その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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引き寄せるのは、未来。 振り払うは、魔の手。

大錬金釜の再始動

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「クレアさん、ごめんね。 わざわざ、王城外苑の錬金室について来てもらって」

「リーナ様、軍務ですので」

「あそこは…… 大勢の男性も居るのに……」

「私は、大丈夫です。 スフェラでは無理ですから。 あの子はまだ……」

「そうね、第十三号棟でお仕事してもらう。 第四〇〇〇護衛隊の人達だったら、大丈夫なんだものね」

「そうですね。 獣人族の方々も、優しく接してくださいますし…… ちょっと、気が抜けるような表情も、あの子にとっては、男性を感じさせないのかもしれませんね」

「癒えてくれると…… いいのだけれども」

「時間と、根気が必要な事ですし……」

「ままなりません。 力不足で、御免なさい」

「リーナ様のお力で、回復しておりますのよ? 全ては、リーナ様のお陰に御座いますわ」




 王城外苑、錬金室の事務官さんが更迭されちゃったから、その代わりの事務官を、臨時で第四〇〇特務隊から捻出して欲しいって、そういうご命令。 スフェラさんには荷が勝ちすぎるの。 彼女の心の傷はまだまだ、癒えていない。 やっと、男性が居る空間でも、顔色を変える事はなくなってきたけれど、面と向かってお話されたら、何も言えなくなってしまう。 


 心の傷は…… 根深く、そして、深刻なの。 


 クレアさんも同じなんだけれど、彼女の方が気丈と云うか、強かというか…… 達観しているのよ。 




 ―――― 悲劇は確かにあった。 でも、今はそれを憂いて、何もしなくていい訳がない。




 彼女に聞いてみた事があるの。 どうして、そんなに頑張るのって。 そうしたら、そう応えてくださったの。 汚され、蹂躙され、絶望のうちに失う筈だった命を、私が救い上げ、人としての尊厳を、取り戻させてくれたって。 だから、その命を前向きに使いたいって。 


 心が強いのよ。


 私だったら…… 逃げていたかも…… 心の殻に閉じこもっていたかも…… ふと思い出されるのが、あの蒼い空。 片目の視力を失いながらも、瞳に写ったその蒼い空。 希望も、未来も、幸せも、何もかもが霧散していった、あの蒼い空。 少し、身体が震えたの。

 クレアさんの様に、強く逞しくならないと。 彼女は、私。 私は、彼女。 心の弱い私には、彼女の真っ直ぐな視線がとても眩しいわ。 だから…… 強く思うの。 この瞳に翳りを映し出させるような事は、絶対にしてはならないって。

 錬金室の事務室は幸いにして、綺麗だったわ。 ちゃんと、自分の周りだけは掃除も整理整頓もしていたのね、あの人。 引継ぎは無いけれど、もとより、そんなモノは無いから、いつもどおり、第四〇〇特務隊のお仕事をしてもらう事になったの。

 言い換えれば、クレアさんは私付きの事務官。 スフェラさんは、第四〇〇特務隊付きの事務官って事に成ったわけよね。 軍務分担については、後で纏めておかなくてはいけないようね。 事務方はお願いして、私は錬金室に向かうの。



^^^^^



 そう、今日は大錬金釜の再始動を試したいのよ。 昨日と同じ護衛の人たち。 つまり、プーイさん、ウーカルさん、ツェナーさん、ナジールさん、そして、ローヌさんの五人が付いてくれているの。 力持ちで戦闘力の高い、穴熊族のプーイさんと、森狼族のツェナーさん、そして、森猫族のローヌさんが、歩哨と交代要員と云う事で、廊下に立ってくれているの。

 錬金室の中には、狐人族のナジールさん。 そして、兎人族のウーカルさん と 私。 ナジールさんには、精霊様の方々にお祈りを捧げてもらっているの。 だってね、事、錬金魔法って言うのは、精霊様の息吹と密接に関係するんだもの。

 もし、精霊様のご助力無く、錬金魔方陣を展開しても、あまり効果の高いモノを練成する事は出来ないわ。 反面、ご助力が頂けた場合、同じ材料、同じ錬金魔方陣を使っても、その効能や品質は格段に向上するの。 

 その為には、精霊様を勧請して、祈りを捧げ、お心を安んじ、ご助力をお願いしなくてはならないのよ。 私の場合は、【闇の精霊】ノクターナル様の強力なご加護のお陰で、色々な精霊様のご助力をいただけているのだけれど、この大錬金魔方陣には、そんな有り難い物は頂けていないわ。

 だから、神官戦士バトルくレリックである、ナジールさんに、精霊様への祈りをお願いしたの。 幾多の精霊様の御心を安んじ、以って、精霊様のご加護、ご助力をお願いする為に。

 ウーカルさんと二人で、最終の確認。 基本術式をこれでもかって位、展開して、いろんなところに手を入れたの。 勿論、潰れちゃっている所は、元に戻したり、ちょっとした変更を加えて書き直したりしてね。 もっとも、かなり完成された基本術式だから、まず手が入るような場所は無いわ。

