357 / 714
断章 14
閑話 旧ブルシャトの森 湖の畔に座り込む人(2)
しおりを挟む” 言ったなッ! ”
その場に集った、獣人達の鬼気が膨れ上がり、今にもその小娘に殺到し、引き裂き、血肉を捧げんとした。
「「「 ダメです!! リーナ様! そんな事は! ダメです!! 」」」
小娘に付き従う、森猫族の男女。 いや、そればかりでなく、同胞たる「穴熊族」の者達迄? 悪寒が背筋を這い上がった。 この小娘は人族の「嘘吐き」。 贄にする。 森の千年の安寧を祈り捧げる為の贄にする。 その思いが急速に萎む。 怯む。 なにか、途轍もない間違いを犯している様な、そんな気がした。
小娘に付き従う者達の絶叫が響く。
憎悪にまみれた獣人族の者達の殺意が大きく膨らみ、叩きつけられるような、威圧感と殺意がその小娘を包み込む……
―――― その時、その光景を見た。
小娘が、振り返り、微笑みを頬に浮かべ、そして、手で、従者達を制したことを。 そして、殺気漲る自分達、……獣人達の方に顔を向け、そして、ゆっくりと瞼を閉じたのだ。
湖の水面の様に凪いだ表情を浮かべ、小娘の口から洩れた、言葉は……
「此処までかぁ…… 仕方…… 無いよね……」
諦観し、全てを受け入れたモノの表情と、声だった。 俺は、周囲の漲る殺気の中、戸惑いを覚えた。
******************
漆黒の闇の中に光が煌めき、湖の中央に、「光」が落ちて来た。 雪の舞い散る曇天を貫き、湖の中央に突き刺さる様な光の柱…… 魂に響く様な、耳では無く全身に木霊する、暖かく、慈愛に満ち、そして、強烈な怒気を孕んだ声。
” バカ者どもめッ!!!! ”
光が湖面を走り、湖畔のこの広場に到達する。 まるで、光の圧力というか、そんなもので、吹き飛ばされた。その光の帯は、小娘の降り立ち、光が凝縮してその姿を現した。
光り輝く巨大な体を持った、我らと同じ種族と見受けられる、高位の存在が…… 降臨された。
「穴熊族の誇りは何処へ行ったかッ! 恩を受けてた相手に、敵意…… いや、殺意を向けるなど、有り得ぬ…… 貴様らは、長きに渡る放浪で、穴熊族の誇りと矜持を失ったかッ!! あり得ん…… コレが、我の赤子であり、末裔とは…… 情けない、怒りを持って、言い渡すッ! 貴様に穴熊族を束ねる事は許さぬッ!!」
その方は、威圧感で辺りを圧倒する。 吹き飛ばされていた、自分は只々、ブルブル震えているしかなった。 この方は…… この御方は…… 我らが偉大なる バハムート王ではないかッ! 魂の憶測に眠っていた記憶が、不意に浮かび上がり、その事を自分に知らしめる。 その御方に「そこまで」言われてしまったッ!
「お、俺は…… 俺は……」
酷くつっかえながら、なんとか弁解しようしたが、バハムート王は一喝された。
「黙れ、痴れ者めッ!! 矜持なき穴熊族は、獣に劣る。 下がれ、下郎ッ!! そんなモノに従う、他種族のモノ達も同じ穴の獣だッ!! お前たちへの加護など、必要無いッ!!」
絶望感が押し寄せ、恐れ戦いて、蹲った。 頭を地面にこすりつけ、震えた。 自分の後ろに居た、他種族の「束ねる者達」も、揃って蹲って頭を地面に押し付けて震えた。
蔑んだ視線の一瞥を自分たちに投げた後、ゆっくりと人族の小娘の方を見た、バハムート王。 静かで威厳のある声が響いた。
「” 緑の大地を踏みしめたる ” 、小さき魔術師。 何故に左腕に宿りし ” 尊き御方 ” の力を借りなんだ? あのお方の御顕現あらば、こ奴らもこの様な無茶はせなんだろうに」
「偉大なるバハムート王様に直言せし事、ご許可頂けますか?」
「許す。 何なりと申せ」
「我が左腕に宿りし、” 尊き御方 ” は、この地の浄化に際し、多大な魔力を放出されました。 霊体である ” 尊き御方 ” は、今……眠りについておられます。 今は…… お目覚めに成りますまい。 それほどの魔力を注がれたのです」
「そうか…… そうであったな。 ならば、問う。 なぜ、命を…… 魂を差し出そうとした」
「私の愛すべき人達に、禁忌を侵させてはなりませんでした。 獣人族の方々にとって、同族殺しは、極めて重い禁忌に御座います。 そんな事はさせてはならないと、そう思いました。 ですから……」
「小さき魔術師よッ! お主は、よく学んでいる。 それは認めるが、お主は間違っておるッ!!」
言葉を失った…… この人族の小娘は、付き従う者達に、同族殺しの禁忌を犯させぬ為に、その身を投げ出そうとしたのかッ!! な、なんという事だ!! 誤解に誤解を重ねている、自分たち。 怒りで我を忘れそうになっている自分たち。 そんな者の仲間だと云うだけで…… 付き従う者達が、罪を犯さない様に、己を差し出したと云うのかッ!
