その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地への道程

『礼法の時間』 垣間見る、『決意』

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 …………夜月九月に入ったのよ。 ええ、入ってしまったの。




 二週間後の週末に、秋季大舞踏会が王宮大広間で開催されるのよ。 其の為の ” お勉強 ” も、もう大詰め。 

 王立ナイトプレックス学院での、「礼法の時間」も全てはこの為に行われているといっても過言じゃないわ。 そうね、貴族の御子息、ご令嬢が、本格的に社交界デヴューする為の、そんな舞踏会なんだものね。

 軍務の合間に出席しなくては成らない、王立ナイトプレックス学院も後残すところ、後、数回。 最後の授業は、週期待舞踏会の一週間前。 つまり、今週末なのよ。

 王立ナイトプレックス学院の夏季休暇の間、王都ファンダルで頻繁に行われていた、お茶会や昼餐会、夜会に舞踏会は、各貴族のお家での、御子息様 御令嬢様達の、社交界デヴューに向けての実践と研鑽の場所。 そして、今週予定されている、「礼法の時間」は、その最終確認。


 はぁぁぁぁ…… 出席したくないなぁ…………


 だって、そうでしょ? 磨きに磨きぬいた礼法を持って、”貴族の方々” が、生涯最初で最後の社交界デヴューを頑張るのよ? 庶民の薬師が居るような場所じゃないわ。 それにね、御子息様 御令嬢様方の力の入りっぷりって言ったら……

 夜月に入って、初めての「礼法の時間」…… 座学ではなく、ボールルームでの授業。 学院の職員の方々、そして、先生方も秋季大舞踏会の形式に則り、皆様、礼装だったのよ。 それにね、授業を受ける方々である、今年十五歳に成る、御子息御令嬢の方々だって、それは、それは豪華な装いなのよ。


 身分の上下もあるし、既に爵位を授けられている方々だって居られる。 


 高位の方々には、相応の装いが求められるし、下位の方々には、様々な禁忌があるのよ。 色使いとか、持ち物の種類とか…… 果ては扇の大きさなんかまでね…… ほら、私には、前世の記憶があるでしょ? 

 前世で、盛大にやらかしたのよ……

 今、思い出したら、顔から火が出るくらい恥かしいのよ。



^^^^^


 基本的にデビュタントに出席するご令嬢には、装いの規定があるの。 ドレスは白。 ロングの手袋と、白い靴。 ドレスのデザインは、まぁ、ね。 お家により、伝統的なものから、斬新なものまで…… 由緒正しき、高位の方々の御令嬢様方なんかは、伝統的な装いを、そして、新興の方々の御令嬢様方は、斬新なものをとかね。

 御子息様方は、お城に登城する際の礼服規定があるから、其れをお召しに成るわ。 でも、使われている反物の質が圧倒的にその立場や爵位を表しているのよ。

 でね、前世の私はと云うとね…… お母様がお召しになったって云う、とても素敵なドレスを所望したのよ。 貴族でもない私がよ? ドワイアル大公家の御息女にして、王太子妃候補筆頭のお母様のドレスをよ? 

 総シルクレード製の純白のドレス。 繊細なレースが幾重にもスカートを飾り、デコルテには、最高級のシルクレードで造られた白い薔薇のコサージュ。 光り輝き、遠目には銀白と見紛うばかりの光沢のある、ロングの手袋。 足を飾るのは、幾つもの金剛石で飾られた純白の靴……

 ドワイアル大公家の門外不出の逸品ともいえる、そんな装いを所望するなんてね…… 穴があったら、入りたいわ。 万が一その装いを着用する権利が有るとすれば、現御息女である、アンネテーナ様以外に有りはしないもの。

 散々駄々を捏ねて、それでも、やっぱり、そんな家宝の様なドレスの着用は、ドワイアル大公閣下に拒否されたのよ。 でもね、その代わりにって、同じようなデザインの、同じような仕様のドレスを作ってもらったのよ。

 全ては、そう…… 全ては、マクシミリアン殿下のお側に立つ為にね……

 それしか、見えていなかった。 それしか、考えて居なかったんだものね。 ほんと…… 馬鹿な私。 いくら着飾っても…… いくら望んでも…… もうその時には、マクシミリアン殿下のお側には公女リリアンネ殿下がおいでになったのにね……

 貴族ですらない私が、高位の貴族さながらの装いに身を包む事が、社交界に於いて、どれだけの不興を買っているのか、其れすらも理解できては居なかったのよ。 我侭一杯の、庶子が思惑渦巻く社交界に出る事なんて、本当に有り得ないんだもの。

