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北の荒地への道程
ロマンスティカの告解(2)
しおりを挟む「えっ? ま、まさか……」
「ニトルベインの秘め事。 口外しないでね? わたくしの「光属性」は、そういった穢らわしい情念の産物なの。 最初から…… 生まれ出る時から、汚れ、穢れていたのよ…… わたくしと云う者はね」
「ち、違います!! この世に生まれ出る者は、誰もが精霊様が配された、穢れ無き魂を持つ者ッ! 生まれ出る者には、親は選べません。 精霊様が、そのご加護をお与えに成った、全ての子供達が、汚れ穢れている訳は御座いませんッ!!」
そんな【言葉】は、聴きたくない!! 無垢なる赤子が、汚れ、穢れているですって?! ご自身を、そこまで貶めて、どうされるおつもりなの! ティカ様は、ティカ様は、誇り高く、矜持高いお方なのよ? 何故! どうして!! すっと眼を細められるティカ様。 そして、真摯に…… 深く語りかけるように私に問われたの。
「……リーナ。 では、わたくしのこの『光』の属性も? 短慮で己が欲望に身を任せた結果の産物であり、親からも、累系からも、御連枝の方々からも…… 関わりの有る人々から、廃棄されようとした、わたくしもなの? ふ、フフフ、フフフ、ファアハハハ、 アハハッハ! それは、とても、奇妙に聞こえるわ、リーナ」
「ええ、間違っては居ません。 ティカ様はそんな過酷な環境の中でも、ティカ様としてお育ちになった。 そして…… そして、何より、誇り高い ” ティカ様 ” として、わたくしとお逢いになった。 そう、出逢えたのですッ!」
すっと視線を落とされるティカ様。 其の表情が、とても暗く…… まるで、一人闇の中に佇んでいる様に見えたの。 ゆっくりと…… 吐き出されるように、御口にされる言葉。 まるで、告解の言葉の様に……
「……さっきね、ローレンセン卿に言われた事。 ” 腹違いの妹王女殿下の栄達が、御気に召さぬのでありましょうか? ” って、云われたでしょ。 あの時にね、わたくしは 狼狽えたの。 思っても見なかった…… って、そう今なら、直ぐにでも云えるわ。 でもね…… でもね、リーナ。 わたくしは、狼狽えてしまったのよ。 心のどこか、その奥底で、また、自分一人が置いていかれるのかと…… そう…… 狼狽えてしまったのよ。 だから、咄嗟に言い返せなかった」
私を見上げるように、震える瞳。 其の中に懺悔の色が見えるの。 そんな事…… 必要ないのに…… ティカ様は紛れも無く、私を護って下さったわ。 ええ、紛れも無くね。 だから、私は、私の思った通り…… あの時に感じた事を、一片の虚偽も、誤魔化しさえも無く、お話しするの…… でなきゃ、ティカ様が…… あんまりだッ!
「わたくしは、あの時、心の中に大きな傷を刻み込まれたティカ様を見ました。 凄絶なお生まれ、命すら狙われる幼少期、そして、使えそうと成ると、掌を返すように大公家令嬢として遇せられる。 近親の方々を…… いいえ、人すら信じられなくなる様なそんな状況の中でさえ、ティカ様はわたくしを護ろうとしてくださいました。 心優しく、強く、誉れ高い、そんな淑女の鏡の様なティカ様が、わたくしの為に怒って下さいました。
―――― どれ程嬉しかった事か。
そして、ティカ様の為ならば、わたくしは、強く有らねばと…… そう心が決まりました。 精霊召還術なとど言う、不敬極まりない術式を駆動させたのも、その為に御座います。 わたくしは…… わたくしは…… 傷つくティカ様を見たくなかった。 ティカ様の ” 誇りと矜持 ” を、蔑ろにする者を許せなかったのです。 だから、わたくしは心の底よりお伝えいたします。 ” ティカ様は決して、汚れもしていなければ、穢れてもいない ” と」
「リーナ…… わたくしが何者なのかを知っても尚、そう云うのね………………
………………あぁ、精霊様。 感謝を。 わたくしが持つ何をもも投げ打ちて、感謝を。 わたくしに、この義妹と巡り合わせて下さった事、感謝申し上げます」
ティカ様の翡翠色の瞳から、零れ落ちる涙が一筋…… 震える繋いだ手と手。 見詰め合う瞳と瞳。 ティカ様の深い孤独を理解し、その危うさに恐怖したの。 彼女の出自は、凄絶。 私も同じように、” 生まれてこなければ良かったのに ” なんて、云われもしていたけれども…… 少なくとも、私にはドワイアル大公閣下や、ポエット奥様、そしてアンネテーナ様が、愛してくださったもの。
ティカ様には、そんな存在は一人としていなかった。 当時も、そして、 今も…… 使い勝手の良い ” 駒 ” としての人生。 打算と利用価値の帳簿を常に突きつけられたような生活。 私だったら…… きっと耐えられないわ。 彼女の人としての資質は、彼女本来の物。
それだけに、彼女の現在がとても危うく見える。
友誼を…… 誰にも捧げられないであろう、友誼を私に。 ティカ様に願うわ。 決して、貴女は一人じゃない。 打算も思惑も無く、貴女を心配する事が出来る人が、此処に一人居ることを…… 判って欲しい。
「ティカ様。 わたくし達はお友達でしょ? 出逢った時から、今も、そして、これからも…… そうではなくって?」
「リーナ…… そう…… そう云ってくれるの?」
「ティカ様の淹れて下さったお茶はとても心が温かくなります。 わたくしも、ティカ様にお茶を振る舞いとう御座いますもの。 あの…… 薬湯茶では、御座いますが……」
「……うん、喜んでいただくわ。 こんど、お部屋にお出でになった時には、お願いしたいわ」
「喜んで!」
やっと、ティカ様の頬に、微笑が浮かんだの。 嘘偽りの無い、淑女らしい慎ましやかな微笑み。 常に貼り付けている、貴族令嬢の笑みでは無い、心からの微笑みなの。 それは…… 判る。 そして、それがどれだけ貴重なモノなのかも……
理解しているの。
手に紡ぎだした、制限付き【詳細鑑定】の術式を瞳に貼り付けた。 髪の色も戻ったわ。 これで、” 薬師リーナ ” は、戻ったの。 もう、” エスカリーナ ” は居ない。 ニコリと微笑むの。 私の笑顔を見て、ティカ様がなにやら思案顔なのよ。
どうしたの?
