その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 14

 閑話 冷たい目のアンソニー

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 機嫌のよい表情を浮かべ、屋敷の彼の執務室の中で、三男アンソニー=ルーデル=テイナイト子爵と久方ぶりの面会をしていた。


 十五歳のデビュタントを前に、アンソニーが成した事は、テイナイト公爵にとって、誇りとなる事だった。



 ウーノル王太子殿下の命により、マクシミリアン殿下が、隣国マグノリア王国、公女リリアンネ第三王女殿下のお迎えに行き、護衛を全うした。 マクシミリアン殿下の身代わりとして、襲撃者と相対しそれを撃退。 さらに、王太子府からの情報によれば、その襲撃の背後関係まで暴いた結果の、” 第一級実戦勲功章認められし漢の証 ”と聞く。


 誇らしさを覚えていた。


 執務室で久方ぶりに見るアンソニーは、覚えている姿よりも、遥かに大人びた気配を纏っている事に、少々驚きも覚えていた。




「此度は、ご苦労であった。 第一級実戦勲功章認められし漢の証の授与、嬉しく思うぞ。 見習い騎士として、「お出迎え」に同道し、襲撃者を撃退したと聞く。 よくやった」

「父上、勿体なく。 すべては騎士長様の差配に御座います。 また、ウーノル殿下よりの、マクシミリアン殿下の安全を護れとの御下命で御座いました。 身命を持ち、御役目を果たしたまでに御座います」




 神妙に、そして、誇る事さえなく、淡々とそう云う息子に、誇らしさと共に違和感も覚える。 何があの地で行われたのか。 それが知りたくなった。




「騎士は強かったであろう?」

「…………騎士隊の方々は、マクシミリアン殿下と共に北域街道を駆け抜けられました。 囮として、我らが敵を引き寄せましたので、実質戦闘を致しましたのは、第四四〇特務隊、及び、第四四〇〇護衛隊に御座います」

「……話には聞いていたが、本当にそうなのか?」

「はい、左様に」

「獣人がそれほど精強とは思えぬがな……」

「父上、私的な場所と心得ては居りますが、その言、撤回して頂きたい」

「なに?」

「彼の者達は、獣人族 ” 義勇兵 ” 精強さは第四軍、第四師団より、報告が御座いましたでしょう。 わたくしも、わたくし自身が体感しております。 森の中という特殊な環境に特化しております。 良く聞こえる耳を持ち、気配を察知する能力も高く、また、『狙撃』、『近接戦闘』も、ファンダリア王国兵と遜色ないでしょう。 いいえ、力だけで云えば、「穴熊族」と、まともに戦える王国兵は皆無でしょうね」

「…………感化されたか?」

「使い処の問題に御座います。 あの様な場所での護衛作戦では、騎士隊の投入は『儀仗兵』としてしか意味はありません」

「なにッ! 云うに事欠いてッ!」

「……父上は王国騎士団の総団長に在らせられます。 騎士団の…… 騎士隊の攻撃力は、いかな場所で最も発揮されるのでしょうか? 騎馬無くして、長大な剣や槍を振るい、長時間戦える者が如何に少ないかは、ご存知のはずです」




 腕を組み、恫喝する様にアンソニーを睨みつけるテイナイト公爵。 褒めるべき事を成した息子から、付けた人員の不備を指摘されて、苛立ちを覚えた為だった。 そんな父親の怒りの表情をものともせず、彼は続ける。




「今回、本作戦を立案せし時、騎士隊の参謀格の方は、王城で王家の方々を御守するように、作戦を組み立てられました。 また、野外戦闘があった場合は、通常の騎馬突撃での撃滅戦を想定されておられました。 マクシミリアン殿下はその事を危惧し、敢えて、ウーノル殿下麾下の第四軍に護衛の人員をと、申されたのです。 特に護衛に特化した部隊をと」

