その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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「薬師錬金術士」 の 「リーナ」

ミレニアム様の願い

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 こうやって、公女リリアンネ殿下との 『 お顔合わせ 』 も、恙無く終わったの。


 先程から室内に張り詰めていた緊張感が、嘘のように霧散していたわ。 改めて、そこに居る皆さんが、テーブルに着き、おいしくお茶を頂いたの。 ご歓談って事よね。


^^^^^


 緩んだ空気感を感じつつ、私は思うのよ。 突然、呼び出しをして、いきなり公女リリアンネ殿下の護衛の話を持ち出しても、私が受けない可能性も有るって、そう感じてらしたのよね。 いくら強権を振るっても、私なら頑強に拒否する可能性すらあったんだもの。

 その上、『もし受けなければ死刑』なんて事、出来ないものね。 こんな事で ” 王都より所払いを命じる ” なんて、罰を与えようにも、私なら嬉々として、辺境に帰ることは、目に見えて判っているし、まして、国外追放なんてしたら、もっと問題になることは、火を見るより明らかだものね。

 私の存在を疎む人達も居るから、暗殺を仕掛ける事も考えられたかもしれないけれど、それは、早々に投げ捨てられたと思うの。 だって、私の侍女 兼 護衛 は、シルフィーなんだものね。 相手にするには、分が悪すぎるもの。

 私が、公女リリアンネ殿下の護衛を引き受けて、一番ほっとされたのは、きっとウーノル殿下。 囲い込もうとしていたのは知っているし、万が一、私と敵対したら、きっとティカ様がお怒りになるのも、間違いないところね。 


 ウーノル殿下に於かれても、それは避けたかったでしょうしね。 怖いのよ、ティカ様は。


 まして、公女リリアンネ様の「友誼を結びたい」発言でしょ? 事前にお話が有ったと思うのよ。 だって、そうでなくては、あんなにウーノル殿下もマクシミリアン殿下も平気な顔されてないもの。 だから、緊張感が途切れなかったんだよね。 なんとなく、判る。 

 今回のお呼び出し…… ある意味、殿下達の危機感の現れって事なのかな? 私に事前準備をさせないように、ギリギリで呼び出したのも…… 一気呵成に、承諾を取り付けようとされた…… 考えすぎかなぁ…… 外堀を埋めようが無い私だから…… 圧力かけようにも、親も居ない孤児って事になっているし、親代わりは…… そうね、「海道の賢女」様なんだものね。 どうにも出来ないわよね、普通の貴族的圧力じゃぁね。 一発勝負に出たのかも…… だって、後ろ盾の無い、在野の薬師なんだものね、私。

 

^^^^^^^


 私の隣には、リリアンネ殿下がお座りになり、興味深げに殿下たちのお話に聞き耳を立てているわ。 もっぱら、リリアンネ殿下をお迎えに行った時のお話ばかりだったけれどね。 特にテイナイト子爵様のお話を、ウーノル殿下は聞きたがっていたわ。



 あの日、あの場所で何が起こったか。 そして、どう対処したのかをね。



 ココでは、危ない人は居ない。 その事が暗黙の了解の様になっているのよ。 だから、テイナイト子爵のお口も軽くなるわ。 襲撃があったあのちょっと開けた広場で何があったか…… 詳細にお話になられたのよ。

 特に彼の印象に残ったのは…… 妖精騎士の参戦ね。 ホワテルがヒポグリフに騎乗して、上空からの突撃チャージを敢行したところなんて、目に見えるような臨場感を持ってお話になってたくらい……

 秘密にしときたかったんだけどなぁ……

 あの作戦自体が、私の発案で、指揮も私が取っていたって事は、この場に居る人達は皆知っているんだもの…… そうよね…… 包み隠さず、云うわよね…… はぁぁぁぁぁ なんだかなぁ……




「リーナの献身は、特筆すべき事なれど、その誉れを賞せられない事は、とても残念です」




 そう締めくくるテイナイト子爵様。 皆の賞賛の視線が、ちょっと面映いわ。 表向きは、褒美も褒賞も無いけれど…… ”皆 知っているぞ ” と、そう云われているのも一緒なんだものね。 




「有意義な時間であった。 リーナ。 公女の事は、よろしく頼む」




 ウーノル殿下のお言葉を受けて、皆が立ち上がるの。 今日はココまでね。 多分…… また、お呼び出しになられるわ。 この流れじゃ、そうなるわよ。 きっと……

 各人が、最敬礼をして、お部屋を辞して行くの。 公女リリアンネ様も、ノリステン子爵様に伴われ、退出されたわ。 マクシミリアン殿下、テイナイト子爵、そして、デギンズ助祭もまた、その後に続かれる。




