その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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「薬師錬金術士」 の 「リーナ」

王国を導く光 と 民を安んじる闇

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 ついに足を踏み入れた、王城コンクエストム、王宮内。



 林立する尖塔が行く本も立ち、あたりを睥睨している。 威容を誇る、ファンダリア王国の心臓と頭脳。 ココはそんな場所。

 あたりの空気もまた、何時しか変わり、ピンと引き絞られたようなものに変わっている。 強い緊張感が、張り巡らされた ” 蜘蛛の糸 ” のように辺りを覆う。



 そう、ココは…… そんな場所。



 そんな心安らぐことの無い、煉獄の入り口。 王国の安寧を司り、充実させ、民を王国を強大にしつつも、外敵から守り抜くための、権謀術策を企てている、そんな場所。


 安寧と正反対の位置に居る、その場所に私はひどく戸惑いを覚えていたの。


 貴族でなくなった私だからなのだろうか、とても息苦しく、そして胸に圧迫感を覚えるほどの威圧感を受けている。 軽やかにお仕事をして居る、王宮侍女さん。 コツコツと足音をさせながらも、背筋をピンと伸ばして足早に往来する侍従さん達や高級官吏の皆さん。


 そして…… 王宮以外の場所では、そうは見ない高位貴族の方々の姿があちこちにあった。 


 財務寮、国務寮、外務寮、軍務寮の四寮の内務官各位が、足早に資料を持って過ぎ去っていく。 私を見咎める者すら居ない。 いや、視線の中に入っても居ないのかもしれない。 そうね、ココはファンダリアの心臓と頭脳。

 ならば、矮小な異物に拘る必要も無い。 まして、ココまで入れたという事は、十分な審査を終えて、ファンダリアという国に弓を引くことをせぬ者と、一定の『信』を置かれた者と認められている…… という事ね。


 ―――― ありがたくて、涙が出そうよ。 いいえ、吐きそうって云うのが、真実かも。


 黙ったまま、しっかりと前を向いて物怖じせず歩みを進めるの。 ここで、ビクビクしたり、挙動が卑屈になると、完全に見下されてしまう上に、不審人物として目をつけられるのよ。 前世の私が、今の私に教えてくれる事ね。



 曰く、


 ――― 何も持っていなくとも、持っているかのように、矜持高く、誉高く、顎を上げ、周囲を睥睨し、何にも媚びず、何にも追従せず、すべてを笑顔で包み込み、相手の意思を曲げ矯め、自分の有利な様に持っていく。 ―――




 だそうよ。 王宮での振舞い。 特に高位の貴族様たちの在り方って言うのかしら。 でも、私は貴族じゃない。 だから、ちょっと変えるの。 



 ――― 矜持高く、何者にも媚びず、何にも追従せず、すべてを笑顔で包み込む ―――



 ね。 コレだけでいいわ。 後は、相手のほうが勝手に考えてくれるはずだものね。 どんどんと、奥へと歩みを進めるテイナイト子爵。 この方も、やっぱり貴族の顔をされているわね。 やはり、王城ではそうなるのよ。 だから、何も云わない。 ただ、ただ、黙って後を付いて歩いていくの。



 ^^^^^


 王城コンクエストムの中は、とても複雑な造りになっているの。 


 地下には、相応の倉庫と、井戸。 そして、国家反逆罪を犯した者達を収監する監獄が設置されているわ。 丘陵の上に立つ王城コンクエストムの地下は、周辺の平地と同じ高さまで掘り下げられて、脱出不可能な牢獄としているのよ。

 重監視できるように、そして、外から一切の接触が出来ないように、なっているのよ。 また、その場所には貴人用の牢獄も完備されていたの。 まぁね、行った事は無いけれどね。

 これからも、行くことが無い様にしたいわ。 

 後はね…… 秘匿されている、「ミルラス防壁」の制御施設。 コレは、王宮魔導院が選任で管理されているから、私は二度と赴くことは無いでしょうね。 いわば、そこは、ティカ様の本拠地って訳よ。

 地上階、第一層から第五層までは、各寮の官僚さん達で埋め尽くされて居るのよ。 王国の中では上級職なんだけれど、王宮の中では最下層の官吏の皆様方。 忙しく…… 本当に忙しく、王国の為にその身を粉にして働いてらっしゃるの。


 その上の第六層から第八層に設置されているのが、ファンダリアの頭脳たる、各寮の執務室。 


 財務寮、財務大臣は、ヘリオス=フィスト=ミストラーベ 大公閣下 
 国務寮、国務大臣は、ブロンクス=グラリオン=ニトルベイン 大公閣下
 外務寮、外務大臣は、ガイスト=ランドルフ=ドワイアル 大公閣下
 軍務寮、軍務大臣は、エルブンナイト=フォウ=フルブランド 大公閣下


