その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
364 / 714
「薬師錬金術士」 の 「リーナ」

お食事処は、何時も和やかで……

しおりを挟む



 食堂もまた、とても久しぶりにやって来たわ。



 お姉さんは相変わらず、ニコニコ顔で対応して下さったの。 嬉しいわ。 顔見知りも沢山いらっしゃるし、知らない方も二割くらいはいらっしゃるの。 入れ替わりの激しい庶民の官吏の人達だからね。 仕方ないのよ。

 今日のお姉さんは、エルザさん。 私の顔を見つけると、それは、それは良い笑顔を浮かべて下さったの。




「リーナちゃん! 帰って来たの? 配置換えなの?」

「ええ、まぁ…… 王城外苑に転属を命じられましたの。 また、この食堂を利用させて下さいね」

「勿論、喜んで! 今晩の定食は…… っと! 良かった、リーナちゃんの好きな、シチューよッ! あっ、でも、白じゃ無くて、赤いのね。 どう? 食べる? お願いしたら、白いのも出来るとは思うけど…… 時間は掛かるわよ? どうする?」

「赤いのでいいです。 とても、楽しみにしてましたから。 あっ、此方は部隊の軍属事務官の、クレアさんと、スフェラさんです。 どうぞ宜しくお願いします。 えっと、シルフィーとラムソンさんは、また一緒ですから」

「そうなの。 宜しくねッ!」




 豊満な胸周りのお姉さん。 見事な笑顔なのよね。 クレアさんもスフェラさんもちょっと、引くくらいの笑顔なのよ。 営業用なのかな、それとも、本心からなのかな? でも、これだけいい笑顔だから、きっと本心よね。 お店の中のお客さんで、顔見知りの人達が手を上げて、挨拶をして下さっているわ。 

 私もその挨拶にお応えしてね、軽くだけど手を上げて微笑んでおいたの。

 エルザさんに、前回同様幾許かのお金を渡して、何時でも食堂を利用できるようにお願いしたの。 ” 心得た ” と、ばかりに頷かれていたわ。 久々だから、食堂の人達に黒茶を振舞うようにお願いしたわ。 ほんの心尽くしよ。 お客さん達から、小さく歓声が上がるの。

 まだ、宵の口だから、これからお仕事の続きをする人たちも沢山居るしね。 黒茶で目覚まししてね。

 席に着いて、赤いシチューを堪能させてもらったわ。 ゴロゴロのお芋さん。 良く煮えた根野菜。 鳥のお肉。 地味豊かで身体がホカホカするわ。 とても、美味しいの。 自然と笑みが零れ落ちるの。




「ほんと、リーナちゃんって、美味しそうに食べるわよね。 おかげで、シチューの売り上げが、上がるのよね。 ほら、他の人達も注文してくれるのよ」




 御給仕に来てくれていたエルザさんは、そう云いながら、にこやかにホールを見渡すのよ。 美味しいシチューだから、皆さんも食べるんじゃないの? 私の食べる姿って…… そんねにガッツいているのかな?

 みんなと明日の打ち合わせをしつつ、お食事を戴いたの。 場所も覚えて貰ったし、私が同道しなくても、此処で美味しいご飯が食べられるかねッ!

 ちょっと、困った顔のクレアさんが、オズオズと私に問いかけて来たのよ。




「あの…… お食事の御代は?」

「一括して前払いにしてあるの。 何時でも来てね。 足りなくなったら、そう云って貰えるようにしてあるから」

「えっ? あ、あの、いいのでしょうか?」

「ええ、当然ね。 一応、部隊としての糧秣費も貰っているし、なにより、この食堂はお得なのよ。 定食なら大銅貨一枚で頂けるし、なにより、美味しいしね」




 ニッコニコで、そう答えるの。 珍しくない支払い方法だし、以前からそう云う風にしてたし。 なにも問題は無い筈…… ないよね?




