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断章 17
閑話 王太子に生まれる一つの ” 疑念 ”
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フッと溜息が零れ落ちるリベロット。
「フゥゥ、また、彼女か。 そうか…… 薬師リーナ殿が ” 種を撒かれた ” のか……」
遠い目をしながらの言葉だった。 フルーリーが、イグバール商会から聞いた話として、リベロット達に伝えているが、それも、やや過小気味に伝えている。 南方辺境領の各町にある、薬師所では、リーナが伝授した方法での粉薬の製薬を主にしているが、辺境では極めて希少な、『 闇 』属性を持つ ” 薬師 ” には、各種ポーション類の練成魔方陣を、羊皮紙に書いて渡してもいた。
少量の魔力でも、起動可能で、一連の作業を全て書き込んだ其の練成魔方陣は、辺境で苦しむ患者達の最後の砦の様な物となりつつある。 魔力の少ない、辺境の薬師でも扱えるようにと、薬師リーナが特別に刻み込んだ、数枚から、所により数十枚もの練成魔方陣。 それを対価無く、必要としている町々村々の在野の薬師達に渡していた薬師リーナ。 本来ならば、師匠と弟子の間の口伝の様な物であるような物。 惜しげもなく、それらの魔方陣を、薬師の居る町々、村々に分け与える彼女の姿勢をして、
――――『 愛と慈しみの薬師 』
と、呼称される所以であった。
^^^^^
ポーション類は、その薬効の保持期間の短さゆえ、常に造られていた。
そして、余剰分はそのまま、領主や在郷の商家を通じ、ベネディクト=ペンスラ連合王国の商船団の船医達に流れている。 洋上で一人の船員を失う事は、死活問題に他ならない。 陸地も遠く、治療できる当てなど、船に積まれる医薬品しか無い。 遠く、南の大陸までの遠洋航海に於いて、医薬品は王宮宝物殿の ” 宝物 ” のように扱われる。
言い換えれば、とても高価な取引商品となる。
「そうか…… 奇しくも、あちらの行政官が言った言葉が正鵠を射ていたと云う事か」
リベロットが、そう感慨深そうに口にする。 その口振りをして、興味を引かれたのか、其れまで一切口を挟まなかったウーノル王太子が問う。
「リベロット、どう云う意味だ?」
「はい、殿下。 呼び出しの調査の時に、辺境の行政官が口にした言葉に御座います」
「なんだ、其の言葉とは。 少々気に掛かるが?」
「南方辺境域には、” 種を撒く人 ” が、居た。 ……と。 そして、彼は続けて云ったのです。 ” 我々は、彼の御仁に恥かしくない様に、撒かれた種を誠実に育てるだけである ” と。 そうか、そういう意味だったのか。 人を慈しみ、最大限に彼の地を者達を護らんが為に成した事が、ファンダリア王国の致命的な弱点おも、克服していたとは…… 当人はそんな思いを持っていたとは、思われませんが…… 流石は、「精霊の愛し子」で有りましょうな殿下」
「…………そうだな。 王国に…… あまねく、王国の民に慈愛と加護を与えられる、精霊様のお導きと云う事……か」
未だ、窓の方から視線を放さず、そう呟くウーノル王太子。 感慨深げな其の言葉に、渋面を晒していた、二人のミストラーベ大公家の漢達も、深く頷く。 その場に居た者達も、様々な思いを、その胸に抱く、そんな言葉だった。
暫しの沈黙があり、ウーノルは言葉を発する。
「良く判った。 今後の指針を提示する」
振り返り、王太子府につめている側近達に顔を向ける。 引き絞ったような表情を浮かべ、語るファンダリ王国の指針。
「国王陛下は、今回の通商条約は、わたしに一任するとそう仰っている。 陛下の経済官僚達も、この条約には懐疑的だ。 しかし、今の話を聞き、私は理解した。 ファンダリア王国にも利があると。 ならば、この条約は ” 是 ” であると。 用心し、仔細漏らさず検討すべきではあるが、指針は『条約締結』を目指す。 あちらも、上級王太子殿下が全権を持って来訪されると、そうある。 時期は今秋。 其れまでに、検討を厳とする事。 また、南方、西方の現状について、調べを進めることを命じる。 よいか」
「「「 御意に 」」」
