その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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光への細い道

立場と意思

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 気分は最悪……



 王妃教育の同席に関しては、勅命を拝している関係上、お断りは出来なかったので、どうにか同席する事はした。 頭になんて、入ってこないけれど…… 周囲に気配察知を配し、賊の侵入に気を配る事しか出来なかったわ。


 そんな事、ティカ様がやっているっていうのにね。 ほとほと自分が嫌になるわ。


 初日って云う事もあって、王国史をざっくりとおさらいした本日の授業は、主に獅子王陛下の偉業とか、先王の真面目で堅実な国家運営の史実を掻い摘んでお話されたの。 一部、王家以外ではお話に成られない、歴史の闇の部分も有ったけれど、それは…… まぁ、私にとっては常識的な部分ね。

 北の荒地がどのようにして生まれ、そして現在に至るか。 大森林ジュノーの王国ジュバリアンが、どのような趨勢を辿ったか。 そして、彼の地の王族がどのような末路を向かえて、そして、今尚、” 大召喚魔法 ” に、その魂を捕らえられていると事実も。

 その原因が、獅子王陛下の北進で有った事。 その北進自体が、ファンダリアの貴族達の、” 欲望 ” の結果であったこと。 先王様が、悪辣といっても過言ではない手段を用い、王国の強力な ” 貴族 ” の権勢を削ぎ落とし、王家の権威に摩り替えていった、手練手管を……

 ざっくりとでは有ったけれど、教育官のハウンゼン伯爵は、過不足なく教授してくださった。 耳に聞こえる、授業の内容は、表沙汰にするようなモノではない、王家の恥部。 知る事、理解する事、なにより、其れを成した事により、ファンダリアの国民は平和と安寧を手に入れ、国は富み栄え始めたと言う事実。


 これは…… きっと……


 ティカ様が私の方に視線を投げ、そして、そっと頷かれる。 今回の刑罰も…… きっと、その恥部の一つになるべき事柄。 穿って見れば、もっと大きな騒動に発展する可能性も有った。 王妃殿下の関与とか、ニトルベイン大公家への罰則とか……


 それを成さなかったのは、ウーノル王太子殿下の決断。


 あの十七名の人の命を持って…… 一罰百戒の戒めとしたと云う事。 高位貴族のモノにも、等しく適用された…… 王妃殿下の意向も、国王陛下の宸襟も、全てを上回る権威として、王国法をあてられた。 そこには、現実的な摺り合わせも、王国の権威への考慮も含められた、最大限の譲歩とも言うべきものもあった。


 十七名……


 ウーノル王太子殿下が見詰められる、ファンダリア王国の未来図を実現するための、いしずえとなった方達。 ティカ様は、必然と仰ったけれど…… 私には、そうは思えない。 道を踏み外した者達も、正道に立ち返る、道はあったと…… そう思えるから。 

 でも、殿下はその道を取られなかった。 目指される、王国像のにえにされたとしか…… 思えないの。 かつて…… 前世で、私自身が王国の安寧の為に、「ミルラス防壁」のにえにされたようにね。


 授業を聞きながら…… 目の前に浮かぶのは、” 蒼い空 ” の情景。


 二度と再び、こんな人が生まれないように…… 王国民、ファンダリアの民に、非業の死を与えぬように…… 私は、私の成すべきを成す。 そう…… 成すべきをね。




「リーナ殿は、この授業でお話した事に、驚きもしませんでしたね。 何故ですかな? 王国の暗部としての、王国史。 表には…… 顕にされていない、王国の影の部分に御座いますが? アンネテーナ様は、驚きを持って、真実に向き合っておられます。 にもかかわらず? 解せません」

「ハウンゼン伯爵。 ご存知では御座いましょうが、我が師は、ミルラス=エンデバーグ。 海道の賢女様に御座います。 遥か時を経ては御座いますが、我が師はミルラス様は、当時、戦闘神官バトルクレリックであらせられました、現聖堂教会神官長、パウレーロ=チスラス 猊下様と、獅子王陛下のお側を護り抜いたお方でした」

