その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 15

 閑話 内務寮の霹靂

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 ニトルベイン大公は、『王太子府に伺候せよ』 との 《 命 》 を、受けた。 




 宰相ノリステン公爵、および、王国騎士団、総団長テイナイト公爵の同行も指示されている。

 何の用件なのだと、訝しく思う。 が、老大公を呼び出すと云う、王太子の成長振りに、驚きもしていた。 この王城の中で、自身や宰相ノリステン公爵を呼び出せる人物は数えるほどしかいない。 そして、その権能を有しているのが、他ならない、ウーノル王太子殿下その人であった。

 四大公家のうち、三大公家は、彼に付いたも同然の昨今、ミストラーべ大公家の継嗣も王太子に付いたと、そう見られている。 その彼が、わざわざ四大公家の筆頭と目される、自身を呼び出したのだ。 なにか有ると、ニトルベイン大公は、その心内こころうちで、ウーノル王太子の真意を計っていた。

 ウーノル王太子が、なにやら、画策している。 そして、王太子自身が、それが、この国に必要なものであると、そう信じ邁進しているとも、仄聞そくぶんしていた。 それが、なんなのかは、まだ、判らない。 容易には心の内や考えを人には明かさない、そんな王太子でもあったからだった。

 同時に呼び出され、王太子府に伺候する前に、国務寮の内務大臣である、ニトルベイン大公の執務室に、宰相ケーニス=アレス=ノリステン公爵、王国騎士団 総団長 モーガン=クアト=テイナイト公爵の二人が現れた。 ニトルベイン大公の御前に伺候した二人。 しかし、暫く会話らしい会話も無く、ただただ、沈黙が執務室の中を支配していた。


 不気味な沈黙を護るニトルベイン大公。 沈黙に耐えられず、テイナイト公爵がまず口を開く。




「ニトルベイン大公閣下。 王太子殿下の突然のお呼び出し、なにか、思いつく事は御座いましょうか?」




 不安気にニトルベイン大公を伺う、テイナイト公爵。 ウーノル王太子殿下は、” 護衛対象 ” としてよく知る若者だが、その実、よく話した事は無い。 テイナイト公爵に下される命令は、常に軍務大臣フルブランド大公よりもたらされる。 

 ウーノル王太子の近くには居るが、良くその為人ひととなりを知らぬテイナイト公爵は、こうやって名指しで呼び出される事に、少々不安を覚えていた。




「なにも無い………… とは、言えんな。 おぬしが差配する、王国騎士団の中にも、聖堂教会に取り込まれた馬鹿者が、居るらしいではないか。 王太子殿下は、聖堂教会の勢力拡大に懸念を示されている。 王都に置いて、畏れ多くも国王陛下の側近として、フェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿が権能を振るい、王権を侵害していることに、ご懸念を抱いておられるのは、貴殿も承知していることだろう? それに……」

「それに…… 何で御座いましょう。 あの『お出迎え』の護衛作戦時に判明した、聖堂教会の影響下に有る者達は、配置転換の上、前線に配備と成しました。 近衛が前線に…… かなりの事と思われますが……」

「あの作戦に従事した、近衛騎士か? それらだけ・・を、責を問うことも無く、前線に送り出したと申すか…… 愚かな……」




 ニトルベイン大公の瞳が、なんとも云えない光を帯びる。 その意味に気が付かないテイナイト公爵。 すかさず、ノリステン公爵が説明をし始める……




「それでは、聖堂教会に取り込んでくれと云うようなもの。 卿の云う、『 前線 』…… といえば、北の二都市の駐屯地で御座いますな。 あそこは、聖堂騎士の屯所でもある。 すでに聖堂教会の影響下にあるとなれば、取り込まれ、堕落するのは目に見えておりますな。 その上、あの作戦に従事した 『 近衛 』のみと云うのは、いささか問題でもありましょうな」

「な、なんと! そこまで愚かでは、御座いますまい! いやいや、あの者達の他は、皆、立派な 『 近衛騎士 』でありましょう!」

「……甘いですな。 貴殿が受け取られた名簿は、宰相府にも届けられております。 護衛騎士隊には、その様な者が見受けられない。 影響を受けているのが、近衛だけだったことをどうお考えか。 また、作戦に従事させた、近衛騎士だけが、影響を受けているとお思いか? なまじ、北の荒野に送られた、近衛の者達は、彼の地にて、聖堂騎士団の者達から、金穀と女を宛がわれ、酒池肉林で持成されれば、如何様にも…… お判りに成りませぬか? それだけの、力は、聖堂教会は持って居るのですよ。 特に、あの北の荒地に置いては。 さらに、それらの者は、近衛を外れたわけでも有りませなんだな。 便宜上、それとなく、王城から離された…… そうとしか、見えませんな」

