その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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引き寄せるのは、未来。 振り払うは、魔の手。

護衛侍女の、心配 と 困惑 と 諦観

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 結局、ティカ様のお屋敷から、第十三号棟に戻ってきたのは次の日の昼間。




 異界の法理についての、意見交換が、思いのほか楽しくて…… あーでもない、こーでもない、って ティカ様と一緒になって、色んな術式の検証をしていたんですものね。

 時間が経ったことすら、判ってなかった。

 あのお屋敷の侍女さんが、申し訳なさそうな感じで、ティカ様にご実家からの伝言をお伝えになって初めて、時間を知ったのよ。

 帰るときにね、ティカ様が仰ったの。 あの御邸…… ニトルベイン大公家の王都タウンハウスの一つで、ティカ様専用のお屋敷なんだって! なんでも、元は軟禁用の別邸って感じだったそうよ。 それを、ティカ様がお爺様であられる、ニトルベイン大公様より、頂いたんだって!

 凄いわよね。 あんな大きな御邸。 それも、王都ファンダルの貴族街の一等地にあるモノを、ポンと御渡しになったそうよ。 理由は…… 云ってくれなかったけれどね。

 色んな事が、その事象の裏側に有るんだって、そう理解できるくらいに、ティカ様の表情に色んな陰影が浮かび上がっていたのは…… とても、印象的なことだったわ。




「何時でも尋ねておいでなさいな。 わたくしが滞在していれば、歓待いたしますわよ?」

「勿体無く。 機会があれば…… お願いいたします」

「ええ、首を長くして待っているわ」




 そんな感じで、第十三号棟まで送ってもらったの。



^^^^^^


 扉前で、さようならをして、棟の扉をくぐり抜けると、そこに心配そうな表情で佇んでいるシルフィーの姿を認めたの。 

 本当に心配していたみたい。 ラムソンさんが、やれやれって感じで、こちらを向いて肩を竦めていたわ。 

 お茶の用意をお願いして、作業テーブルに着くの。 すかさずシルフィーさんが茶器を持って、側に付くのよ。 まぁね、そんな感じ。 皆を集めて、帰りが遅くなった事を謝った。 わたしだって、こんなに遅くなるつもりなんて、全く無かったんだけれどもね。

 ちょっと、落ち着いてから、シルフィーに皆の分の「お茶」も、淹れてもらったの。 だって、皆もあんまり眠れてなかったみたいなんだもの。 ほんとうにゴメンネ。 皆が席について、お茶の香りを楽しんでいるわ。 私の顔を見て、ホッとしたって云うのが、正解のようね。 そんな穏やかな空気を、シルフィーの言葉が壊したのよ…… もう……




「あの屋敷…… 忍び込むルートが、ありませんでした。 探ろうとしても、探知阻害系統の魔術が幾重にも重複して施され…… 要塞ですか?」

「ティカ様のお屋敷だそうよ。 王宮魔導院 特務局 第四位魔術士 にして、高位魔術師のティカ様だもの、魔法の防壁を立てるくらい、朝飯前でしょうね。 さらに、あのお屋敷の持ち主は、多分シルフィーにも予想が付くでしょ?」

「え、ええ…… ニトルベイン大公家の持ち物…… ですね」

「警備に怠りはないわ。 でしょ?」

「まだ、王宮の方が忍び込めます。 あの抜け目の無い、警備体制は…… 前職の技能をフルに使っても、抜く事は難しい……」

「そうね。 でも、その必要は有りません。 ティカ様…… いえ、ロマンスティカ様とは、協定を結びました。 リーナの味方と云う事ですわ」

「ニトルベインの魔女ですよ! 油断出来ない相手です。 信用なりません」

「シルフィー…… 心配してくれて有難う。 でも、私は信用しました。 信頼していると云っても良いくらいです。 彼女…… おばば様に弟子と云われたのよ。 そう、私の姉妹弟子なのよ。 それだけでも、信を置く相手と云えるのでは? ね、シルフィー。 大丈夫だから。 王城にも彼女と共に呼び出されるらしいし…… その時は、護衛も付けられないから……」

「た、対価はなんだ。 リーナを護ると云うなら、リーナは何を対価に差し出したんだ! 対価無く、ニトルベインの魔女がそんな事を言うとは思えない!」

「……強いて云うならば、異界の魔法に関する知識と、検証のお手伝いかな?」

「危険極まりない事だ!」

「普通ならね。 でも、私には其れを安全に読み書きする為の知識があるのよ。 そうね、シルフィーにもお話したでしょう? 異界の魔人さんから、あちらの法理一式を魂に転写していただいているって。 それを呼び出し、理解し、使用しているの。 危険は魂が教えてくれるわ。 だから、大丈夫」

