450 / 714
北の荒地への道程
大切な日。 驚きと、喜び。
しおりを挟むとても…… 忙しくしていたの。 ほんとよ? 色々な事象が重なり合って、本当に忙しかったんだもの。 あの日、御使者の方々と共に執務室に帰った辺りから、私を取り巻く状況が大きく変化したのを、肌感覚で理解できたんだもの。
落ち着いた私と、護ってくださっているティカ様が、御使者様方の居間から、控え室に戻った時に、あの方々は、私達をお待ちになっていたの。 そして、恭しく礼を捧げて来られたわ。 そんな方々に、それは困るとお伝えした。
ティカ様はいいとして、私は一介の庶民の薬師。 なのにそんな対応されてしまうと、悪目立ちしてしまって、其れこそ、色々と勘ぐられてしまうわ、ファンダリア王国の上層部の人達にね。
それは、どうしても避けたい。 私が私らしく、市井の皆さんの中に入る為には、要らない護衛とか監視の目は不必要なんだもの。 護衛なら気心がしれた、第四〇〇〇護衛隊の皆さんが居るし、心強いシルフィーだって、” 強い ” ラムソンさんだって居るんだものね。
一応、ご了承して頂けたのよ。 今まで通りってね。
……だけどね。
使節団の方々、私の答えに非常に満足を覚えたと云う事で、通商条約に関して、全面的にファンダリア王国の『試案』に賛成してくださったのよ。 有りえない事態に戸惑ったのは、ファンダリア王国の上層部。 特に財務寮の例の御兄弟は、疑心暗鬼に陥られたようなのよ。
其れほどまでに、ベネディクト=ペンスラ連合王国の譲歩は大きく、ファンダリア王国側の当惑が疑念に変わるほどだったの。
使節団の方々との交渉は其れからも詰められているのだけれど、其れまでの対応とは全く違い、とても友好的、且つ、協力的なんだそうよ。
それも、これも、私が答えたとされる、 ” 内密かつ、上級王太子妃殿下の個人的なご質問 ” に、使節団の方々がとても満足を覚えられたから…… って、そういう理由だったものだから…… ね。
だから…… 王太子府の中では、私が何を彼らに告げたのか。 そこ事についての憶測が、色々な方面に対して、流れていったの。 ティカ様に同席してもらって、彼女が私と、使節団の方々とのお話を、最初から最後までお聞きになっていたから、ファンダリア王国の秘事については何もお話していないと、そう証して下さっては居るんだけど……
あちらとのお約束…… と云うより、言うわけには行かない事柄ゆえ、ティカ様ったら、お話の内容については、ついにウーノル王太子殿下にさえ、お話に成らなかった様なの。 私もこの件に関しては、死んだ貝みたいに、なにが有っても、その事については、” 絶対に ” 口を、開かなかったわ。
そうよ、たとえアンネテーナ様に色々と問われてもね。 搦め手から聞くとは、ウーノル殿下も流石と云うべきなのかな? ティカ様に至っては、 ” 常道よ、それ ” なんて、仰っていたけれどもね。
^^^^^
色々な視線に晒されて、ほとほと疲れてしまった一週間だったの。 明日からは、夜月。 秋季大舞踏会に向けて、色々な方面のお仕事が目白押しに成るわ。 だから、早くに眠りに着きたかったの。
なのに…… ね。
現状はと云うと、遠く、近くざわめきが聞こえるのよ。 私はと云うと、しっかりした背の高い椅子に座らされて、何もさせてもらえないの。
第十三号棟の中。
周囲にいるのは、心強い私の大切な人達。 シルフィーがにこやかに笑いながら、お茶をサーブしてくれる。 ラムソンさんが、其の様子を何時もの無表情で見詰めているけれど、尻尾がユラリと機嫌よさ気に揺れている。
クレアさんも、スフェラさんも、それぞれに調理したお料理を、いつもの作業台に並べているの。 勿論、護衛隊の皆さんもね、作業台の向こう側に、思い思いに寛いだ姿で寝転がったり、座り込んだり。 とても、いい笑顔を浮かべてね。
「あ、あの…… この騒ぎは一体?」
「リーナ様。 発案はプーイですわ。 そして、皆、その案に乗りました」
「” 案 ”?」
「ええ、本日は何の日で御座いましょうか?」
シルフィーの言葉に戸惑うの。 今日は、焔月の末日。 明日からは、とても忙しい夜月に入るわ。 お仕事関連が、本当に目白押し。 ゆっくりと眠れるの、もう、秋季大舞踏会が終わるまで、無理なんじゃないかしら?
本当なら、こんな宴席の様な事をしている暇は無いはずなんだけどな…… 其の事を一番に知っている、クレアさんも、スフェラさんですらも止めずに、こうやって宴席を張るのよ。 もう、訳がわからないわ。
「えっと…… 何でかしら?」
戸惑う私に、皆がとても残念な生き物を見るような目で見てきたの。 何でよ!! だって、仕方ないじゃない! 判らないんだもの!!
