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光への細い道
大公家令嬢達と、リーナのお茶会
しおりを挟む授業が終わった後の、お茶会の席。
今日もまた、三人でホッと一息を入れたの。 まずは、授業の内容を互いにお話して、知識の定着に勤しむのよ。 抜けたところが無いか、間違って理解していないか。 そんな所をお話しているの。
お茶会らしく、優雅にね。
お茶を入れてくださるのは、いつも、ロマンスティカ様。 その時々に応じた、厳選した茶葉を提供されているの。 東方の珍しい茶葉。 南方の懐かしい味の茶葉。 西方の野趣溢れる茶葉。 そして、今では中々手に入らなくなった、かつて大森林ジュノーの生産されていた、北方の茶葉……
どれもが、素晴らしいお味と、馥郁たる香りを湛えているのは、変わりは無いの。
今日は少し、趣が違ったわ。 珍しく、ティカ様が黒茶を供せられたの。 苦味の強い、真っ黒なお茶。 茶葉ではなく、豆から淹れるお茶なんだ。 あまりに苦味が強くて、アンネテーナ様は、お砂糖と乳をたっぷりと、入れられて飲まれる。
私は…… 何もいれず、頂く事にする。 苦味が疲れている脳みそに、活力を与えてくれる、そんな気がするからね。
ティカ様は、乳だけをお入れに成るの。 味をまろやかにするんだって。 舌に強すぎる味が、少々苦手と仰るのよ。 お茶の変わりに、煎じ薬を常用している私にとっては、とても、香味高いお味だと、思うのだけどね。
「リーナは、良く飲めますね」
「美味しく頂いておりますわ」
「この子、味に関しては、ちょっと信じられないほど、雑なのよ。 薬師としての適正なのか、苦味や渋みに対して、耐性があるというか…… この黒茶にしてもそう。 他の人には絶対に出さないけれどね。 苦味にも、渋みにも、相応の役割があるって、いうのよ」
「ええ、それは。 精神を覚醒させ、眠気を一時的に抑える役割を持つ事も、兎人族の方からお教え頂いておりますわよ。 それに、煎じ薬よりも、遥かに香味が高く、美味しくいただけます」
「……ねぇ、こう云う事を言うのよ、この子は。 アンネテーナ、無理せずにね」
「まぁ…… お砂糖も乳も入れてますから…… 飲めなくは無いですね。 ……そう、飲めなくは無い。 それにしても……」
この場に於いて、ティカ様は口調を崩されるの。 それは、アンネテーナ様のご希望でもあったわ。 何時も気を張っていると、苦痛に感じると、そう、仰ったの。 それで、このお茶会に於いての言葉使いは、平易な言葉とすることが、三人の間で決まったのよ。
なのに……言葉を曖昧にされる、アンネテーナ様。 なんだろうと、そのお顔を見詰める。
「……リーナは授業中、何時もあんな事を考えているの?」
「今日の、最後の質問の事ですか? お恥ずかしい。 わたくしの愚かな質問に、お答えしていただけて、本当に嬉しかったですわ。 その上、次回、専門家にお聞きに成って、ご回答して頂けるなんて、本当にありがたいと思います」
「” 愚か ” って? わたくしは、リーナが質問するまで、そんな事は考えても居ませんでした。 リーナの言葉には、驚かされてばかり。 貴女…… 一体何になろうと云うの? 学院ではココまで詳細にお教えされていないわ。 付いていくだけで、精一杯なのに……」
「あぁ、其れね。 わたくしも、同じ思いですわよ、アンネテーナ。 事、政に関して、女性である、私達にはそこまで深く学ぶ機会はありませんもの。 わたくしも、影働きや、魔術師としての仕事は専門的に学び、深い理解を求めて参りました。 でもね、専門外の事については、アンネテーナと同じ。 授業についていくだけでも、相当に大変な事。 今日の授業にしても、王国の財務の在り方でしたでしょ? 専門外の知識ですから、それはもう…… 其れを、法典の矛盾や、実際の例を挙げての指針の在り方なんてね…… リーナ、貴女、本当に単なる薬師に成るつもりなの? あんな質問をしたら、其れこそ、内務寮や、執政府、宰相府から目を付けられるわよ?」
「えっ? でも…… だって…… おかしいと、理解が出来ないと…… 何時も、そう思っていたのですわよ? お二人のように涼しいお顔で、何でも無いように、されていると、とても劣等感を感じてしまいますわ」
「「 あのねぇ…… 」」
お二人は、同じように溜息を漏らされたの。 えっ? なんで?