「リーナ。 少し時間をくれないか?」




 呼び止めたのは、ドワイアル子爵。 その向こうに、ウーノル殿下もいらっしゃるの。 少し、暗めの表情で、なにか思い悩む表情を浮かべられていたの、お二人ともね。


 理由はわからない。


 でも、この高貴な人達のお心になにか、有るのだけは、理解できた。 立ち止まり、その場でお言葉を待つ。 呼び止められた理由をお話になるまで、沈黙をもって佇むのよ。 それが…… 私が出来る事なんだものね。 




「リーナ、少々、時間を…… 診て貰いたい人が居るんだ」

「診て? ですか? それは、薬師としてでは無く、治癒師としてでしょうか?」

「あぁ、そうなる。 「従軍薬師」には、治癒師としての役目もある。 ならば、王太子府に呼び出された条件から、逸脱しない」

「はい…… そうなりますわね。 わたくしは、何方どなたを診る事になるのでしょうか?」

「あぁ、私の妹。 王太子殿下のご婚約者である、アンネテーナ=ミサーナ=ドワイアルを、診て貰いたいのだ」

「はい? アンネテーナ様に御座いますか? なにか、御身体の具合でも?」




 心配そうな、ミレニアム様。 同じような表情を浮かべる、ウーノル殿下。 そっか…… アンネテーナ様、調子が悪いのかぁ。 診てみないと判らないけれど…… 不調があるんだよね。 判った。 行きますよ、何処にだって。 

 だって……

 大切な姉妹なんだものね。 おっと、コレは云えない事よね。

 少し頭を下げ、表情を韜晦して…… 

 そして、ミレニアム様の後に続き王太子府から辞したの。 ウーノル殿下は、ミレニアム様と私に、” 頼む ” と云う顔をされていたわ。 殿下は…… 簡単には動けないものね。 精一杯、頑張ってきます。

 心配されているのは、ありありと判るんだもの。


「第九層のアンネテーナの学習室に向かう。 出来るだけ、穏便に済まそうとは思うのだが…… 何分と王宮の中では、そうも行かない。 規則、規則で雁字搦めなのだ。 兄として、アレの力になってやりたちとは思っているのだが………… 後宮の規則の壁が相当に厚い」


 でしょうね。 あそこは、王城コンクエストムの中でもとても特殊な場所だもの。 でも、体調管理は、王宮薬師院の御典薬師様である、エルネスト=ベックマン上級伯爵様が司っておられたのでは? どう云うことなのかしら?


「妹の咳が止まらない。 唯でさえ消耗の激しい、王妃教育の最中、咳が止まらない事によって、疲労困憊している」

「ベックマン上級伯爵様の見立ては…… どうなのでしょうか?」

「単なる咳だと…… 軽い風邪と…… しかし、おかしいのだ。 御典薬師殿から処方される薬を飲んでも、一向に改善しない。 王太子殿下が、王宮薬師院には伏せて、君に診て貰いたいそうなのだ。 妹とは面識があるだろ?」

「はい…… 学院の礼法の時間を共にさせていただきました」

「王太子殿下もそれを思い出されてな。 大義名分として、軍での功績に鑑み、王太子殿下のご婚約者様への謁見の栄誉を賜ったという事にしてある。 そうでもしないと、会えぬものでな」

「王宮に詰められて居られるのですか?」

「あぁ、そうなのだ。 屋敷にも帰してもらえぬのだ」

「そうなのですか……」


 かなり、強行にお勉強されているのね。 でも…… なにか、おかしいわ。 アンネテーナ様はかなり優秀な方よ? 社交に関しても、ポエット奥様の薫陶宜しく、それこそ、現王妃殿下よりも…… ハッ!!


 そうか!!



   ――――― 王妃殿下かッ!!

 

 あの方なら、遣りかねないわッ!! ドワイアル大公家のご令嬢なんて、鬱陶しくてたまらないでしょうしねッ!! 行かなくちゃ!! アンネテーナ様の護りはどうなっているの? 

 アンネテーナ様は、ウーノル殿下の ” 唯一 ” なんでしょ? だったら、ファンダリアの未来の為にも、ココは、頑張らなくては! ええ、頑張りますとも!! 

 たとえ、誰を敵に回したってッ!

 アンネテーナ様は私の大切な、大切な






 姉妹なんですものッ!!




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