「ふむ…… 海道の賢女様より?」

「詳細に。 この国の成り立ちを知らば、誰をどの様に護るべきか。 其れが理解できようと。 今しがた、ハウンゼン伯爵様がお話に成った事、間違いでは御座いませんが、全てでも御座いません。 如何に、当時の王宮内で暗闘があったか。 先王陛下がどの様に御宸襟を悩ませていたか。 そして、己の力を、ファンダリア王国の力と思い違いしていた、高位、中位、下位の貴族の方々がどれ程多かったか。 その暗闘が嫌になり、お師匠様は辺境の地に向かわれたのです。 民を…… ファンダリアの民を救うべく。 人を殺害する手段を捨て、救う手段を手に」

「……伝説の中に生きた方と、お話に成っていたというわけですな。 納得のお答えです。 賢女様に教えを請われた貴女には、これ以上の王国史はお教えする事は御座いませんね。 判りました。 アンネテーナ様。 父君であられる、ドワイアル大公閣下より、周辺諸国についてはご教授されて居られるでしょう。 王国史の闇の部分については、これより始めますが、資料としてお持ちいたしました文書の数々、目をお通しください。 その何倍もの権謀術策が執り行われていたと、そういう認識を持ちつつです。 よろしいかな?」




 アンネテーナ様が目を伏せ、頷かれる。 暗い、暗い表情ね。 闇の歴史なんて、聞くものじゃないわ。 光り輝く栄光の歴史が、それこそ、泥で塗りたくられるようなものよ。 そうね、暗渠の中を覗き込むようなモノだしね。 ……そんな表情にもなるわ。 呟かれるように、アンネテーナ様は言葉を紡がれたの。




「承りました。 リーナ…… 知っていたのね」

「はい、アンネテーナ様。 故に、わたくしは辺境の恵まれぬ境遇の者達に手を差し伸べていたのです」

「…………そう。 そうだったのね。 それも、精霊様の御意思なの?」

「はい。 その通りに御座います」

「理解しました。 ロマンスティカ様。 以前、貴女が仰っていた事は、間違いは無かったですね」




 ティカ様は軽く頷かれる。 ニトルベインの姫様であり、内務を司る大公家の ” お家相応 ” に、闇の者達をお使いになるロマンスティカ様は、教育官ハウンゼン伯爵様のお話に動じる事は無いわ。 ……でも、なにをアンネテーナ様に仰ったのだろう?




「そうですね、アンネテーナ様」

「リーナは…… 王家や、王権等には、なんら価値を見ていない。 全ては、王国の、ファンダリアの民の安寧の為。 とても、とても、殿下には御せは無いと…… そう、仰っておいででしたね。 改めて感じますわ。 覚悟の質が違う…… 違うわ。 でも、それが、” 辺境の薬師錬金術師リーナ ” なのよね。 そうですわよね、ロマンスティカ様?」

「そうですわね。 ……そう、思います。 リーナもまた、精霊様とのお約束を護らんが為に、懸命に努力しておられるわ。 むざむざと、この魔窟の様な王宮に留め置く事は…… 精霊様の御意思に抗う事。 そうではなくて? アンネテーナ様。 わたくしは、そう思うのです」




 言い切られるティカ様。 先程、応接室でお話になった通り、私の身を案じて下さるのよ。 嬉しくもあり、面映さもある。 そうね、だって…… 御義姉様なんだもの。 もし…… もしもよ、私が、エスカリーナだと、この場で言えれば…… それは、どんなに素敵な事なんだろうって、思ってしまう。

 でも、そんな事をすれば、どれだけ大きな波紋を広げるかは、判ったものじゃない。 ティカ様が隠蔽し、そして、私を辺境の地に帰そうとされているんだもの。 きっと…… きっと、おばば様にもそう願われたのかもしれない。 


     だから……


 黙っているの。 ごめんね、アンネテーナ様。


 貴女の姉妹として、生きていたエスカリーナは、南方辺境域に於いて、光芒の中に消えたのよ。


 ええ……



 消えてしまったのよ。 





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