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「薬師錬金術士」 の 「リーナ」
散々な職場
しおりを挟むそうね、” 時間 ” は、二刻有るのよね。
今日は、単に受け入れ準備完了の報告だけだったから、シルフィーもラムソンさんも、クレアさんもスフェラさんも連れてきてなかったのよね。 ほら、みんなも色々と準備があるんだもの。 手分けして、必要だろうと思うものも買わないといけないし……
つまりは、今現在この王城外苑に居る第四〇〇特務隊は私一人。 だから、リフターズ様もあんなことを言われたんだと思うの。 護衛無くうろつくのは宜しくないって事ね。 なんで、私に限って、王都が危険な場所なんだろう? ちょっと、考えちゃうわ。
緊急に呼び出しの掛かった、王城への伺候。 でも、ちゃんと時間はとってあった。 もし、今日、受け入れ準備完了の報告に来て無かったら、本当にギリギリになったでしょうね。 でも、私は御使者が到着されたときに、第四軍司令部 主計局に居たのよ。
時間はたっぷりと取れた。 その上、私は報告に来るために、軍の制服を着込んでいるの。 礼法上はそのまま王城に伺候できる姿よ。 だって、私は ” 軍属 ” の ” 薬師 ” だものね。
まだ、二刻ほど時間が有るから、その時間を利用し、待ち合わせ場所でもある「王城外苑」にある、「錬金室」に向かう。 手配って、リフターズ様は仰っていたけれど、それは錬金室付の事務官さんの事だったの。
まだ、若い人。 事務官として、任官してからそんなにたっていない感じがしたわ。
「薬師リーナ。 軍属だってな」
「はい。 左様にございます」
「薬師院の凄腕と聞いていたが、子供じゃないか。 なんか上の方じゃ、相当に評価しているらしいが、実務方はその能力でしか、モノは見ない。 まぁ、見目はいいが、それだけじゃココは務まらないぞ!」
「心して、精進いたします。 皆様のお役に立てるように」
「ふん、どうだかな」
なんか、反感を持たれているわね。 まぁ、小娘である事は間違いないし、きっと、第四四師団でやってきた事も、秘匿されているから、こんなものよね。 ちょっと、横柄な若いこの事務官さんと、一緒に錬金室に向かったの。 見た感じ…… 学校を出て初めて配属された所ね。 それも軍学校では無く、王立ナイトプレックス学院の方。 多分どこかの貴族さんのお家の、次男さん以下の方かもね。
さて、やってきましたよッと、例の『 錬金室 』に。
まぁ、あの時のまま…… な筈はなくてね。 ドカンとおいてある錬金釜は、起動すらしていないし、あれだけあった希少な材料もまた、かけらも残ってなかったの。 有るのは萎びた「魔法草」の入ったオンボロの木箱が数箱。 そして、備え付けの錬金機材がちょっと。
解析用の機材もまた、半分壊れかけの古いモノ。
いったいこれで何をさせようとしているのかしら? ちょっと、疑問に思うわけよ。 それに、ここ、南側のお部屋。 妙に暖かいし、空気の流れも悪い。 照明も普通の魔法灯火。 これじゃぁ、薬品類の鮮度とか維持とか、とても無理よ。
「あの、ココの機材はこれですべてですか?」
「あぁ、そうだな。 沢山あった物は、なんでも聖堂教会の持ち物だったらしく、全部引き上げていった。 まさか、とでも?」
「いいえ、あの、バーバリン教会薬師様なら、そうで御座いましょうね」
「なに? 貴様は、バーバリン殿を知っているのか? 崇高なお役目を果たさんと、奮闘努力されていたあの方を?」
「ええ、まぁ……」
崇高? 奮闘努力? 媚薬やら、” 怪しげな薬品 ” の練成しかしてなかったじゃないの…… それを? この方…… 何を見てらしたのかしら?
「ココの錬金釜が不調になってからも、錬金釜の修理まで行われていたんだ。 あの、王宮魔導院が匙を投げたのにも、拘わらずな! 本当の憂国の士とはあの方のような人のことを言うんだ!!」
はぁ? ……なにも言わないでおこう。 これは、大変な場所に来ちゃったのかも。 とりあえず、この方との接触は限定的にしておかないと…… なんか、変な刷り込みが有るみたい。 『 ” 聖堂教会 ” の、する事は全てにおいて、正義である。』とかなんとか…… はぁ、王立ナイトプレックス学院の教育って、コレだから…… はぁ、でもまぁ確認しておかないといけないことも有るしね。
「錬金釜を確認しても、宜しゅう御座いますか?」
「あぁ、完全に壊れちまってるけどな。 あぁ、俺も聖堂教会付に選ばれたら良かったなぁ。 こんな小娘の相手なんて。 おい、適当なところで呼びに来い。 事務室に居る」
「はい。 では、後程」
そうか、なんとなく理解した。 去っていく事務官さんの後姿を見ながら、判ったことがあるの。 前面兵力を保つために、無理な動員をかけて、非戦闘部門の人員に相当変なのが紛れ込んでいるって事よね。 基幹要員は、まだまともだけど、末端に行けば行くほど……
きっと彼も、どこかの下級貴族家の子弟ね。 まともな貴族の家の出ならば、もうちょっと聖堂教会に猜疑の目を向けてもいいはずなんだけれど…… それに、新卒で第四軍に任官した事務方でしょうね。 王立ナイトプレックス学院を卒業してから、そうは日が経っていないから、学院の薫陶がまだまだ抜けきらなくて、盲目的に聖堂教会を崇めている感じがするわ。 あの言動、そういう事なのかも知れない。
――― まぁ、いいやぁ。
私は、私のなすべきを成す。 それが大事な事なんだものね。
デカンと据えられている、錬金釜を見てみるの。 う~ん、コレ…… 色々と弄くった形跡があるわね。 一応、中に書き込まれている魔方陣の確認をしてみるの。
イヤァァァァ!!
