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「薬師錬金術士」 の 「リーナ」
公女リリアンネ第三王女の心情
しおりを挟むソファから立ち上がって、貴人の入室のお出迎えの体勢を取るの。 もう、大丈夫。 心は痛まない。 ココは前世では無く、私が庶民として生きる現世なんだもの。 それに、私は今、『 エスカリーナ 』 では無く、『 薬師リーナ 』 なんだもの。
そう、何も、畏れる事は無いわ。
その事を思い出させてくれた、ミレニアム様と、そうなるように導いて下さった精霊様に感謝申し上げます。
立ち上がり、胸に手を当て、深々と頭を垂れる。 高貴な方々、王太子殿下、マクシミリアン殿下、そして、公女リリアンネ殿下と、王族が三人もいらっしゃるんだもの、相応の対応をしなくては、不敬に当たるわ。
というより、この場に庶民が居ることさえ、もしかしたら不敬なのかもしれないけれどもね。
ふわりと、甘い香りがしたの。 この香り…… 嗅いだ事があるわ。 そう、ギフリント城砦の治癒室の小部屋でね。 目の前に立たれたのが、誰だか見なくても判ったの。
「久しいですね、薬師リーナ。 ウーノル王太子殿下より、お話は?」
顔を上げて、真っ直ぐに公女リリアンネ様を見詰め、口にするのは、いつもの言葉。
「公女リリアンネ殿下にはご機嫌麗しく。 薬師リーナ、御前に。 直言を持ってお話させて頂きたく、ご許可を……」
「まぁ、堅苦しいのね。 勿論よ、直言を許可します。 ウーノル殿下? リーナはいつもこうなのですか?」
苦笑と共に頷かれるのは、ウーノル殿下。 でもねぇ…… そうは云っても、相手は王族よ? 不用意にお話なんか出来ないわよ。 立場ってものが有るんだから。
「ねぇ、リーナ。 宜しくて?」
「はい、何で御座いましょうや?」
「ウーノル殿下よりのご要望で、貴女は学院における、わたくしの護衛となったはずです。 コレはわたくしの思いでもあります。 何故だか、ご理解されていますか?」
「……ギフリント城砦での事に御座いましょうや?」
「そう。 あの時、貴女に処置してもらった、現マグノリア王国の鎖からの解放。 幾度か、あちらかの『指令』が、わたくしに届きました。 敢えて、その命に背き、情報をウーノル殿下、マクシミリアン殿下にお渡ししました。 本来ならば…… 電撃がわたくしの頭を打ち抜くような仕儀。 しかし、電撃の代わりに祝福が、わたくしに注がれました」
「左様に……」
「随伴の者達も同様です。 これ程、嬉しかったことはありません。 歓喜に我が身が震えました。 すべてを成したのは…… 薬師リーナ。 貴女です。 ならば、この陰謀渦巻く王城コンクエストム、そして、王立ナイトプレックス学院に於いて、我が身の安全を確保するならば、貴女以外の者では勤まりますまい。 よって、王族の権を持って、ウーノル殿下にお願い致しました」
「勿体無くも、畏れ多い事に御座います」
リリアンネ様が、真っ直ぐに見詰められてくるの。 私が拒否したであろう事は、すでにお判りに成っている。 でも、絶対に放さないって、そんな瞳の色なのよ。 彼女が何を考え、何を成そうとするのかは理解できないし、どうなるかも判らない。
彼女の言動が、ファンダリア王国の安全保障に何らかの影が差すことすら考えられる。 その時、私が側に居る事は、彼女にとっても問題には成らないだろうか? そんな、思いもまた交錯するのよ。
「薬師リーナ。 ここに明言します。 公女リリアンネは、決してファンダリアとは敵対しないと。 我が国は、暴虐なる愚王とその取り巻きの貴族によって、滅びの道をひた走っております。 ならば、王女としてそれを正さねばなりません。 無念に散った者達の思い。 先代ガルブレーキ国王陛下の理念。 わたくしは、その思いを受け継いでいるのです。 でも、一人では何も出来ません。 随身の者達もまた、命の危険に晒され続けておりました。 母国の上層部の思惑により、ここファンダリアに遊学となりました。 その実、王宮に混乱と不審を振りまけと…… 我が容姿を使い、王太子殿下をはじめとする高位の方々を篭絡せよと、そう命じられておりました」
辛そうな表情を浮かべられているの。 きっと、思われるのは、故郷のご家族のこと、本当のお父上の事。 謀殺されてしまった…… お兄様の事……
公女リリアンネ殿下は、すでに、現マグノリア王国を見限っておられるのかもしれない。 本国からの指令を、そのまま、ウーノル殿下にお流しになるという事は、マグノリア王国の思惑をそのままこちらにお知らせするという事に他ならないもの。
――― 大胆なことをされるわ。
いくら私が、リリアンネ殿下の 『 奴隷紋 』 が施された、魔石を弄くって、彼女が苛まれる事が無いようにしたって知ってても、それを試すのは、相当に勇気が必要だったはずよ?
だって、もし、私の言葉に嘘があれば、彼女の脳天は電撃で焼かれていたんだもの……
普通ならしないわよね…… 普通なら。
でも、彼女、賭けていたのかも。
太く重い鎖から、解放されたという事実を、試したかったのかも。
電撃が来ないならば、私が、ギフリント城砦で彼女にお話した事も又、事実だとそう思えるものね。
” 本国の者達には、伝わりませんでしょう。 その様に改変いたしました。 あちらからの 「 指示 」は、リリアンネ様に届きます。 その後の行動は、リリアンネ様次第に御座います。 指示に従わないと、精霊様よりの、『祝福』が降り注ぎましょう ”
そう、お伝えしたんだものね。 マグノリア本国の人達には、リリアンネ殿下はいまだ、統制下にあると、そう思っているはずなんだものね。
確かめるすべは、無いわ。
でも、複数回、彼女に指令が来ているという事は……
あちらには、虚偽情報が流れているって事なのよ。
こと、ファンダリア王国、それも、王城コンクエストムの中では、公女リリアンネ様に於かれては、彼女の選択のままの行動が取れるという事。
ならば、彼女は彼女の思うがままの行動が取れるのよ。
公女リリアンネ様。
貴女は何をお望みになられますか?
ご自身の栄誉と権ですか?
それとも……
民草の安寧でしょうか?
何を思われ、何を云われるのか……
私は、とても興味深く、
続くお言葉を待ったの。
応援ありがとうございます!
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