その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 16

 閑話 王の宸襟 王子の意思

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 シンと静まり返った、豪奢なファンダリア王国、国王執務室。



 席に着く国王ガングータスは、目前に立つ自身の息子であり、そして、次代の王となる、ウーノル王太子を凝視していた。

 言葉は必要なく、漲る覇気は紛れも無く王者の風格すら纏う息子に、戸惑いと、何よりも不快感を覚えていた。 手元には一枚の命令書。 王が承認しなければ、実行される事のない命令が記載されている。 その書面を渋面のまま見詰め、そして、視線を上げ目の前に居る王太子に向ける。




「ウーノル、この命令書の ” 意味 ” を、理解しておるのか?」

「国王陛下、勿論に御座います」

「この者達を処分すると…… そう、この『処刑命令書』にはある。 本気か?」

「本気かとは? 王国法に照らし合わせ、至極もっともな処置と思われますが?」





 何時に無く、平坦な声で、ウーノル王太子がそう答える。 周囲の侍従共も、明らかに不審に思う。 ココまで、強行で頑なな態度を取る王子では無かった筈なのだが…… そう云う思いが、ガングータス王の周辺に漂う。

 反対に、ウーノル王太子の引き連れている者達には、その疑問が反対に不可思議に感じる。 何を今更云うのかと。 ウーノルの気概は、既に雌伏の時を超えている。 周りに集うモノ達、そして、彼に未来を見た重鎮達。 その存在を知る者としては、当然の思いでもあった。





「貴族のモノ達…… この一覧に乗っているモノ達の親族は、反発するぞ? 加えて、高位貴族家の者達が何人も含まれておる。 私が任命した者達がな」

「その者達の家族は、抑えております。 本来成れば、《大逆を犯した者》の親族として処罰もされましょうが、それでは事が大きくなります故、全ては王宮奥、王宮学習室にて図られた事としました。 罪は、王宮学習室で成され、罪人は、王宮学習室の中だけに居た。 国王陛下に任じられ、増長した、不貞の輩。 外部からの指示や命は一切無く、何より罰せられるのは、実行犯、指示者、その命令を下した者。 処罰の対象は、限定いたしました」

「其れにしては、人数が多い…… 何より、侯爵家の夫人まで居るではないか」

「罪人に身分の上下は有りません。 王国法の前には、犯した罪の量刑は同じとなります。 疑問があります」

「なんだ、云って見ろ」

「王宮学習室の女官、侍従達の人選についてです。 王宮学習室は、後宮の奥深く、もっとも人選には厳格な審査が必要とされる場所。 そこに、なぜ、このような者達が居るのか。 判りません」

「何が言いたい」

「一つの例を挙げると、この侯爵夫人。 役職を女官長とされております。 任命は国王陛下よりの信任。 ですが、この者は女官の登用試験を受けた形跡は御座いません。 王妃殿下の侍女として後宮に入宮。 そして、王妃殿下の身の回りの雑事を引き受ける者で有った筈。 それが、何時の間にやら、女官として後宮人事にまで口を挟み、更には、女官長の地位を受けるに至る。 後宮の規則からの逸脱は甚だしい。 加えて、王妃殿下の後宮入宮時、かなり王宮学習室の教育官とやりあったと…… そう、記録にあります」

「それが……何だというのだ」

「王妃殿下の寵愛を背景に、本来ならば資格すら無い者が、王宮、後宮にて権勢を振るう。 それを、王が承認していた。 今回の暗殺未遂事件の根底には、国王陛下と王妃殿下の法や規則を無視した、” 専横 ” が、その根底にあったと、云わざるを得ません」

「王妃が後宮にて、心安らかに暮らすためには、必要な人材であったのだ」

「資質を問うているのです。 各種 後宮女官採用規定に抵触するような者が、王妃殿下の宸襟を垣間見る事が出来るというだけで、なんの審査も無く、後宮女官…… あまつさえ、女官長と僭称するとは…… 王宮学習室の長は、本来ならば教育官長の筈です。 が、それを曲げ、女官長がその任に就いているのも不可解。 何かしらの思惑が、後宮全体にあったと…… そう推察する事が可能です」

「その、” 何かしらの思惑 ” と云うのが、ドワイアル大公令嬢 暗殺未遂…… とでも、云うのか」

「捕らえた女官長の口から、” ドワイアル大公家の娘を後宮の長にする訳にはいかない ” との、証言もありました。 多かれ少なかれ、その命令書に載っている者達の口も同様な言葉が出されております。 つまり、後宮 ” 王妃の正宮 ” 周辺の者達がそういう認識で居たと云う事は、間違いが無いと云う事でしょう。 いわば、” 王妃の正宮 ” 周辺の専横が罷り通って居たと云う事の証左に他なりません」



 絡み合う視線。 罪人として名前が羅列されている、羊皮紙を手に、眉を顰めるガングータス王。 平然とその視線を受けるウーノル王太子。 王太子の云う事は、至って普遍的な言葉。 いや、かなりの温情を持って、量刑に当っているとも云えた。

 執務室に居る者たちの胸には、その思いが浮かび上がる。 問題を限定的な部分まで落としこみ、障害を排除し、王家の威信と暴走気味の王妃殿下の行動に手枷足枷をつけると云う…… そういった意思を垣間見ていた。


 しかし―――


 ガングータス王の目には、そうは映っていない。 列挙された名前の中には、王妃フローラルの懇意にしている者、婚姻前から彼女に付きしたがっている者、常に側に居り彼女の意を良く汲み護って居る者 そういった者達の名が列挙され記載されている。




