その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地への道程

王宮学習室でのお茶会。

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 王立ナイトプレックス学院の合同授業が再開されるまで、あと一週間ね。




 つまり、焔月八月もあと一週間ってこと。 夜月九月の第二週の週末が…… そうね、秋季大舞踏会が開催される日。 だから、今年デビュタントを予定されている皆様は、それはそれは気合が入っているのよ。


 連日の夜会や、お茶会。 正式な社交界デヴュー前の最後の練習の機会だものね。 


 そう云えば、前世で私もアンネテーナ様にくっ付いて、あちこちのそんな会に出席してたわ。 場数を踏んで、淑女たらんとしてね。 随分と…… いいえ、盛大に勘違いしてたもの……

 高貴な振る舞い…… 言葉での探りあい…… にこやかな笑みの裏側での、腹の読みあい…… 優雅な振る舞いのスカートの下側では、激しく遣り合っていたのよ。


 もうね…… 穴があったら入りたい程、恥かしいわ。 なんて、無茶で、無謀で、驕慢だったのよ、私って……


 でも、それも前世での事。 生まれ変わった今、そんな世界とは無縁だもの。 そう、だって、庶民の薬師よわたし。 だから、安穏としていたの。 どうぞ、皆様、頑張ってくださいな、って感じでね。 




 そう…… 無縁だった筈なのよ。




 今日は王宮学習室に、アンネテーナ様のご診察に伺う日。 先日ドワイアル邸から、王宮学習室にお戻りになられたの。 秋季大舞踏会では、ウーノル王太子殿下の横でデビュダントに臨まれるアンネテーナ様。 彼女はまた、殿下のご婚約者でもあるんだもの。 だから、王宮学習室に囲い込んで、王妃教育をお受けになっている。

 そう、彼女にとっても、この秋季大舞踏会はとても重要な舞踏会に成るのよ。 もう既に既定の未来として、王太子妃となられるアンネテーナ様のデビュタント。 国内の主だった貴族はもとより、中位、下位の貴族の方々とも交流を持つ事もまた、彼女に課せられた使命なんだものね。


 大変よね。 ほんとに、大変。


 ご実家である、ドワイアル大公家にて英気を養って欲しいというウーノル殿下のお心遣いから、御宿下がりと云う名目で、先週までご実家に帰られていたのね。 まぁ、王宮に戻られて最初に行われるのが云わずと知れた、私の診察。


 御休暇の間に、何かあったら困るものね。


 王宮第九層の王宮学習室への道程は、何時にもまして厳重な警戒が敷かれていたの。 まず、アンネテーナ様がお戻りに成っている事。 高位の貴人様達が、秋季大舞踏会への参加の名目で沢山いらっしゃる事。 さらに、南方、ベネディクト=ペンスラ連合王国の外交官、および、第一王家の方達が、通商条約の締結に向けて、王宮に滞在されている事。

 それはそれは、厳重な警戒なのよ。 何時もは、にこやかに笑って挨拶してくださる護衛騎士の方々も、流石に顔を強張らせて、周囲の警戒に余念が無いわ。 

 何時もは、素通しの各営門も、きちんと招聘状を確認される警戒振り。 さらに、各所に【魔力探知】の魔法陣が幾つも仕掛けられててね。 盗聴とか、盗視やらの魔法が使えないように、要所要所に【対魔法防御殻アンチマジックシェル】なんかが、打ち込まれているの。

 まぁ、他国の使者が訪れているんだもの…… その位、厳重じゃなくてはね。 彼らの安全を担うのも、当然、ファンダリア王国側の責務なんだもの。

 長々と時間を掛けて、えっちらおっちらと、王宮学習室に向かうの。 予定よりかなり時間を取られたけれど、王宮の警備全般が強化されていると、学習室からご連絡を戴いていたので、遅れる事は無かったわ。 其の分、朝の王宮外苑でのお仕事は、ウーカルさんと、アギールさんにお任せしたんだけれどもね。




 ^^^^^



 そうそう、ウーカルさんとアギールさん。 ついに、大錬金釜を使いこなせる様になったの。 色々と、お勉強してもらったんだけど、案外早くモノにしてくれたのよ。 とても、嬉しいわ。 それでね、彼女達 ” 呪術医見習いトゥティー・ソーサラー ” だったから、薬草関連について、人族の薬師よりも、ずっと良く知っているのよ。

 使い方さえ覚えれば、大錬金釜を使って、希少で特別な効能を持つ素材を、普通の魔法草から分離精製できたりもするの。 原材料は、イグバール様から頂いている、南方の薬効豊かな魔法草。 あの子達は、私もビックリするような成分の抽出までしてのけるのよ。




「全ては、リーナ様のお導きのお陰です。 私達は、” 存在している ” 事を ” 知っていた ” まで。 実際に抽出できたのは、リーナ様のお導きと、この大錬金釜のお陰です。 森のババ様だって、無理ですよ。 こんなの……」

