絶対に…… 絶対に……
―――― 許せないもの。
成すべきを成し、王都の安寧を図るのよ。
邪で邪悪な策謀を練っている方々に……
意地と誇り高く穢れない矜持を
―――― 見せ付けてあげるわ ――――
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