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光への細い道
秋季大舞踏会への準備
しおりを挟む「ドレスのご用命は、このフルーリー総合商会にお任せあれ!」
何処で聞きつけてきたのやら、フルーリー様が、王宮外苑の錬金室に突撃してきたの。 こないだ、下着を買いに行ったときに、ついでにって、体の採寸もして頂いてたのを忘れてた。
「あ、あの…… そうは云いましても、私はあくまで……」
「王立ナイトプレックス学院の「礼法の時間」で、着用を義務付けされたのでしょ? リーナ様は『 規則 』を ” お破り ” に、なるの?」
「えっ、うっ……」
「さぁ、ご用意しましょう!!」
ほんとに、何処から聞きつけてきたの? その上、お針子さん達まで一緒に…… でも、次の授業は明後日。 とても、とても、間に合わないわ。 一応、貴族様達の中に入っての授業。 基本的に古着のドレスのお直しじゃぁ、反対に目だって仕方ないわよ? どうするつもりなの?
「次回の…… 明後日の授業には、間に合いません。 シーモア子爵様とご相談いたしましたが、その折は、シーモア子爵様がご用意されると。 次の次…… 来週の授業までには、一揃い御揃え致しますわ。 ご了承頂きたいわ」
「そ、それは…… まぁ、時間的に無理だもの。 フルーリー様、無理は…… しないで下さい。 今まで、薬師装束でしたので、それほど奇異なものでも御座いませんでしたでしょ?」
「はぁ? なにを仰いますの? あの「礼法の時間」で、完璧に浮いた存在でしたのよ? 女性でドレスを着用していないのは、リーナ様のみ。 その上、異国の貴族の方と何度も何度も踊られ…… そのステップだって、とても真似出来るようなモノでは御座いませんでしたでしょ? 一部の女生徒から、是非リーナ様のお手を取りたいので、どうにか成らないかと、ご相談までお受け致しておりましたのよ? おわかり?」
「えっ、わたくし…… 女性ですわよ?」
「男装の麗人…… 職業婦人がその制服を纏って、立っているだけで、絵になるものです。 前年までは、女性騎士が一番人気。 でも、今年は…… 薬師装束ですわよ。 体にフィットした、あの装束…… 色々と色気が漏れて降りましてよ、リーナ様。 さらに、リーナ様のダンスの優雅な事。 ……リーナ様は男性パートは、御踊りに成られるのでしょ? 以前に、男性パートも知らねば、ダンスをきちんと理解する事は出来ないって、そう仰っておいででしたものね」
た、確かに…… でも、アレは…… 単に憶えて、パートナーの動きを予測するためのモノ。 そりゃ、踊れって云われたら、踊れるけれど……
「そんな、リーナ様が想定してない、女生徒からの熱い視線など、鬱陶しく御座いません事?」
「まぁ…… そうですわね。 そのような事、考えた事も御座いませんし」
「ね、だから、リーナ様のドレス着用は、必須なのですよ。 シーモア子爵様もその点を憂慮されておられました。 万が一、デビュタントの舞踏会会場で、一生に一度の思い出に…… と、リーナ様をダンスにお誘いする輩が出ないとも限らないと。 故に、ドレスは必須…… に、御座いましょ? ドレスを着用すればしたで、多分、今度は男子生徒からの熱い視線は、間違いないのですけれどもね……」
はぁぁ…… 何を仰るのかしらね。 私にダンスの申し込み? 前世では壁際の毒花よ? そんな訳無いじゃない。 現世の今は、髪だって真っ黒だし、華美なドレスを着るだけで、変な感じになってしまうわ…… 曖昧に笑みを浮かべ、フルーリー様を見ていたの。
「ねっ、リーナ様。 全ては、フルーリー総合商会の誇る、テイラーの者にお任せあれ!! 週末に、仮縫いを持ってまいります。 皆さん! 宜しいですわね!!」
「「「 勿論で御座います!!! 」」」
なんだって、この人達、こんなにやる気出しているのか、ちょっと、理解できないわ。 シルフィーなんかは、ニマニマ微笑んで私の後ろに立っているけれどね。 あとで、聞いてみよう。 そうしよう。 クレアさんなんかはこのやり取りを聞いて、目を丸くしているのよ。
王都ファンダルって…… 本当に変な場所よね。
週末かぁ…… 採取の予定を組んでいたんだけどなぁ……
^^^^^
礼法の時間。 ダンスの習得時間…… シーモア子爵の独壇場のそんな教室……
次の授業の日、授業が始まる前に、シーモア子爵に小部屋に連れ込まれた。 そこには、数名の女性の方々が、待っておられた。
「リーナさん! さぁ、早速ですが、ドレスを着用してもらいます。 ココにいるのは、わたくしの主宰する劇団の衣装担当の者達。 そして、美容と化粧を担当者。 いい、皆。 彼女は原石。 磨き上げるのは、貴女達。 わたくしの主宰する劇団の力、王宮の専門職にも匹敵するはずよ、宜しくて!」
「「「御意に!! 磨き甲斐のある ” 原石 ” を、担当させて頂き、恐悦至極!! お任せあれ!!」」」
う、うわぁぁっぁ~~~ な、なんなのよ!! なんなのよ!!! シーモア子爵が退出されるのを確認されたあと、あっという間に取り囲まれ、髪を、顔を、デコルテを…… もみくちゃにされた。 後、薬師装束から、下着まで剥ぎ取られ…… 素っ裸にされて、簡易ベッドに寝かされて、モミモミの嵐……