「……で、では……」

「監察隊…… それも護衛騎士の『官』を、送りなされ。 そして、つぶさにその者達の行状を確認されると宜しかろう。 処分は、それからでも……」

「しょ、処分…… に御座いますか?」

「ええ、そうです。 処分です。 王国の盾となるべき者が、二心あれば、近衛は務まりますまい。 護衛にて鍛えなおすか、はたまた、騎士団から放ち、『 軍 』に下げ渡すか…… そんな所でしょうか? いや、行状目に余れば、断罪も視野に入るやも知れませんな」




 ノリステン公爵の冷たい声が、テイナイト公爵の胸を抉る。 自身が管轄する、王国騎士団の内情を、知られている事に、冷たい汗が彼の背中を滑り落ちた。 王太子府からの呼び出しは、彼の甘さを指摘するモノかもしれないと、更なる驚愕と恐れを胸に抱いた。


^^^^^^


 冷たい視線をテイナイト公爵に送るノリステン公爵だったが、その実、彼もまた王太子殿下からの呼び出しの理由が思い当たらなかった。 単にテイナイト公爵の仕置きが生ぬるいと判断されていたのならば、フルブラント大公が、テイナイト公爵を軍務寮に呼び出せば良いだけの事。 


 しかし、彼は思う。 ” なぜ、ニトルベイン大公閣下、および、自分までが呼び出されているのか ” と。


 皆目、見当が付かなかった。 そんな二人のやり取りを聞きていた、ニトルベイン大公は、様々な方面から報告される事を、思い出し反芻していた。 一つ、思い当たる節があった。




「本日、あの薬師が、王太子府に招かれた。 公女リリアンネ殿下の学院における護衛の打診だそうだ」

「学院に於いてで御座いますか?」

「あぁ、あそこは、おいそれとは騎士も兵も入れぬからな。 そういう場所であるしな。 物見の者達からは、あの娘、了承したと云う」

「…………王太子殿下は、何をお考えなのでしょうか?」

「王太子殿下と云うよりも、公女リリアンネ殿下のたっての願いと聞くぞ。 まぁ、ギフリント城砦でなにか有ったのであろう。 公女殿下の側近達も諸手を挙げて、賛成していると、そう聞く。 あそこまで、完膚なきまでマグノリアの思惑を撃退したのだ。 その手腕を高く評価されているのであろうな。 それは…… 良い。 良いのだが……」

「なにか…… 御座いましたか?」

「あぁ、その後…… あの娘とドワイアルの子息が、後宮に向かい、アンネテーナ嬢と面会したと…… そう報告があった。 解せないのは、面会後、再度…… 王太子府に二人が戻ったという事だ。 後宮からは何も云ってきていない。 あそこは、幾重にも重なったベールの向こう側。 この国務寮の官僚とて、そう易々とは、覗き見る事は出来ぬでな。 さて、はて、何があったのやら。 ……絹のカーテンの向こう側でな」

「……後宮に御座いますか…… 王宮学習室に御座いますな。 現在は、閣下のお身内の侯爵夫人が、女官長として差配している…… 筈に御座いますな」

「あぁ…… フローラル王妃殿下…… いや、娘の専属侍女だった者だな。 アレに、特にと願われ、王宮の女官となった者だ。 よくフローラルに使え、アレの事を大切に思い気を配れる者。 今は、女官長の座に座るようになったか……」

「はい、宰相府の、王宮人事局より、その旨がかなり前に……」

「アレの我侭かもな」

「…………御意」




 目を閉じ、腕を組むニトルベイン大公。 そして、頭の中で幾つもの仮説が立てられ、想定問答が策定されていく。 しかし、彼は思う。


 ” まずは、王太子殿下の思いを聞かねば ”


 何が起こったか…… 正確な情報はまだ上がっていない。 いや、その情報が来る前に、王太子よりの呼び出しだったのだ。 続報を待ってはいたが、未だ届かず……


 ” 不味いな…… 目と耳を塞がれたか…… ”


 想定される状況を、思い浮かべながら、ニトルベイン大公は、二人に告げる。





「…………時間だ。 これ以上は、お待たせ出来ない。 行くぞ、王太子府へ。 殿下のお側に居る者が誰かで、対応が変わる。 ノリステン卿、常のように冷静にな。 なにか…… なにか、大きな事が有るやもしれぬ。 十分に気を張っていけ」

「御意に……」





 王城の狐の狸の瞳に強い光が宿る。 何が提示され、何を強く求められるのか……

 老狸の心に、小さくではあるがさざなみの様な不安が揺れた。






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