425 / 714
光への細い道
提案と足らざるモノ
しおりを挟むティカ様は、暗くなった表情の私に対して、柔らかく言葉をかけて、下さったの。
「だから……ね。 貴女は王都に留まるべきでは無いとそう思うの。 ココでは、そんな非情の決断が常に迫られる場所。 その度に、貴女は…… 貴女の心は…… 傷つき、嘆き悲しむ事になるわ。 ええ、きっとね。 それに、貴女には、やるべき事が、あるんでしょ?」
「……おばば様とのお約束。 異界の魔物との……お約束も。 ええ、北の荒地に向かわねばなりません。 まだ…… その力は、私には備わっていませんが…… それに…… 「ミルラス防壁」の復帰も必要な事です。 後顧に憂いがある内は…… 北の荒地には…… 向かえません」
「ええ、そうね。 判っている。 ……リーナ。 一日でも早く、異界の魔法の法理を読み解き、「ミルラス防壁」の復旧したら、貴女を北の荒地に送り出してあげる。 だから…… 貴女にも協力をお願いしたいわ。 宜しくて?」
「勿論に御座います。 北の荒野に向かうためには、異界の魔法の法理を読み解かねばなりません。 今のままでは、とても浄化も残余の魔方陣の昇華も出来ません。 だから…… わたくしからもお願い申し上げます。 ティカ様…… お力添えを」
「目的は違えど、手段は同じね…… 判ったわ。 あのね、この私の鍛錬室は、地下深くにあるの。 そして、王都の地下の洞窟に直結している。 あの、王城の地下道の様にね。 そこで、一つ提案があるわ」
「何で御座いましょうか?」
またも、ニヤリと笑うティカ様。 なにか…… 黒々としたモノを感じてしまうのは…… 私だから?
「あまり知られてはいなのですが、王都には、地下に洞窟があるのですよ。 上手く利用すれば、貴女の第十三号棟に出られるの。 いま、配下の者達に調べさせている。 ……と、云うよりも、既に道は判明しているわ。 後は、貴女の承認だけ」
「えぇぇ! そ、それは……」
「誰にも見られる事無く、ココに来る事が出来るわ。 ココならば…… 異界の魔方陣を展開しても…… 誰憚る事無く、解析も可能よ」
「繋げるのですか? ココと第十三号棟を?」
「ええ、そちらが宜しければ」
「……どのくらいまで、掘れば宜しいのでしょうか? あいにくと、わたくしは土属性の魔法は得意では有りませんの」
「心配しないで、既に手配済みよ。 第十三号棟の、鍛錬場の真下に、ある程度までは、既に開削済み。 少し時間をいただければ、開通出来るようにはしていたの」
「狙ってましたね、ティカ様」
「だって…… そうでもしなければ、貴女に会おうと思っても、いらぬ掣肘が入るのだもの……」
ニヤリ…… 黒々とした笑みを浮かべるティカ様。 この人は…… ほんとに…… もう…… でも、それは、私も望むところ。 安全に、誰にも知られる事無く、ココに来て異界の魔法を読み解く。 今、夜半にやっている事を、この場所でね。
これだけの魔導書があれば…… これだけのスクロールが有れば…… 法理の読み解きだって、相当に捗るわ。 これはティカ様の為でありそして…… 自分の為でも有るもの。 ティカ様が軽い調子で、言葉を紡ぐの……
「護衛の方々も一緒に来られては如何? 鍛錬も出来ますしね。 ほら、獣人族さん達の全力鍛錬なんて……無理でしょ? 王城外苑では」
「まぁ…… その…… ですね。 プーイさん達、穴熊族が咆哮したら、きっと、外苑は大騒ぎになりますわ。 軍馬も恐慌を来たしますでしょうしね」
「でしょ? ココだったら、何の制限も要りませんもの。 ほら、貴女の侍女…… 頑張っているわよ」
ふと、視線をシルフィー達の居る方に向ける。 なるほど、とてもキレの有る動きのシルフィーがそこに居た。 美しさすら感じさせる、彼女の動きは…… 暗殺者の其れ…… 煌く刃と、汗が彼女の周りを、飛び回っていた。
ラムソンさんも、きっとティカ様が用意されていた、黒衣の大柄な人と、爪を使っての攻防を繰り返している。 よく見ると、黒衣の大柄な人も、『爪』を使っていたわ。 そうなんだ、ティカ様も獣人族の人を配してらしたのね。
そうね、シルフィーも、ラムソンさんも、本気での鍛錬は、第十三号棟では出来なかったものね…… これは…… 今後の為にも…… 受け入れよう。 ティカ様のご提案。 受け入れよう!
