その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地への道程

ロマンスティカの告解(1)

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「このままでは、薬師リーナに、少々、差し障りが御座います。 小部屋に下がらせて頂いても、宜しいでしょうか?」




 ふらふらする足元を気遣ってくださる、ティカ様。 体内魔力量が限界近くまで削れ込んで居るんですものね。 ややもすると、ティカ様の方に倒れこみそう…… 蹲る寸前って感じになっているの。 対処は出来るんですけれども、この場所では、ちょっと……




「おお、済まない。 両王女殿下、どうかあちらの小部屋をお使い下さい。 我等に配されている、小部屋に御座いますので、防御もジェイがしっかりとかけておりますゆえ」

「ご配慮、誠にありがたいことに御座います。 では、少々席を離れます。 良しなに」




 ティカ様は、私の手を取られ、ゆっくりと、小部屋に向かわれるの。 お顔の表情は非常に厳しいものだったのだけれども、それでも、私をとても心配してくださっているのは、痛いほど良く理解できたわ。

 小部屋への扉は、あっけなく開き、足を踏み入れる。

 控え室の控え室。 言うなれば、使節団の方々の個人的な空間とも言えるような、そんな場所。 居室って感じね。 多分、数人の高官の方々のお部屋なんだろうね。 豪華な天蓋付きのベットが四台。 中央にソファとローテーブルが置かれ、片隅には洗面設備も備わっているわ。 お部屋に付随するお風呂、トイレ、それもまた、豪華な仕様なの。

 ティカ様は何も言わず、ソファに私を座らせて、わたしのお隣に座られたの。

 片方の手を握ったままね。




「リーナ…… 無茶しすぎよ。 それで、その枯渇した魔力はどうするの?」

「ポーチの中に、高級高品質の魔力回復ポーションが御座います。 「穢れし森」の一件で、常備するようにしている、ポーションです。 突然、大量の魔力が必要と成る場合もございますので」

「では、早急にお飲みなさい。 でないと、貴女自身が害されるわ。 魔力の完全枯渇ともなれば、意識を失い、目覚めるまでに相当の時間を要します。 魔力回復回路の焼き付だって案じられる。 そうなれば、貴女の人格が変調を来たし、最悪…… 廃人になってしまう。 意識の有る内に、お早く……」

「はい、その様にさせて頂きます」




 腰に付けているポシェットから、魔力回復薬を取り出すの。 ちょっと大き目の瓶に入っていてね、封印はッ勿論リーナ印。 封を破り、栓を抜いて、一気に呷るの。 喉越しはあまり良くないし、お味だって、壮絶なものなんだけれど、効果はとても高いのよ。


    一気に魔力が回復するの。


 体内の魔力回復回路が限界まで頑張っていたのが、注ぎ込まれる魔力の量によって、二、三割効力を落とすのがわかった。 そうね…… 六割充足かな? もう一本を取り出し、同じように封を切るの。




「貴女ねぇ…… 魔術師の私だから言えるのだけれど…… ほんと、規格外ね。 そのポーション、どのくらいの魔力が詰まっているの? 普通の魔術師ならば、過剰摂取で魔力暴走に陥るわよ…… 全くもう」




 二本目のポーションの半分を飲むと、余裕が出てきた感じがしたの。 あとの半分は、様子を見つつ、少しづつね。 髪への魔力導入も同時に行い、髪の色が徐々に暗く…… そして、黒くなっていくの。 サイドの髪は、黒から更に変色して、紅く成るのだけれど、まだ、そこには到達していないわ。




「髪の色の変化が、そんな感じに成るのは、知らなかった。 漆黒の濡れたような髪の色は…… 魔力の蒸散もあるのね?」

「少しは…… でも、殆んどちゃんと、留め置かれますわ」

「目の色は…… どうやって?」

「はい、此方に……」




 紡ぎだしたのは、【制限機構付き、詳細鑑定】の魔法術式。 じっくりと検分されているのよ。 興味深そうに魔法陣をご覧に慣れれた後、小さく言葉を紡ぎだされたわ。




「【詳細鑑定】に制限機構をつけているのね。 制限が多ければ多いほど、不透過になる…… 紅い縁取りの黒い瞳な訳ね。 でも、そこまで制限を掛けちゃったら、なにも見えなく成るのではなくて?」

「おばば様もそう云われたのですが、どうにも情報量が多く、捌ききれません。 制限を掛けなければ、見るもの全ての情報が頭の中に流れ込んできて…… とても、とても……」

