その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 17

 閑話 リリアンネ=フォス=マグノリアーナ

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 王宮の豪華な調度品に囲まれた一室。




 公女リリアンネがその随伴の者達と一緒に滞在している部屋。 ファンダリア王国の護衛騎士達が、その部屋の周辺を固めている。 部屋には【防音】【静粛】の魔法を掛け、外にはこの部屋の中の声は漏れない様にはされている。 

 唯一、彼女達の気が休まる場所でもあった。

 公女リリアンネにとっては、監視されていると、そうとも取れるほどの厳戒態勢なのだが、それでも、行動の自由は保障されていた。 王城コンクエストムで、入室制限を掛けられている部屋以外は、大抵の場所に訪れる事まで、許されている。

 その時には、護衛騎士達が随伴するのが決まりではあったが。

 マクシミリアン殿下との間柄も、悪くは無い。 王立ナイトプレックス学院に於いて、彼女をエスコートするのは、マクシミリアン殿下だった。 今では、良く話もするし、相応に親交も深まっている。 彼女の心の中にある、” 悲願 ” を、実現するには、これ以上相応しい人物は、居ない。

 随伴の側近達にしても同様の意見を持っている。 なんとしても、こちら側に引き込み、自分達の思惑と未来を掴む為に、 ” 篭絡 ” しなければ、ならない相手だとも、理解している。 いざとなれば、自分自身を ” 使う ” 事すら、視野に入れている。 


 ” 『蒼』に染まった、マクシミリアン殿下を、どうにか『紅く』染め上げねば…… 我らマグノリアの未来は無い ”


 心の内に、燃える想いは、祖国奪還の一事。 その為には、先代国王が一人息子である、マクシミリアンを旗頭にする事が肝要なのだと、考えを硬くする。 側近筆頭でもある、バルトナー=オスト=シュバルツァー子爵にも、その事を伝えていた。

 彼もまた、その事が、悲願達成の必要条件だと理解していた。 しかし、一抹の不安も公女リリアンネ一向の心の中には存在する。 あまりにも、彼は ” 蒼く ” 染まっていたのだ。

 マクシミリアンは既に、王太子ウーノル殿下に忠誠を誓い、そして、臣として従属している。 そんな漢を、国王に戴くべきなのか。 マグノリアをファンダリアに差し出し、国権すら失ってしまうのでは無いか。 邪な餓狼を追い出して、暴虐な虎を呼び込む事に成るのではないか。

 そう、思ってしまうのには、理由があった。





 ^^^^^





 自身の饗応役のマクシミリアン殿下と云う意外な人選マグノリア廃王太子に、当初、公女リリアンネは、驚きを隠せなかった。 何処に、その決定を下した理由があるのか、其れが判らなかった。 が、ファンダリア王国の王太子、ウーノル殿下に始めて拝謁した時に、驚きと疑問が氷解した。




「公女リリアンネ殿。 学院や王城では、マックスが…… マクシミリアン王子が、 ” ご案内 ” 致します。 疑問や判らない事があれば、マックスにお尋ね下さい。 マックスは、ファンダリア王国の王子でありますが、その出自はマグノリア王国。 両国の事情にも詳しく、貴女の疑問に良く応えてくれる事でしょう」




 整った顔に、蒼く澄み切った瞳で真正面から見詰め、至極…… 真面目な表情を浮かべている。 ” あぁ、彼は、私の監視役なのだ ” と、その時、公女リリアンネは確信した。 油断の無い微笑を浮かべたのは、王太子ウーノル。

 それに、笑顔で応え、言葉を口にするのは公女リリアンネ。




「勿体無いご好意、誠に有り難く。 ファンダリア王国の国情については、本国にて様々に教えを受けては参りましたが、マクシミリアン殿下にご案内、ご教授いただけるのならば、これ程、心強いものは御座いません。 ご配慮、有り難く存じます」

「マックス、勅命だ」

「御意に」




 ^^^^^




 お互いに腹の内を見せない、王太子殿下との『最初の謁見』の場での出来事を思い出して、公女リリアンネは不機嫌そうに、かんばせを歪める。 その様子を間近で見ていた、シュバルツァー子爵は、苦笑いを浮かべつつ、彼女に言葉をかける。




「リリアンネ殿下。 時期尚早に御座いましょう。 あの御仁は色香に惑う方では御座いますまい。 その心根は清廉潔白。 そして、なによりも、ファンダリアに忠誠を誓っておいでに御座います」

「そうよ、バルトナー。 それが、問題なの。 あの方を ” 蒼 ” から ” 紅 ” に染め替える手段が…… 見つけられないのよ」

「左様に御座いますね。 それ程の忠誠を、我らマグノリアに向けて頂く事…… 難しゅう御座います」

「なにか…… 手は無いの?」

「……あの方の大切な者を、此方に引き込めば…… 少なくとも、話は聞いてくださるかと」

「大切な者? 誰よ。 あの方にとって大切な人は、即ち、ウーノル殿下に他ならないでしょう?」




 不思議そうに、そう口にするリリアンネに、意味深な笑みを浮かべ、言葉を紡ぎだすシュバルツァー子爵。 ニコリと微笑む彼の表情には、少々、暗い影が混ざり込む。




「ファンダリア王国に参ります折、我々の安全に尽力した者。 そして、我々の鎖と頚木を、取り除いた者。 憶えておられますか?」

「ええ、薬師リーナ。 庶民の薬師であり、第四軍の従軍薬師のリーナでしょ? あのとても気持ちの素直な素敵な薬師。 わたくし達の頚木を解き放ってくれた、わたし達にとっての恩人よ。 それが、どうしたの?」