「軍属である私とスフェラは…… 基本的には…… 軍で……」

「私の所属するのは、文官職である王宮薬師院なのよ。 軍属でもあるけれど、それよりも、本職は薬師なの。 だから、部隊のご飯とか被服とかは、王宮薬師院から出ているの。 そう云う事なのよ。 私達は、「 軍属 」とは云えども、かなり、特殊な立場なの。 だから、気にしないで、此処でご飯を食べてね」

「えぇ…… そうなのですか?」

「そうよ。 基本的に第四〇〇特務隊の帰属は第四軍だけど、指揮官である私は、王宮薬師院から出向者。 人事権は王宮薬師院にある上、第四軍だけでは、異動すら出来ない立場なの。  クレアさん達は、軍属として、第四四師団に雇われた形に成っているけれど、配属されたのが、第四〇〇特務隊だから、私の配下となっているの。 そして、その私は、王宮薬師院からの「貸し出し人員」って所ね。 軍令則から見たら、あなた達も私の配下に成った時から、その人事権を王宮薬師院が握ったと云う事に成ったのよ」

「はぁ…… そうなのですか?」

「ちょっと、面倒な事なのだけれど、基本的にはその通りなのよ。 第四〇〇特務隊に居る間は、そう云う事に成るの。 よろしくて?」

「……ええ、承知いたしました。 エスコー=トリント練兵場での立場とは違うと」

「そうね。 所属は第四〇〇〇特務隊。 それは変わらないけれど、雇い主が変更されて今は、王宮薬師院の人員って事に成るのかしら。 いずれにせよ、やる事には変わりは無いわ。 宜しくね」

「はい。 誠心誠意、勤めさせて頂きます。 あのような小部屋迄用意して頂けたんですもの。 ねぇ、スフェラ?」

「勿論ですわ、クレア。 何も持たない私達に一条の光を下さったんですもの。 わたくしも、誠心誠意、勤めますわ」

「ありがとう。 でも、無理はしないでね。 あなた達は、辛い思いを沢山して来たのですもの。 幸せになるべきなの。 もし…… この王都で、誰かいい人が見つかったら、遠慮せずに言ってね。 あなた達は貴女達の幸せを求めて行くべきなのよ」

「…………はぃ」
「…………えぇ」




 彼女達の顔に蔭りが浮かぶ。 「心の傷」を、刺激しちゃったのかも…… 二人が暗く沈んだ表情を浮かべて、うつむいてしまったの。 えっと…… 思い出したくも無い事、呼び起こしてしまったのね。 


 ―――― ゴメンなさい!!!


 あんな事があったんだものね。 尊厳を蹂躙されて、死にそうな目に会って…… ゴメンなさい。 配慮に欠けた言葉だったわ……

 気まずく成りかけたけれど、シルフィーがモグモグしながら、言い放った言葉で、ちょっと救われたわ。




「私達には、色んな道が有る。 追々、見つければいいんだ。 今は、旨いご飯を食べて、お風呂に入って、暖かく清潔な寝床で眠る。 今を生きているって、実感できるでしょ? それで、十分なのよ。 その上で、これから何が出来るかを考えればいいじゃない?」




 珍しく、シルフィーが口調を崩して語り掛けてくれたわ。 全くもってその通りなのよ。 精一杯、今を生きる。 成すべきを成し、やるべきをする。 それで、十分だものね。

 皆で微笑み合って、シルフィーの語った言葉に心癒され、そして、納得できたわ。 




 お腹も一杯に成って、幸せな気分を存分に味わって…… 第十三号棟に帰るの。

 皆さんと一緒にね。



    明日は…… 



 第十五号棟の整備だね。

 一体どうなっているのかしら。

 ちょっと、楽しみなの。



 第四〇〇〇護衛隊の皆が、気持ちよく暮らせるように……



 頑張っちゃおッ!!




しおりを挟む
感想 1,880

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。