「リーナ、よくって? 判らなくても、理解が及ばなくても、顔には出さないのよ。 貴族の娘としては、それが、標準なの。 アンネテーナは、ドワイアル大公家の息女。 わたくしは、ニトルベイン大公家の息女。 疑問に思っても、それは自分で対処するしかないの。 そして、疑問に思うまもなく、次々と新しい知識を詰め込まれているのが、現状よ? ……貴女、この王妃教育…… 以前に受けた事があるの?」
「有りませんわよ!」
ティカ様の言葉に、思わず抗ったわ。 ビックリした。 前世の記憶……なんて、そんな事、云うべき事じゃないわ。 でも…… そうなの? 本当に、そんな感じなの? 静かに黒茶を頂き、思いを少し言葉にしたの。
「判らないことをそのままにするのは、少々戸惑いを覚えます。 未知の知識の場合は特に。 わたくしの本分である、薬師としての立場で申し上げると…… 今まで、知られていなかった、薬効を常用される魔法草から抽出できた時、その結果だけを喜ぶのは、間違っております。 何故、その成分が今まで重要視されていなかったか、どうして、その成分の分離に成功していなかったか。 その成分が他の薬効に対して、阻害していたのか、それとも、助長していたのか。 さらに、その成分単体が、他の魔法草に対して効果あるのか……」
一息にそこまでお話して、もう一度、黒茶で喉を潤すの。 はぁ…… なんか、意識がしっかりするわ。
「一つの発見は、既存の知識を覆す事があります。 薬師として、王都に来て良かった事は、獣人族の方々とお話が出来た事があります。 あの方達の多くは、呪術医の知見を持っておられます。 その薬学体系は、既存の私達 ” 人族 ” のモノとは、大きく異なっておりました。 知識は ” 力 ” です。 そう、強く感じました。 わたくしの持つ知識も、あの方々にとって、とても有意義なモノだと、そう思うのです。 おかげさまで、第四軍の医薬品の質は向上しておりますし、その一部は、他の軍にも承認され、頒布されておりますわ。 疑問に思うことがあれば、専門家に問い、知識の強化に努める。 何事に於いても、同じにと…… そう、わたくしは思い、行動しているだけなのです」
ティカ様が、もう一度、深く、重い溜息をつかれるの。 上目使いに私を見られ、そして、溢される愚痴の様な言葉。
「リーナの考えは判りました。 とても、素晴らしい姿勢と見識だと思います。 貴女の事は、なにか特別だと、そう感じておりましたが…… おばば様は仰っておいででしたね。 ” 普通の娘だよ、単に好奇心が異常に強いだけさ。 その上、頑固と来たもんだ。 首輪をつけてないと、何処に飛び出していくか、分かったもんじゃない ” って。 その姿勢は、心配でもあるけれど、見習いたいはね。 そうでしょ、アンネテーナ」
「え、えぇ…… そうね、ロマンスティカ。 でも、相当に突き詰めていないと…… ” 知識は力 ” ですか…… 確かにそうね。 うん、その通りね。 ファンダリア王国の指針ですか…… 覚悟は決めていたはずなんですけれども…… 現実を突きつけられると、揺らぎますわね」
「アンネテーナ…… 王国を安寧に導く為に、時々に応じた確固たる指針を掲げる事が、ウーノルに課された、命題でもあります。 その側に立つ貴女には、彼の判断を助ける必要があるのですよ。 そういう意味合いでは、リーナの姿勢は特筆に価するものだと…… そう思いますわ。 一緒に…… ええ、一緒に精進しましょう。 ファンダリアの未来の為にね」
「ええ、ロマンスティカ。 そうね。 貴女も一緒なら、努力も出来ましょう。 もっと思慮深く、もっと大きな目を持って…… ですわね」
なんか、お二人が視線を絡め、頷き合っているのよ。 わたしを一人にしないで! わたしだって、一緒に!!
「おや? リーナ。 どうしました?」
「えっと…… その…… わたくしも……?」
「「 当然に御座いましょう!! 」」
思わず笑みがこぼれたの。 良かった……
また……
また……
一人ぼっちに成ってしまうのかと……
―――― ちょっと、思ってしまったから。
王国の未来への ” 光の細い道 ”
確かに、歩み続ける事が出来そうな……
そんな気分が、心の中に湧き上がってきたのは……
内緒。
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