王太子府に詰めていた者達が、粛々と執務室を後にする。 其の中に、アンネテーナも、ベラルーシアも、ロマンスティカも、そして、精一杯の報告を成した、フルーリーも居た。 瞳に ” 残りますか? ” 問いを浮かべる、ロマンスティカに軽く首を振るウーノル。
” 少し、一人にしてくれ ”
言外の意思に、ロマンスティカも従った。
静かに成った執務室。 後ろ手に手を組み、もう一度、花月の半ばの、王都ファンダルを眺めるウーノル。 其の視線は茫洋と町並みを見詰めてはいたが、心の中では様々な思いが浮かび上がり、そして、消えて行く。
―――― 浮かび上がるのは、” 疑念 ”
” 早い…… いや、状況が違うのか。 前世まで幾度も体験した現実は、この時点では、何の話も無かったはず。 と云うよりも、南方領の経済侵略の最中であった筈。 アレンティア侯爵領を含め、南方辺境領の経済を完全に乗っ取られ、南方辺境領がファンダリア王国から離脱する為の用意をしている時期だった…… それが…… 何故だ。 経済侵略では無く、正当な通商条約を望むのは、何故だ…… 発展し、経済力をつけつつある、南方、西方辺境域の現状からか…… それとも、上級王太子の ” 唯一 ” の存在か…… ともあれ、この秋には、判明するはずだ。 この南方からの脅威が、少なくとも平穏となったのは…… やはり、姉上のお陰なのか…… 彼の上級王太子の ” 唯一 ” を護り抜いたのは、他ならない、姉上なのだからな。 いや、まぁ……、それにしても、あの娘は…… 何処までも、驚かせてくれるな。 ” 種を撒く人 ” ……か。 まったく…… ”
遠くを見詰める、ウーノルの目に、幻視の様に、二人の女性が浮かび上がる。
一人は、未だ贖罪を果たしていない、庶民となった ” 姉上 ”
―――― 謁見の間を後にする、八歳の女児である、エスカリーナ。
もう一人は、常に驚きを与えてくる、庶民の辺境の薬師。
―――― 自分の勅命を困った顔をして受ける、十四歳の辺境の薬師、リーナ。
ふと、重ね合わさる、彼女達の顔。
違和感がウーノルの心の中に一つ…… トポンと、落ち……
そして……
―――― 波紋を広げ始めた。
「フゥゥ、また、彼女か。 そうか…… 薬師リーナ殿が ” 種を撒かれた ” のか……」
遠い目をしながらの言葉だった。 フルーリーが、イグバール商会から聞いた話として、リベロット達に伝えているが、それも、やや過小気味に伝えている。 南方辺境領の各町にある、薬師所では、リーナが伝授した方法での粉薬の製薬を主にしているが、辺境では極めて希少な、『 闇 』属性を持つ ” 薬師 ” には、各種ポーション類の練成魔方陣を、羊皮紙に書いて渡してもいた。
少量の魔力でも、起動可能で、一連の作業を全て書き込んだ其の練成魔方陣は、辺境で苦しむ患者達の最後の砦の様な物となりつつある。 魔力の少ない、辺境の薬師でも扱えるようにと、薬師リーナが特別に刻み込んだ、数枚から、所により数十枚もの練成魔方陣。 それを対価無く、必要としている町々村々の在野の薬師達に渡していた薬師リーナ。 本来ならば、師匠と弟子の間の口伝の様な物であるような物。 惜しげもなく、それらの魔方陣を、薬師の居る町々、村々に分け与える彼女の姿勢をして、
――――『 愛と慈しみの薬師 』
と、呼称される所以であった。
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ポーション類は、その薬効の保持期間の短さゆえ、常に造られていた。
そして、余剰分はそのまま、領主や在郷の商家を通じ、ベネディクト=ペンスラ連合王国の商船団の船医達に流れている。 洋上で一人の船員を失う事は、死活問題に他ならない。 陸地も遠く、治療できる当てなど、船に積まれる医薬品しか無い。 遠く、南の大陸までの遠洋航海に於いて、医薬品は王宮宝物殿の ” 宝物 ” のように扱われる。
言い換えれば、とても高価な取引商品となる。
「そうか…… 奇しくも、あちらの行政官が言った言葉が正鵠を射ていたと云う事か」
リベロットが、そう感慨深そうに口にする。 その口振りをして、興味を引かれたのか、其れまで一切口を挟まなかったウーノル王太子が問う。
