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断章 14
閑話 ウーノル王太子殿下 と テイナイト子爵 (1)
しおりを挟む昼下がりの、王太子府。 ウーノル王太子執務室。
ウーノルは午後の一時を、王太子府併設のサロンで過ごしていた。 大きく細長い窓から望む、王都ファンダルの街並み。 茶器を手にしたウーノル。 彼は、眼を細めて、窓の外の光景を眺めていた。 公務の間における、ほんの一時の心休まる「時間」でもあった。
扉をノックする音が響く。
―――― トン トン トン トン
軽く響くその音に、ウーノルはほんの少し眉を顰めてから応える。 このサロンに居る間は、極力一人にして置く様に伝えてあったからだろう。 彼の発する声に、剣呑なモノが含まれる。
「どうした」
「アンソニー=ルーデル=テイナイト子爵殿が王都に御帰還成されました。 マクシミリアン殿下ともに、御前に御帰還のご挨拶に来られました。 入室のご許可を頂きたく存じます」
「入れ」
尋ねて来た者が、帰還を果たしたテイナイト子爵としり、声に柔らかさが戻る。 扉を潜り抜けたのは、ビッテンフェルト宮廷伯。 宮廷伯の背後に数人の男達が侍している。 その内の一人が、手を胸に置き、ウーノルに最敬礼を捧げた。 その様子を目にしたウーノルは、彼に語り掛ける。
「帰ったか。 アンソニー。 直言は許可する。 苦労を掛けたようだな」
「勿体なく存じ上げます。 殿下よりの御命令、確かに完遂致しました」
「報告書は上がっている。 マクシミリアンと公女リリアンネ、及び、随伴の高位貴族の子弟は王都に無事到着した。 後日、謁見の間にて陛下とお逢いする事となった。 まだ、その下準備中だ。 「平和の使者」として遇するらしい、とんでもない事にな。 まずは ” あちらの意図 ” を、断ち切れた事に満足しようか。 アンソニー。 お前には、この作戦の重要な部分を負って貰った。 よって、” 第一級実戦勲功章 ” を、叙勲する事となった。 その知らせは届いているか?」
ウーノルは入室した マクシミリアン と テイナイト子爵 に、サロンのソファーを勧めながら、そう口を開く。 今回の公女リリアンネ第三王女の「出迎え」に置いて、マグノリア王国のファンダリア王国に対する暗躍と思惑が、彼にそう云わせていた。 未然に防がれた、マグノリア王国の手の者の表立っての侵入。
公女リリアンネの安全の為と称し、公的に「マグノリア兵」を、王城コンクエスタムに入れる事を防いだ事は、十分に評価できる事であった。
本来ならば、侍女や侍従達が襲撃され殺された事を理由に、「マグノリア兵」が王城コンクエスタムに入り込む事も出来たかもしれない。 しかし、その襲撃に「マグノリアの兵」つまりは、マグノリア軍部が関わっていた証拠を押さえた事により、マグノリア王国の目論見は崩れ去った。
表向き、マグノリア王国宰相からは、 ” 公女リリアンネ殿下の安全を護り抜いた事に感謝申し上げる。 さらに、不逞を成そうとしたマグノリア軍の一部将兵に関しては、此方でも調査する事をお約束申し上げる ” と、ドワイアル外務卿を通じ、話があった。
その事を伝えて来たドワイアル大公は、ウーノルに対し、 ” 今回の護衛作戦は、良くマグノリアの意図を挫き、あちらの思惑をかなり粉砕したように御座います。 亡くなった侍女侍従の身柄は、丁重にあちらにご返還申し上げました。 不逞のマグノリア兵に襲われ、公女を護り抜いた英雄としてです。 あちら側の苦虫を噛み潰したような顔を、王太子殿下にもお見せしたかった ” と、そう嘯くのだった。
暗い笑みを浮かべるドワイアル大公は、言外に ” 彼の者達の亡骸を渡す時に、『此方はすべて知っている』と、含ませたと物語る。 国家の外交の虚々実々の駆け引きであるなと、ウーノルは同じように暗い笑みを同じように浮かべた事を思い出してしまった。 苦い笑いを浮かべつつも、ソファに座る同年代の者達に視線を投げかける。
アンソニーが、緊張の面持ちと共に、応え始めた。
「はい、殿下。 御下賜される『叙勲のお話』は、戴いております。 王城コンクエスタム帰還時に、マクシミリアン殿下より、お伝えして頂きました。 私物を取りに屋敷に帰った時も、父よりその話は出ました。 出ましたが…… 本当にわたくしが叙勲されても良い物でしょうか?」
