その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地への道程

大切な日。 驚きと、喜び。

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 とても…… 忙しくしていたの。 ほんとよ? 色々な事象が重なり合って、本当に忙しかったんだもの。 あの日、御使者の方々と共に執務室に帰った辺りから、私を取り巻く状況が大きく変化したのを、肌感覚で理解できたんだもの。

 落ち着いた私と、護ってくださっているティカ様が、御使者様方の居間個人的空間から、控え室に戻った時に、あの方々は、私達をお待ちになっていたの。 そして、恭しく礼を捧げて来られたわ。 そんな方々に、それは困るとお伝えした。

 ティカ様はいいとして、私は一介の庶民の薬師。 なのにそんな対応されてしまうと、悪目立ちしてしまって、其れこそ、色々と勘ぐられてしまうわ、ファンダリア王国の上層部の人達にね。

 それは、どうしても避けたい。 私が私らしく、市井の皆さんの中に入る為には、要らない護衛とか監視の目は不必要なんだもの。 護衛なら気心がしれた、第四〇〇〇護衛隊の皆さんが居るし、心強いシルフィーだって、” 強い ” ラムソンさんだって居るんだものね。 

 
 一応、ご了承して頂けたのよ。 今まで通りってね。



 ……だけどね。



 使節団の方々、私の答えに非常に満足を覚えたと云う事で、通商条約に関して、全面的にファンダリア王国の『試案』に賛成してくださったのよ。 有りえない事態に戸惑ったのは、ファンダリア王国の上層部。 特に財務寮の例の御兄弟は、疑心暗鬼に陥られたようなのよ。

 其れほどまでに、ベネディクト=ペンスラ連合王国の譲歩は大きく、ファンダリア王国側の当惑が疑念に変わるほどだったの。

 使節団の方々との交渉は其れからも詰められているのだけれど、其れまでの対応とは全く違い、とても友好的、且つ、協力的なんだそうよ。 

 それも、これも、私が答えたとされる、 ” 内密かつ、上級王太子妃殿下の個人的なご質問 ” に、使節団の方々がとても満足を覚えられたから…… って、そういう理由だったものだから…… ね。 

 だから…… 王太子府の中では、私が何を彼らに告げたのか。 そこ事についての憶測が、色々な方面に対して、流れていったの。 ティカ様に同席してもらって、彼女が私と、使節団の方々とのお話を、最初から最後までお聞きになっていたから、ファンダリア王国の秘事については何もお話していないと、そう証して下さっては居るんだけど……

 あちらとのお約束…… と云うより、言うわけには行かない事柄ゆえ、ティカ様ったら、お話の内容については、ついにウーノル王太子殿下にさえ、お話に成らなかった様なの。 私もこの件に関しては、死んだ貝みたいに、なにが有っても、その事については、” 絶対に ” 口を、開かなかったわ。

 そうよ、たとえアンネテーナ様に色々と問われてもね。 搦め手から聞くとは、ウーノル殿下も流石と云うべきなのかな? ティカ様に至っては、 ” 常道よ、それ ” なんて、仰っていたけれどもね。 




^^^^^



 色々な視線に晒されて、ほとほと疲れてしまった一週間だったの。 明日からは、夜月九月。 秋季大舞踏会に向けて、色々な方面のお仕事が目白押しに成るわ。 だから、早くに眠りに着きたかったの。 


 なのに…… ね。


 現状はと云うと、遠く、近くざわめきが聞こえるのよ。 私はと云うと、しっかりした背の高い椅子に座らされて、何もさせてもらえないの。


 第十三号棟の中。


 周囲にいるのは、心強い私の大切な人達。 シルフィーがにこやかに笑いながら、お茶をサーブしてくれる。 ラムソンさんが、其の様子を何時もの無表情で見詰めているけれど、尻尾がユラリと機嫌よさ気に揺れている。

 クレアさんも、スフェラさんも、それぞれに調理したお料理を、いつもの作業台に並べているの。 勿論、護衛隊の皆さんもね、作業台の向こう側に、思い思いに寛いだ姿で寝転がったり、座り込んだり。 とても、いい笑顔を浮かべてね。




「あ、あの…… この騒ぎは一体?」

「リーナ様。 発案はプーイですわ。 そして、皆、その案に乗りました」

「” 案 ”?」

「ええ、本日は何の日で御座いましょうか?」




 シルフィーの言葉に戸惑うの。 今日は、焔月八月の末日。 明日からは、とても忙しい夜月九月に入るわ。 お仕事関連が、本当に目白押し。 ゆっくりと眠れるの、もう、秋季大舞踏会が終わるまで、無理なんじゃないかしら? 

 本当なら、こんな宴席の様な事をしている暇は無いはずなんだけどな…… 其の事を一番に知っている、クレアさんも、スフェラさんですらも止めずに、こうやって宴席を張るのよ。 もう、訳がわからないわ。




「えっと…… 何でかしら?」




 戸惑う私に、皆がとても残念な生き物を見るような目で見てきたの。 何でよ!! だって、仕方ないじゃない! 判らないんだもの!! 


