その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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引き寄せるのは、未来。 振り払うは、魔の手。

錬金室のお仕事

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 錬金釜…… どうしようか。 まぁ、ね…… 最終段の魔方陣に関しては、私が置いたものだから、どうでもなるのよ。 でも、奴等が弄くった、本体側。 本当にめちゃくちゃ。 一応は、その原本たる術式は公開されているから、修復は可能よ。 簡単じゃないってだけ。

 それにさ、第十五号棟に放置してあった、小型の錬金釜もあるでしょ。 あれの基本術式って、この大型のものと大差ないの。 基本術式は同じものだから、書き換えによって潰れちゃっている場所は、小型の錬金釜の術式をそっくり転写するだけで、どうにかなりそうなんだけれでもね……

 大錬金釜の前に佇んで、色々な方策を練っていたのよ。




「リーナ、これ移動させるのか?」

「うん、そう。 プーイさんにお願いしたいな」

「まぁ…… 重量的には問題はないけどさぁ…… どっかに当てちゃったりしそうだね」

「だから、これを用意したのよ」




 何枚かの羊皮紙を懐から取り出すの。 いいよね、軍装って、地図とか命令書を入れる大き目のポケットが、上着の内側に備え付けられているから、結構、嵩張る羊皮紙の束だって、簡単収納よ。 指揮官の軍装を貰っていて、良かったって、思えるのはこんなところだなんて、知られたら怒られるかな? まぁ、言わなければ、誰も判んないし、いいかッ!

 でね、取り出した羊皮紙には、【浮揚】の術式が描かれているの。 私が魔力を注ぎ込んだら、即起動するようになっているし、術の強度も継続時間もかなり長いわ。 今日一日だったら、継続使用が可能よ。 簡単な…… 本当に簡単な、魔道具よ。 符呪式に則って、定着させているからね。 魔道具としては、限定的な使い方しか出来ないけれど、こんな場合には特に有効なのよ。

 大錬金釜の足の近くに同じ方向にずらして、羊皮紙を置くの。 そして、プーイさんとかにお願いして、錬金釜を持ち上げて、ちょっとずらして、その羊皮紙の上に足を置く。 で、羊皮紙に魔力を注ぎ込むと……


 あら不思議。 私の片手でも、ズイって感じで横にすべるように動くのよ。


 だって、床からちょっとだけ浮かんでいるんだものね。 重量はあるのよ。 相当に重いの。 だから、ぐいぐい押しちゃったら、それこそ止められないし、止めようが無い。 だから、プーイさん達にお願いするよね。 彼女だったら元から力が強いし、重いものでも簡単に動かせる。 力加減だって良くわかっているもの。 

 にやりと笑うプーイさん。




「なかなか面白いものだね、コレ。 滑るように動くけど、重さがなくなった訳じゃない。 坂道とかで、上から落としたら、どんどん早くなって、止まんないだろうね」

「そうなのよ。 だから、力の強いプーイさんにお願いしたいの。 持ち上げる力は必要ないから、ゆっくりと運んでもらえるでしょ? 万が一、行き足が付いて、止まんなくなっても、プーイさんなら止められると思うのよ」

「そうだねぇ…… まぁ、そんな事に成らないように慎重に動かすか。 で、何処にもって行くんだい?」

「うん、裏側のお部屋。 あんまり日が差さない、アノお部屋に入れようと思うの。 お日様の光に直接当てちゃうと、お薬類が変質しちゃったりするもの。 だから、冷暗所での作業が必要なのよ。 特に大型の錬金釜はそれ自体が発する熱も馬鹿にならないから」

「そうかい。 判ったよ。 じゃぁ、ゆっくりと動かすからね。 ねぇ、ウーカル、前、見ててくれないかい?」

「いいよ、判った。 よし、そのまま、部屋の中央に。 出口は狭いから気をつけて!」



 ゆっくりと、でも確実に大錬金釜は移動して、予定していたお部屋に入れることが出来たの。 思っていたより、簡単に済んでよかったわ。 羊皮紙から魔力を抜いて、そのまま着床。 もう、簡単には動かないわよ。 

 後は…… 残っている、ごみの様な魔法草を箱ごと持ち込んでもらったのよ。 試験運転にはもってこいな感じの古い薬草なの。 まぁ、これで医薬品作るっていうのもなんだしね。 第十五号棟から持ち出した、錬金関連の器具は、全部この部屋に持ち込んでもらったわ。