 前世での記憶は、私に強く働きかけたの。



^^^^^


「礼法の時間」、ダンスの授業でシーモア子爵に着せられたドレスがあったでしょ? あれで悪目立ちしてしまったのよ。 だから、次の時間からは、私が用意したドレスで授業を受けたの。 ええ、そうね、フルーリー様が仕立てて下さった物よ。

 ちゃんと、必要な事を伝えたのよ。

 私は、秋季大舞踏会の時には、アンネテーナ様の護衛に付くの。 云ってみれば肉の壁。 だから、目立つ訳には行かないってね。 ドレスは動きを阻害しないデザインに。 お色は、下級の貴族様達が使用するアイボリーホワイト。 極力ドレスには装飾を付けず、出来るだけ軽く作ってもらったの。


 ちょっとした細工もしてもらった。 


 スカートのドレープの間に間隙を明けてもらって、手を突っ込むと、山刀の柄に手が届くように。 山刀は、何時もの腰に装着せずに、太腿に沿って鞘を装着出来るように。 とても、抵抗されたけれど、どうしても必要だからって…… ね。

 装いとしては地味に成らざるを得ないわよね。 だけど、其れが私に課された『お役目』でも有ったのよ。

 ほんの軽い化粧をして、髪も簡単に結っただけの私。 装いは準男爵の御令嬢の物とさして変わらぬ感じ。 目立つも目立たないもあったものじゃないわよね。 うん、コレでいいの。



 ―――― コレがいいのよ。



 だって、何時、修羅場に突入するか判らないんだ物ね。 其の時になって困るよりも、ちゃんと準備しておいた方が云いに決まっているもの。

 最初にこの装いで、授業を受けた時の、シーモア子爵の残念な物を見るような顔ったら! 私の装いが、何を主として考えられているかって、思い至った時のあの渋面って言ったら! シーモア子爵のあの顔を思い出す度に、思わず含み笑いが漏れ出しそう。

 其の様子をボールルームの片隅で見ていた、スコッテス女史のとてもいい笑顔って言ったら! 私は、私である事になんら痛痒も卑下も感じないもの。 私は、庶民の薬師リーナ。 ……でしょ? お役目が与えられたから、秋季大舞踏会に出席するのだものね。





 ^^^^^




「皆さんが貴族として社交界に正式にデヴューするまで、後二週間となりました。 胸に貴族としての矜持を持てましたか? 教師陣一同は、貴方達が次代のファンダリア王国の貴族となり、胸に誇りと矜持を持つ事を念頭にご教育してまいりました。 皆さんの晴れやかな笑顔を見ることは、わたくし達 教師陣一同にとって、どれ程誇らしい事か。 皆さんの一挙手一投足は、秋季大舞踏会に出席される、全ての貴族の者達に見詰められています。 よいですね、其の事を忘れぬように」




 ダンスフロアに勢揃いする、生徒さん達をに、スコッテス女史が生徒さん達全員に、申し伝えられたの。 壇上から、そう言葉を紡がれるスコッテス女史。 厳しい授業を潜り抜けた方々は、それぞれに感慨に耽っておられたわ。 壁際の目立たない場所から、そのお言葉を受けた私も…… まぁね。 スコッテス女史のお言葉はそこで終わると思っていたの。 でも、違った。 女史は続けられたの。




「……わたくしは、今年を持って、王立ナイトプレックス学院を退任いたします。 ここに居るシーモア卿も同じく。 貴方達は、わたくしとシーモア卿の最後の生徒となります。 あなた達はもう直ぐデビュダント。 一人前の貴族として、社交界にも出られるそんな ” 大人 ” となります。 外院外で、貴方達と会っても、もう教師と学生の間柄では有りません。 一貴族同士の間柄となります。 デビュダントを済ませてしまえば、そうなります。 わたくしと、シーモア卿が、貴方達と社交の場で会った時、”彼等は私達の教え子でした ” と胸を張れるような、貴人として生きていく事を、切に望みます。 貴方達の勉強の成果を見せて頂く事とさせていただきます。 ダンスを始めます。 優雅に、そして、貴人らしく。 宜しいですね」




 えっ? 女史が退任? シーモア子爵様も? えっ? どうして? スコッテス女史と、シーモア卿は「礼法の時間」を司る重要な位置に居られるはずよ? 学院長様だって、内務寮のお偉方だって、其の事は十分に理解されておられるはず。 ” 余人を持って代えがたし ” って、そう学院長様も折り有る毎にそう仰っておられた筈よ?


 それがどうして?

 ……お二方に何が?


