その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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引き寄せるのは、未来。 振り払うは、魔の手。

一つの答え。

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 お待たせしてしまった。

 その貴族さん、誰だかよく素性はわからないけれど、待たせたら何かと面倒な事になるかもしれないから、急いで事務室にいったの。 併設されている応接室は質素なんだよ。 とってもね。 だって、錬金室の事務所に併設されているお部屋だよ? 豪華なわけないもの……


 失礼だよね。 うん、ほんと、失礼だよね。 


 相手は、貴族の方。 庶民の私が対応するのさえ、ちょっとね。 だから、せめて、早く対応しなきゃいけないわよね。

 クレアさんに先導してもらって、半分、走りながら応接室に到着。 息を整えて、入室するの。 本来なら、入室の許可を貰わなくちゃ成らないん筈なのよ。 だって、相手は貴族様。 大して私は庶民の薬師。 本来ならね。 でも、今の私は軍属とはいえ、第四軍直属、第四〇〇特務隊の指揮官。 そして、貴族様は、その指揮官を訪ねてきたお客人。


 つまり、立場が逆転しちゃっているわけなのよ。


 扉を開けて、早々に入室。 その気配を感じて、立ち上がる貴族の男の人。 きちんと礼装を纏ってらっしゃるのよ。 うわぁぁ~~ ど、どうしよう…… と、とりあえず、ご挨拶を申し上げねば!! 庶民から貴族様に話しかけるのはご法度なんだけれど、ココは軍。 そして、私は指揮官。 




「お待たせいたしました。 第四〇〇特務隊、指揮官 薬師リーナに御座います。 どちら様に御座いましょうや? ご面識はなかった筈ですが?」




 突然、その貴族の男性が、頭を深々と下げたの。 えっ? どうして? なんで?




「指揮官、薬師リーナ様におかれましては、ご機嫌麗しく。 御前にまかり越したるは、北部領域、辺境領下、ダイザル子爵領を預ります、エンラート=ハルム=ダイザル。 爵位は子爵に御座います。 どうぞ、お見知りおきを」

「ご丁寧なご挨拶、誠に勿体無く。 どうぞ、お席にお着きください。 クレア」




 とっても、とっても、不可思議。 たかが庶民の薬師に対しての挨拶としては破格の扱いなのよ。 この挨拶は、遥か上位の貴人に対するもの。 私にする挨拶じゃないわ。 クレアさんにお茶の用意をお願いするの。 そして、ソファに座ってもらう。 なんか、とっても居心地が悪いもの。 プーイさんは、お部屋の入り口に立って、様子を伺っているし、クレアさんもなんか、緊張してるし……

 もう…… なんだって云うのよ。

 ソファにお座りになった、ダイザル子爵様。 御髭の素敵な方ね。 優しげな目元が、なんか緊張しているのがわかるの。 でも、なんで? よくわからない。 お茶を出してくれたクレアさんが下がり、お話を始めようとすると、ダイザル子爵様、また頭を下げられたの。




「薬師リーナ様におかれましては、誠に……、誠に申し訳ない。 愚息の言動は、軍に置いて、許されざるもの。 そして、御手により、不敬を咎められて討ち果たされても、是非も無い事に御座いました! 陳謝申し上げます。 さらに、厳罰を求めずと…… 聞き及んでおります。 誠に、誠に!! 感謝の極み……」

「あの…… ダイザル子爵様? お話が、よくわかりません。 つまり、子爵様はあの事務官様のご親族の方に御座いますか?」

「父親に御座います。 王都に丁度、滞在しておりました。 昨日、第四軍の司令部より呼び出しがあり、愚息のしでかした事を聞き及び…… 昨日のうちに、ご訪問いたしましたが、すでに退勤されたと…… 本日も早朝からとは思いましたが、それでは失礼に当たると、司令部の方に言われまして…… 取るものも取り合えず…… 非礼は承知では御座いましたが、こうやって謝罪にと……」

「……私の様な小娘に、そこまでして頂いたのですか。 勿体無く。 しかし、罪の責は、ご本人のみにと、そうお伝えしたのですが、何ゆえ、父君が?」




 平身低頭のダイザル子爵様。 きちんと説明してくださったの。 軍の中で行われた、あの事務官さんの非礼の数々と、命令不服従、および、指揮官に対する不敬。 当然のことながら、罪としてはかなり重いわ。 でも、それは、あくまで個人としての為人ひととなりゆえの所業。 そして、なにより、まだ任官して間がない上に、学院での薫陶により、『 聖堂教会が至高の存在である 』 と、そう刷り込まれていた為だと思うのよ。


 彼だって、被害者よ。 悪いのはそんな教育をした人達。 


 だから、極刑は望んでいないって、そうお願いしたのよ。 それにね、庶民出身の指揮官が、貴族の事務官を無礼討ちしたら、それこそ、問題は何処まで大きくなるか判ったものじゃないわ。 だから、第四軍司令部に駆け込んだのよ。 極力問題を大きくし無いようにね。


 あちらも、それを判ってくださったらしい。


 重営倉に収監されて、背後関係を徹底的に調べられているはずよ、今もね。 どこかで、聖堂教会に繋がっているのかもしれないって、そう思われているの。 でもねぇ…… あの事務官さんの態度とか言葉とかから、聖堂教会に心酔しているだけで、繋がって手先になっているとは…… 思えないわよ。

 多分…… その線はお咎めなしになるんじゃないかな。 残念ならが軍籍は剥奪されるし、二度と軍に奉職することは叶えられない。 私が厳罰を! って、云ってたら、最悪、軍事法廷が開かれて、処刑。 軽くても、重懲役の判決が下されて、遠くの監獄か、鉱山に送られていたはずなのよ。 


 でもね、相手は貴族様。 


 公になれば、事情を知らない多くの貴族の方々から、第四軍司令部が弾劾されるわ。 今でも危うい立場の第四軍。 たとえ、軍令則に則った処罰であろうとも、貴族院や多くの貴族から敵視される訳にはいかないもの。 法務幕僚の方の胃袋…… 大丈夫だったかしら?

