その日の空は蒼かった

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断章 15

  閑話 王太子府での攻防(2) 

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 向き合う目と目。 静かに、そして、確かな声色と共に、ウーノル王太子は語り始めた。



「老公、端的に申し上げて、老公のファンダリア王国に対する献身と貢献は、王族に身を置く私にとって、何よりも尊く、尊敬に値するものであることに間違いはありません。 ファンダリアの国土と国民の平穏な生活を、護っている事について、疑う余地は有りません」

「勿体無く。 そのお言葉だけでも、報われますな。 口さがない者達は、国政を壟断ろうだんすると、そういわれている私に、その様な評価を頂いているとは、何よりも嬉しく思いますな」

「国務大臣と云う職務は、この国の貴族を纏め上げる事も含まれます。 そして、王家の威信を護り、もって、国体の安寧をもたらすと。 そう、しています。 ……ところで、ニトルベイン大公」

「なんですかな?」




 柔らかなウーノル王太子の顔から、柔和な笑みが薄っすらと消え、代わりに、覇気をまとう彼本来の表情が浮かび上がる。 ” さて、何を言い出すか…… ” ニトルベイン大公は気取られぬように身構え、ウーノル王太子の言葉を待つ。




「王宮の人事は、宮殿内庁からの申請を受け、宰相府にて審査され、そして承認される。 そうでしたね」

「えぇ…… その通りだが?」

「王宮には王宮の事情があり、配置される人員も、畏れ多い事ではありますが、国王陛下の御宸襟を安んじる為に、王宮が取り仕切ると…… そうでしたね。 私の側にも、そういう者達が、多々配属されています。 王宮は、王族と貴族を取り結ぶ為に、厳重な資格審査を実施されている……。 宰相府も貴族院も王宮内で立ち働くもの達については、その様な仕儀になっていると、そう理解しているが、相違は無いですか?」

「まさしく、その通りとお答えしましょう。 国王陛下の御宸襟を窺い知ることは、難しゅう御座いますが、多くの者達の異なった意見をお聞きになり、最善の道をお考え頂くことこそ、重要だとそう考えておりましてな。 そうであろう、宰相」




 隣に座って、神妙な表情を浮かべる、ノリステン公爵。 聖堂教会の勢力との暗闘に日々精神力を削られるような毎日に、相当疲労が溜まったいる。 しかし、手を緩めれば、国王陛下の側近として、絶大な権を振るう、デギンズ枢機卿の思うがままと成りかねない。

 王宮の侍従、侍女達は、当然のこと厳しい資格審査を潜り抜けた者達によって構成されている。 その中には、国務寮、および、宰相府の手の者も少なからず存在し、国王陛下と一部の聖堂教会の者達の暴走を、食い止めても居た。

 大きく頷き、その役目を従前に果たしていると自負しているノリステン公爵は、口を開き言葉を綴る。




「王太子殿下のご懸念が何処にあるのかは存じ上げませんが、国政に関する限り、十分に国王陛下の御宸襟を図るように、手配しております」

「心強い。 いや、まことに心強いお言葉だ。 王太子として、王宮内の動きには敏感に成らざるを得ません。 なにより、北の荒地での小競り合いで、ゲルン=マンティカ連合王国との関係が悪化の一途を辿っている現在。 何が原因で、開戦となるやも知れず、北方辺境領の者達の間に、様々な ” 懸念 ” が、広がっているのも事実。 わたしとしても、王太子府としても、彼の地の現状は楽観すべきものでは無いと、そう判断している」

「御慧眼に御座います」




 ” やはり ” と、ニトルベイン大公は思う。 このところ、聖堂教会の勢力が、北の二都市に対して、追加で聖堂騎士を送り込んだとの情報も掴んでいる。 民と教会の者を保護するという名目で、彼の荒地で権を専横しているとも仄聞そくぶんしていた。


 ” 『 懸念 』 とは、ゲルン=マンティカ連合王国の我慢の限界が近いとの見方からか…… もっとしっかりと、王宮を監視しろと云うわけか…… ”


 胸のうちで、納得したニトルベイン大公。 出来る限りの手を打ち、聖堂教会の増長を止めているが、その権勢の勢いは増すばかり。 ひとえに国王陛下の重用が原因。 デギンズ枢機卿を側近とし、彼の言葉を「神の言葉」と、受け取らんばかり。 うまく誘導され、自身で考え付いたと錯誤させる手腕は、見事としか言う他無いが、あまりにも身内贔屓が過ぎ、その上、途轍もない野心が見え隠れしている。


 ” 先代王妃エリザベート妃殿下であれば…… フローラルには荷が重過ぎる…… ”


 たっぷりと後悔している、ニトルベイン大公であった。 娘可愛さに、涜職とくしょくした事実はどうやっても消せない。 そして、現状は自身が引き寄せたと…… そう、認めるしかなかった。 ならば、その罪は、自身の手によって、償わなければならないと、そう誓っている。 なんとしても、聖堂教会の専横を阻止せねばと。




