その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 16

 閑話 『滅亡への道』からの反抗…… 開始。

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 王宮学習室に司直の手が入る。




 内務寮、警備局の強面の者達が次々と、営門を通り抜けて王宮学習室のある、第九層に入り込む。

 手には、王太子ウーノルの勅許状。

 突然の事に、王宮学習室を警備する近衛騎士、女官、侍従が慌てふためく。 当然、近衛騎士達は止めようとするも、警備局の実働部隊に随伴した護衛騎士隊の騎士が持つ別の ” 書状 ” に、絶句する。




          ―――― 発令 ――――

 職務中の近衛騎士全員は、その任務を一旦凍結し、即時練兵場に帰還する事を命ずる。 即時発令、即時発行の命令とし、この書状を持つ者に対し反論する者が居れば、これを抗命罪とみなし、騎士の身分を剥奪する。 また、武力を持って排除しようとすれば、反逆者としてその場で処分する。 粛々と命令に服する事を期待する。    

        軍務大臣 エルブンナイト=フォウ=フルブランド大公 ――――





 すでに、護衛騎士達は抜刀を済ませている。 冷気を纏ったような、鬼気が彼らを真正面から打ちのめしている。 戦塵を浴び、命のやり取りをしてきた者だけが持つ、血臭を伴う威圧感。 王城の警備にしかついたことのない、近衛騎士達には其れがこの上も無く恐ろしげに心を凍りつかせた。




「軍務大臣フルブラント大公閣下よりの命令です。 即時練兵場にお戻り成され。 抜刀すれば、反逆者としてその命、申し受ける所存。 宜しいかッ!」




 気迫に押された、近衛騎士達は、なすすべも無く、命じられたとおりに粛々と王城内の練兵場に向かう。 その様子を見た、女官、侍従達は、更に混乱を極めて行く。

 あるものは、文書保管庫にいこうする。 あるものは厨房に走ろうとした。 あるものは手に持つ薬包をポケットの中に捻じ込む。 その場から逃げる道を探し出そうと、周囲に視線を走らせるものも……



 ―――― その様子を見ていた、警備局の者達が大声を上げて、その動きを制する。




「何も動かさぬよう。 手に持たれたモノは、床に御置き下さい。 王宮教育室に居られる方々は、本日休暇を取られている方も含め、全員が ” アンネテーナ=ミサーナ=ドワイアル 大公令嬢様 ” 謀殺未遂容疑で拘禁されます。 尚、王宮教育室は現時点を持ち、王太子府の管轄となりました。 こら、そこッ! 動くな!! 手荒なまねはしたくないッ!!」




 ドカドカと、大人数の警備局員が、魔道具の手錠を持ち、王宮教育室の中に居た全ての女官、侍従を拘禁していく。 その中に、フローラル=ファル=ファンダリアーナ王妃の信任厚い、女官長もまた含まれていた。




「この下賎なモノ達は、誰の命を受け、このような無体を働くのですッ!! 王宮教育室は後宮管轄。 警備局の者ごときが、入室する事すらありえません! この事は、王妃殿下に即刻……」

「王太子殿下の勅命に御座います。 おとなしく縛についてもらいます」

「なんですって!! なぜ、ウーノル王太子がッ!! あの方には、そのような権限は御座いませんッ!」

「王国法に則り、ウーノル王太子の権能に御座います。 王国第二位のお方ゆえ、たとえ、王妃殿下であられようとも、この勅命は違える事は出来ません」

「このような無体…… 許される筈は御座いますまい!! 王妃殿下に! 王妃殿下にッ!!」




 騒ぎ立てる、女官長。 冷ややかに対応する、警備局の男。 流石に困惑を隠せない。 女官長の身分は、警備局の男からすると、雲の上の身分。 侯爵家の夫人でも有るからだった。 さて、どうしたものかと、思案する。