「リーナ! 何が大丈夫なんだ! 聞くからに危ない事じゃないか!!」




 吼える、吼えるねぇ、シルフィー…… でもね、そうは云っても、『ミルラス防壁』を書き直すためには必要な事なのよ。 今のまま、アンネテーナ様に渡すことなんて出来ないもの。 あんな…… あんな汚染された防壁なんて……ね。

 それは、ティカ様も同じ。 下手に触って、彼女自身が汚染されちゃったら、私は私を許せなくなるもの。 だから、これは私の望みでもあるんだもの。 ちょっと困った表情で、笑みを浮かべ、シルフィーを真正面から見詰めるの。


 時間にすれば、ほんの少し…… でも、その場にいる人達には、長い時間に感じてしまう程の間……


 沈黙を護って、見詰め続けること暫し。 やがて、シルフィーが視線を落とし、頭を振る。 片方しか無い、頭頂の耳がフルッと震えるの。




「言い出したら……聞かないね、リーナは。 うん、そうだったよ。 判った…… アイツはリーナの味方。 それでいい…… でも…… 気をつけて欲しい」

「肝に銘じておくわ。 心配してくれて有難う」




 フッと息を吐き、視線を落とす。 視線の先には、お茶のカップ。 暖かなで高貴な香気が立ち上っているの。 いい茶葉を使ってくれたのね。 ありがたいわ。

 カップを持ち上げ、そして、口にする。

 親愛の情がたっぷりと含まれた、そんなお味。 シルフィーの淹れるお茶は、いつも、そんな感じがするわ。

 眠っていなかったから、とても眠くなってきたの。




「ちょっと…… 休ませてもらうわ。 流石に疲れたもの」

「ええ、寝台の用意は出来ております。 何時でもお休みいただけるようになっております」

「有難う、シルフィー。 お茶、美味しかった」




 立ち上がり、自分の小部屋に向かうの。 はぁ……疲れた……

 シルフィーの云ったとおり、寝台の準備は終わっているの。

 着ているモノを、ポイポイと脱ぎ捨て、ベッドに潜り込む。

 ちょっと背を丸め、横になると、もう目を開いていることさえ難しいわ。


 意識が遠のき…… 




 夢も見ない、そんな眠りに……





 引きずり込まれたの……











 ^^^^^









 遠くで潮騒の様な音がするわ。 なんだろう?







 海鳥の鳴き声? 甲高い、声が聞こえる。









 ぼんやりとした意識は、覚醒に至っていない。






 でも…… なんだか、私を揺さぶる人が居るの。

 聞こえる甲高い声は、その揺さぶる手の人から?

 ん? 人?

 なんで、私の小部屋に? 誰? シルフィー? 違う…… 違うよね…… 彼女、こんな高い声じゃないもの。 意識が覚醒に向かい、ゆっくりと周囲の状況が理解でき始めたの。 そう、誰かが私を揺り動かしている。 そして、その誰か…… かなり、切迫している感じがするわ。



「お願い!! 起きて!! リーナ、起きてよ!! 大変なのよ!!! 貴女にしか、対処できないのよ!!」




 うん? えっ? なんで? どうして、貴女が? 薄く開く瞼の向こう…… 懸命に私を起こしている人がいたの。 大事なお友達…… の、焦っている表情が、脳裏に情景として像を結ぶ。 ゆっくりと目覚める私の意識。



 フルーリー様?



 なぜ、貴女がココに? あぁ、そうか…… 貴女は第四〇〇特務隊にとっても重要な人だから、第十三号棟への入棟の許可は魔方陣に刻み込んであったんだっけ。 じゃ無きゃ、入れないものね。 でも…… なんで…… ぼんやりとする寝起きの思考では、彼女が訪問してきた理由なんて、わかろう筈もないわ。 





「ふぇぇ? ふ、フルーリー様?? 何事ですの?」




 身体を起こすの。 ずり落ちる毛布。 そんな私を目の当たりにした、フルーリー様の顔が驚きに支配されている。 えっと…… なんで?




「なんで、何も着てないのよッ!! いくらなんでも、無用心に過ぎる!!!!!」




 絶叫の様なフルーリー様のお声が、とても、とても、耳に痛かったの。









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