何よ、これ!!! 出るわ、出るわ、催淫剤やら、精力剤やら、その手のお薬の練成術式が…… そのくせ、傷薬や回復薬なんかの術式は、殆んどが基本のものばっかり。 使われた形跡すら無いもの。 ちょっと、最終段を確認してみるの。
有ったわ、【逆転】の術式が、出口直前に。
そうね、私が書き込んだ奴。 これ…… 見つけられなかったの? 王宮魔導院の人達も? そんな事無いよね。 知ってて、残した。 そうとしか思えないもの。 でも、教会薬師では、見つけられないわね。 だって、正規の薬師でも、この術式は習わないし、錬金術師でも知っている人は少ないわ。
それに、【逆転】を教えてくれたのは、辺境の娼館の人なのよね。 娼館の女の人達の身体を護るために媚薬の効果を弱めたり、減衰させる特殊な使い方。 媚薬を作るあの聖堂教会の薬師達では、知っている筈、無いものね。
本来、この術式を知っていて、使うことがある人は、符呪師の人。
呪いや、厭魅を跳ね返すときに、その効果を反転させちゃうと、結構効くから、護身の魔道具に埋め込んだりするものね。 イグバール様もご存知だった。 この錬金釜に打ち込んである、【逆転】の術式を ” 改造 ” 出来たのは、そのときに詳しく教えてもらったらから。
もう一度、しっかりと錬金釜を見詰める。 制限を外した【詳細鑑定】で確認するの。
聖堂教会の人達、いったい何をどうしようとしてたのか…… 錬金釜に残されているものを確認するとね…… あぁぁぁ…… あの人達、錬金釜の制御基本術式に手を入れてるじゃない。 それも、大雑把な書き換えでッ!! 制御術式潰しているところも色々とあるし、悪いことに主経路にもその被害が及んでいるわ。
信じられないッ! 薬品の錬成術式の強度を上げてどうにかしようとしたらしいんだけど、魔力の無駄遣いな上に、錬金釜の主回路まで焼かれているじゃない。 コレじゃぁ…… もう、この錬金釜は本当に使い物にならないわ。 このまま、魔力を注入して起動しようとしても、起動すら出来ないかも…… というより、下手に大きな魔力を注入したら……
魔力暴走起こしちゃうわよ。
溜められる魔力を単純に計算したら…… 王城外苑を吹き飛ばすくらいの威力が出るわね。 えっ? でも、あの人達も、無理やり起動させようとして魔力の注入をした形跡もあるわよ? えっ? えっ? そこまでの魔力の注入が出来なかった? 何でよ…… ちゃんと練った魔力なら、そうなってたはずよ?
残滓に、いろんなものがこびり付いてたの。 不純物で、魔力注入回路が塞がっている?! 後先考えず、何人もの人が次々と注入を行ったの? それも、魔力に関しての知識の無い人が?!
だめだ…… この錬金釜は使い物にならない。
コレを見て、王宮魔導院の人達も匙を投げたのかもしれないわ。 この書き換えと、清掃は…… それはそれは大事になるわね。
問題は、この錬金釜の最大の魔晶石がどこまで痛んでいるかよね。 周辺の小魔晶石はあくまで補助用。 注ぎこまれる魔力を受けるのが、その大魔晶石だもの。 それが痛んでいれば、すなわち、この錬金釜は再生不可能って事。
その大魔晶石に打ち込んである、術式に手を加えられていたら、それも、禍根になる。 素直な性格をしていない、錬金釜は、なにかしら、中心に据えてある魔晶石に問題があるものなの。 特に釜を制御する術式の記述。 コレを成せるのは、相当高位の魔術師だけよ。
というよりも、ちゃんと魔力で魔方陣を描き出せて、術式を書き換える腕を持つ人だけが、コレを弄くれるの。 ……魔術師のひとつの 「 高み 」 って所ね。
私は、そんな高みには上れない。 けど、いろんな事を勉強して知ったし、覚えたもの。 薬師の技術。 錬金術師の技。 符呪師の道理。 魔法の事は漠然としてつかみどころが無いけれど…… 「 知識 」 は 「 力 」。 知恵と勇気で、困難に立ち向かうの。 だから、コレ…… なんとか出来ないかなぁ……
かなりの雑な改変が行われている錬金釜。 もしコレを使えるようにするなら…… なんて考えていたの。 当然、こんな部屋においておく訳には行かないし、動かしちゃ駄目って言うんなら、使わないし、使えない。 練成できた薬剤が劣化しちゃうもの。
――― そこは、相談よね。
あれや、これやを確認していく内に、時間はどんどん過ぎ去っていったの。 あっという間に指定の時間になったわ。 事務官の人に、一通り確認できたことを伝えて、待ち合わせの場所に向かったの。
その彼、顔も上げずに、退出の報告を受けられたわ。
まぁ、関わりたくない感じの人だから、早々にお暇したのもあるんだけどね。
じゃぁね。
来週から宜しくね。
―――― 宜しくしたく無いけれどね。
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