 でもね、やっぱり、魔力を沢山使うのは、良くないと思うのよ。 魔石の寿命だって長くは無いんだし、まして、ウーカルさんみたいに、【再活性リアクタル】を使って、消耗した魔石を復活させるようなまね、おいそれと出来るわけでもないもの。

 云ってみれば、魔力の節約術式を組み込んだのよ。 軽量 且つ、即応出来るように。 

 一通りの基本術式の復活は終了。 いろんな場所に糸をつけて、監視できるように、表示用の魔方陣を設けて、大錬金釜に戻したの。 後は、起動魔方陣を用意して、魔力を注入して……

 ぼんやりと、赤黒く光る起動魔方陣。 起動限界を超えた魔力の注入が終わる。



 フゥ……



 一息ついて瞼を閉じる。 うまく動いてくれたらいいんだけれど…… 精霊様…… ご加護を。


 ” 大錬金釜 起動…… ”


 そっと、呟く。 起動魔方陣が出力して、臨界量の魔力を大錬金釜に注ぎいれる。 ツンと、魔力の放射を感じさせる、空気の焼ける香りが、鼻腔に届く。 各所から、錬金魔方陣特有の音が沸きあがるの。




 チャカポコ……

    チャカポコ……





 ひそやかなその音は、異音も無く確実に刻まれる鼓動の様。 


 よし!! ココまでは、大丈夫!! 大錬金釜の基本術式の各所につけた糸から、表示用の魔方陣に内部の様子が出力されてきた。 炉内の温度、大丈夫。 各種の連結術式…… 問題なし。 材料投入系…… これ、複数あるんだけど、使えないものは…… 無いわね。

 そして、出力系…… 最終段の魔方陣は取り払ってあるの。 あれは、単なる嫌がらせなんだしね。 通常の状態に復帰させてあるわ。 その出力系統は、全部で三系統。 主剤、添加剤、そして、保管用の瓶、乃至は保管容器。 これも、問題なし。




「大丈夫そうね」

「ええ、リーナ様。 起動はしたようですね。 わたしは、こんな設備見た事ないんですが、どうやって使うのですか?」

「この大錬金釜はね、薬師なり、錬金術師なりの肩代わりをする為のものなの。 投入口から、材料を放り込んで、指定した錬金魔方陣を使用して、取り出し口に練成したポーションとかお薬が出てくるのよ。 云ってみればそれだけのものなの。 でもね、ほら、お薬を作るときには、色々と下準備が必要でしょ?」

「ええ、乾燥とか粉砕とか…… お師匠様もよく乳鉢で、ゴリゴリされてましたね」

「そうなのよ。 その手間をこの錬金釜の中で、錬金魔法術式をもって、連続で行うの。 たとえばね…… そうね、あの古い薬草持ってきて」

「はい」




 ウーカルさんが、お部屋の片隅に置いてある、古ぼけた薬草箱の中から、しおれた魔法草を一束持って着てくれたわ。 私はその間に、大錬金釜に乾燥と粉砕の術式を組み込むの。 基本中の基本の術式ね。 仕込んである、保管術式の中でも、とても良く使う術式だから、問題なく組み込めるわ。




「ウーカルさん、その投入口から、一枚づつ入れてみて」

「はい」




 彼女は私の云ったとおり、一枚づつ萎れた魔法草を、大錬金釜に投入するの。 吸い込まれるように、大錬金釜に入っていく魔法草。 チャカポコ、チャカポコって、音が規則正しくしていると云う事は、きちんと術式が稼動していると云う事ね。

 表示用の魔方陣に、負荷率とか、使用魔力量が表されて…… ウンウン、かなりの効率で、動いているねッ!




「ウーカルさん、全部入れたら、こちらに」

「はい…… って!! なんですか、これ…… 粉薬が……」

「そう、脱水して、濃縮して、粉砕したから、魔法草の粉薬がこうやって、出てくるのよ。 他の材料を入れてないから、保管容器が出力できないんで、魔法草の繊維を利用した紙が、粉薬を受けているけれど、ちゃんと、他の材料を投入すれば、保管箱とか瓶とかに入って出てくるわよ」

「す…… 凄い…… それに、この粉薬…… あの萎れた魔法草から抽出したんですか? こんなに?」

「そうね、余すところ無く、薬効のある部分を抽出した…… と云う事かしらね。 この大魔法陣の性能が特に優れている上に、精霊様のご加護まで頂けたんですもの。 ナジールさん、感謝します」

「私は、繋いだだけ。 想いと祈りを、精霊様に。 その祈りの大本は、リーナ殿の御心ゆえ、精霊様達におかれては快く、ご助力して頂けましたな。 重畳、重畳」

「有り難い事に御座いますわ。 ご助力に感謝を……」




 手を胸の前で組み、真摯に精霊様に感謝の祈りを捧げるの。 あぁ…… よかった。 これで、第四軍にお渡しする医薬品の練成も随分と楽になるわ。


 でも…… 表立っては、これを使っているって……



 云っちゃいけないわよね。





 ……どうしようかな?




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