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「薬師錬金術士」 の 「リーナ」
お食事処は、何時も和やかで……
しおりを挟む食堂もまた、とても久しぶりにやって来たわ。
お姉さんは相変わらず、ニコニコ顔で対応して下さったの。 嬉しいわ。 顔見知りも沢山いらっしゃるし、知らない方も二割くらいはいらっしゃるの。 入れ替わりの激しい庶民の官吏の人達だからね。 仕方ないのよ。
今日のお姉さんは、エルザさん。 私の顔を見つけると、それは、それは良い笑顔を浮かべて下さったの。
「リーナちゃん! 帰って来たの? 配置換えなの?」
「ええ、まぁ…… 王城外苑に転属を命じられましたの。 また、この食堂を利用させて下さいね」
「勿論、喜んで! 今晩の定食は…… っと! 良かった、リーナちゃんの好きな、シチューよッ! あっ、でも、白じゃ無くて、赤いのね。 どう? 食べる? お願いしたら、白いのも出来るとは思うけど…… 時間は掛かるわよ? どうする?」
「赤いのでいいです。 とても、楽しみにしてましたから。 あっ、此方は部隊の軍属事務官の、クレアさんと、スフェラさんです。 どうぞ宜しくお願いします。 えっと、シルフィーとラムソンさんは、また一緒ですから」
「そうなの。 宜しくねッ!」
豊満な胸周りのお姉さん。 見事な笑顔なのよね。 クレアさんもスフェラさんもちょっと、引くくらいの笑顔なのよ。 営業用なのかな、それとも、本心からなのかな? でも、これだけいい笑顔だから、きっと本心よね。 お店の中のお客さんで、顔見知りの人達が手を上げて、挨拶をして下さっているわ。
私もその挨拶にお応えしてね、軽くだけど手を上げて微笑んでおいたの。
エルザさんに、前回同様幾許かのお金を渡して、何時でも食堂を利用できるようにお願いしたの。 ” 心得た ” と、ばかりに頷かれていたわ。 久々だから、食堂の人達に黒茶を振舞うようにお願いしたわ。 ほんの心尽くしよ。 お客さん達から、小さく歓声が上がるの。
まだ、宵の口だから、これからお仕事の続きをする人たちも沢山居るしね。 黒茶で目覚まししてね。
席に着いて、赤いシチューを堪能させてもらったわ。 ゴロゴロのお芋さん。 良く煮えた根野菜。 鳥のお肉。 地味豊かで身体がホカホカするわ。 とても、美味しいの。 自然と笑みが零れ落ちるの。
「ほんと、リーナちゃんって、美味しそうに食べるわよね。 おかげで、シチューの売り上げが、上がるのよね。 ほら、他の人達も注文してくれるのよ」
御給仕に来てくれていたエルザさんは、そう云いながら、にこやかにホールを見渡すのよ。 美味しいシチューだから、皆さんも食べるんじゃないの? 私の食べる姿って…… そんねにガッツいているのかな?
みんなと明日の打ち合わせをしつつ、お食事を戴いたの。 場所も覚えて貰ったし、私が同道しなくても、此処で美味しいご飯が食べられるかねッ!
ちょっと、困った顔のクレアさんが、オズオズと私に問いかけて来たのよ。
「あの…… お食事の御代は?」
「一括して前払いにしてあるの。 何時でも来てね。 足りなくなったら、そう云って貰えるようにしてあるから」
「えっ? あ、あの、いいのでしょうか?」
「ええ、当然ね。 一応、部隊としての糧秣費も貰っているし、なにより、この食堂はお得なのよ。 定食なら大銅貨一枚で頂けるし、なにより、美味しいしね」
ニッコニコで、そう答えるの。 珍しくない支払い方法だし、以前からそう云う風にしてたし。 なにも問題は無い筈…… ないよね?
「軍属である私とスフェラは…… 基本的には…… 軍で……」
「私の所属するのは、文官職である王宮薬師院なのよ。 軍属でもあるけれど、それよりも、本職は薬師なの。 だから、部隊のご飯とか被服とかは、王宮薬師院から出ているの。 そう云う事なのよ。 私達は、「 軍属 」とは云えども、かなり、特殊な立場なの。 だから、気にしないで、此処でご飯を食べてね」
「えぇ…… そうなのですか?」
「そうよ。 基本的に第四〇〇特務隊の帰属は第四軍だけど、指揮官である私は、王宮薬師院から出向者。 人事権は王宮薬師院にある上、第四軍だけでは、異動すら出来ない立場なの。 クレアさん達は、軍属として、第四四師団に雇われた形に成っているけれど、配属されたのが、第四〇〇特務隊だから、私の配下となっているの。 そして、その私は、王宮薬師院からの「貸し出し人員」って所ね。 軍令則から見たら、あなた達も私の配下に成った時から、その人事権を王宮薬師院が握ったと云う事に成ったのよ」
「はぁ…… そうなのですか?」
「ちょっと、面倒な事なのだけれど、基本的にはその通りなのよ。 第四〇〇特務隊に居る間は、そう云う事に成るの。 よろしくて?」
「……ええ、承知いたしました。 エスコー=トリント練兵場での立場とは違うと」
「そうね。 所属は第四〇〇〇特務隊。 それは変わらないけれど、雇い主が変更されて今は、王宮薬師院の人員って事に成るのかしら。 いずれにせよ、やる事には変わりは無いわ。 宜しくね」
「はい。 誠心誠意、勤めさせて頂きます。 あのような小部屋迄用意して頂けたんですもの。 ねぇ、スフェラ?」
「勿論ですわ、クレア。 何も持たない私達に一条の光を下さったんですもの。 わたくしも、誠心誠意、勤めますわ」
「ありがとう。 でも、無理はしないでね。 あなた達は、辛い思いを沢山して来たのですもの。 幸せになるべきなの。 もし…… この王都で、誰かいい人が見つかったら、遠慮せずに言ってね。 あなた達は貴女達の幸せを求めて行くべきなのよ」
「…………はぃ」
「…………えぇ」
彼女達の顔に蔭りが浮かぶ。 「心の傷」を、刺激しちゃったのかも…… 二人が暗く沈んだ表情を浮かべて、うつむいてしまったの。 えっと…… 思い出したくも無い事、呼び起こしてしまったのね。
―――― ゴメンなさい!!!
あんな事があったんだものね。 尊厳を蹂躙されて、死にそうな目に会って…… ゴメンなさい。 配慮に欠けた言葉だったわ……
気まずく成りかけたけれど、シルフィーがモグモグしながら、言い放った言葉で、ちょっと救われたわ。
「私達には、色んな道が有る。 追々、見つければいいんだ。 今は、旨いご飯を食べて、お風呂に入って、暖かく清潔な寝床で眠る。 今を生きているって、実感できるでしょ? それで、十分なのよ。 その上で、これから何が出来るかを考えればいいじゃない?」
珍しく、シルフィーが口調を崩して語り掛けてくれたわ。 全くもってその通りなのよ。 精一杯、今を生きる。 成すべきを成し、やるべきをする。 それで、十分だものね。
皆で微笑み合って、シルフィーの語った言葉に心癒され、そして、納得できたわ。
お腹も一杯に成って、幸せな気分を存分に味わって…… 第十三号棟に帰るの。
皆さんと一緒にね。
明日は……
第十五号棟の整備だね。
一体どうなっているのかしら。
ちょっと、楽しみなの。
第四〇〇〇護衛隊の皆が、気持ちよく暮らせるように……
頑張っちゃおッ!!
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