「ええ、色々と調べました。 彼女は、王太子ウーノル殿下よりも、絶大な信を与えられておられます。 学院の教師…… あの、メアリ=アイリス=スコッテス女伯爵、及び、執政府、宰相府の手の者である、リューゼ=シーモア子爵も又、彼女の礼儀作法、ダンスの能力を高く評価しております。 そして、なにより、マクシミリアン殿下も又」

「ええ、そうね。 でも、それが?」

「数年前、王太子殿下への襲撃が行われました。 厳戒態勢での舞踏会では御座いましたが、暗殺者の集団が急襲されました」

「ええ、知っているわ。 マクシミリアン殿下がウーノル王太子殿下を御守りになったって言う、アレでしょ? 王族の一族のモノに対して、国王陛下からの褒章と恩賞があった、非情に珍しい出来事と、そう聞いているわよ? それ程の忠誠を示しているのだもの…… ちょっと厄介な事よね」

「其れがで御座います。 調べを進めるうち、少々、事情が違うと…… そう判明しました」

「事情が違う? どう云うこと?」

「はい、この部屋の警護が近衛騎士から、護衛騎士に変更に成る前、戯言を言うようになった、近衛騎士が漏らした事に御座います。 その近衛騎士は、その時に現場の会場の警備に当っていたそうです。 なにかしら、マクシミリアン殿下に含むモノが有ったのでしょう。 あの褒章と恩賞が、本来殿下が受け取るべきものでなかったと」

「単なる嫉妬とかではないの? マクシミリアン殿下の立場は非常に不安定だし…… 隠然たる影響力を、王姉、ミラベル=ヴァン=ファンダリアーナ殿下にはあるでしょ? フローラル王妃殿下にとっては、うっとおしい存在ではあるのよね。 この国の近衛騎士達は、強く後宮の者達に影響を受けていたでしょ? マクシミリアン殿下に対して、風当たりが強いのは、当たり前ではなくて?」

「それが…… 事実は少々異なっておりまして…… その舞踏会で、襲撃のあったとき、マクシミリアン殿下は、ダンスを踊っておられ、そのパートナーが……」

「まさか、薬師リーナだって云うの?」

「ええ、左様にございます。 実際に襲撃者を撃退したのも……」




 驚きに目を見開いて、リリアンネは驚く。 その様子を瞳に写しつつ、シュバルツァー子爵は、沈黙を護りつつ、頷く。




「わたくし達の護衛作戦にしても、そうです。 あれだけの速度で王都ファンダルに到着できたのも、マクシミリアン殿下の策と云われておりますが、実際の作戦の想定、及び、実施したのは……」

「また…… 彼女なの?」

「はい。 マグノリアの魔の手を一手に引き受け、わたくし達を逃がし、その魔の手を殲滅した。 機会があり、破壊された『王家の馬車』を、見学させていただきました。 攻城兵器で横から射抜かれた、” 馬車 ”は本来、わたくし達随身が乗り込むはずのモノでした。 わたくし達に偽装した者達は……一撃で……」

「そうだったの…… 詳細はお教え戴けなかったけれど、あちらの目付けが誰も居ない事は不思議に想っていたわ。 でも、それは、マクシミリアン殿下のお手配だったと……」

「違いました。 マクシミリアン殿下に於かれては、殿下の名誉を高めたのは全て、薬師リーナ。 その上、あの容姿です…… 憎からず思われるでしょう。 情の深いお方ゆえ……」

「薬師リーナを、此方に引き入れるの?」

「少なくとも、お手伝いをお願いしたくありますね」

「……その事は、リューゼ=シーモア子爵に?」

「祖国の安寧と平安、及び、野心を防ぐ為にと、お話は致しました。 結果、学院の礼法の時間における、薬師リーナのお相手は、我らにと…… 出来るかどうかは、わたくし達の手腕に掛かっていると、そう申されました」

「…………わたくしも、彼女にもっと接近せねばなりませんね。 「礼法の時間」に於いては……ね。 リーナの行動を監視しなさい。 隙があれば、近くに行きます。 市井に下りるのであれば、わたくしが同行します。 近くに居る。 それだけで、何かしら、判る事もあるでしょう。 バルトナー…… 貴方は、彼女がマクシミリアン殿下の協力を得るための切り札と、そう認識しているのでしょ?」

「御意に。 彼女の言葉は、マクシミリアン殿下にとって、王太子ウーノル殿下と同等と…… そう勘案いたします。 これからでは有りますが、彼女の為人ひととなりも見極めねばなりません。 狡猾なものであれば、此れを排除しなくては…… そんな事態に成ることは…… 出来るだけ避けたいと思いますが」

「バルトナー、貴方も高く評価しているのね」

「……御意に」




 フフンと鼻を鳴らし、公女リリアンネの瞳に光が揺れる。 更月二月の風が、窓を叩く。 リリアンネ達の悲願を掴む為に……

 彼女達は思惑を巡らし……

 策謀を編み込む。

 公女リリアンネの瞳には強い光が灯る。



 ―――― 祖国奪還。



 その思いに、胸を焼く。

 彼女は、マグノリアの公女。

 最優先は、マグノリアの民の安寧。







 視線の先に、細い細い、光の道。

 辿る道の先に……

 光が満ち溢れる事を信じて、



      ―――― 彼女は、今日も策謀を練る。




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