 そんな訳で、あの事務官さんの父君が呼び出されたらしいの。 単に懲戒免職として、軍籍を剥奪し、軍から放り出すと、そのまま聖堂教会に駆け込みそうだったらしいわ。 だから、強力な紐を用意したの。 そう、父君ね。




「愚息は、軍と、そして、リーナ様のお慈悲を持って、北部領域、辺境領下、ダイザル子爵領に連れ帰ります。 ダイザル領において、愚息は ” 才 ” 豊かな者と期待されておりました。 領の親族たちの合力で、王都ファンダル、王立ナイトプレックス学院において学ばせる事が出来ましたが…… 胡散臭い輩と同胞はらからとなり、王国への忠誠心を翳らされてしまいました。 慈悲を持ちまして、放逐後は我が領に連れ帰り、庶民の実情、王国の苦しみ、そして何より、聖堂教会の横暴について、その目で確かめさせる所存に御座います」

「ダイザル子爵様。 北部領域では、ご苦労されているのですね。 言葉の端々から、子爵様の艱難辛苦かんなんしんくが伝わってまいりますわ。 そうですか。 ご子息を、御領にお連れになられますか。 辺境の地へ」

「はい。 幸薄き地では御座いますが、先祖代々、彼の地は我らが故郷。 大地も、そこに住まう民も、わたくしは、愛してやみません。 祖霊も彼の地を愛しております…… 愚息の腐った根性を叩き直す…… 辺境のまともな教会が、中央の聖堂教会にどのような扱いをされているのか…… 精霊様への祈りが、どれほど大切なものか…… 性根に叩き込みたい……」




 しっかりと握りこまれた握り拳が白くなっている。 本気なんだ…… でも、それでも、まだ、理解出来ない事があるの。 一介の薬師にそんな事を仰る理由がわからないの…… 一体、何故、私に?




「お気持ち、素晴らしいと思いますが、それを、何故わたくしに、お話に成られますの? わたくしは唯、極刑を望んでいないと、申し上げたまでに御座いますが?」

「……それは、貴女様が薬師リーナ様であられるからに御座います」

「と、云うと?」

「辺境の子爵家というものは、中央にてさほど重要視されては降りません。 天候不順による不作や、魔物、魔獣などで被害を受ける事も、多々御座います。 中央からの支援はまず当てになりません。 ですから、辺境は、辺境にて互いに合力しあう関係に御座います。 遠く、東方、西方、南方の辺境領に嫁す者も多々居ります。 かく云う、我がダイザル子爵家の婦女子もその様に遠くの家に嫁ぎ、彼の地と我が子爵家の誼を通じる役目を負います」

「左様に御座いますか……」

「我が家にも、遠く南方領の男爵家に嫁いだ者が御座います。 昨今の北部領域の危機的状況ゆえ、何かと便宜を図ってもらって居るのも、事実に御座います。 そして、援助物資と一緒に届く便り。 そこに、語られる、数々の慈愛の御業みわざが綴られておりました。 それを成したのは、『海道の賢女の唯一の弟子』、『辺境の聖女』、『愛と慈しみの薬師』。 南方領域の辺境領において、語り継がれるその慈愛の数々…… そして、その名を…… その名を…… 『 薬師リーナ様 』と…… 援助が出来るのも、薬師リーナ様が居られたからなのだと…… そう綴られておりました。 なのに…… なのに……」




 頭を垂れるダイザル子爵様。 ポタポタと涙が硬く握り締められた拳に落ちていく…… 震える声で、そうお応えになられたのよ。 困惑が、私を捉えるの。 とても、とても、深い困惑がね。 だって、成すべきを成し、傷に、病に苦しむ人達に、精霊様の慈愛を届けただけなのよ? ただ、それだけ…… なのに……、どうして?

 ふと、頭を撫でられるそんな感じがしたの。 濃い精霊様の気配を感じるの。 それは…… ノクターナル様の気配。 真摯に精霊様とのお約束を護ったから? だからなの? これは…… 精霊様のご加護の一つなの?




「精霊様のご加護に感謝を。 ご子息様が領地貴族様の本分に立ち戻られる事を、願います」

「まさしく! まさしく!! その機会をお与えくださったのが、薬師リーナ様に他なりません! 事、この、エンラート=ハルム=ダイザル、感謝を奉じさせて頂きたい!!」

「そんな…… わたくしは…… でも、きっと、それは、不断の精霊様への祈りから、精霊様がお与えに成った物にございましょう。 わたくしはただ、それを運んだまで。 ならば、わたくしへの感謝は必要御座いませんわ。 一心に精霊様に祈りを…… 何よりも、それを望みます」

「薬師リーナ様…… 有り難く…… 有り難く…… 祈りを…… 精霊様に祈りを……捧げます……」




 そっかぁ…… 辺境でやった事は、” 成すべき事 ” だったんだね。 また一人、ファンダリアの民が機会を得る事が出来るようになったんだ。 素晴らしい事なんだよね。 祈りは小さな光。 たとえ、個人の小さな光だとしても、大勢が集まれば、光り輝く未来へと続く道標となるんだものね。

 だから……

 だから……

 大切に、大切に…… 思いを繋げていかなくちゃ成らないんだよね。




 ―――― 精霊様ノクターナル様。 





 有難う御座いました。


 私の歩んできた道が、間違いではなかったと……


 そう、示してくださったんですね。







 両手を組み、静かに精霊様に、祈りを捧げたの。





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