 ―――― その時、背後から声がした。




「ご苦労。 その者には、私から伝える。 ミレニアム子爵に命ずる。 アンネテーナの元に向かい、彼女を間違いなくドワイアル邸に送り届けよ。 掃除が済み次第、また、此方に戻って貰う事になるが…… 年の瀬を家族水入らずで過ごすがよい。 せめてもの、詫びとして受け取ってくれ」

「御意に……」




 幾人かの護衛と、ミレニアム=ファウ=ドワイアル子爵を引き連れ、王宮教育室に来たのは、ウーノル王太子自身であった。 その蒼い瞳に、炎の様な光を帯び…… 怒りも顕にズカズカと入室してきた。




「女官長、おとなしく縛に着け。 この王宮教育室は、王太子府が掌握する。 本来ならば、教育官長が差配する筈の王宮教育室に、なぜ、王妃殿下の女官長が居るのかが解せぬのだが、そこは不問に付す。 お前達が、アンネテーナを害そうとした事実は変わりない」

「で、殿下!! 王太子殿下!! このような無体ッ!! 決して王妃殿下が許されはしません!!」

「直言を許した覚えは無い。 しかし、その言葉に応える事にする。 許されるのだよ。 わたしは、わたしの権能を持ち、この王宮教育室の全権を掌握した。 あの方は……。 王妃殿下は、ご自身が大事なのだ。 調べの中で、あの方が明確に指示した証拠は無い。 つまりは、お前がおまえ自身の意思で、この謀殺を計画したとみなされる。 侯爵夫人…… 残念だよ。 幼少の頃から見知って居る ” 貴女 ” が、このような事をするなど…… 本当に残念だ」

「……な、納得できません!! 王太子殿下のご婚約者が、あのドワイアル大公家の息女など!! 譲っても、ミストラーべ大公家にも、お嬢様は居られます。 ニ、ニトルベイン大公家の御連枝にも…… いいえ、ニトルベイン大公家には、ロマンスティカ様が居られるではないですか!! 貴方にふさわしい方ですッ!!」

「何を云っている。 国王陛下がお決めに成られ、勅命にて我が妃と指名されているというのにか? 王妃殿下の御宸襟を忖度そんたくし、こんな事をしでかしたとしても、誰も幸せには成れぬ。 まして、露見すれば、見捨てられ、極刑に処せられることすら、理解すらし得ないのか。 そこまで、あの方を妄信しているのか。 なんとも…… ロマンスティカの事すら、……何も知らされておらぬのだな、その口振りでは。 老公に何も教えられていないのか? 全く…… あの方は、何処までも、王妃殿下に甘い…… 構わぬ。 拘禁し連行せよ。 取り調べも一切手を抜く事罷りならん。 良いな」

「わたくしは!! わたくしは!! 王家と殿下を想わばこそッ!! いや、放して!! その手を放しなさいッ!!! あ、あぁぁぁぁ!!!!」



 警備局の男は恭しくこうべを垂れ、命令に服する。 女官長の手を後ろ手に魔道具の手錠で拘束し、貴人用の拘置室に引き立てて行った。 その後姿を、遣る瀬無く見遣りながらも、ウーノルは決して手を緩める事をしなかった。




「警備局の諸君。 外堀は埋めてある。 実際に手を下した者、その準備をしていた者、毒の入手経路、命令文書関連、通達関連に関して、諸君達の手腕を期待する」

「「「 御意に! 」」」




 ウーノルの檄が飛ぶ。 次々と拘禁された女官、侍従達が不安な面持ちのまま、列を成して拘置室に連れ出されて行く横を、ウーノルはズカズカと入っていく。

 周囲を見回す、ウーノル。 深い溜息を一つ。




「ここで、学習した事は無かったな…… このような場所に、アンネテーナを押し込めていたのか…… 広いとは云っても、行動を制限される事には変わりない…… 早めに女史のお出ましを願う事にせねばな……」




