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北の荒地への道程
学び舎での、最後の日
しおりを挟む恙無く…… まぁ、学院での「礼法の授業」は、全て終了したわ。
最後の授業の時に、スコッテス女史から、生徒皆さんに『 修了書 』 と呼ばれる、一筆が手渡されたの。 学院の卒業証書に匹敵する、一筆よ。 遠くに御領地がある、下位貴族の方々は、この『 修了書 』が、目的で学院に通学されていた事も又事実。
この『 修了書 』 を戴く事が出来れば、ファンダリアのどんな夜会も茶会も、果ては 舞踏会だって、十分に出席する事が出来るんだもの。 いわば、社交界への通行手形みたいなもの。
お家の財貨が乏しくても、社交界に顔を出せさえすれば、婚姻でどうにか家格を維持できるかもしれない。 もし、御子息、御令嬢が優秀な人で、見目も麗しい方ならば、上位の爵位を持つお家と関係を持てるかもしれない。
長いファンダリアの歴史の中で、連綿と受け継がれる、貴族社会の生き残り戦略なのよ。 だから、なんとしても、十五歳の年に出席する、王宮主宰の『秋季大舞踏会』へ出席する事を目指すのよ。
其の為には、学院の「礼法の時間」の 『 修了書 』がどうしても必要に成ってくるのよ。 だって、大舞踏会への参加資格にその『 修了書 』の授与者ってあるのだもの。 ドレスを作っても、綺麗な宝飾品を贖おうとも、其の身に貴族としての『 矜持 』と 『 礼節 』 を持たねば、決して王城コンクエストムの扉は開かれないわ。
貴族家の横の繋がりを確かなものにする為には、社交界に出る事が何よりも必要とされるのよ。
庶民階層の者には判らない、そんな事実。 だから、此処に集まっている、今年十五歳を迎える貴族の御子息、御令嬢様方の晴れやかな顔ったら…… そうね、貴方達は皆等しく、ファンダリアの青年貴族として認められたのだもの。
秋季大舞踏会を最後に、御領地に戻られる方々も沢山いらっしゃる。 学院での勉強はこれからとても専門的な分野に入っていく。 第二成人である、十八歳に成るまで、更に研鑽を積まれてるのは、中位から高位の貴族家の方々。
ファンダリアの中枢を担うためにね。
……そう云えば、ハンナさん。 十四歳までしか、学院に通っていなかったって…… そう仰っていたわ。 まだ、淑女教育の途中だった筈なのよ。 ダクレール領の自然の猛威と、トンデモナイ財政状況の前に『思い』を、断念してしまわれたって事ね。
でも、救済処置は有るには有るのよ。
辺境域のお家では、その地でのご教育を施し、『 認定証 』を、『 修了書 』代わりにする事も有るんだけれどね。 その 『 認定証 』を発行するのは、主たる筆頭領主である、辺境伯家や、辺境侯爵家なの。 権威による、『 ご承認 』が必要なのね。 南方領では、アレンティア辺境侯爵家の御当主様が直々に面談され、そして、授けられると、仄聞するわ。
―――― そう云えば……
ハンナさんから、” エスカリーナ ” にも、アレンティア辺境侯爵様にそういったお話を付けているって聞いた事があるわ。 ……必要なかったのにね。
でも、今、私の手の中に 学院の『 修了書 』が有るの。 なんだか、とても誇らしいし、遣り切ったって感情もあるわ。 でもね…… 本当なら、必要の無い物。 王城コンクエストムに伺候するような気も無かったし、社交界に顔を出す事も有り得なかったものね。
『 修了書 』 が皆さんに手渡された後、女史が壇上に立ち、最後のお言葉を述べられたの。 凛とした佇まいの女史の姿に、皆さんの視線は釘付けになったわ。 そう云う私も、同じよ。 女史は徐に言葉を口にされる……
「これで貴方達は、《秋季大舞踏会》への切符を手に入れたことになります。 どうか、皆さんに幸あらんことを。 貴族の社会は何かと罠が多いのです。 身を慎み、” 矜持 ” を持った、青年貴族とならんことを、願ってやみません」
スコッテス女史からの最後のお言葉。 皆さん、深く、深く、頷いていらっしゃるわ。 そうね、沢山の事柄を御教え戴けた。
” 礼節を持って、事に辺り、決して感情的に成らず、よく状況を見極め、より良い選択をする事。 ”
本当に沢山の事を御教え戴けたわ。 解散の合図と共に、ボールルームから退出していかれる、生徒の皆さん。 お家の爵位の高い人から順にね。 そう、だから、最後まで残っていたのは、私。
―――― 私一人だけになったのよ。
そんな私の側に、スコッテス女史とシーモア子爵が見えられたの。 カーテイシーを捧げ、お言葉を待つ。
「リーナさん。 おめでとう。 これで、貴女を侮るものは少なくなることでしょう」