 コンコンコンコン とノックの音。


 シルフィーが、残念そうな顔をしたまま、出入り口の扉に向かうの。 なにやら、押し問答中。 でも、諦めた様に、お客人をお通しして来たわ。 シルフィーの顔に警戒の色がにじみ出ているの。 そんな彼女にラムソンさんは、ニヤリと笑みを投げかけるわ。




「シルフィー。 防諜に長けたお前でも、魔女の諜報能力には劣るな」

「ラムソン!!」

「魔女が手に持つ、モノを見れば一目瞭然だ。 何処で漏れたか…… お前でも判らぬ事が俺に判る筈も無い。 が、しかしな。 殺意も害意も無い、” お客人 ” だぞ? 拒めるはずは無いな」

「ラムソン…… それは…… そうなんだけれど……」




 小声で交わされる、そんな言葉。 そして、シルフィーが、嫌々お連れしたお客人が其の様子を、にこやかな微笑みを持って、聞いていたの。 侍女服に身を包み、【隠遁】の強い符呪が付いた眼鏡を掛けた女性。

 手に大きな、真っ白の箱を持っていたわ。 其の箱には見覚えがあるの。 そう、食堂で ” お持ち帰り ” する時に使う箱よね。 結構な大きさがあるから…… かなりの大物ね。

 相当前から、きちんと注文しておかないと、厨房長さんであっても、即応できない程のモノかも…… あの大きさの ” お持ち帰り ” って、食堂のお姉さんである、エルザさんが言っていた事を思い出していたのよ。




「ティカ様。 ようこそ、お越し頂きました。 仰っていただければ、此方かお伺いいたしましたのに……」

「招待されていないのよ、わたくし。 でも、絶対に来るつもりだったの。 シルフィー、甘いわよ。 情報の隠蔽は常に心を砕かないと。 厨房長様が、お漏らしに成ったわ。 だから、わたくしが取りに行ったの。 貴女、後で取りに行くつもりだったのね。 シルフィーの代理といえば、あっさりよ? ちゃんと、相応に受取人を指定しておかないから、こうなるよ。 おわかり?」




 ティカ様の言葉にシルフィーが絶句しているの。 一体、なんの事なの? 何を頼んだの? そして、この宴会の目的は? 単に、皆でお食事しましょう! ッて事じゃないわよね。 

 ティカ様が作業机の上に、其の大きな白い箱を置いたわ。 クレアさんもスフェラさんも少々戸惑い気味。 でも、大量のお食事と飲み物が配されて…… 皆にコップが行き渡り…… アルコールの香りまで……




「こうなっては仕方有りません。 ニトルベインの魔女。 貴女に譲ります。 どうも、リーナ様は思い出しては居られぬ御様子ですから……  無理にでも参加されようと成された、貴女です。 この宴席の趣旨は、ご理解されておられますでしょう。 お譲り申し上げます」

「そう、嬉しいわ、シルフィー。 これからも、リーナの心に寄り添ってね」

「……御意に」




 ティカ様は立ち上がり、手にコップを持つの。 そして、その場に居た皆に向かって、宴会の開催を宣するのよ。 一体、なにが始まるって云うの? 一切、なにも手出しが出来ず、立ち上がることさえ、許してもらえない、私。 

 そんな私を見詰めながら、ティカ様がおもむろに言葉を発せられるのよ。




「お集まりの諸氏、今宵この宴席につける幸せを神と精霊様に祈りましょう。 わたくし達の大切な ” 友人 ” が、この世に授けられし ” 奇跡 ” を。 こうして共に、同じものを食し、同じものを飲める幸せを。 神と精霊様に感謝を捧げつつ、薬師リーナへ。 


   ――――  お誕生日、おめでとう。 ――――


 今宵で十五歳と成った貴女。 道は険しく細く、しかし、弛まぬ努力と精霊様への献身に幸有らん事を願い、感謝の夜を開催する事を宣します」


   ――― 乾杯 ―――


 と、差し上げられるカップやグラス。 皆の笑顔が輝いて見えるの。 ティカ様は一口、グラスに口を付けられると、おもむろに持ってこられた、大きな白い箱に手を掛けられたのよ。

 ティカ様が白い大きな箱を開けて出てきたのは…… めったにお眼に掛かれない、大きなケーキ。 真っ白なクリームをたっぷりと使った、豪奢な出来栄えの、そんなケーキ。 小さなモノだって、とても高価なのよ? 


 ” お誕生日おめでとう ” 


 の飾り文字が、ケーキの上に大きく描かれているの。 厨房長の力作…… そりゃ、あの方だったら……



 って事は…… えっ? お、お誕生日会? ……なの? わ、私の? こんな事って…… えっ? えっ? ええぇぇぇぇ!!


 そ、そっか!! 焔月晦日! 私の誕生日だったんだ!!!



 か、完全に忘れていたわッ!! 








 呆然と成り行きを見ていた私。 でも…… とっても……


 とても、嬉しいの。


 ポロポロと涙が零れ落ちるのよ。 止めようが無かった。



 だって……



 こんなに、祝って貰えるなんて……



 思っても見なかったんだもの……



 みんな…… そして、ティカ様……






 本当に、ありがとう!!!





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