「そう…… なの?」

「あまりにも微細に過ぎます。 森のババ様でも、よくて、二、三種の混合物が、偶に取り分けられる位です。 それも、相当希少な原材料を使ってですよ? いくら、薬効豊かな魔法草であったとしても、単なる魔法草から分離精製できるような代物ではありません。 でも、リーナ様? この薬剤…… なんに使われるのですか?」

「……内緒。 ちょっとね、高位のポーションを練成しておいたほうが良いから。 ……いずれ向かう、北の荒地に於いて、必要なモノだからなの。 実際、練成できるかどうかもわからないしね。 試してみたい事があるの。 其の時は、お手伝いお願いね」

「ええ…… まぁ…… リーナ様がそう仰られるのでしたら…… 危険な薬剤ではないでしょうね」

「それは、保障する。 基本的に自分自身で使うつもりだから」

「……そういって、また、無茶をされるのでしたら、お手伝いいたしませんよ?」

「ええぇぇ! なんでよ。 大丈夫だって! 間違いなく、私の役に立つものなんだよッ! お願いよッ!」

「……しかたありませんね。 何時でも、お申し付け下さい。 で、本日は、これの分離精製を進めておけば宜しいのですか?」

「ええ、お願いします。 もし、誰か来ても中には入れないように。 その辺は……」




 私の言葉を受けて、ラムソンさんが応えるの。 そうね、彼らが王宮に入る許可はまだ貰えていないから、今日も、この錬金室でお留守番。




「判っている。 俺と、シルフィーで邪魔者は通さない。 ウーカルと、アーギルが席を外す時には、錬金室は封鎖する。 魔法的にはシルフィーが、物理的には俺が。 それでいいな」

「うん、お願い。 ちょっと、面倒な薬剤もあるから、誰も入らないようにね」

「承知した。 では、また、夕刻にな。 気をつけて」

「決して、無茶なさいませんように。 もし、何らかの不具合や、対処に困る事がありましたら、呼子を鳴らしてください。 人族には聞こえない音で、大音響を鳴らせます。 森狼のテトが、今日は参っておりますから、直ぐにわかります。 さすれば、わたくしが参じますから」

「シルフィーに無茶させないように、オトナシクしておくわ。 ふふふ」

「本当に、オトナシクしていて下さいませ。 何分と強化されている王城の守りを抜くのは、いかな『疾風の影』でも骨が折れますので」

「はいッ! 了解!!」

「リーナ様ッ!!」

「じゃぁ、後は宜しくね」




 踵を返し、王宮学習室に向かったの。 あの人達に任せておいても、安心ね。 練成を目指しているのは、高位回復ポーション。 おばば様が目指した、『 エリクサー 』 に、似たモノなの。 ただし…… この世界の術式じゃないのよ。 魂に刻み込まれた、異界の魔法にその記述が有ってね……


 あちらの世界の超回復薬ウルトラ・ハイ・ポーションなのよ。 

 いわば、魔人さんの世界の『 エリクサー 』……


 体力と魔力が全回復するって、そんな夢みたいなポーション。 代償は…… とても希少な材料。 成分と仕様レシピは、頭と云うか魂に刻み込まれているの。 だたね…… とても繊細な錬金術式を要求される。 まだまだ、私では作れそうにないのもまた事実。



  ―――― でも、研鑽は怠らないわ。 



 なにが起こるかわからない、そんな北の荒地。 だからこそ、そんな夢の様なトンデモ無いポーションの練成も視野に入れなくちゃならない訳なのよ。 そう…… いずれ…… 必要に成る…… そんな気がしてならないよ。




 ^^^^^^




 王宮学習室にやっと到着。 内側でのお出迎えは、何時もの女官さん達。 やっと、笑顔に出逢えたの。 流石に、学習室の中は通常通りの警備体制ね。 見知った護衛の女性騎士さん達の姿も見えるし、女官さん達は、通常通りの配置についているのよ。

 あのね…… こっそりとだけどね、女官さん達、女性騎士さん達にね、お肌がつるつるになる化粧石鹸を贈呈してあげたのよ。 だってね、手が…… ね。 とても、王宮に出仕している女官さんとかと思えないくらい荒れていたのよ。

 だからね、ちょっとした、お礼の品なの。 精一杯アンネテーナ様に御仕えしている彼女達なんだもの、ちょっとはね。 大好きなアンネテーナ様を御守りする方々なんだものね。 それが、彼女達が私に笑顔を見せてくれる事に繋がったなんてね。 

 みんなの笑顔で、王宮学習室を一杯にしたいなと、思ってしまうわ。

 いつもの女官さんの先導の下、応接室に入ると迎えてくださったのは、アンネテーナ様とティカ様。 どちらも輝かしい装いで、其の上光り輝くようなお美しさ。 もう…… 圧倒されそうね。