「リーナ…… 少々心配ね」
「” 何が ” で、御座いますか?」
「ローレンセン卿が、どの様に、上級王太子妃殿下に奏上されるのかがね」
「きっと、良き様に奏上される事に御座いましょう。 わたくし、精一杯 ” 釘 ” を刺しましたもの」
「相手は海に千年生きているような、”海龍” の様な方よ? 一筋縄では行かないわ。 それに、「海運商会『暁の水平線』は、あちらの第一王家の持ち物。 ご一緒した、王国魔導官 第三席 ジェイ=ザウール=ゴメスティアン様も、『暁の水平線』の一員。 二人がきちんと口を噤んで下されば、それで良いのですがね」
「ティカ様?」
「いっそのこと、ファンダリアの乗り込んでこられた、快速大型魔法動力帆船「テーベル」毎、一緒に海に葬ってしまいたいわ」
「ティカ様!!」
く、黒いわ、真っ黒よ。 静かに微笑むティカ様。 でも、其の笑顔に、色々な影が纏わり付いていて…… 怖いわ。 とても…… とても、怖い。
「あら、結構本気よ? それ程、貴女が何物かと云う事が、重要なの。 おわかり?」
「も、勿論に御座います!」
「では、二度と、自分からあのように、正体を現すような事は…… しないで欲しい」
「……はい。 ごめんなさい……」
「貴女の気持ちは確かに頂きました。 私の心が傷つくのを看過し得なかった。 そして、自らが何故、光芒に消えたかの理由をあちらの方々に、明確に、強力に、心に刻み込みたかった…… そうなのですよね。 だから、今回は…… ええ、此度は良しとします。 流石にあちらの方々も、精霊契約の元、姿を隠したといわれれば、それを暴き立てるような真似はしないでしょうしね」
「……ティカ様。 そうだと…… 其の通りだと、存じ上げます。 ノクターナル様も、その神威とお言葉にて、彼らに伝えられましたから……」
「ええ、今は、信じましょう。 それしか、方法が有りませんからね。 ただし、ニトルベインの者の監視は付くでしょう。 いえ、付けます。 ファンダリアの安全の為にも、良からぬことを考え出す者がいないとも限らないでしょうからね」
「そこまで…… 考えねばなりませんか、ティカ様?」
「まだ、緩いほう。 先程も言いましたが、本来ならば、使節団の御使者の方々には、ファンダリアからの出国は…… ね。 闇を見詰めてきた、わたくしでありますから、人の卑しい側面は、良く存じておりましてよ、リーナ?」
唇を噛み締めそうに成ったのよ。 冷たい、そう、冷酷ともいえそうな光で満たされている、ティカ様の翡翠色の瞳。 恐れが現実の物になりそうだったもの。 だめ…… 絶対に駄目。 力を眼に込めて、ティカ様を見詰めるの。
そこは、信じましょうよティカ様。 さもないと、誰も…… 誰も信用する事が出来なくなるもの。
でも、ティカ様のご懸念も良く理解できるわ。 ええ、本当に。 だから、彼女の言葉に同意するしかないの。 ええ、本当に、仕方なくだけど……
「ティカ様。 監視の目は必要ですね。 如何なる事が有っても、どの様にでも対応できるように、準備してまいりましょう」
「そうね…… リーナ。 貴女の気持ちも、決意も、理解したわ。 ――――この事に関しては、これでお仕舞い。 あとは、あちらの出方を見守るより他ありませんわね。 一旦は、手を引きましょう」
「ティカ様。 有難う御座います」
「リーナ、今後も、色々と周囲が煩いでしょうね。 お互い、気持ちを張って、参りましょうね」
「はい、ティカ様」
両手を握り、見詰め合うの。 しっかりと、未来を見つけなくてはいけない。 この国に生きとし生ける者の為にも。 そして、ティカ様の為にもよ。
ええ、そうよ……
―――― 私は、薬師リーナ。
辺境の薬師。
皆の笑顔を護るのが、私に課せられた精霊誓約。
ならば、誓約を護る為に……
これからも、努力してまいりましょう!!
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