気持ち良いんだよ? 確かにね。 前世でも…… 十六歳くらいになった時に、ドワイアル大公家で美容の為にって、こんな事してた…… 覚えがあるんだけれど…… これって、とっても、とっても、高価で…… 小娘にするような事じゃないわよ……
時間も有ることだしと…… そう呟く女性達。 でも、その手は動き回るの。 仕上げにと、香油に手を浸し、更に揉み上げられ…… ふき取られ…… 豪華と云うか…… ちょっとつけるのが恥ずかしいような、下着を付けられ…… ガーターで足を包むシルクレード製薄い靴下を吊り、鏡の前に座らされる。
丹念に髪を梳き、編み込み、整える。 どっさりと箱に入った化粧度具。 じっくりと私の顔を見詰める女性。 一つ頷くと、手早く…… あっという間に、化粧を施していくの。 磨きぬかれた肌に乗るのは、少量の色味。 目の周囲には、淡い紅。 微かに頬にも色味を載せ、唇に艶やかな紅色を乗せたの。
「お嬢様は、自然な感じが特にお似合いですね。 素顔でも十分なお美しさですから、ほんの少し…… その美しさを手助けするような、そんなお化粧に致しました。 如何でしょう?」
そう、御口にされる女性。 確かに、派手では無い。 こんなお化粧…… 前世でもした事が無いわ。 そして、鏡に映る自分の姿…… 印象が全くの別人。 結い上げ、編み込んだ黒髪。 あえて下されている二房の紅い髪。 漆黒の双眸…… 紅い縁取りが、視線を更に強めているの。
「このようなお化粧は、初めてです。 とても…… 一言では言い表せませんわ」
「ご満足頂けたでしょうか?」
「はい…… わたくしでは無い、別人が鏡の中に座っている様に御座いますね」
「お上手だ事。 さぁ、ドレスを着用しましょう。 座長から、ダンスには向かない、装いをとのご用命を頂いております。 どうぞ此方に」
そう云われ……、手を取られ……、 用意されていた、ドレスを着用したの。
―――― 綺麗な空の色のドレス。
まるで、誂えたように体に纏う事が出来る、そのドレス。 腰の絞込みが、胃の直ぐしたっていう、かなり高い位置にあって、そこから裾までがフレアになっているの。 デコルテは大きく開いて、アンダーバストコルセットで持ち上げられている、お胸の上三分の一くらい見えているのよ? 信じられる?
お袖はシンプルな筒袖。
長い手袋も一緒に……
あ、あのね…… これ…… どうしたいの? 私の事…… 高貴な貴族のご令嬢と間違えているの? 庶民よ、庶民。 此れじゃぁ…… 此れじゃぁ……
「さぁ、出来上がりました。 お靴は、此方を」
差し出されたのはヒールの高い綺麗なお靴。 ちょ、ちょっと待って…… 此れでダンスを? も、もう少しヒールは低くても……
「座長様より、この高さは必須と。 さぁどうぞ」
手を取られ、その靴に足を入れる。 ぴったりの大きさ。 足先を包み込み…… 高いヒールでも、何故か安定感があるの。 よほどの靴職人さんが誂えたのね。 前世でも、出来るだけ高いヒールの靴を、お願いしたけれど…… これほどの逸品にはついぞお目にかかれなかったわ……
「…………凄いですね、このお靴」
「舞台でのお芝居では、なにより、演者の事を考えます。 華麗に動きやすく、そして、見るものの視線を独占するように。 座長様のご用命は、難しいもの。 しかし、私達はその実現に向けて、日々精進しておりますから。 お嬢様。 さぁ、どうぞ。 きっと、座長様もお待ちかねですわ」
とても、とても、お仕事に誇りを持たれていらっしゃるご様子。 そして、なにより、彼女達から醸される雰囲気。 単なる劇団の人とは思えないような…… そんな雰囲気を纏っているの。
なんだろう……
この、違和感…………
心の中に警鐘が鳴り響く………………
ふと、浮かんだのが、一つの事実。 シーモア子爵様って、確か、『月夜の瞳』の首魁。
『月夜の瞳』っていったら、彼が、国内外に張り巡らした、諜報集団…… 常に情報の収集を念頭に置き、そして、その解析と様々な勢力の動向を、逐一、宰相府に報告している集団。 その能力は、ウーノル殿下配下の、『王家の見えざる手』や、ドワイアル大公閣下の『眺訊の長き手』にも、勝るとも劣らないと、されているわ。
そんな組織を構成されている人達……
只者である訳ないわよね。 ふぅ…… そうよね…… 私は…… 私は…… きっと、今でも監視対象なのよね。 心せねばならないわよね。 こんな素敵な装いをさせてもらって、浮かれてはいるけれど…… それは、きっと何らかの思惑がある筈……
気を……
気を引き締めないとね。
小部屋の扉が開かれ…… 授業を行うホールに出る。 前世で王宮学習室で習い憶えた ” 笑顔の仮面 ” を貼り付けて。 周囲に視線を走らせるの。
何人もの、視線が此方に向かう。 刺すような、値踏みするような、そんな視線。 背筋を伸ばし、笑顔の仮面のまま、視線は下げない。 弱みを見せられない。 その思いが、前世の私を呼び戻す。
マクシミリアン殿下以外、何人たりにも、頭を下げない、傲慢な矜持を持った……
前世の ” 私 ” が……
そこに、居たの……
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