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北の荒地への道程
焔月の薬師
しおりを挟む焔月
陽光は輝き、風は穏やか。
ファンダリア王国の誰もが、待ち望む季節。 貴族の方々は、社交に外交にとても忙しくされる季節。 貴族の方々の開催されるお茶会、晩餐会、そして、舞踏会が開催されるそんな季節。
庶民にとっても、活発に活気に溢れるそんな季節。 人々の顔には、笑みが浮かぶ。 街でも様々な催しが執り行われ、お祭りの季節でもあるの。
光が溢れるこの季節のお祭りは、勿論、光の精霊 グローリアス様を賛美し祈りを捧げるものね。 明るく陽気で、そして、溌剌としたそんなお祭りね。
―――― 街の活気も、当然よね。
わたしは…… ちょっと、悄気ているの。 何でかって云うとね…… そんなお祭りを楽しみにしていたのに、遊びに行く事すら出来なかったから。
街には出てたのよ? かなり頻繁にね。 でも行き先は、治癒院とか、教会の孤児院とか、薬師所とか…… ほら、街が陽気に騒いでいると、相応に怪我する人とか、病気になっちゃう人とか居るでしょ? そして、王都ファンダルの薬師事情はかなり…… いいえ、相当逼迫しているの。
ほら、聖堂教会が王宮薬師院の薬師を徴発して、北の荒地に送った挙句、其の大部分を失ったでしょ? あれが、遠因になっているのよ。 力ある市井の薬師さん達は、王宮薬師院に緊急で応援に向かったし、各軍にも相応に徴発されているわ。
その結果、市井に居る薬師の皆さんに多大な負担が掛かっているの。 一人が対応できる患者さんの数には限りがあるし、慢性的医薬品不足は、弱い人達から影響が拡大しているの。
出来るだけの事をしようとすれば、足りない医薬品を連日練成して、原価で配り歩く…… こと位なのよ。 原価って云っても、私が採取したり狩って来たものだから、ギルドの買取価格でって事ね。 だから、練成したら練成するだけ捌けていくのよ……
―――― でも、それだけじゃダメなの。
特に重篤な患者さんが居れば、何処からとも無く繋ぎがつけられ、そして、何となくだけど、行かなくちゃって気になるのよ。 本当に救いと癒しを求めている人で、精霊様に真摯に祈られていたらなら…… 何故かきちんと私の元にお話がやって来るの。
それは、孤児院の片隅とか…… 治癒院で見放されそうになっているとか…… そんな感じの、” 生きたい ”、 ” まだ死ねない ” って、強烈な意思を持っている方々ね。 多分…… 多分だけれど、願いと祈りが、「闇」の精霊 ノクターナル様に届いて、そして、ノクターナル様が私に命じているんだと、そう思うの。
” 救い、癒し、手を差し伸べよ。 遠き時の輪の接する所に来るには早すぎる者達。 お前の力で救え ”
そう、云われている気がするの。 だから、わたしも力の限り頑張っているのよ。 そう、力の限りね。 高々、一人の薬師でしょ? そんな、大きな事は出来ないわ。 出来る限りで対処している…… のよ。
学院はお休みだから、相当時間は取れる。
アンネテーナ様がいらっしゃる、” 王宮学習室 ” に伺候するのも、週に一度位。 第四軍が必要な医薬品は、消耗品くらいだから、そんなに忙しくない上、兎人族の皆が、王城外苑 錬金室で大体練成してしまえる程になってきたしね。
ティカ様の ” お部屋 ” には、夜にお邪魔するくらいだし…… そう、だから、時間は有ったの。 採取して、迷宮に潜って、魔物を狩って…… お薬の素材を集め、必要な場所で、必要な医薬品を練成する。
ただ、それだけなんだけれど…… 横目にお祭りを見ていると…… ちょってね。
はぁ……
市井の皆さんの輝く笑顔は、何よりの ” ご褒美 ” なんだけれど…… ちょっとね。 孤児院と治癒院を巡っての帰り道。 あと、数箇所…… 薬師さん達の所を覗いていこうかなって時に、シルフィーが手を掴んで、下町の脇道に私を連れ込んだの。
其の先にあるのは、こじんまりとした、お茶屋さん。 お祭りだから表通りは、人で一杯だったけれど、そこは妙に閑散としていて…… テラスの席には、私とシルフィーの二人しか居なかったの。 早く、次に行こうとする私を、無理にでもって感じで、このお店に連れ込んで、お茶の時間を持つ事になったのよ。
^^^^^
思い詰めた様な顔をするシルフィー。 店員さんが、薫り高いお茶を持って来て、そして、下がった後…… 心に何かを決めたような顔で、言葉を紡ぎだすシルフィー。 ちょっと、耳の痛い話だったわ。
「リーナ様。 お忙しいのは判りますが、少しは息を抜かないと…… お体に障ります」
「シルフィー…… そうは云っても、待っている方がいらっしゃるのよ。 投げ出せないわ」
