その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 16

 閑話 悔恨の情。 諭す言葉。

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「お父様、何故、あの者達が捕縛されねばならないのでしょう。 王宮学習室は後宮のモノ…… ウーノルは何を考えているの!!」

「王妃殿下。 王宮学習室は、王太子府が掌握した。 宰相府、執政府はそれを承認した。 貴族院も追認する。 もう、王宮学習室には手を出す事は出来ぬようになったのだ、フローラル。 たとえ、其れを、お前が望んだとしても……な」

「そ、そんな無体な……」

「何が無体なのだ? 王太子殿下の ” 唯一 ” を害したのだぞ? 判らんのか?」




 王城コンクエストム、第十五階層 後宮 王妃の正宮。 その場に立ち入れる事が許される、数名の男達の中で、最高齢の男が、王妃フローラルに呼び出されていた。 恭しく、王妃の正宮に、随伴を伴い足を踏み入れた老人。 礼節を持って、こうべを垂れ、王妃の前に膝を付くその男。


 ――― ブロンクス=グラリオン=ニトルベイン大公 


 王国随一の権力者にして、内務寮の長。 国務大臣として、ファンダリア王国の内政を一手に引き受けている重臣。 そして、王妃フローラルの父親でもあった。 そのニトルベイン大公の背後に控えるのは、彼の長男であり、王妃の兄でもある、ネフリム=エストラーダ=ニトルベイン公爵 執政府 執政局 局長。

 随伴である彼は、冷ややかな光を瞳に浮かべ、王妃フローラルを見詰めていた。




「グッ…… し、しかし、あの者はずっとわたくしの側についていてくれているのですよ。 それを、取り上げ、あまつさえ罪に問い、刑罰を与える…… 許せません。 ウーノルには、わたくしから……」

「出来んよ、フローラル。 王太子殿下は、王国法を良く学んでいる。 王家に嫁ぐべく、王宮学習室で学んでいた令嬢を害さんとしたのだ。 王太子殿下は抜け目無く、差配しておる。 言い訳は効かぬ」




 醒めた声で、ニトルベイン大公はそう告げる。 その声と表情に、悔恨の情が滲んでいる事に、ネフリムは気が付いた。 


 ” あぁ、父上もやっとご自身の決断が引き起こした歪みを真正面から正そうとなさっているのか ”


 心内こころうちでそう呟く。



^^^^^


 すでに幾年月を数える事になったか。 まだ、フローラルが王立ナイトプレックス学院に在籍していた、少女の頃に父、ニトルベイン大公が成した、不誠実。 娘可愛さから、フローラルの望む、至高の玉座に寄り添う立場に、彼女を持ち上げた。



 権謀術策渦巻く王宮においても、その手腕を遺憾なく発揮した父。



 数々の策謀を持って、事態を治める為に成した事。 フローラルを側妃として、後宮に入宮せしめた事。 当時のガングータス王太子の熱意も、ニトルベイン大公の術策を後押しした…… したが……

 フッと溜息が漏れる。

 まさか、ガングータス王太子が、正妃をして『 白い結婚 』 と、目論んでいたとは…… 当時の、王家周辺の者達や、王宮の先王陛下すらも予測していなかった。 王太子ガングータスは、王妃にドワイアルの息女を、そして、側妃にフローラルを置くことで、納得したと、そう思われていたからだった。

 そして、問題が噴出したのは…… 先王陛下、および、先王妃殿下の御崩御の直ぐ後。



 正妃の懐妊…… それに続く王宮からの放逐…… 側妃の懐妊…… 



 貴族間に置いて、噂が噂を呼び…… 正妃の不義密通まで取り沙汰される始末。 父、ニトルベイン大公にとっても、不測の事態となった…… そこまで…… そこまで…… と。 強すぎる、ガングータス王の想いに、いささか…… と云うより、驚きしかなかった。 


 そこまで、妹を想ってくれているだけならば、嬉しくもあると、思いを巡らす。 


 だが、そこには、父 ニトルベイン大公おも上回る策謀を、張り巡らせていた者の存在があった。 聖堂教会、フェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿の影がチラつく。 ガングータス王の側に付き従うのは、王立ナイトプレックス学院時代からだったため、その存在と野心を見出す事に時間が掛かった。

『 白い結婚 』などと云うモノを若き王太子に吹き込んだのは、他ならぬデギンズ枢機卿…… 当時はまだ、助祭だったが、優秀の誉れ高い男でもあった。

 前王妃が、後宮より放逐さえた時、宰相府、執政府に置いて、徹底的に聖堂教会と、デギンズ枢機卿を洗いなおした。 朧気な輪郭でしかないが、彼の野心を物語るモノがある事は知れたが、容易には尻尾を出さない。 暗闘が始まったのは、その時からだった。

 そして、なにより、最大の混乱は、ニトルベイン大公家と、ドワイアル大公家の反目に他ならない。 噂は噂を呼び、やれニトルベインが王権を簒奪しようとしているとか、ドワイアルは嵌められたのだとか。 膾炙かいしゃに上がる噂話には、背鰭も尾鰭も付き、収拾が付かなくなった。

