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光への細い道
日常と、非日常 (2)
しおりを挟む午後からは、その日によって行き先は違うけれど、大体は学院。
それと、王宮学習室ね。 後は…… ティカ様と一緒に、異界の魔法の法理を解析する為に、ティカ様の鍛錬場に向かう事。
王立ナイトプレックス学院では、王宮主宰の秋季大舞踏会の為の、そんな授業の日々なのよ。 正規の生徒さん達のデビュタントだしね。 相当に気合が入っているのも頷けるもの。 もうね…… どうしようかと思うくらい。
極力、目立たないように、静かにしているんだけど……
女史からは睨まれるし、シーモア子爵様は面白がって、難しいステップばかりを強要してくるし、それを興味深そうに見詰めるのは…… そう、公女リリアンネ殿下。 ファンダリア王国では、ダンスは社交に必須の女性にとっての腕の見せ所。 だから、皆真剣に授業を受けるのよ。
でも、マグノリア王国ではそうでもなかったみたいなの。
公女リリアンネ殿下は、中級ステップを繰り返し、繰り返し、習ってらしたわ。 勿論、パートナーは、マクシミリアン殿下。 ちょっと…… ほんのチョッとだけ…… 胸が痛かったの。
でもね、そんな私のパートナーに指名されるのは何時も、公女リリアンネ殿下の御随伴の高位の方達。 緊張するわよ、本当に。 マグノリア王国の、元重臣の御子息な上、どうも、リリアンネ殿下の意向からか、ダンスの間中、色んなお話をされるのよ。
艶っぽいお話なんて、皆無。 常に、政や、制度、法規、法典の解釈…… 堅い、硬い、お話ばかりなの。 どうして、私にそんなお話をされるのか、ちょっと、わからない。 知っている事は、お話できるけれど、知らない事は受け答えすら無理よ? それでも、いいからって……
なんなのかしら?
おかげさまで、マクシミリアン殿下と、リリアンネ殿下のダンスは目に入らないくらい、頭を回転させて、ダンスを踊りながら、お話しているもの。 それにね、マグノリアの男性…… ダンスが上手いのよ。 綺麗にエスコートして、女性を美しく魅せる為のステップを踏まれるの。
これには、シーモア子爵様も驚かれていたわ。
特にお上手なのが、バルトナー=オスト=シュバルツァー子爵様。 シーモア子爵様の無茶振りなステップすら、難なくこなされておられるのよ。 パートナーは勿論…… 私が指名されているの。 だってね、他の方だと、どうしても、シュバルツァー子爵様が全力を出せないから…… とか、シーモア子爵様はそう仰るのよ。
大体の無茶は何時も、聞いてはいたけれど…… それでも、此れは…… やり過ぎじゃない? その上、シュバルツァー子爵様って、とても真面目な方。 ダンスの最中の会話も、専らファンダリア王国の国政の制度に関することばかりなのよ。
常識的に…… そうね、学院の生徒が知っている事を、お話はするだけ。 だって、私だって、そんなに詳しくは知らないもの。 それでも良いって、そう仰ってね。
撫で付けられた御髪とか、キラキラと光る深い色の瞳とか。 端正な御顔と表情。 学院の女生徒の方々も、相当入れ込んでおられるのがわかる。 判るだけに、私の立場は辛い。 にこやかに、爽やかに微笑まれながら、私にダンスの間中語りかけられて居られるのですものね。
周囲から見たら、どう思われるか位は、予測の範囲内……
お話の内容は至って、堅い物ばかりなのに、その表情と雰囲気はとても柔らかなものだから……
極めつけは、この間の授業のとき。 ダンスのパートナーをお勤めして、ステップの確認やら、やっぱり、政治向きなお話に始終して、やっと練習が終わったときにね、仰ったのよ。
「薬師リーナ様。 本日も、大変有意義な時間をすごせました。 親しくお話をさせて頂いておりますが、一つ、不満に思うことがあります」
「不満に御座いますか?」
「ええ、リーナ様は何ゆえ、ダンスの時も薬師装束のままなのでしょうか? 舞踏会では、ドレスを着用の事と、そう通達が学院の掲示板にありました」
「……わたくしは…… 王太子妃補のアンネテーナ=ミサーナ=ドワイアル大公令嬢様の護衛と成ります。 その際には、きっと、この姿での護衛と成りますゆえ、ドレスの着用は必須では御座いませんの」
「なんと、勿体無い。 リーナ様がドレスで身を包まれたなら、どれ程、艶やかになるか…… 残念ですね」
「勿体無く。 そんな事無いですわよ? 辺境の庶民ですので……」
「それに……」
「それに?」
「こうやって親しくお話させて頂いているというのに、リーナ様は未だに、わたくしの事を、シュバルツァー子爵と呼称されます。 以前にも…… 幾度かお願い致しました。 わたくしの事は、バルトナーと、そう御呼び下さいと。 わたくしだけが、リーナ様をお名前で呼ぶのは……」
「わたくしには家名が御座いませんもの。 それに、シュバルツァー子爵様は、マグノリア王国の高家の御子息。 お名前を口にするのは、あまりにも畏れ多く…… ご容赦下さい」
