その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 17

 閑話 貿易通商条約交渉の打診 (2)

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 自身も商会内商会、フルーリー総合商会の会頭を務めているフルーリー=グランクラブ嬢が、コトリ頭を傾げ、不思議そうに口を開く。 


 彼女の持つ事実とは、少々異なる現状認識だったからであった。 彼女は遠く南方辺境域、イグバール商会と密接に取引をなし、南方辺境領の商いについては、この場に居る者たちの誰よりも、良く知っているからでも有った。 思わず出た言葉。 

 その言葉に素早く反応するのは、やはり、王国の財務を預かる、アーノルド=テムロット=ミストラーベ伯爵であった。



「南方領の経済的危機は、徐々に解消の方向に向かっておりますわ」

「なに? グランクラブ嬢、それは誠か?」

「はい、わたくしの商会の商売相手である、イグバール商会からの情報ですが…… 宜しいでしょうか?」

「あぁ、発言の許可を与える。 詳しく、教えてくれ」




 身を乗り出すように、財務寮 執行局 局長補佐アーノルド=テムロット=ミストラーベ伯爵が発言の許可を与える。 まだ、彼の元にそのような情報は届いていない。 興味深げにフルーリーの言葉を待つ。




「発言のご許可、有り難く存じます。 南方辺境域の現状を、手短に申し上げますと、ファンダリアの強みを生かした方策を取ったと、その様に、我が商会の商売相手である、イグバール商会の商会長様が、” お話 ” して下さいましたの」

「強み? どう云うことか」

「ファンダリアは農業国家。 であるならば、それを前面に押し出せばよいと。 ワイン、蒸留酒、畜産物、農産物等、海洋国家である、ベネディクト=ペンスラ連合王国では易々と生産する事が望めない、その様な商品を商材として扱い、さらに、付加価値をつければ、彼の地の高級品に負けない価格で売り出す事も可能だと。 たとえば、ワイン。 南方辺境域、中域の醸造商家の元に、30年物の樽が数百樽有りました。 王国内でも、それなりに有名なワインでは御座いますが、それ程、高価では御座いません。 その醸造家は、年に十樽を限度に、アチラの商家の方とのお取引をされたそうです。 其の対価は、一樽に付き、金貨500枚。 年、金貨5,000枚のお取引に成るそうです」

「ウゥゥゥム」

「更に、チーズ、味付きベーコン等の加工肉の特別な製品も、海洋国家である、ベネディクト=ペンスラ連合王国では、まだまだ珍しい珍味として、珍重されていると云う事です。 数多くの品が注目されている南方領域と同様に、王国西方辺境域における、魔物由来の生糸で織られた布もまた、彼の地ではとても珍重されている御様子なのです。

「西方領域もか? 魔物由来の生糸? そうか…… 瑠璃色のアレか……」

「はい、光の当たり具合により、様々に色を変えるあの布に御座います。 由来が魔物の吐く粘液となれば、そう易々とは生産されない上、其の製法は西部辺境域の者達の一部にしか、伝わっておりません。 よって、彼の地の特産物となり、南方領から西方領域までの街道を整備する費用すら、商人達が負担したと…… そう聞き及んでおります」

「なんと!! そうであったのか。 西方領域と、南方領域を結ぶ主要街道の整備が、報告を受けるたびに進んでいたのは、その様な理由があったのか」




 フルーリーの話に、熱の篭った視線を投げかけている、アーノルド。 ベネディクト=ペンスラ連合王国との交易に先鞭をつけている、南方領の話には特に興味を引かれているようであった。 彼の地から届く報告には、金穀の収支と現状・・の経済状態しか載せられていない。 今後の予想や、予定などは、確定するまで、王都に届く事はない。

 フルーリーが語る、南方領域における、貿易の未来予想図には、アーノルドにとっても、心躍るものが多分に存在していた。 物が動き、商いが活発化すればするほど、税収は伸びる。 また、交易に供せられる物品が等価に近ければ近いほど、国内の貨幣流通量に対する脅威も減る。

 フルーリーの口から語られる事は、最悪の事態を回避するのには、十分な事柄でも有った。




「はい、執行局 局長補佐アーノルド=テムロット=ミストラーベ伯爵様。 商人は未来の利益の為に、必要とされる物に金穀を投資するのは、当たり前なのです。 その投資に見合った、契約は取られますが…… 現在、西方領域で生産される、あの布の約五割が輸出用として生産されております。 それもとても高値をつけて…… 生産量が限られている為、見た目の取引額はあまり大きなものでは御座いませんが、単価を考えると、今後の主力輸出製品となりうると…… イグバール商会、商会長様もそうお考えになっております」

「まだ、軌道に乗っていない事業の為、本領には報告していないと…… そう考えてよいのだろうか?」

「はい。 まだ、芽は柔らかく、今後の発展には時間が掛かります。 しかし、今有る物だけを商材とする訳では御座いません。 西方領域には、魔物由来の製品は数多く御座います。 それらの殆んどが、一子相伝の技術に御座いますが、あちらの御領主様方が、製法を保持している家の者達を御召抱えになり、十分な庇護をお与えになり、様々な製品造りに尽力されているそうに御座います。 今後、そういった面に於いて、彼の地の経済力は高まる事に御座いましょう」

「西方領域の領主達の努力と研鑽か…… それで、南方領域もまた、その様な特筆すべき物があるというのか?」

「はい、ございます。 南方領域には自生する薬効高き、ハーブ、魔法草、薬草が数多く御座います。 それらを原材料として利用した…… 医薬品・・・に御座います」

「医薬品?」

「はい、南部の多くの地域では、小さくは有りますが、民間の薬師所が点在しております。 以前は全く無かったのですが、ある薬師様が辺境の町々、村々を歩き、初歩的な医薬品の作成方法を伝授した事から始まりました。 自生する魔法草から、手作業で粉薬を作り出す方法でしたので、薬師の錬金魔法でなくとも、生成が可能とか…… 傷薬、感冒薬、湿布薬…… 船乗りにとって、医薬品は生命線とも言えるもの。 余剰の医薬品がとても高い対価で飛ぶように売れると…… イグバール様もそう仰っておられました」




 キラリと瞳が光るのは、財務寮 調査局の リベロット。 フルーリーの言葉に、何かを思いついた様な瞳でフルーリーを見詰める。 強い光を内包する視線に、フルーリーは少しばかり恐怖を感じた。 真剣な面持ちで、リベロットは問いかける。




「その…… なんだ。 その辺境を回ったと云う薬師…… まさか、アレか?」

「アレ…… とは?」

「『辺境の聖女』…… と、そう呼ばれていた者のことであろうか?」

「『辺境の聖女』……………… 『薬師リーナ様』の事に御座いますね。 ならば、そのお答えは、 ” まさしく ” と、しかお答えできませんわ」

「またか…… また、なのか……」






 

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