「有難う御座いました。 卑賤なる我が身に過ぎたる栄誉に御座います」
「リーナちゃん! また、そんな事を言う! 貴女にとって、それは枷にしかならないものでしょ? 嫌に成ったら、何時でも繋ぎをつけて。 何処へなりとも、脱出させてあげるから」
「……そして、其の対価に ” 影働き ” ですの? それは、嫌ですわよ、シーモア卿」
「ハハハ、バレた? まぁ、冗談は置いといてね、リーナちゃん。 ちょっと不穏な動きがあるの。 そう、東側でね。 私が引き抜かれたのは其のせいなのよ。 情報はいまだ揃わず…… なんだけれど、どうも、マグノリア王国で、公女リリアンネ殿下の鎖が切れているって、理解され始めたのよ。 あの子、盛大に命令違反しているでしょ? 判らない方がおかしいもの」
「……マグノリア王国の動きですか……」
「と、云うよりも、エーデルハイム国王陛下の取り巻き達って所かな…… 特に教会関係者ね。 うちの聖堂教会の一部勢力に盛んに接触してきているの。 どうも、良からぬ事を吹き込んでいるらしいわ。 いまだ、確証取れずってところ。 注意してね。 王城で、他国の聖職者を見かけたら、直ぐに王太子府に相談するのよ?」
「はい…… 判りました。 お言葉のままに。 ファンダリアの聖職者といっても…… その…… やはり…… 陛下のお側に居られる、あの方に御座いましょうか?」
「……ご明察。 陛下の強い要望により、いまだ王城に伺候されているわ。 それに、他の大臣連中が、ウーノル王太子に鞍替えしている現在、国王陛下の宸襟に不安も御有りに成るのでしょうね。 そこに付込むのが、アイツ…… まぁ、いつもの手よ。 それで、ソイツに紐が付いたの。 事は重大よ。 何を言い出すか…… ちょっと予想が付かないんだもの」
「左様に御座いますか…… わたくしが、秋季大舞踏会で気にする者達に御座いますね」
「直接行動には出ないと思うのよ。 立場って有るしね。 ただ、嫌味な事は言ってくる可能性はあるのよ」
「わたくしにですか?」
「ええ、リーナちゃん。 貴女、あちらの影の間では、ちょっとした有名人よ?」
「ハッ? どう云う意味でしょうか?」
「あら、ギフリント砦と、ヘーバリオンであれだけ暴れていたのに? 諜報組織を丸ごと乗っ取っていたくせに。 ……えっと、本当に、わからないの?」
「ええ、何の事やら。 対諜報関連は、有能な侍女に任せておりました。 わたくしは、ただ、ただ、貴人様方を、逸早く王都ファンダルへ送り出す事のみに専念しておりましたのよ?」
「……そう云う認識だったのね。 リーナちゃん、気をつけて。 貴女、本当に狙われているわよ」
「そう……なのですね。 ますます、王城への伺候を慎まねば。 特にアンネテーナ様のお側には付く事、危険が大きすぎますわよね」
「悩ましい所なのよ…… その事については、王太子府やら、宰相府やらが、頭を抱えているわ。 各諜報機関が同じような ” 警報 ” を、出しているんだものね」
ほらね。 やっぱりね。 だから、私が王城に伺候するのはよくないのよ。 私が王城に伺候することによって、ファンダリア王国にとって大切な人達が危険に晒される。 そんな事は、絶対に看過出来ないわ。 特に警備部門としてはね。
……『 修了書 』
戴いたんだけど、やっぱり、私は、舞踏会に出ないほうがいいわよ。
先にそれとなく、薬師リーナは其の身分故、秋季大舞踏会に出席しないって、周知しておいた方が、絶対にいいって。 ね、そうでしょ?
「リーナさん。 あと、一週間あります。 どの様な沙汰が下されようとも、リーナさんはリーナさん。 わたくしは、今も貴女と王宮教育室でお逢い出来る事を、望んでやみません。 アンネテーナ嬢の助けに成るのですもの。 王太子府、宰相府…… 外務、軍務の各寮の方々。 貴女の身の振り方は、今も、この瞬間も、皆様のお心にあります。 最善を模索されておられるのです」
「左様に…… 承りました。 どの様な 「 ご命令 」を下されるか判りませんが、その命に服する事に違い有りません。 先生方には、絶大なご協力を頂き、誠に有り難く存じております。 今後、ますますのご活躍を、お祈り申し上げておりますわ」
「リーナさん……」
「リーナちゃん……」
お二人とも……
なんとも云えない表情で私を見詰めるの。 感謝は本物よ? そして、私は私の出来る事をするの。 精霊様に誓った 「 お約束 」ですものね。
もう一度、深いカーテイシーを捧げる。
――――こうして。
多分、二度と来ることのない、
” 王立ナイトプレックス学院 ”
の学び舎を……
……後にしたのよ。
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