その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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「薬師錬金術士」 の 「リーナ」

鎖の重さ

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 豪奢な銀髪。

 深くそして、思慮深い、群青色ロイヤルブルーの瞳。

 美しいとも云える、そのお顔。


 凛として、そして、慈悲深くもあり、苛烈でもあるその表情。 紛れも無く、ウーノル王太子殿下その人だったわ。



 ――― お部屋の奥。



 資料が山と積まれた執務机の向こう側。 椅子にはお座りになっておらず、窓際に立ってらしたの。 振り向いた殿下は、にこやかに微笑みながら、私を見て居られたわ。 お部屋には、侍従長 カービン=ビッテンフェルト宮廷伯様の他、数名の侍従の方々。 お側には、マクシミリアン殿下。 テイナイト子爵、デギンズ助祭、そして、ドワイアル子爵のお姿もあったの。

 皆さん、それぞれの場所で私を迎えてくださった。 和やかとは云えない、そんな雰囲気もあるわ。 なにより、ピンと張り詰めた空気感が私に教えてくれた。 

 ウーノル殿下は、にこやかに笑みを浮かべた表情のまま、私に殿下のお側に来るように手サインをお出しになったの。 ちょっと、驚きを隠せない。 だって、そんな…… 庶民階層の薬師を、何の疑問も無く、そのお側に伺候させようと成されておられるんだもの。

 そっと、侍従長様の表情を伺うと、黙ったまま頷かれた。 恐る恐る、周囲の方々の方を見て、諦めた。 だって、皆、黙ったまま頷かれているんだもの…………

 意を決して、お側に進む。 執務机を通り過ぎ、一番奥の壁際。 ウーノル殿下が佇んでおられる、窓際まで、歩を進めるの。 静々とね。 

 お側に立ち、再度胸に手を当て、頭を垂れる。 きっと、なにか『お話』があるのだと、そう確信したわ。 だって、私を見詰めるウーノル王太子の深い群青色ロイヤルブルーの瞳に、確固たる意思の光を見てしまったんだもの。 

 そっと、呟かれるように、殿下が私にお言葉をかけて下さった。




「やっと、王城で会えたな。 薬師リーナ」

「御前に伺候いたしました」

「うん。 そうだな。 少々、話したいことがあった。 王太子ではなく、第四軍の指揮権保持者としてな」




 えっと…… えっと…… 王太子では無く、第四軍の指揮権保持者として? どういう事かしら? 殿下のお言葉の意味を考えたの。 ……答えは、すぐに出たわ。 そうよね、庶民がこんな厳重な警備を施されている場所に立ち入る事は普通なら考えられない。

 たとえ、王立ナイトプレックス学院が、” 礼法を修めた ” と、認めたとしても、伺候できる場所は限られているわ。 王城コンクエストムの第三階層以上に上がることも、出来なかったはずよ。 

 でも、今現在、私は王太子府に居る。 第十ニ層よ、ココ。 王太子として、私を呼ぼうとしても、まず叶えられる事は無いわ。 でもね…… そうなのよ、軍で大隊指揮官ならば、呼び出すことは可能なの。 王族ならね、なお更ね。 

 第四〇〇特務隊。 番手から判るように、第四軍、四軍直轄、特別編成特務大隊…… つい最近までは、第四四〇特務隊で、第四軍、第四師団直轄の隊が、異動命令と共に、第四軍直轄に変更になった。 そして、その第四軍の最高指揮官は…… そう、ウーノル殿下なのだもの。

 王族の上、王太子殿下である、ウーノル殿下は王城コンクエストムからは、通常は離れられない。 第四軍は、便宜上次席指揮官である、オフレッサー侯爵閣下が指揮されているわ。 従来どおりね。 軍政上は、オフレッサー侯爵閣下の上に、ウーノル殿下がおられるの。