「はぁ…… 貴女は、公女リリアンネ殿下だけではなく、わたくし、バルトナーや、フリューゲル、レーヴェの縛めも解いた、いわば恩人。 恩人に対し、私達が名前呼びしか出来ぬのに、貴女は家名で御呼びになられる。 誠…… 誠に寂しく思います」
憂いを含んだ、端正な表情で、そんな事を仰るのよ。 周囲に居られた、女生徒さん達なんか、そのお顔をご覧になって、お顔を真っ赤にされていたり、ポーって心ココに在らず…… な表情。 あぁ…… これは……、これは不味い流れよね。
ほら…… そんな女生徒さん達、今度は私の方にキッツい視線を送ってくるんだもの……
固辞しても、承諾しても…… 強い感情に晒される事は間違いなさそう…… そんな中、ド変態様が、また、とても良い笑顔と共に此方に来られて、いらない事を仰るのよ。
「子爵様からのご要望ね。 ねぇ、リーナさん。 貴女もソロソロ、お名前を御呼びして差し上げなさいな。 心を近くすると、もっとダンスも素晴らしくなるわ。 あぁ、其れにね、貴女…… ドレスは必須よ、舞踏会では。 アンネテーナ様の女性護衛騎士の方々も、当日はドレス姿になるのは、知っているでしょ? 貴女だけ、薬師装束なんて、許されるわけ無いわ。 う~ん、そうね。 次の時間までに、準備が出来ないなら、わたくしの手持ちに、素敵なドレスがあるから、其れを着てもらうわ。 ドレスでの練習は必要なことだもの! これは、ダンスの教師としての命令よ。 おわかり?」
くぅ~~~~。 ここで、教師の権限を持ち出されるのか…… この ド変態!!!
「あまりに…… 畏れ多く……」
「だ~め。 さぁ、お早くッ!」
「…………バ、バルトナー様。シーモア子爵様よりの ” ご命令 ” ですので、不敬に当るとは思いますが…… お名前で……」
「良かった。 リーナ様。 次の授業を楽しみにしております」
あ”あ”あ”~~~ どうして、どうしてこうなるのよ!! なんで、引きずり出そうとするのよ!! 庶民の薬師なんて、壁際で身を隠していればいいじゃない!!
次の時間までって…… そんなに早く、準備なんて出来ないわ。
つまり…… このド変態の用意したドレスを纏う事になりそう…… うわぁぁぁぁ!! どうなるの、私!! 変に目立ったり、浮いちゃったら、本当に目も当てられない…… か、風当たり…… 強くなるのかなぁ……
^^^^^
学院での授業であったことを、ティカ様に愚痴るの。 そう、あの地下のお部屋でね。 かなりの魔方陣を書き出しつつ、その要所要所を解析しつつだけど……
遠くに、剣戟の音がしているのは、付いてきたシルフィー達の鍛錬の音。 まぁね、剣呑で殺伐とした、鬼気が流れているんだけれど、其れくらいしなくては、彼女達の鍛錬にならないからねぇ……
「リーナ。 いいじゃない。 貴女、装うとアンネテーナ以上に映えるのよ? 知らなかったの?」
「えっ? 今なんて、仰いましたの? まさか、そんな事は……」
「ココだけのお話。 貴女、歴とした、王女なのよ? 王家の血を深く受け継いでいるその身よ? その上、ドワイアル大公家の血も引き継いでいるのよ? 社交界の ” 光の妖精 ” って、云われていた、エリザベート様のご息女なのよ? きちんと装えば、どんな高貴な者にだって、遅れなんて取るわけないじゃない」
「テ、ティカ様…… そ、それは……」
「自信を持っても、良いと思うのだけれど? ある意味、それって、武器よ? 王城と云う伏魔殿で、戦うための、とても強力な武器。 御身体だって、かなり成長されて来ているんだもの、装いをきちんとするだけで、周囲を圧倒できるわ。 ぶつくさ言う者達の口を塞げるわよ」
「で、でも…… そ、そんなぁ……」
「諦めなさい。 シーモア子爵の行った事は間違いでは無いわ。 秋季大舞踏会に於いて、貴女はアンネテーナの護衛と成りますから。 彼女の近くに侍る事になるのよ。 その時、正装は必須となるわ。 薬師装束は、あくまで主務医務官のお役目の時だけ。 ……目立ちたくないって、そういう気持ちは判るんだけど、此ればかりは、どうしようもありませんからね」
「ティカ様ぁぁぁぁ~~」
地下鍛錬場に響く、私の情けない叫び…… 涼しい顔をして、背中を撫でながら、肩をすくめられるティカ様。 何事かと、此方に意識を向ける、シルフィーとラムソンさん。
あぁぁぁ辛い。 とても、とても、辛い…… 装うって…… なによ…… そんな、前世の記憶が蘇ってく来るじゃない…… いろんな無茶を言って、いろんな人に迷惑をかけて…… 挙句の果てに、舞踏会では…… ファーストダンスのみ……
壁際に咲く、毒の花のような……
そんな……
そんな……
思い出したくも無い、” 光景 ” が、脳裏に浮かび上がったの……
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