 そして、第八層の中心に位置するところに、宰相府がおかれ、国王陛下を補佐し奉っておられるの。


 で、その主が、 宰相 ケー二ス=アレス=ノリステン 公爵閣下


 で、在らせられるのよ。 そうね、王城、王宮第八層は、いわば魑魅魍魎の巣。 狐と狸が大合唱しているようなものね。 お近づきになりたくは無いわ。

 でも…… ドワイアル大公閣下は今の私、薬師リーナの後見人でも在るから…… そう、あからさまに避ける事は出来ないんだけどね。  

 テイナイト子爵様は、大階段をどんどん上へと上がっていかれるの。 すでに第七層を超えて、第八層にさしか掛かっているわ。 やっぱり…… 行き先は…… この上よね。

 はぁぁぁぁ…… 行きたくないなぁ……


 第九層から上は、王家の領域。 その信任を受けたものしか入れない場所。 前世で入れたのは第九層までだったわ。 その階層に学習室があったの。 でも、マクシミリアン殿下のいらっしゃるのが、第十階層だったから、何とかして入り込みめないと、色々と画策したんだけど…… 


 とても警備が厳しい場所でね。 ついに、第十階層には入ることが出来なかったわ。


 そんな前世の記憶を呼び覚まされながら…… テイナイト子爵様の後を付いて、更に大階段を上がるのよ。 どうやっても開けてくれなかった、第九層と第十層の間の扉を、衛士さんはテイナイト子爵様のお顔を確認するだけで、あっさりと開けられたの。

 後に続く私は…… テイナイト子爵様のさりげない目線で、衛士さん達は引き下がったわ。 えぇぇぇぇ、なんだよッ! それッ!! 酷~~い!! でも、まぁ、こうやって呼びつけられているんだから、止めちゃったら、衛士さん達も怒られちゃうものね。

 テイナイト子爵様の後を追いかけるように、更に上層に繋がる階段を上っていくのよ。 だんだんと人影が少なくなり、それと共に警備の目が厳しくなってきたわ。



 ^^^^^



 そこは、前世の私でも訪れたことの無い場所。 高い尖塔の中ほどの場所。 王宮、第一二階層 この階層まで何段の階段を上がった事だろうね。 長い窓から、遠く市街地が見えているの。 へぇ、こちらからはこんな風に見えているんだ。

 静かな回廊を、二人して歩く。 豪華な鎧兜とか、巨大な絵画が並ぶそんな回廊を横目に、目当ての階に到着したの。 この階の床はすべて絨毯が敷かれている。 足音も無く歩む私達。 壁の魔法灯火すら、豪華なものに変化している。


 贅を尽くした、そんな場所。


 そして、衛士さん達が立つ、両開きの大きな扉の前に着いた。 かれこれ一刻近く歩いたんじゃないかな。 テイナイト子爵様が大きなお声で、到着をお告げになったの。




「アンソニー=ルーデル=テイナイト。 第四軍 第四〇〇特務隊、指揮官 ” 軍属 ” 薬師錬金術師リーナ殿をお連れ申しました。 入室のご許可を!」

「入れ」




 そうね、この声。 ウーノル王太子殿下の声ね。 衛士さん達によって、両開きの扉が大きく開らかれ、王太子殿下の御座所となっている、王太子府に今入ることになったの。

 私が、本物の庶民の薬師ならば、畏れ多くて、それこそ這い蹲りそのご恩に身も縮む想いをしたでしょうね。 でも、私は違うのよ。 呼ばれたから来た。 それでいいの。 だから、精一杯の軍礼則に則った、敬礼をささげることにしたの。

 扉から三歩入った所で、足を揃え立ち止まる。 胸に手を当て、大きく頭を下げる。 息を詰めるようにして、深く深く頭を下げるのよ。

 王族に対する、最敬礼だものね。 これで良い筈よ。




「よく来た! 薬師リーナ。 お前の能力と献身は聞き及んでいる。 かんばせを上げよ。 直言を許す。 記章はつけていないようだからな。 まずは、こちらに。 少し、話がある」




 来たよ…… ついに、来ちゃったよ……

 ウーノル殿下のお言葉だよ……

 凛と張り詰めた声。 優しくも有り、そして厳しくも聞こえるその声に、私は小さく応えるの。




「第四〇〇特務隊、指揮官 薬師錬金術師リーナに御座います。 拝謁の栄誉を賜り、恐悦至極。 入室ご許可、および、直言のご許可まことに痛み入ります」




 胸に手を当てたまま、頭を上げる。 そして、見詰める先にその方は居た。

 強烈な存在感を放つ、我が国の未来の国王陛下。

 そして、なにより、我が国を光へと導いてくれる……




 ファンダリア王国 王太子 ウーノル=ランドルフ=ファンダリアーナ 殿下 




 ―――― その人だったの。

 
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