「良く判りました。 わたくしがココで異界の魔法の法理を読み解く時間、侍女、従者の鍛錬時間となりましょうね」
「あぁ、それと、クレア。 貴女にも必要な事柄があるわ」
ビクンと体を震えさせ、クレアさんがティカ様に向き直る。 私の横に…… ソファに座ってはいるけれど、どこか居心地悪そうな彼女。 仕方ないかも知れないわ。 本来なら、大公家のお屋敷なんて、来るような事は無かったんだものね。 ティカ様が続けて言葉を紡がれるの。
「貴女には、色々と調べてもらわねばなりませんね。 主に北域のことについて。 いずれ、リーナは北域に向かうでしょう。 その時になって調べては、間に合いません。 幸い、貴女の出身は北の辺境域。 ご実家に知られぬように、繋ぎをつける事も出来るでしょう。 また、その手段をお持ちでしょう?」
「……は、はい」
「ならば、恩をお返しなさい。 貴女に、生きろといってくれた、リーナに対し、貴女の成すべきは、彼女が知らない事をお教えする事。 同じ道を歩む事は出来ないかもしれないけれど、手助けは出来ましょう? よろしくて?」
「え、ええ…… はい。 それなりの伝手も御座います。 リーナ様のお役に立てるならば、その伝手を辿る事くらいは…… 何でも有りません」
「北域には、北域の特別な事情もありましょう。 どんな道程を進めば、容易く北の荒地に入れるかも……ね。 これは、貴女にしか出来ない事。 わたくしが影を使っても、あの地の者達は、口が堅く…… その上、聖堂教会の者達が跋扈しておりますから」
クレアさんは目を伏して、首肯する。 なにか…… 曰く有り気な感じ。 ティカ様の言葉にも、そういう風な感じを受ける。 北の辺境域って、そんなに…… 大変なところなんだ…… 知らなかった。
「これは、魔術師ティカからのお願い。 決して、ニトルベイン大公家の息女の願いでは無いわ。 リーナがせっかく救い出したあなた達に、危ない目とか、怖い思いはさせたくないし、してもらいたくない。 出来るだけでいいの。 貴女の心の平安が脅かされない程度でね」
「はい…… ティカ様。 リーナ様のお役に立てるのならば、わたくしは万難を排してでも…… たとえ、実家に知られようとも、北の情報を集めます。 ええ、必ず」
すっと視線を上げるクレアさん。 その瞳には、かつて無いほどの光が宿っている。 その瞳を見詰めていたティカ様も、ニコリと笑われた。
「……クレア=セレーノ=ボニータ=スクートム辺境伯爵令嬢。 貴女の献身に、わたくし、魔術師ティカは、 いいえ、ロマンスティカは、嬉しく思います」
「勿体無く…… 勿体無く……」
クレアさんの瞳から、涙が零れ落ちる。 そうか…… 貴族の矜持を持って、ティカ様はクレアさんに対してくださったのね。 そうね、そうよね。 彼女の心に必要だったものは…… 己の心の底に傷つき眠っていた自尊心だものね。 それを…… ティカ様は引き出してくださった。
私には…… 出来なかった事ね。
体を癒し、心に安寧を齎すだけでは、彼女を立ち直らせる事は出来なかった。 出来ると考えていた私は…… 驕慢だったのね。 反省する。 とっても、とっても、反省するわ。
^^^^^^
シルフィーとラムソンさんが疲れ果て……
護衛隊の面々が、疲労で倒れて……
今日の晩餐会はお開きになったわ。
その日……
何故か、私達は……
王都の地下洞穴の道を辿って……
第十三号棟に戻る羽目になったの。
何時の間に……
ティカ様……
貴女って人は……
ほんとにもう!!
23
お気に入りに追加
6,843
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った
冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。
「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。
※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。