 当時を思い出したネフリムは暗い表情を、更に沈み込ませる。

 父ばかりでなく、ネフリムもまた、ドワイアル大公の連枝や組する貴族達から忌み嫌われるようになってしまった。 国の内務と外務がいがみ合う事が、ファンダリア王国にとって良い事である訳は無い。 そのような状態が十年以上に渡り、続いてしまった。

 前王妃の ” 忘れ形見 ” が、王都を去り、そして南方領域にて消息を絶った……

 ドワイアル大公の怒りはそれは凄まじいモノがあったと、云わざるを得ない。 ネフリムは暗澹たる気持ちを抱えることになった。 この国に混乱が訪れると……  



 数年後……    ウーノル王太子が動き始める。



 暗黒の闇に灯る、一点の灯火のように。

 閉ざされたように感じる、王国の未来に一筋の道を見たような気がした。



 ―――― 事態は一転する。




 ウーノル王子が、王太子に立太子すると同時に、公式にアンネテーナを婚約者としてお披露目した…… つまり、ドワイアル大公家から、王妃を出すと、そう明確に顕された。 と同時に、深い闇を抱える養女、ロマンスティカを 実質 ” 姉 ” とし、重用する。


 狙っていたとしか、思えぬ早業であった。


 ウーノル王子の立太子後、ドワイアル大公家と、ニトルベイン大公家は…… 彼を中心に ” 手打ち ” を、する事が出来た。 当然、わだかまりは残ってはいるが、それも、徐々に消えつつある。 未来への光を失うわけにはいかなった。 軍務を司るフルブラント大公家は、王太子が第四軍の指揮権を下賜された時から、側に立つようになった。

 四大大公家の内、三家を掌握された。 残りのミストラーべ大公家に関しても、当主は別にしても、次代を担う男達は、王太子に恭順の意を顕にしている。

 すでに、王家はウーノル王太子を中心に回り始めた。 そう、次代の王は、雌伏の時を終えたのだと…… ネフリムは明確に感じていた。



  ^^^^^



 金切り声を上げ、父 ニトルベイン大公に反駁するフローラルに、更に温度を下げた視線を送るネフリム。




「なぜ、なぜ、何故ですの!! ウーノルは何故、わたくしに辛く当るのですかッ!! 何故、ドワイアルの娘を選んだのです!! アレは…… アレは…… エリザベート=ファル=ドワイアルの姪なのですよッ!!」

「辛く? フローラル。 思い間違いも甚だしいぞ。 ニトルベインと、ドワイアルの反目を解きほぐし、ファンダリアの両輪と成しているというのに…… 王太子は王家に累を及ぼさぬように、しているというのに。お前は…… 何処まで愚かなのだ」

「何ですって!!」

「判らぬのか? 謀殺未遂の『 首謀者 』を捕縛せんが為、司直の手がこの後宮、『 王妃の正宮 』に踏み込んでおらぬ事が、どういった意味を持っているかを」

「わ、わた、わたくしはッ! わたくしは、何も命じておりません!」

「そうだ。 全て、あの女官長がお前フローラルの宸襟を忖度そんたくし、事を成したと、そう結論付けられるであろうな。 判るか…… フローラル。  アレはすでに老練な官吏と同じような思考を持って、ことに当って居る。 しかし、流石に王家に累は及ぼせないと、そう理解もして居る。 ……お前に忖度そんたくした訳ではないぞ。 王家の威信を護る為に…… 苦渋の決断であったのだろうがな。 少なくとも今は、王太子殿下は、母親であるお前を、犯罪者として裁く事を躊躇っているのだ。 これを判らぬようでは…… な。 身を慎むが良い。 お前は眠れる獅子の尾を踏んだのだ」

「そ、そんな…… お、お父様……」

「もう一度云う。 フローラル。 わきまえよ…… 本来ならば、お前は王妃にはなれなかった者だ。 ロマンスティカを思い出せ。 お前が捨てた、子をな」

「……そ、それは」

「アレは、立派な淑女になったぞ。 ネフリムも驚くほどのな。 フローラル。 お前の父として言い渡しておく」

「……な、なんでしょうか」

「お前には、王妃の宝冠は重過ぎた。 もう……なにもするな。 身を慎め。 そうしなければ……」

「そ、そうしなければ?」

「……死ぬぞ」




 ネフリムは、父ニトルベイン大公の甘さを見た。 しかし、それも又、彼の老獪な政治家の「人」としての側面でもあると…… そう理解した。 





 ” 親父殿は…… 王妃殿下を後宮に押し込める気だな。 政治的にも…… そして、社交的にも…… なにも、させないように。 フローラルが、死を賜る事を避ける…… 唯一の方法かもしれん…… ”





 心内で、そう呟くネフリム。

 親父殿もお優しい事だと……





 ―――― そっと、溜息をついた。



 






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