「この列挙されている名の中に、王妃の侍女として長らく仕えた者の名もあるようだが…… これを承認すれば、王妃の宸襟が荒れような。 ウーノル、お前の母だぞ? どうして、アレの心を乱すような事を……」

「その書類に記載されている者達…… 後宮女官長、女官三名、侍従五名、厨房方二名、薬事方薬師女官一名。 その他、王宮薬師院 御典薬師局の薬師一名、調剤局の上級薬師一名、近衛騎士三名の合計十七名。 敢えて言わせて貰えば、『 王妃の正宮 』 の関係者ばかりに御座います」

「何が言いたい?」




 言葉に険が乗り、冷たさが増すガングータス王。 既に、息子に向ける視線では無くなりつつある。 威厳を持って、小癪な小僧を威圧する為に、殊更、言葉を厳しくした。 なんとしても、この書類を認めるわけには行かないと、王妃の心が乱れてしまうと、ただ、ただ、自分の大切な者を護らんとする為に。 それが、たとえ、息子であっても変わりは無い。
 



「王妃殿下の処遇に関しましては、” 王家の威信 ” を、護る為に不問に付します。 ニトルベイン老公にもお判りいただけた。 それだけの証左、証言は、わたくしが保持しております。 これを公にすれば、例え王妃殿下であられようと、ただではすみません」

「母なのだぞ?」

「なされたのは『大逆』に御座いますゆえ、父母の情は切り離されるべきなのです。 が、 ” 王家の体面 ” と、云うものも御座いますので。 此度は、不問に付すと、そう申し上げました」

「大逆と云ったな。 では、十七名の量刑は…… 如何するのかッ! お前の云う ” 法 ” を、適用するならば、極刑は免れない…… 「ミルラス防壁」の糧にするのかッ!」

「陛下…… アンネテーナは、宰相府、執政府、貴族院の了承を得た、わたくしの婚約者に御座います。 また、この婚約の誓詞には、国王陛下の御名御璽もあります。 国王陛下が宣せられた、正式な婚約に御座います。 よって、アンネテーナを害そうとする者は、国王陛下の宣下に対し、異を唱えるばかりではなく、暴虐なる手段を持って、これを廃そうと試みる事に相違有りません。 国王陛下の宣下に対し、畏れ多くも弓引く事は、すなわち、『 大逆 』 大逆の罪を背負う者に対する贖罪は命を持って成されます」

「……王の宣下に弓引く者…… か…… ならば、この場で、お前に恩赦を命ずればよいのか?」

「ありえませぬ。 王国法に則り、刑は粛々と執行されるべきなのです。 恩赦に値するような、罪では御座いません。 王国の法が捻じ曲げられる様な宣下をなさる国王陛下では御座いますまい?」

「何故なのだ…… なぜ、そこまで、頑ななのだ」

「陛下は、王妃殿下を害するものを許せますか?」





 沈黙が落ちる…… 言葉を詰まらせて、ガングータス国王は、ウーノル王太子を凝視する。 ” そこまで、アレを望むのか…… 自分がフローラルを想う様に、ウーノルはアンネテーナを想うのか…… ” 凝視する視線に、その問いが乗る。 真正面から見据えるウーノル王太子の『蒼い瞳』には一切の揺るぎが見られない。




「身分も王国籍も剥奪し、罪人として処刑します」

「め、名誉も何も無くかッ!」

「大逆の罪人に名誉は必要有りません。 かかる罪の重さゆえ、量刑は、「丑引きの刑」が至当。 新たな年になる前に、古き穢れは拭い去らねば成りません。 執行は、大晦日。 ……名誉と云うわけでは御座いませんが、わたくしが立ち会います。 王家の威信を穢す者に対して、わたくしが成すべき事は、処刑を確認し亡骸から魂をが抜け、遠き時の輪に送り出す事。 ……「ミルラス防壁」の糧にはしません。 ファンダリアの国民としての矜持を忘れた者達に、ファンダリアを護る価値などありませぬ故」

「……徹底しておるのだな、王太子は」

「正に。 正に徹底せねばならぬ事象に御座いますれば。 高位貴族の者達に、その爵位、地位をお与えに成ったのは、国王陛下。 その者達が、王家…… すなわち国王陛下の藩屏たるを放棄したのです。 よって、王自ら、彼らの爵位、地位を国王陛下は、『剥奪』せねばなりません。 執行許可書に御名御璽を賜りたく。 王たる者の勤めに御座いますれば、何卒」




 ウーノル王太子の瞳の強さに、圧倒されるガングータス国王。 がっくりと首を落とし、刑の執行許可書に御名を書き記し、御璽を捺す。




「ウーノル。 お前は、ファンダリアを何処に向かわせようとするのか……」




 零れ落ちる、ガングータス国王の言葉。 王妃の嘆願も、側近共の声も…… 遠くに聞こえたような気がした、ガングータス国王は、呟くようにそう口にする。




「誰しもが平穏に暮らせる、そのような国に。 貴族に怯える事なく、民と貴族が共に手を取り合う、豊かで安定したそんな国に。 不正を成さば、それを正せる者が居る国に。 王国法を持って、人が人を裁ける、そのような国に。 王族の暴走を易々とは許さぬ国に。 わたくしの目指す、ファンダリア王国は、誇り高く そして、真摯な国に御座います」

「そうか…… 今は、そうでは無いと云うのだな」

「御意に」




 覇気を纏う、ウーノル王太子。 その王の覇気を間近に感じるガングータス国王。 王権の一端を担う、小賢しい息子に、これほどの覇気が備わっているとは……





 ガングータス国王は、自身の見る目の無さに……






 ―――― 心の中に寒々とした風を感じた。








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