 そして、先程のお言葉。 第四軍の、王族の第四軍最高指揮官として、四軍指揮下の大隊長を呼び出せば、それがたとえ庶民階層のものであっても、王城の殿下の執務室に出向かねばならない。 本来ならば、上級指揮官と同行しなければ成らない筈なんだけれども、それすら、無視できてしまう、強権なのよ。


 そう、「王族指揮官の強権」ね。 軍令上の特別条項にあるのよ。


 王族が指揮官になった場合の取り決めとしてね。 まぁ、その場合は、何かしらの ” 特別な ” 理由が必要なんだけれどね。


 殿下は、もう一度、窓の外に目を向けれたの。 静かに、口を開かれ、お言葉を紡がれるわ。




「薬師リーナ。 そなたの軍における献身と、実績は特筆すべき事と、報告が上がっている。 その上、エスコー、および、トリントの街からの感状も多数届けられている。 近年に無く、第四軍の名声は善き物となりつつある。 ひとえに、君の献身が齎した結果だ。 最高指揮官として礼を言う」

「勿体無く。 ただ、成すべきを成し、精霊様の御意思を具現化したまで。 精霊様との誓約ゆえの行いに御座いますれば……」

「その事は、承知している。 だからこそ、ココへ呼んだ。 政治的な理由で、貴官の栄誉はすべて伏せられている。 こちらへ……」




 ウーノル殿下は、ちょっと悲しげな表情を浮かべられたの。 



 佇まれているのは、窓際。



 その側に歩を進める。 細長い窓の向こう側。 冬の王都を望むことが出来た。 お昼前という事もあり、街では炊事の煙が、煙突から吐き出されているわ。 ” 王通り ” には、沢山の人々。 冬のお昼。 寒さは厳しいけれど、天候は悪くない。 鈍色にびいろの雲の合間から、天使の梯子が降りてくる。

 神々しいまでの、そんな景色。 




 綺麗……





「この王都に住む人々の安寧を護るのは、我等の責務。 その責務を成すために大勢の者達の献身を求めている。 益体も無い権を求める者。 他者の痛みの上に築き上げる財。 力無き者達へ暴虐を加え、己の力を誇示する者。 そんな者達もまた、ファンダリアの国民であることに違いは無い。 そんな者達に虐げられ、塗炭の苦しみに身を焦がす弱者達。 救いの手は限りが有り、また、その行動を成す者も稀なのだ」

「はい…… 殿下……」

「精霊様との誓約の元、そんな力無き者たちに寄り添い、癒し、慈しむ、薬師リーナ。 我等が手を出せずに居る場所に、手を差し伸べているのだ。 ……感謝する。  薬師リーナ。 ……ココから見る王都は、君の瞳にはどう写っている?」

「穏やかな、冬の街。 民達は、平穏に暮らし、安寧を得ているように見えます。 辺境とは違うと、そう想います。 自然の暴虐。 悪意に晒される彼の地とは、何もかも違う、” この情景 ” を、王国全土に広げたいと……そう想います」




 王太子殿下は、頷いて下さった。 私の想いはその事に尽きるわ。 民の安寧と平穏な暮らし。 魔物、魔獣の脅威だって無い。 山賊や野盗に襲われる事だって無い。 冬の空を見上げ、空腹に苛まれる事だって、病に冒され治癒師も居らず、明日をも知れない不安を抱える事だって無い。 

 王都は楽園だと、辺境の者達は言う。 ただ、その楽園に入る為には、対価が必要。 誰しもがその対価を払える訳では無い。 悲しいかな、それが現実。 一歩、王都を出ただけで、その現実は叩き付けられるもの…… 




「薬師リーナ。 君の献身は、表立って報いる事が出来ないが、見る者は見ている。 信賞必罰の理をもって、まつりごとを成そうとしては居るが、残念なことに階級の壁や、貴族社会の慣習を変えるには至っていない。 すまないと思う。 こうやって、王城に来てもらうのでさえ、特段の配慮をせねばならない。 本来ならば、その献身に対して、栄誉と名誉を与えることが当たり前なのだがな……」

