その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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「薬師錬金術士」 の 「リーナ」

そして、巻きつく、鎖と頚木 (2)

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 その場所はね、そう、あの処刑場。



 あそこは、重犯罪者の処刑を見せしめにするために、一般庶民の市民でも入ることが出来る、王城唯一の場所なんのよ。 でも、王城には入れない。 城壁と同じ高さの壁がぐるりと取り囲んでいるし、罪人を引き出す扉は、重結界が張られている上、万が一侵入したとしても、行き着く先は重罪人が収監される監獄でしかない。

 その上ね、あるでしょ。 ファンダリア王国が誇る、最後の魔法防壁…… そう、「ミルラス防壁」がね。 「ミルラス防壁」が稼働していたらならば、あの黒い鎖に命じさえすれば、侵入者の魂を捕縛するわ。 それも、人数無制限に。 魂を捕縛され、魔力を抜かれ、魂まで削られ…… 死に至る。 輪廻の輪にも戻れず、さりとて、悪鬼妖魔にもなれず。 永遠に黒い鎖に捕縛されたまま……


 ファンダリア王国の悪意の塊のようなものね。


 万が一、「ミルラス防壁」が稼働していなくて、どうにか王城にある扉を抜けられたとする。 それでも、その先には絶望しか無いわ。

 進入しても、その先にあるのは、太い鉄の棒が細かく並べられた、そんな場所でしかないわ。 取り囲まれて…… というより、長い槍とかで、突かれて死ぬだけよ。 

 だれも、好き好んで死にたいわけじゃないわ。 ファンダリア王国、王都ファンダル、王城コンクエストムが、鉄壁と周辺国に知られているのは、そんなわけなのよ。


 今、私はそんな重防御、重結界の中に入ったの。


 庶民という異物に対して、どう出てくるか。 それは、判らない。 判らないから、慎重に動く必要があるの。 いくら、召喚状をもって呼び出されて王城に伺候したとしても、不用意な真似をすればいきなり無礼討ちも有り得るんだからねッ!

 慎重に、用心深く、テイナイト子爵様の後に続く。 既視感が物凄いの。 見知っている訳は無いのに、よく知っている。 それは、前世の記憶。 私と極力会いたくなかったのか、マクシミリアン様はよく騎士隊と稽古をされていたわ。 王妃教育で王城に伺候した時なんか、そのお姿を一目見ようと、この場所に通ったんだよ。

 だから、敢えて判り辛く作られている、騎士団の施設群の狭路もなんとなくだけど、頭に入っていたのよ。 その前世の記憶が蘇り私の目の前に提示された感じなの。 前を進むテイナイト子爵の歩く速度は早い。 知らない場所で、こんなにも早い歩みで歩かれたら、普通なら置いていかれるわ。 特に女性ならね。

 でも、私は軍属で、軍装を纏っている上に、頭の中にこの場の見取り図が入っている。 迷えって方が難しいくらいにね。 あまりにも平然と付いて行くものだから、テイナイト子爵も、足の速さなんか失念しているんだろうな。 だから、こんなにも早く歩くんだよね。


 いくつかの建物を通り抜け、馬場を横目で見つつ、更に奥に進む。


 城壁に穴を開けてあるといえる、王城外苑は場所的に、王城中枢から一番遠いの。 前世の私、よく通ってたな…… かなり距離があるんだよ? 一目でもマクシミリアン殿下をッ! って、感じだったのは、うっすらと記憶に残るっているの。 あんなにも真っ直ぐに、” 想って ” いたのにね。

 想いが強すぎて、マクシミリアン殿下以外誰も見えなかったのよね。 そして、彼と私の視線の間に入る人は、すべてが「敵」。 なんて、思い込んでいたんだもの…… 救い難いわ。 いえ、度し難いともいえる。 ドワイアル大公家の娘という矜持が、そんな想いを後押ししてたのよね。


 ―――庶子だったのにね。


 辛うじて、貴族籍に『お情け』で乗せてもらっていたのに、それすらも理解していなかった前世の私。 渓谷に渡されている、糸のように細いロープの上をひたすら歩いていたことすら…… 理解してなかった。 足を踏み外せば、あっという間に奈落の底に落ちるような場所。 なのに、自分から、その糸のように細いロープを断ち切って……


 奈落の底から見上げる、蒼い、蒼い空。


 後悔は、何時だって先には出来ない。 見上げる蒼い空に、すべてを投げ捨て…… あれだけ大切にしていた、想いまで投げ捨て…… 見上げる失意の蒼い空。 


 二度とごめんよ。 あんな思いはッ!!