「良いか、確かに同族殺しは、重き『禁忌』ではある。 しかし、” 「心よりの忠誠」を誓う者 ” を、差し出して迄、禁忌を避けるような、そんな臆病者は、真の『獣人族』には居らんぞ。 お主は…… その者達の心を、殺したのも同然ぞッ!! お主を敬愛し、慈しむモノ達の心を踏みにじる行為である。 真に忠誠を誓う者の、心をなッ!! 改めよッ!! 精霊様に顔向けできぬぞッ!! お主は何のために生きておるのかッ!」
我らが偉大なる王の言葉に…… 畏れを抱き、その言葉の意味に、驚愕を覚えた。
「我が、遠き時の輪の果てより、この場に降臨したのは、精霊様に願われての事。 一柱だけでは無く、この地に根差す全ての精霊様よりの願いであった。 さもなくば、降臨など叶わぬ。 大精霊である、水の精霊ウンデーテ様、樹々の精霊ユグドラール様、大地の精霊ガイアール様、風の精霊シルフィーネル様、 そして、お主を愛してやまぬ、闇の精霊ノクターナル様。 その他の方々もまた、一様に儂に命じられたのだ。 そう、” 小さき魔術師よ、お主の命を助けよ ” とな」
そんな高位の方達が?!
「この地に、ブルシャトの森を再生せしむ、小さき魔術師。 お主に、未来を視られたのだ。 大森林ジュノーを荒野と変えて、未だ猛威を振るう、異界の穢れ。 それを浄化し、ジュバリアンの魂の故郷を再興せしめる可能性を視られたのだッ! その、大いなる力を秘めし、小さき魔術師が、この様な場所で朽ちるのは許されん。 まして、それを成すのが、穴熊族の王族に連なる者とは…… 儂は………… 儂は、情けないぞッ!!」
大音声…… 魂を揺さぶる様な、その声。 そして自分は…… 気を失った。
^^^^^^
気が付いた時には、全てが終わっていた。 もう、誰も…… 誰も自分に付き従う者は居ない。
偉大なる王は申されたのだ。
”………… 精霊様方が、お約束された。 年に一度、この氷の道は開かれ、 ” 祈りの間 ” が開かれると。 そこな、穴熊族の末裔達よ、仲間達に伝えよ。 年に一度、この森が再生された事を祝えと。 そして、それを成した者の名を言い伝えよ。 尊ぶべきモノの名を …………”
つまり…… 自分は……
この聖域たる場所を、取り戻してくれた、” 緑の大地を踏みしめたる ” 、小さき魔術師様に対し、その方が人族であると云う一点で……
弑し、贄に差し出さんとした。
許されるような事では無い。 耳に残るのは……
”貴様に穴熊族を束ねる事は許さぬッ!!”
の言葉……
漆黒の闇と、降りしきる雪の中、湖面を茫洋と眺める事しか、今の自分には出来る事など無かった。 降り積もる雪は、辺りを漂白し…… 自分以外を白く塗りこめていく。 自分に降り積もる雪だけは解け、雪原に黒く残る……
まるで、自分だけが、見捨てられたかの様な気分になった。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「穴熊族の王家の末裔殿」
不意に声が掛かる。 誰かと思うと、一人の狐人族の者が佇んでいた。
「大森林ジュノーが失われてこの方、獣人族は苦難の道を歩んでいた。 お前の心も判らぬではない。 しかし、それでよいのか? ただ、時を無駄に過ごすだけで」
「何が言いたい…… 自分は、加護無き身。 もう、穴熊族の中には帰れん」
「ほほぅ、お主は、今まで懸命に同胞を護って来た、自分自身も捨てると云うのか?」
「…………間違っていたのかも、知れん」
「いいや、違うな。 間違ってはいなかった。 囚われて居っただけの事よ。 穴熊族は心優しき者。 同胞の痛みを自らの痛みと感じる、そのような者達。 違うか?」
「…………そうだな。 それは、違いない」
「喪失したのは、行き過ぎた復讐心。 護ろうとするが故の独善。 ならば、今のお前は、心優しき穴熊族の漢では無いのか? 狐人族の一族の者として言わせてもらう。 ” 喝ッ!! ” 見失しなうな。 お前が護ろうしたものは、未だ弱く柔らかい。 お主は成すべきを成せ。 然らずんば、精霊様は愛してくださる。 自棄は、その未来をも奪う。 良いか。 お前の成す事は……」
狐人族…………
そうだな、護るべき森を失いし一族。
森を愛し、精霊様を敬い、民の安寧を護った者達の言葉は…… 酷く重い。
そうか……
自分にも……
まだ、成すべき事が……
有るのだと、その時ハッキリと認識した。
――― より良い、未来の為。
個人となっても……
「誓約」は果たされるべきなのだ。
――― 森と、民を、護り、安寧に導く。
そうなのだ、せっかく ” 緑の大地を踏みしめたる ” 、小さき魔術師様が、再生してくださったのだから。
贖罪もまた、しなくては成らない。 そして、それは、多分、同じ行為で果たす事が出来る……
自分は、森と民の守護を……
成さねば成らない。
22
お気に入りに追加
6,843
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った
冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。
「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。
※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。