「お気持ちだけで、十分に御座います。 栄誉には義務もまた付随致しますゆえ…… 巨大な栄誉は、我が身を縛ります。 わたくしは…… わたくしの居るべき場所は、在野に御座いますれば……」

「そうだな。 しかし…… 私が信頼出来る者が少ない事もまた事実なのだ。 薬師リーナの能力と技術、そして、なにより、その心根。 力を…… 力を貸してもらえないだろうか?」

「…………矮小なる我が身。 お力に成れるとは思えませぬが?」

「公女リリアンネは、あの国の束縛を解いた君を、高く評価している。 ギフリント城砦に於いて、薬師リーナ、君は彼女の頚木を解き放った。 ……いや、その報告はアンソニーと、マクシミリアンから、受けている。 否定するな。 その事で、公女も君を高く買っているのだ このファンダリアにおいて、彼女の側に置ける者は数少ない」

「つまり…… 公女リリアンネ第三王女様の護衛をと?」

「王女の護衛は、近衛をつけている。 が、近衛騎士にも色々居るからな。 出来るだけ信を置ける者をと、しては居るのだが、なかなかに難しい。」

「左様に御座いましたか…… 護衛作戦を成功せしむ為に必要な事では御座いましたが……」

「あぁ、まさしくな。 今後、彼女も ” 遊学 ” と、いう事で王立ナイトプレックス学院にて学ぶと事と成る。 王城では、なんとか彼女の安全は保障できるが、学生共の間に於いて、不安がある。 マクシミリアンと、アンソニーを、付けては居るが公女は女性。 心許ない。 頼まれてくれないだろうか?」

「学院での護衛でしょうか。 しかし、殿下、わたくしは、第四軍での軍務も御座いますれば……」

「選任……、と云うわけでは無い。 授業や休憩の時には、相応の警備体制が敷かれている。 問題は礼法の時間に行われる、茶会や舞踏会、そして、昼餐、晩餐などの大勢が集まる時間が問題なのだ。 聞くに、君もまたその時間、学院にて授業を受ける手筈になっている。 不特定多数の者が集まるその場に、君も同席してほしいのだ」

「……完璧な護衛が出来るとは…… 思えません」

「君の魔法の能力と、戦闘力は私も良く知っている。 ―――出来る限りで良い」

「…………御意に」




 応えたものの…… 無茶だよ…… 私だって、その時、” お勉強 ” しなきゃならないんだよ? あのド変態シーモア子爵と、女史が手薬煉てぐすねを引いて待っているんだよ? 余裕なんて…… 無いも同然だよ? 




「スコッテス女史と、シーモア子爵には、私から伝え置く。 よろしく頼む」

「……はい。 出来うる限り、学園の礼法の時間での、公女様の安全を護ります」

「うむ、頼んだ。 あの国マグノリア王国に、付け入る隙は与えられないからな」




 はぁ…… やっぱり、その事を視野に入れているんだ。 絶対にマグノリア王国の魔の手が近寄るよね。 それを排除しろってことね。 責任重大よ、コレって。 公女リリアンネ様の護衛は私だけって事は無いわ。 でも、万が一を考えての、” 最後の防壁 ” に私を選んだって事ね。 

 ……肉の壁かぁ。 そんなところよね。 きっと。 所詮は庶民の薬師だものね。 判った。 なら、私のやり方で、やらしてもらうわ。 出来る事と出来ない事はあるんだものね。 



 頭を下げ、殿下の ” 御意思 ” を、受けたの。



 周囲の緊張が解けるのがわかったわ。 かなり、無茶を言っているのが、皆さんも判っていたのね。 だと思った。 だって、あの緊張感だものね。 ふぅ………… 




 また一つ……




 とんでもない事を仰せつかったわ。

 王太子府に王太子殿下から直接呼出しを受けたんだものね。

 首に掛かった鎖が……









 ギリリと音を立てて絞まる様な気がしたの。













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