 睨み付けるように、テイナイト子爵の背を見詰め、その後を付いて行く。 またもや見知った、扉が見えてきたの。 内壁と呼ばれる、本当に最後の城壁があるの。 この内側が本当の王城コンクエストム。 ファンダリアの心臓と頭脳。

 一旦、その扉の前に止まるテイナイト子爵。




「ココからが、王城王宮なんだ。 単なる庶民ならば、絶対に入ることが出来ない場所。 王宮と後宮、それに各寮がファンダリア王国を纏め王国の発展と安寧に尽力する場所だ。 リーナ。 君はこの場所に入るに当たり、何らかの役目を負わされるだろう事は、理解しているか?」

「ええ、勿論にございます。 卑賤なる我が身ではありますが、そのお役目を果たせるように精進いたします」

「…………そうか。 単に興味本位で呼ばれたわけでは無いと、知っているのだな」

「そうでなければ、先ほどテイナイト子爵様が仰ったとおり、辺境出身の、出自も判らぬ『 一介の庶民 』が、王城王宮に伺候することなど有りえませんので。 状況を鑑み、わたくし…… ” 薬師錬金術師 ” にして、” 符呪師 ” たる者の技が必要なのだと、理解しております」

「…………そうか。 君の能力は折り紙つきだ。 第四軍の多くの将兵が君に信を置く。 助けられた者も多い。 君の出自云々を問題視するならば、第四軍が喜んで取り込もうとするな。 君が起草し、そして成したあの「お出迎え」の ” 護衛作戦 ” を、間近で見て肌で知っている私が云う。 君は第四軍では無く、王太子殿下の御側に付くべきなのだ」

「過分なお言葉、痛み入ります。 しかし、それはどうで御座いましょうや。 ただの庶民を王太子殿下のお側御用に取り立てる事など、前代未聞。 あのミラスル=エンデバーク様でさえ、王城に留まる事が出来なかったのですよ?」

「…………変えられるよ、殿下は。 そういうお方だ。 まずは会ってお話すべきだろう。 きっと、そんなお話が出る」

「何度、その様なお話を仰られても、わたくしの答えは変わりはしませんわ。 辺境の野に咲く花を温室で咲かそうとしても、土台無理な話。 辺境の花は辺境にあってこそだと、そうは…… 想われませんか?」

「……貴重な薬草は、どこであっても、値千金の価値があるものだよ」

「それこそ、買被りに御座いますわ、テイナイト子爵様」

「そうだろうか?」

「そうに、御座います」




 ピタリと視線を合わせ、そういう私に、テイナイト子爵もまた視線を外しもせず、見詰め返してくるのよ。 
 知らない人が見たら、見詰め合っているようにしか見えないでしょうね。 でも、一度でも戦場に出たことのある人なら、私たちの間にあるのが、そんな甘い感情ではなく、ピンと引き絞られた殺気の応酬な事も一目瞭然なはず。


 さて、王城の方々は、どのように受け取られるのかしらね。


 先に目線を切るのは私の方。 だって、そうでしょ? 相手は公爵家の御三男。 押し込まれないように、懸命に予防線を張ることぐらいしか出来ないんだものね。 そうよ、だって、私は庶民の薬師。 それは、この国では、最下層に居る者でしかないんだもの。




「失礼した、リーナ。 追い詰めるつもりは無かった。 ……あくまでも、私の私見だ。 忘れてくれ」

「痛み入ります。 そうならぬよう、用心いたしますわ」

「……そうか。 在野最高は、在野にてその力を民に……か」

「それが、わたくしの望み。 精霊様との『お約束』に御座いますゆえ」

「理解し難いが、それもまた、リーナの行く道なのだな。 私からは……何も云えぬな。 リーナが道は険しく細き糸のようだな」

「まことに。 しかし、道はあります。 ええ、有るのです。 違える事の出来ない約束なれば、わたくしは、いかな困難があろうとも、その道を進むことを是と致します」

「……栄達や、光は望むことなく、ただ、月夜の輝きの様に、迷える者達に慈しみと安寧を授けるというのか。 ……勿体無いと思うのは、驕慢なのか。 それとも、光と影を理解しえぬ愚かさゆえか。 私もまだまだのようだ」

「…………」




 ゆっくりと、扉に向かうテイナイト子爵。 その背には、背負うものがあるのがわかるよ。 マクシミリアン殿下の事、お願いいたします。 あの方は、懸命にその立場を作ろうとなさっておられます。 また、公女リリアンネ様も居られます。 脅威は多く、そして強い。 貴方様の力が…… 守りの力が是非とも必要なのです。




 どうか…… 



 どうか……



 くれぐれも……





 マクシミリアン殿下の事、お願い申し上げます。

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