 検査器具とか、小さい錬金釜とかね。



 みんな、何処かしら壊れていたんだけど、主な故障の原因は、内包魔力の消耗だったりするの。 はめ込んである魔石が劣化しちゃって、魔力が貯められないから、使えないってのが多いのよ。 でね、ウーカルさん。 この人、呪術医ソーサラー見習いだったのよ。 だから、魔石の扱いがとてもうまいの。

 更にね、消耗して劣化した魔石の【再活性リアクタル】なんて、術式を知ってて使えるのよ。 お願いして、試しに検査器具の魔石に掛けてもらったの。 本来の八割くらいの能力が出るようになったわ。




「凄いわね、コレ」

「そうですか? 森で結界に使う魔石の【再活性リアクタル】が必要だったので、習い覚えた見習い必須の魔法ですよ?」

「そうなの?」

「ええ、何度も繰り返して、【再活性リアクタル】していると、そのうち使えなくなります。 でも、この魔石はまだまだ使えますよ?」

「ありがたいわ。 ……その知識は、森の人達の知恵なの?」

「う~ん、どうなのでしょうね。 秘された魔法では…… 無いと思うのですが、獣人は魔法が苦手であると、人族は皆そう思い込んでいますが、一部の者はそうでもありませんね。 古来からの英知は、その人達によって、護られて受け継がれ居ますから」

「それが、呪術医ソーサラーなの?」

「まぁ、そうですね。 後は呪術者シャーマンとかもいらっしゃいますけれど…… そんなには……」

「そうなのね。 また、色々な術式教えてくださらないかしら?」

「えっ? 私がですか?」

「そうよ、ウーカルさん。 貴女がですよ? だって、こんなにもすばらしい術式をご存知なんですもの。 人族の認識など、当てに出来ませんわ。 貪欲に、色々な術式を求めるのは、魔術師としての本能ですから」




 ニッコリと笑うと、ウーカルさんも頬を染めて、はにかんだ笑いを浮かべてくれたの。 そうよ、何事も勉強なのよ。 だったらね、この大錬金釜の再起動のための術式解析にも、彼女を巻き込むのは必定よ。

 大錬金釜の前に立って、内包されている術式を次々と展開してみたの。 基本構造式なんだけどね。 ウーカルさんにも見てもらったの。 よくわからないって、そんな御顔なんだけど、細かい部分の説明をしてあげると、ストンって感じで理解してくれたわ。

 そんな感じで、夕方まで、色々と弄くったの。 焼き潰されたような場所は、小型の錬金釜を見本に新たに書き直ししたり、魔力の制限回路がおかしく記述されている所を直したり。 検査器具を使って、一部回路を起動して、検査したり。 まぁ、色々とね。

 これだけ、ひっちゃかめっちゃかに弄くられ、壊されていたのなら、王宮魔導院が手を引いたのは判る気がする。 直すと成れば、相当な時間と人が掛かるし、私みたいに書き換えに苦労しない人なんか、かなり希少だって聞くものね。 高位の魔術師は本当に希少なのよ。

 まぁね、私はそんな王宮魔導院に登録された魔術師じゃないし、あっちからの要請も無いだろうしね。 あっ、ティカ様は別よ。 あの方の要請だったら、第一にお伺いするわ。 

 冬の夕暮れは早いの。 退勤時間ともなれば、あたりは薄暗く夜の帳は落ちているのよ。

 護衛の皆さんと一緒に、お家に帰るの。 第十三号棟にね。 

 明日からは、クレアさんか、スフェラさんも一緒に行く事に成るのよね。 事務方のお仕事…… お願いしなきゃね。 あと、お昼ご飯の件も相談しなくちゃね。

 色々と…… 本当に色々と有った、今日一日。 大変だったけど、それなりに充実してたし、大錬金釜の再起動に目処も立った。



 いい日だったじゃない……



 アノ人は、そうでもなかったかもしれないけど…… 

 命が助かっただけでも、もうけものよね。

 空に掛かる大きな月を見上げながらの帰り道。

 冷たい夜風が、心地いいの。

 明日からは、本格的に大錬金釜の再起動試験。

 うまく動いてくれる事を期待して……





 こんばんは、眠りに付こうとそう思ったのよ。





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