 でも、そんな事全く気にせず、アンネテーナ様が私を認めると、足早に来て下さったの。




「リーナッ! 久しぶりね。 元気にしていた?」

「アンネテーナ様に於かれましては、ご機嫌麗しく。 直言のご許可を賜りたく」

「もうッ!! 何時も其れね。 王宮学習室の中では、自由に発言しても良いと、わたくしが許可を出しているのと云うのに! ロマンスティカと同じ様な事を!! 私達は、友誼を結んでいるのではなくて?」

「勿体無いお言葉では御座いますが、何分と…… その……」

「身分……ね。 大公家の息女…… 王太子殿下の婚約者…… ほんとに、要らない鎖の様…… でも、お願いよ、この学習室の中では、そんな言葉使いは嫌よ。 表では無いのよ? ココは、私達の私的な空間なの。 心許せるモノしか、ココには入れないの。 肌を見せる薬師である貴女に、心を許せなくては、誰に心を許せるのかしら? おわかり?」

「アンネテーナ様……」




 ふと、横を見ると、やはり笑みを浮かべながら佇んでいるティカ様。 あの顔は…… 困ってらっしゃるのね。 確かに、籠の鳥の様な生活で、心安らかに、軽口を叩ける相手など、望むべくも無いアンネテーナ様。 でも…… だからといって…… 庶民な私にそんな軽々しく……




「リーナ、諦めなさい。 アンネは、言い出したら聞きませんわ。 わたくしも、先程、約束させられました。 少なくとも、デビュタントが終わるまでは、こと、この王宮学習室の中では、直言を常に許可し、虚言を配し、平素な言葉で話すことと…… 王太子殿下のご婚約者様からの、” ご命令 ” ですわ」

「もう、ティカったら!」




 ちょっと、お怒り気味のアンネテーナ様。 そうね…… アンネテーナ様はそういう方だった。 淑女の仮面と、お優しい内側の表情。 懐に入れた者に対しては、慈しみの笑顔を常にお顔に浮かべられる、そんな方。 

 前世では…… そんな彼女を怒られてしまうような、出来の悪い私だった…… もっと…… 仲良く慣れていれば、あんな『蒼い空』なんて、見ることは無かったんだろうな……





 ^^^^^^




 アンネテーナ様の私室のベッドで、診察を終え、特に注意を必要とする事も無かった事に、精霊様に感謝の祈りを捧げたの。 よかった…… 暴飲暴食なんて、アンネテーナ様はしないけれど、ドワイアル大公家に於いて、食事はかなり豪華だったはず。


 外務卿のお立場から、ドワイアル大公家の食卓には他の国の食事も度々饗せられるものね。


 珍しい果物や、魚、肉、そして香辛料。 中には、ハーブを目一杯利かせたモノだってある筈。 ちょっと、困ったことに、その様な香辛料、ハーブ類には、ファンダリア王国人には向かないモノもあるのよ。 其のせいで体調をお崩しに成っていないかと、少々心配していたわ。


 食べ物って、ほんとに大切なんだもの。


 まだ、焔月八月だから、王宮での王妃教育もお休みなの。 教育官の方々も、貴族の方だから、それなりに社交をこなさないといけないしね。 それも、夜月九月までだけどね。 だから、今日はお茶会にしましょうって事になったの。

 王宮学習室の一角にバルコニーがあってね、かなり広めのそこは、第九層の高みから、街を望めるようになっていたの。 勿論、【矢避け】の術式やら、【対魔法防御殻アンチマジックシェル】やらの魔法陣はガッツリ打ち込まれているわ。



 それに、ティカ様がいるから、魔法攻撃に対しても万全。 万が一、万が一よ、誰かが侵入してきても、私が居るしね。 腰の山刀は、やっぱり取り上げられていないもの。 薬師装束の一部って、そういう認識なのかしら、それとも、側近護衛としての役割も知らない間に担わされているのかしら?

 まぁ、有った方が私も心強いものね。 首から提げた呼子・・は、御守り代わりって感じかしら?





 焔月の空は高く、そして澄み渡り……

 水の気配が遠く…… 月の名前の通りに、まるで燃え立つよう。

 強い日差しも、気持ちよく……

 乾いた風に一瞬の涼を感じるの。

 真っ白なしつらえのお茶会。

 まるで、アンネテーナ様の様ね。

 純白の姫君……


 何をもにも侵されぬ気品と崇高な意思を秘めた……

 わたしの大好きな従姉妹。





 護りたいの…… 彼女の輝く笑顔を……





 ティカ様の淹れたお茶は、とても、とても、美味しかったわ。






「申し上げます。 王太子府より、至急来られたしとの、ご命令に御座います!」







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