「老公、王宮での国務大臣としての献身には、ただただ、感謝を申し上げたい。 そこは、間違いないで頂きたい」

「……勿体無く」




 真摯な目を向ける、ウーノル王太子。 話の流れが、ズレたと…… ニトルベイン大公はそう認識した。 彼の言葉は、ニトルベイン大公の働きをきちんと認識し、そして評価していると云う前提。 間違っても彼を如何こうしようとする意思は無いと、そういう意思表示だと…… 理解した。


 ―――― 続く言葉に、ニトルベイン大公の ” 思考の流れ ” が、途絶えた。




「――――時に、ノリステン卿。 後宮の人事についても、王宮の人事同様、厳格な審査をしていると思うのだが?」

「…………ぎょ、御意に」




 虚を突かれたのは、ノリステン公爵。 口に出した肯定の言葉は、いささか事実とは異なる。 後宮の最高責任者はフローラル王妃。 後宮に入宮するときに付き従った者達はすべて、ニトルベイン大公家の一門の者達。 後宮に置いて、王妃教育を実施したとき、その厳しさに根を上げ、父親であるニトルベイン大公にすがりつき、多くの教育官を更迭したのは…… 紛れも無い事実。

 後宮の人事については、いまやフローラル王妃がすべてを支配していると云っても、過言ではなかった。 後宮より廻されてくる、人事については、ニトルベイン大公の手前、ほぼ無制限に受け入れている。 後宮と云う特殊な環境であり、こうやって十分な能力を示している、王太子も健やかに育っている事を鑑みても、人事については、問題視していなかった。


 ” 所詮、女の浅知恵。 我侭を言うのは、ニトルベイン大公家令嬢であったときから、変わりは無い ”


 あまり、能力が高くない王妃殿下を軽視しつつも、だからこそ、後宮は彼女の好きにさせ、王宮での発言権を僅少と成していた。 そう、王妃殿下はまつりごとには、口を挟めない様に王宮人事を配している。

 だからこそ、ウーノル王太子の問いかけに、狼狽した。




「そうですか。 わたしの目から見て、厳正な審査を潜り抜けた者達が後宮に居るとは…… 思えません」

「……何を根拠にそう、思われるのですか?」

「女官の質、侍従の言動。 そして、招き入れられる、高級品を扱う、御用達の商人達。 散財と浪費。 わたしの目からしても、思うところがあるのです。 それをお許しになっている、母上…… いや、王妃殿下も又…… 心ある少数の者達が、幼少の頃、わたしに告げたのですよ。 ” 王妃殿下は、王妃教育を全うされておられません。 王子殿下はしっかりと学んでください ” とね。 その者も又、女官長の命により更迭されました。 どう思われますか?」

「…………それは…………」




 応えあぐねるノリステン公爵。 鋭い視線をウーノル王太子に投げかけつつ、ニトルベイン大公は疑義を訴えた。





「殿下、真に御座いますか?」

「老公。 貴方は王妃殿下に甘すぎます。 周りを自身の者達で固め、反する意見を述べるものを排除する。 これでは、後宮は立ち行かなくなります。 現に、後宮とは名ばかり。 王妃殿下に対し阿諛追従あゆついしょうする者達が栄達の道を歩み、本来必要である人材が、更迭され流出し続けております。 フローラル王妃殿下は、一国の王妃。 社交外交も満足に出来ず、後宮の中で『その権』を振るい、気に入らぬ者を排除し続ける。 老公、貴方は王妃殿下をどうしようと成されているのか。 忌憚の無いお心内を聞かせて頂きたい」




 苛烈とも云うようなそんな光を群青色ロイヤルブルーの瞳に乗せ、詰め寄るような言葉でニトルベイン大公にそう告げるウーノル王太子。 その言葉の『真意』を計りかね、言葉を濁すしかないニトルベイン大公。




「いや、それは…… ゴホン、まぁ、なんだ…… 王妃の役目を十全と成していなのは、事実だが…… ちと、辛辣に過ぎはしないか?」

「老公。 老公が、フローラル王妃殿下を愛し、大切にしている事は存じております。 ……老公。 わたしにも、愛し大切にしたい者が居ります」

「……アンネテーナ=ミサーナ=ドワイアル 大公令嬢に、御座いますな」

「まさしく。 王妃の器を持つ、わたしの隣に立つべき女性です。 よく王妃と云うものを理解し、教育官の者達からも、真摯に学んでいるとそう、報告がありました。 ポエット=サーステル=ドワイアル大公夫人の薫陶宜しく、すでに対外的にも非公式ながら社交外交をも始めました。 各国要人からの評価も高く、将来が楽しみな淑女との、お褒めの言葉を幾つも頂いております」

「それは、国務寮にても承知しておりますな。 流石はガイストの、ドワイアル大公のご令嬢であると、わたしも感心しておりますしな」




 一瞬の間が、応接に流れた。





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