 呟くように、そう口にするウーノル。 扉の奥から、ミレニアムに連れられて来たアンネテーナの姿を認めた。

 アンネテーナは、ウーノルの姿を認めると、すばやくカーテシーを捧げる。  歩み寄るウーノル。 視線が交差する。 零れ落ちるような笑みを浮かべるアンネテーナ。




「殿下…… ご決断されたのですね」

「あぁ、我が妃と成るアンネテーナ。 貴女を護るためには、これ以上待てなかった」

「わたくしを護るため? いいえ、違いますでしょ? ファンダリアを…… 王国を、御守りになる為のご決断と、そう理解しております」

「……そうか。 しかし……な。 本心でもあるのだが……」

「勿体無くも有ります。 お心に叶うような者に成れるでしょうか?」

「成ってもらわねば、困る。 あぁ、困るな。 心配はしては居ないが…… な」

「お上手です事」




 口元に手を当て、にこやかに微笑むアンネテーナ。 その表情を目を細めて、嬉しげに見詰めるウーノル。 ツッと真面目な顔をして、アンネテーナに対し、言葉を紡ぐ ウーノル。




「なに、物事を成す時には、幾つもの目標を一時に達成する方が、効率的なだけだ。 ……年の瀬を家族と過ごせ。 養生し英気を養って…… 又、ココに戻ってきて欲しい」

「御意に御座いますわ。 ……でも、その前に、成さねば成らぬ、お話がありますでしょ?」




 伺うような表情を浮かべるアンネテーナ。 その視線には、直ぐにでも来るであろう、国王陛下とウーノルの対決の場面を心配する光が浮かんでいた。 苦笑交じりにウーノルは応える。




「あぁ…… そうだったな。 今から、思いやられる。 が、『 正義は我に有り 』だ。 老公の言質も取った。 内務寮も外務寮も軍務寮も、意思の統一を果たせた。 王太子府、宰相府、執政府の足並みも整いつつある。 オンドルフも腹を決めた。 よき人材も手元に集まりつつある。 全ては、『滅亡への道』からの反抗が為。 陛下、王妃殿下には、見えていないモノが多々あるのでな。 ……そうだな、やらねば成らん」




 ウーノルの瞳に燃える炎を見出したアンネテーナは、その決心の深さを思う。 堅く曲がらぬその決意に、自らの未来を賭け様と、彼女もまた心に決める。




「殿下には、力が御座います。 殿下個人の力だけでは無く、力持つ者を糾合し心酔させる力があります。 突き進んで下さい。 微力ながら、わたくしもそのお手伝いを致します。 そして、必ずや、ファンダリアに光を…… 掴み取ってください」

「あぁ…… 約束するよ、アンネテーナ。 必ずや、光を…… そうそう。 今度この王宮学習室に戻るときには、少し変わっているかも知れない」

「と、いいますと?」




 ウーノルの言葉を受け、何の事かと問いかけるように、そう言葉にするアンネテーナ。 不思議そうな表情が、美しいかんばせに浮かび上がる。 何気ない風を装い、ウーノルは応える。




「王宮学習室、” 護衛魔術師 ”を、ティカに頼む予定だ。 それと、君の専属薬師として……」




 ウーノルの言に、アンネテーナの顔に花が咲く。 大輪の薔薇を思わせるような、そんな艶やかな微笑だった。




「リーナを? 素敵ですわ。 ご配慮有り難く存じます。 年の瀬の贈り物として、受け取らせていただきます。 何よりの贈り物ですわね」

「……そうか。 まぁ…… そうだな。 うん、君への「贈り物」となるであろうな、フフフフ」

「そうですわよ、例えどんな無茶な課題を与えられようとも、何よりの友人達ですもの。 わたくしも、努力せねば!」




 明るく笑いあう、二人。

 光への道は細く長い。

 しかし、確固たる足取りで、ウーノルはその道を進むと、決めている。 

 アンネテーナと云う、” 唯一 ” を、手に入れたのだ。




 ” やってやる…… あぁ、遣ってやるともッ!! ”



 心の内で、ウーノルは…… そう呟いていた。






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