「……それでは、リーナ様が疲弊しきってしまいます。 今年に入ってから、どのくらい ” お休み ” を、お取りになられました? 私の知る限りでは、ベッドでお休みになっている時間すら短くなって来ております。 王都全ての市井の方に対して、リーナ様は何の責任も負ってはおられません。 国がすべき事まで、リーナ様がしておられるように見受けられます。 ダメです。 そんな、無茶をなさっては」
「…………でも」
「何通かのご招待状が、王宮学習室から届いて降ります。 アンネテーナ様の診察、そして、その後のご学習以外の、『 お茶会 』への招待状に御座います。 どれも、リーナ様がお断りに成ってましたね。 気を抜くのも、必要な事では無いのでしょうか? アンネテーナ様、ベラルーシア様、そして、ロマンスティカ様の連名の物も御座います。 わたくしの一存にて、お返事を出しては居りません。 如何でしょうか? ……貴族の皆さんとのお茶会では、気が休まりませんか?」
「ん~~~。 それも、あるのよ。 私は庶民の薬師でしょ? 王宮学習室に伺候するのでさえ、ちょっと、気後れがしているの。 ティカ様の ” お部屋 ” には、気軽に行けるんだけどね」
「あの ” お部屋 ” では、おぞましい ” 異界の魔術 ” の法理を読み解く為に、集中しておいでに御座います。 あれでは、気も休まりますまい。 リーナ様。 今から、『疾風の影』 シルフィー=ブレストン としての経験からお話します。 いいですか?」
「うん…… 何かな? シルフィー」
「リーナ。 過度な集中をずっと続けていれば、精神が焼き切れる。 そうなったら、廃人一直線さ。 拷問で何かを吐かせる時には、眠らさず、ずっと尋問し続けるってのがあるんだ。 相手が強固な意志を持っていても、一週間もすれば…… 判るよね。 錯乱状態になりながら、ペラペラと知ってる機密をしゃべってくれるんだ。 リーナの状態は、それをされているのと同じだよ。 リーナ…… まともに眠ったの、何日前? そんなんじゃ、助けられる人も助けられなく成るよ? いいの?」
「えぇ…… そう…… かもね。 ちょっと、頑張りすぎちゃったかな?」
「ちょっとじゃないよ!! 全くもう!! 私の見立てじゃ、少なくとも、丸一日 眠らないとッ!!」
ふぅ…… そうかな…… シルフィーの目から見ても…… そうなんだ。 たしかに疲れているしね…… どうしても、私でないとダメって訳じゃないし…… でも、シルフィー怖い事云うのね。 此れって…… 真摯な忠告って事なのかしら?
「とりあえず、明日は何の予定も入れません。 その旨は、クレアにも、スフェラにも伝えました。 勿論、ニトルベインの魔女にも。 リーナ様の状態をご報告したら、あの魔女も心配しておりましたよ? 良いですね。 明日は眠ってください」
「……そこまで、手を廻していたの?」
「ええ、そうしないと、リーナ様はお休みを取られませんからねッ!」
シルフィーの瞳が強く強く輝くの。 怖いくらいの眼力ね。 ちょっと、引いてしまうほどね。 判った…… そこまで ” お膳立て ” してくれているのなら…… 丸一日、眠る事にする。 お休み。 完全休養…… って事にするわ。
「判ったわ…… 明日は、眠る事にする」
「良かった…… ほんとうに良かった。 では、諸々の事は、わたくしが……」
「お任せね。 じゃぁ…… 今日は、この辺にして、帰りましょうか」
「はい、リーナ様。 薬師所には、後程、誰かに医薬品を届けさせます。 兎人族のモノであれば、大丈夫でしょう。 そうですね、ウーカルあたりに…… だから、気にせず帰りましょう。 リーナ様…… 働きすぎです」
「……えへ。 そうかな?」
「ええ、全く貴女って人は…… 」
苦笑いを浮かべる私を、愛おし気に見詰めるシルフィー。 そんなに心配させちゃったかな? 大丈夫だよ、私。 精霊様とのお約束もあるしね。 精霊様の御意思に叶う事だものね。 きっと、私にもご加護があるわ。
にへら と、笑みを浮かべ、テラスの席を立つ。
もう直ぐ、焔月も終わり。
そうしたら、私も十五歳に成る。
前世では、この時期とても忙しかった。 別の意味でね。
マクシミリアン殿下に振り向いてもらおうと、着飾ったり、宝飾品を求めたり、そして、王宮をウロウロしたり…… あの時の自分…… 本当に恥かしい。
市井にこんなにも苦労している人達が居るというのに、私は…… 私の事だけしか頭に無かったもの。
だから…… この忙しさは、嫌じゃないの。
それに、此れは私の贖罪。
深く『 後悔 』を、自身の心の奥底に刻んだ私の……
” 贖罪 ” でも、あるんですもの。
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