「……【完全鑑定】でも、そうは行かないわよ…… なんて人。 それに、術式的には強度を重視している、初級の鑑定魔法なのよね……コレ」

「はい、おばば様より御教え頂きました。 極初期に…… 少々不具合がありまして、おばば様と一緒に改変をしておりますの」

「……やはり、属性の問題? そうね、おばば様も私も属性は『光』だものね。 貴女の属性は『闇』。 其の辺りの問題なの?」

「はい、ティカ様。 この魔法陣のこの辺りと、そして、この辺り。 あと、この辺り。 本来の術式では、わたくしの魔力は滞留してしまって…… 『光』属性と、『闇』属性の術式対応表のような書籍が御座いましたの、ドワイアル大公家の閉鎖図書館にですが」

「おばば様が仰っておられた、賢者マーリン様が、おしるしになられた、アレですの?」

「ええ、まぁ…… 奇しくも、孫弟子に当ると…… そうおばば様は仰られておられました。 ティカ様もですわよ?」

「賢者と賢女を師匠に持つ…… か。 思えば、恐ろしいほどの幸運よね、魔術師としてだけど」




 少し遠い目をされたの。 きっと、ダクレール領での、おばば様との暮らしを思い出されたのね。 大公家のご令嬢としては、いささか…… いいえ、きっと、とんでもなく不自由な暮らしだったと思うの。 でも、とても楽しんでらした様ね。 細く細められた瞼に、懐かしげな色が見えたのよ。




「ティカ様。 わたくしは、薬師錬金術師ですわ。 賢者様、賢女様に行き着く道には居りませんもの。 その名を受け継ぐのは、ティカ様にございましょ?」

「嫌だわ、そんなの。 自分よりも魔法に関する知識の深い者が存在するのに、賢女の尊称を受けるなんて無理よ。 せいぜい魔女がいいところ。 それに、わたくしだって、貴女同様、表立って動くつもりも御座いませんわ」

「……ティカ様。 わたくしは…… ティカ様にも、光の道を歩んで欲しいのです」

「……ありがと。 でも、もう遅かったかな。 わたくしの両手は血で汚れておりますもの。 貴女の侍女だって、わたくしの事を 『 ニトルベインの魔女 』 と、そう呼んでおりますのよ? ご存知でしょ?」

「シルフィーには、もう二度とその様な名で呼ぶ事は、許しませんわッ!」




 寂しげに、眼を伏せ、そして言葉を紡がれる ティカ様。




「いいのよ…… 事実、彼女に恐れられて居る事は、理解しているし、変えようが無いもの。 そして、コレがわたくしの歩む道。 ウーノルが『光』ならば、私は『影』。 廃棄されし王女ですもの」

「そんな事、仰らないで。 ティカ様も…… ティカ様にもきっと光への道がありますわ」

「……本当に優しい子ね、貴女って。 暗渠の中を這いずる様な私に、そんな、希望を抱かせてくれるの?」

「勿論に御座います!! 義姉様に御座いますもの、ロマンスティカ様はッ!」

「……わたくしの、本当の父親を知っても?」



 ティカ様の瞳が妖しく光る。 怒っているのとは違う。 悲しんでいるのでも無い。 ある意味、表情の抜けた、空虚な色…… とでも云うべき瞳だったの。 戸惑ってしまった。 今まで、ティカ様のそんな表情を見た事無かったんですもの……




「ティカ様?」

「云うまいと思って降りましたが、リーナには伝えておこうと思います。 わたくしの『属性』の根源でもありますからね」

「……と、いいますと、光属性を其の身に宿された方? そうなのですか?」

「ええ、そうよ。 現国王、ガングータス国王陛下が王太子のみぎり、学院に於いてその周囲を固めし者達は、沢山居られました。 ニトルベインの義父様、フルブラント大公閣下、宰相ノリステン公爵、テイナイト公爵、そして、前王妃殿下で在らせられる、エリザベート様」

「ええ…… そうで御座いましたね。 お話は王国史にて、王宮学習室で伺っております」

「其の中に、後二人入るのよ。 一人は、現王妃殿下であらせられる、フローラル=ファル=ニトルベイン大公令嬢。 そして……」

「そして……」

「現神官長補佐にして、枢機卿。 フェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿よ。 フローラル様が、ガングータス王太子殿下に恋心を抱かれて…… でも、殿方からの賛美の目も失いたくなくてね。 ニトルベイン大公家には秘された事実が沢山あるのです。 紐解けば、王妃殿下のお立場は、春の日に溶ける雪のように儚く消えるでしょうね」

「…………」

「ガングータス王太子殿下への想いを現実の物とする為に、周りに周到に浸透し準備されたのが、デギンズ様よ。 フローラル様も大いに頼りにされていたの。 そしてね、あの方、とても見目麗しいの。 判る? そう、とても見目麗しい、フローラル様に優しげに振舞う、そんな男の人なのよ」






そ、そんな…… ティカ様のご実父が…… あの方なの……



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