その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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光への細い道

避けたい理由。

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 一応ね、おとなし目の下着類と華美で無く、動きやすい部屋着を一揃え買いました。




 ええ、買いましたとも! 何この下着…… 今まで、辺境の荒野とか、軍属で戦地とか、色んな所を這いずり回ってきたでしょ? 下着だって、頑丈で、洗っても、洗っても、大丈夫なモノを好んでつけてたのよ。


 それが何、これ……


 シルクレード製? はぁ? それも、細かなレースがくっ付いてるのよ…… 武人の蛮用には、絶対に向かいない。 ええ、断言する。 今までの使い方してたら、二、三回洗えば、ボロボロに成るのは火を見るより明らか。




「お洗濯は、お任せあれ」




 とっても、いい笑顔のシルフィーさんが言うのよ。 ええぇぇぇ! 嫌だよ…… ほら、行軍もあるし、訓練だって有るんだよ? だからね、相応の頑丈なのも一揃えお願いしたの。 本当に、両膝ついて、頭を床に押し付けてお願いしたんだよ…… 実用的なの、ほんとに必要なんだからねッ!!

 痛く、ご機嫌が悪いフルーリー様。 はて?




「リーナ様? 淑女の着ける下着では御座いませんわよ? 本当に、もうッ! では、此方をご購入していただけるのならば、ご要望の下着を取り揃えさせて頂きますが、如何でしょう?」




 物凄く、物凄く、何かを含んだ笑みを浮かべられてね…… め、面積がとっても小さい下着? を手に私に押し付けてこられたのよ。 えっと…… さっき…… 勝負がどうのこうの云ってた時に見せてもらったモノ?

 シルクレード製でさ、向こうが透けて見えてさ、それで、隠せる面積がとっても小さい、紫にも見える、深い蒼と、黒いレースで装飾のついた下着…… お揃いのガーターと、これまたシルクレードの繊細なストッキングまで、合わせた一式……

 あ、あのね…… それ…… どんな場面で着けるの? ねぇ…… ねぇ…… 教えてよ……




「とても素晴らしい御仕立物ですわ、リーナ様。 しっかりと保管し、しかるべき時に」




 しかるべき時? えっ? シルフィーも、フルーリー様もとっても笑ってる。 あなた達、私をどうしたいのよッ!! 

 お部屋で寛ぐ時に着る、部屋着もさぁ…… ふわふわのお嬢様の服なのよ…… 記憶の奥底にある、前世のエスカリーナなら、まず見向きもしない様な感じなんだけれどもね、それでも、庶民の私が着るとなると、気後れがするくらいの素敵なモノなの。

 なんなら、お出かけ用にしたって、問題が無いくらいなのよ。 本当に困ってしまったわ。 寝巻きとして、夜着も一揃え、購入したけど、それも…… もうね…… なんとも云えなくなったわ。




「リーナ様は無頓着すぎます。 何時も、何時も、同じものをお召しになってッ! 王宮に出入りするようになれば、それでは悪目立ちしますわよ?」

「でも、わたくしは、「薬師錬金術師リーナ」であり、アンネテーナ様の御脈を取る為に、王宮学習室に伺候するだけに御座いますのよ? いわばお仕事。 お仕事で、華美な服装はよろしくは御座いませんか?」

「故に、下着なりとも、ご身分に相応しいものをお付けに成りませんとッ!!」

「だからと言って、シルクレード製の下着は……」

「何を仰っておられますの? これでも、かなり抑えておりますのよ? 王城での式典などにもご出席されるので御座いましょ? その際のお召し物は、このフルーリー=グランクラブにお任せあれ! その席に相応しいドレスをご用意いたします。 イグバール様よりも、” くれぐれも ” と、言い付かっておりますのでッ! 宜しいですねッ!!」




 うわぁぁ…… ほ、本気の視線だぁ……




「あ、あの…… その……」

「宜しいですね! 装いに無頓着なのは、王宮では軽んじられます! 特に淑女の間ではッ! グランクラブ準男爵も、憂慮されております。 リーナ様のご評判は、王太子様のご評判に直結しますのでッ!!」




 周囲のお針子さん達も、頷いているのよ…… そうねぇ…… 私が無頓着になったのは、もう貴族じゃ無いからなんだけど…… 王城に伺候するなら、それなりの装いって…… 必要なのかもね。 うん、判った。 もう、自分じゃ良く判らなくなっているから、フルーリー様のお見立てでお願いするわ。




「必要最小限度でお願いします」

「はいッ! 承りました!! あなた達も、いいわね。 採寸表、しっかり持った? 最低五着。 欲を言えば、八着。 直ぐに取り掛かって。 デザインは、前にもお願いした、アノ人に頼んでね。 ほら、以前、学園舞踏会の時の人よ。 いい?」

「「「 承りました!! 」」」




 お針子さん達が、一斉に頭を下げられているの。 いや、そんなに気張らなくても…… 普通な感じで…… 出来るだけ…… 普通に目立たない感じで…… そっとシルフィーさんが私の側に立ち、耳元で囁くの。




「良きお友達ですわね、リーナ様。 彼女に任せておけば、間違いは無いかと思われます」

「良きお友達なのは…… そうなんだけど…… ちょっと心配では有るわ」

「問題は御座いません。 きっと、良き様にされるでしょう。 リーナ様がドレス姿でも武装する事を、誰よりもご存知ですもの」

「……そう、願いたいわ。 集められた下着とか見る限り…… かなり怪しいけれども……」

「まぁ、そう言わずに。 女性として生まれてきたのです。 その辺りは、御自覚下さい」




 うううぅ…… そうは、言っても…… ほら…… 色々と後ろめたい、前世の記憶があるのよ。 シルフィーには言えないけれど…… 華美で豪奢なドレスをどれほど強請ったか…… どれだけ、下着に気を使ったか…… 勉強もせずに、そんな事ばかり…… そんなお金の使い方は間違っていると、今なら思えるのよ。


 礼儀として身を整えるのは…… 判る。 とても良く判る。 でも、必要十分なモノで良い筈だもの。


 お茶会や、夜会、舞踏会の度に、ドレスや装飾品を新調するのは、どう考えたって、おかしいもの。 それをしていたのが、前世の私。 そんなモノに成りたくない。 ええ、成りたくも無いわ。



 ―――― イグバール様のお気持ちと、フルーリー様の配慮には感謝しつつも、ちょっと…… ね。



 お買い物が済んで、フルーリー様とお茶をしつつ、今後のお話もしたの。 薬草箱の入荷状況とか、市井に流す医薬品の種類とかをね。 お仕事のお話。 真剣に語り合って、今年もよろしくって言い合って、にこやかにお茶会は終了。


 時間は夕刻五刻。


 さて…… 第十三号棟に帰ろう。 買ったものを持って。 皆が居るお家に帰ろう。 帰ったら、また、皆でご飯を食べに行って、そして、眠ろう。



 明日からは、また、何時もの日々に戻るんだからねッ!

 夜の帳が落ちる頃……

 冬のピンと張り詰めた空気を体一杯に受けて……

 夕闇迫る街路を、一路、第十三号棟に向けて……





 帰っていったのよ。





 良い、休日だったわ。





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