「リベロット、どう云う意味だ?」
「はい、殿下。 呼び出しの調査の時に、辺境の行政官が口にした言葉に御座います」
「なんだ、其の言葉とは。 少々気に掛かるが?」
「南方辺境域には、” 種を撒く人 ” が、居た。 ……と。 そして、彼は続けて云ったのです。 ” 我々は、彼の御仁に恥かしくない様に、撒かれた種を誠実に育てるだけである ” と。 そうか、そういう意味だったのか。 人を慈しみ、最大限に彼の地を者達を護らんが為に成した事が、ファンダリア王国の致命的な弱点おも、克服していたとは…… 当人はそんな思いを持っていたとは、思われませんが…… 流石は、「精霊の愛し子」で有りましょうな殿下」
「…………そうだな。 王国に…… あまねく、王国の民に慈愛と加護を与えられる、精霊様のお導きと云う事……か」
未だ、窓の方から視線を放さず、そう呟くウーノル王太子。 感慨深げな其の言葉に、渋面を晒していた、二人のミストラーベ大公家の漢達も、深く頷く。 その場に居た者達も、様々な思いを、その胸に抱く、そんな言葉だった。
暫しの沈黙があり、ウーノルは言葉を発する。
「良く判った。 今後の指針を提示する」
振り返り、王太子府につめている側近達に顔を向ける。 引き絞ったような表情を浮かべ、語るファンダリ王国の指針。
「国王陛下は、今回の通商条約は、わたしに一任するとそう仰っている。 陛下の経済官僚達も、この条約には懐疑的だ。 しかし、今の話を聞き、私は理解した。 ファンダリア王国にも利があると。 ならば、この条約は ” 是 ” であると。 用心し、仔細漏らさず検討すべきではあるが、指針は『条約締結』を目指す。 あちらも、上級王太子殿下が全権を持って来訪されると、そうある。 時期は今秋。 其れまでに、検討を厳とする事。 また、南方、西方の現状について、調べを進めることを命じる。 よいか」
「「「 御意に 」」」
王太子府に詰めていた者達が、粛々と執務室を後にする。 其の中に、アンネテーナも、ベラルーシアも、ロマンスティカも、そして、精一杯の報告を成した、フルーリーも居た。 瞳に ” 残りますか? ” 問いを浮かべる、ロマンスティカに軽く首を振るウーノル。
” 少し、一人にしてくれ ”
言外の意思に、ロマンスティカも従った。
静かに成った執務室。 後ろ手に手を組み、もう一度、花月の半ばの、王都ファンダルを眺めるウーノル。 其の視線は茫洋と町並みを見詰めてはいたが、心の中では様々な思いが浮かび上がり、そして、消えて行く。
―――― 浮かび上がるのは、” 疑念 ”
” 早い…… いや、状況が違うのか。 前世まで幾度も体験した現実は、この時点では、何の話も無かったはず。 と云うよりも、南方領の経済侵略の最中であった筈。 アレンティア侯爵領を含め、南方辺境領の経済を完全に乗っ取られ、南方辺境領がファンダリア王国から離脱する為の用意をしている時期だった…… それが…… 何故だ。 経済侵略では無く、正当な通商条約を望むのは、何故だ…… 発展し、経済力をつけつつある、南方、西方辺境域の現状からか…… それとも、上級王太子の ” 唯一 ” の存在か…… ともあれ、この秋には、判明するはずだ。 この南方からの脅威が、少なくとも平穏となったのは…… やはり、姉上のお陰なのか…… 彼の上級王太子の ” 唯一 ” を護り抜いたのは、他ならない、姉上なのだからな。 いや、まぁ……、それにしても、あの娘は…… 何処までも、驚かせてくれるな。 ” 種を撒く人 ” ……か。 まったく…… ”
遠くを見詰める、ウーノルの目に、幻視の様に、二人の女性が浮かび上がる。
一人は、未だ贖罪を果たしていない、庶民となった ” 姉上 ”
―――― 謁見の間を後にする、八歳の女児である、エスカリーナ。
もう一人は、常に驚きを与えてくる、庶民の辺境の薬師。
―――― 自分の勅命を困った顔をして受ける、十四歳の辺境の薬師、リーナ。
ふと、重ね合わさる、彼女達の顔。
違和感がウーノルの心の中に一つ…… トポンと、落ち……
そして……
―――― 波紋を広げ始めた。
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