 不思議だったの。 懸念ともいえるわ。 スコッテス女史とシーモア子爵の退官。 なにか…… そう、何か引っかかる物があったの。



^^^^^


 秋季大舞踏会と同様の形式での授業だったものだから、国王陛下の秋季ダイブ韜晦の『開催の辞』の役割をしたのが、今のスコッテス女史のお言葉だったわ。 壇上から降りられる女史。 王宮から招かれている宮廷楽士の皆様がダンス曲を奏で始めるの。 優雅なダンス曲に、生徒の皆さんはそれぞれのパートナーさんと踊り始めるの。


 今日、私は壁際に居る。


 私のパートナーである、マグノリアの貴人の方々は、もう学園には来ないもの。 王城コンクエストムの中で、最終の打ち合わせをされているはずなの。 そう、マクシミリアン殿下ももう学院の「礼法の時間」には来ない。


 本番の舞踏会でも、私の立ち位置は同じ。


 鋭くダンスフロアを見詰め、何か有れば飛び出せるように、気を抜かない事。 何時でも、山刀を振り出せるように、準備を怠らない事。 そして、それを気取らせない事。 殺気を感知し、それに対応する事。 高貴な方々に不用意に近寄る方に注意を払う事。

 それが、私に課せられた、” お仕事 ” なんだもの。

 油断無く、ボールルームに目を配る。 気配がした。 私の直ぐ側。




「リーナさん。 お役目の練習に成りまして?」

「スコッテス女伯爵様。 ……先程のお話は、事実ですか?」

「ええ、そうね。 リーナさん。 わたくしも、少々驚いておりましてよ。 また、来年も十二歳の方々をご指導するのだと、そう思っておりました。 リューゼも同じでしたわ」

「どちらからのご要望でしたの?」

「……貴女の心に浮かぶ場所からの要請でした。 貴女とは、また、王宮学習室でお会いする事になりましょうね」

「……王太子妃教育官…… に御座いますか? それは、また…… ウーノル王太子殿下に於かれましては、アンネテーナ様を最高の王妃殿下とされたいのですね」

「まぁ! 嬉しいわ。 リーナさんにそんなに評価されているなんて」




 冗談交じりのそんな言葉。 でも、王太子殿下の想いが、私には伝わったの。 決して、殿下の母君のようにならないように。 一流の王妃殿下とそう云われる様に…… それだけの御指導が可能なスコッテス女史に、アンネテーナ様への『御教育』を…… 『王妃教育』を、王太子殿下は委ねられたのよ。




「……スコッテス女史。 お願いがあります」

「なんでしょうか、リーナさん」

「アンネテーナ様を。 どうか、どうか、宜しくお導き下さいませ。 あの方は高貴で清廉な淑女です。 国母となり、この国を光に導く方です。 決して、ご教育を投げ出すような事はされません。 だから…… 宜しく…… 宜しく、お導き下さいませ」




 スコッテス女史の厳しさは良く知っているもの。 前世での王妃教育の最初の方でね。 音を上げたのは、私。 でも…… アンネテーナ様は決して投げ出したりしないわ。 ポエット奥様からの薫陶も、ドワイアル大公閣下の苦悩も、間近で見詰め続けておられたんだもの。 

 私の真剣な目に、スコッテス女史は、にこやかに応えられるの。




「勿論よ。 わたくしは、其の為に王宮に戻るのです。 わたくしの出来る限りの事は致します。 宜しくて、リーナさん。 アンネテーナ嬢が挫けそうになった時には、貴女が背中を支えてあげて。 王宮学習室で、貴女とまたお会い出来る事を、楽しみにしているわ」

「せ、先生…… あ、あの…… シーモア子爵もですか?」

「リューゼは、違う。 別の ” お役目 ” を、戴いたわ。 王太子府と宰相府からね。 貴女なら…… 予想は付くでしょう」

「……はい」




 そうか…… シーモア卿…… 『月夜の瞳』に戻られるのね。 シーモア子爵が、国内外に張り巡らした、諜報集団を束ね、そして、外敵からファンダリアを護る為に…… たしか…… 国王陛下より其の任を解かれたと、そう聞いていたんだけれど…… そうか、王太子府か。 




 国内情勢を掴む為に、ウーノル王太子殿下が呼び戻されたんだ……

 国務寮と、宰相府が、殿下に『月夜の瞳』の裁量権を、お認めになったんだ……




 ―――― また一つ…… 歩地を固められたのね。




 ドンドンと強化されていく、王太子殿下の権。 そして、それに付きしだがう、高位の貴族の方々。 国王陛下に取って代わる、次代の王としての資質と行動……



 ―――― いよいよ、動き出された。



 そんな、とても、とても強い印象を、わたしは受けたのよ。






 しっかりと引き結んだ口元。

 光へ続く、未来への道を……

 周囲を思慮深く見詰める群青色ロイヤルブルーの瞳。




 ウーノル殿下のそんなご様子が……






 ……幻の様に、



       ―――― 目の前に浮かび上がって来たのよ。





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