「王太子府、宰相府は元より、軍令部もこの叙勲を ” 是 ” としている」
「勿体なく。 わたくしは、ただ、ただ、震えておりました。 この様な勲章を頂けるような働きは何もしておりません。 忸怩たる思いが胸を焦がします」
「それでも、受けて貰う。 事は重大に過ぎる。 本当に叙勲されるべき者が居ると、マクシミリアンからも云われているが、それは叶えられん。 その隠れ蓑にさせて貰った。 悪いな……」
「第四四〇特務隊の指揮官殿に御座いますッ! 本当に叙勲の栄誉を賜るべきはッ!」
眼に怒りの感情を載せそう訴えるアンソニー。 しかし、ウーノルは、それを認める訳にはいかなかった。 第四四〇特務隊の指揮官については、少々込み入った事情がある。 その事情を押して迄、彼女の功績に対し、” 叙勲 ” と、云う報いを与える訳にはいかなかった。
表立って彼女を顕彰してしまう事により、彼女を取り込もうとする敵対勢力の暗躍を助長するような行動は差し控えるべきであると、各方面からそう忠告を受けている。
でなくては、その功績を一番に知るウーノルが、彼女の叙勲を言い出さない筈は無い。 彼もまた、内心忸怩たる思いを抱えていた。
「政が、それを許さぬのだ。 ここで、叙勲すれば、嫌でも注目される。 それは、何も、ファンダリア王国に限った話ではない。 マグノリア王国においても…… いや、周辺国すべてにおいてな。 マズいのだ、今、彼女を表舞台に引き出すのは。 よって、アンソニー。 君をその隠れ蓑とした。 囮ばかりで、すまないと思う」
「…………勿体なく。 しかし、薬師リーナ殿への報いは……」
「考えている事がある。 あれほどの『 功 』を成したのが、庶民の薬師。 ドワイアル大公の後ろ盾が有るとしても、王城にすら伺候出来ぬ身分。 そこで考えた。 王立ナイトプレックス学院が、彼女の『礼法』に、問題が有ると、未だに渋っていたが、軍属の「薬師」と云う立場を持って、王城に伺候出来る資格を与える事とした。 あの者は嫌がるかもしれぬが、一般の民にとっては、名誉な事であると認識されている」
「それでは、かえって『 注目 』 を、集めるのでは、ありませんか?」
「そこは、王宮薬師院 人事局長 ライダル伯爵を一枚噛ませた。 気苦労を掛けているとは思うが、彼にはこの事を一任してた。 薬師リーナの所属は王宮薬師院であるからな。 その勲功を鑑み、王宮薬師に準ずる資格保持者として、王宮薬師院に伺候する資格を与えると云うモノとした。 王宮内に入れば、後は、王太子府に呼び出されても、おかしくは無い。 何段にも欺く必要があるからな」
「それが、彼女に対する報いとなるでしょうか?」
深い猜疑の光を浮かべるアンソニーの瞳を真っ向から見つめ返すウーノル。 ” アンソニーと云う漢はこう云う漢であったな ” と、ウーノルは少々心を軽くする。 たとえ王太子の言とは云え、その事に少しの疑義があらば、即座に反応する。 良い漢であると、そう認識をした。
様々な状況が、マクシミリアンに降りかかる事が予想される。 そんな中、マクシミリアンが示す判断に、迷いや逡巡、そして、間違った決断をしそうになった場合…… アンソニーと云う漢ならば、その間違いを指摘できると…… そう、踏んでいた。
” 実戦が成長させたか…… 同行させる事に戸惑ったが、良き結果になったな ”
心内で、そう呟いたウーノル。
予測よりも早く、アンソニーが成長したことを、素直に良い事だと思っていた。
マクシミリアンの側に置くには、幼いと思っていたが、この「お出迎え」の護衛作戦に置いて、状況を読む力も、胆力も、そして、何より…… 既成の行動をなぞる事をせず、思考する行為が、何よりも重要である事を学んだと、そう見た。
” アンソニーはこれから、もっと頼もしくなるな。 マクシミリアンの側に置く人材に成った。 ”
何よりも…… この護衛作戦に置いての収穫であったと…………
ウーノルは、満足気に微笑んだのだった。
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