コンコンコンコン とノックの音。
シルフィーが、残念そうな顔をしたまま、出入り口の扉に向かうの。 なにやら、押し問答中。 でも、諦めた様に、お客人をお通しして来たわ。 シルフィーの顔に警戒の色がにじみ出ているの。 そんな彼女にラムソンさんは、ニヤリと笑みを投げかけるわ。
「シルフィー。 防諜に長けたお前でも、魔女の諜報能力には劣るな」
「ラムソン!!」
「魔女が手に持つ、モノを見れば一目瞭然だ。 何処で漏れたか…… お前でも判らぬ事が俺に判る筈も無い。 が、しかしな。 殺意も害意も無い、” お客人 ” だぞ? 拒めるはずは無いな」
「ラムソン…… それは…… そうなんだけれど……」
小声で交わされる、そんな言葉。 そして、シルフィーが、嫌々お連れしたお客人が其の様子を、にこやかな微笑みを持って、聞いていたの。 侍女服に身を包み、【隠遁】の強い符呪が付いた眼鏡を掛けた女性。
手に大きな、真っ白の箱を持っていたわ。 其の箱には見覚えがあるの。 そう、食堂で ” お持ち帰り ” する時に使う箱よね。 結構な大きさがあるから…… かなりの大物ね。
相当前から、きちんと注文しておかないと、厨房長さんであっても、即応できない程のモノかも…… あの大きさの ” お持ち帰り ” って、食堂のお姉さんである、エルザさんが言っていた事を思い出していたのよ。
「ティカ様。 ようこそ、お越し頂きました。 仰っていただければ、此方かお伺いいたしましたのに……」
「招待されていないのよ、わたくし。 でも、絶対に来るつもりだったの。 シルフィー、甘いわよ。 情報の隠蔽は常に心を砕かないと。 厨房長様が、お漏らしに成ったわ。 だから、わたくしが取りに行ったの。 貴女、後で取りに行くつもりだったのね。 シルフィーの代理といえば、あっさりよ? ちゃんと、相応に受取人を指定しておかないから、こうなるよ。 おわかり?」
ティカ様の言葉にシルフィーが絶句しているの。 一体、なんの事なの? 何を頼んだの? そして、この宴会の目的は? 単に、皆でお食事しましょう! ッて事じゃないわよね。
ティカ様が作業机の上に、其の大きな白い箱を置いたわ。 クレアさんもスフェラさんも少々戸惑い気味。 でも、大量のお食事と飲み物が配されて…… 皆にコップが行き渡り…… アルコールの香りまで……
「こうなっては仕方有りません。 ニトルベインの魔女。 貴女に譲ります。 どうも、リーナ様は思い出しては居られぬ御様子ですから…… 無理にでも参加されようと成された、貴女です。 この宴席の趣旨は、ご理解されておられますでしょう。 お譲り申し上げます」
「そう、嬉しいわ、シルフィー。 これからも、リーナの心に寄り添ってね」
「……御意に」
ティカ様は立ち上がり、手にコップを持つの。 そして、その場に居た皆に向かって、宴会の開催を宣するのよ。 一体、なにが始まるって云うの? 一切、なにも手出しが出来ず、立ち上がることさえ、許してもらえない、私。
そんな私を見詰めながら、ティカ様がおもむろに言葉を発せられるのよ。
「お集まりの諸氏、今宵この宴席につける幸せを神と精霊様に祈りましょう。 わたくし達の大切な ” 友人 ” が、この世に授けられし ” 奇跡 ” を。 こうして共に、同じものを食し、同じものを飲める幸せを。 神と精霊様に感謝を捧げつつ、薬師リーナへ。
―――― お誕生日、おめでとう。 ――――
今宵で十五歳と成った貴女。 道は険しく細く、しかし、弛まぬ努力と精霊様への献身に幸有らん事を願い、感謝の夜を開催する事を宣します」
――― 乾杯 ―――
と、差し上げられるカップやグラス。 皆の笑顔が輝いて見えるの。 ティカ様は一口、グラスに口を付けられると、徐に持ってこられた、大きな白い箱に手を掛けられたのよ。
ティカ様が白い大きな箱を開けて出てきたのは…… めったにお眼に掛かれない、大きなケーキ。 真っ白なクリームをたっぷりと使った、豪奢な出来栄えの、そんなケーキ。 小さなモノだって、とても高価なのよ?
” お誕生日おめでとう ”
の飾り文字が、ケーキの上に大きく描かれているの。 厨房長の力作…… そりゃ、あの方だったら……
って事は…… えっ? お、お誕生日会? ……なの? わ、私の? こんな事って…… えっ? えっ? ええぇぇぇぇ!!
そ、そっか!! 焔月晦日! 私の誕生日だったんだ!!!
か、完全に忘れていたわッ!!
呆然と成り行きを見ていた私。 でも…… とっても……
とても、嬉しいの。
ポロポロと涙が零れ落ちるのよ。 止めようが無かった。
だって……
こんなに、祝って貰えるなんて……
思っても見なかったんだもの……
みんな…… そして、ティカ様……
本当に、ありがとう!!!
10
お気に入りに追加
6,838
あなたにおすすめの小説
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。