「それが、第四四〇特務隊か?」

「御意に。 …………この執務室には、父上とわたくししか居りません。 今からお話する事は、秘中の秘。 万が一、誰かにお話しされますと、ウーノル殿下より厳しい叱責が有ります事を先にお伝えいたします」

「何が言いたい」

「本作戦の二重にも、三重にも仕掛けた罠は、第四四〇特務隊 指揮官「薬師」リーナ殿が御考えに成った事に御座います。 わたくしなどは、ただ、ただ、震えて居ただけに過ぎません。 マクシミリアン殿下の身代わりとなった事は、わたくしとしても誇らしい事には御座いますが…… 実際に敵を粉砕し、撃滅したのは、第四四〇特務隊、及び、第四四〇〇護衛隊の諸氏によるものです。 栄誉を頂きましたが、内心忸怩たる思いで、一杯なのです」

「……そ、それは、まことかッ!!」

「誠に御座います。 リーナ殿は、地図を見ただけで、想定戦場を看破されました。 北域街道の特殊事情も、事前に良く調べておいでに御座いました。 あの地では、騎馬突撃など不可能であると、そう結論付けておいでに御座いました。    …………問うたことがあります」

「な、何をだ?」

「騎士団を有効に護衛と成すならば、どの街道を使えばよいのかと。 するりと御答え頂けました。 中域街道であると。 あの街道ならば、途中に森は有れど、避ける側道も整備され、さらに晩秋ならば、周辺の穀倉地帯の視界も良く、十全に騎馬にて護衛が可能であると。 さらに、続けて……」

「続けて……なんだッ!」

「今回の作戦で、何故、北域街道を選定されたのか、理解できないと。 何者かが、最初から ” 襲撃されやすい ” 街道を選んでいたとしか思えないと。 わたくしも、マクシミリアン殿下も、虚を突かれました。 つまり、お判りですよね」

「内通者が…… 居たと?」

「王国の中も一枚岩では御座いますまい。 更に言えば、敵対勢力の手先となっている者、そして、その者に協力し甘い汁を幾許かでも啜りたいと、誇りを穢す者も居ると」

「き、き、騎士団にもかッ!!」

「此方に一覧を御作りいたしました。 今回の護衛作戦で、敢えて緩い…… 隙だらけの作戦を立案し、強硬にその案を推し進めたモノ達の名です。 ……マクシミリアン殿下を通じ、ウーノル殿下にもお渡ししてあります」

「こ、これは…… 誰が作った」

「わたくしと、薬師リーナ殿、騎士長様、そして、マクシミリアン殿下に御座います。 作戦立案時、薬師リーナ殿が指摘された事を踏まえ、敢えて小当たりし、誰がどのような反応をするかを見極められておられました。 そして、出来上がったのが、この一覧に御座います。 騎士長様も、記載された名をご覧に成られ、思う所がおありになったご様子でした」




 食い込まれていた。 テイナイト公爵の胸に苦い思いが広がる。 アンソニー達が、これほどまでに用意周到に、事を成していたのかと、驚きも隠せない。 騎士団にとって、『護衛』は、常に行っている「任務」ではあった。 不備などあろうはずは無いと、そう、信じ切っても居た。 さらに―――

 此度、ファンダリア王国に御遊学に来られた、公女リリアンネ第三王城は、国賓待遇と成せと、そう、申し付かっている。 国王陛下の周辺では、彼女を「平和の使者」と位置付け、そのように対応をせよと、迫られている。

 一部の騎士隊を選任し、絶対の安全を図れと、宰相府からもそう指示があった。 ” 近衛を使っても構わん ” と、ノリステン公爵にもそう云われていた。 なのに…… その騎士隊に内通者が居ると想定される……

 由々しき事態であった。




「ウーノル殿下よりの御言葉です」

「なんだ……」

「騎士隊の…… ” 王国騎士団内のモグラ叩きは、テイナイト公爵に一任する ” と。 そう申し伝えよと、仰せに御座いました」

「王太子府もご存知な…の…か?」

「すでに、事態を掌握されておられます。 今後、公女リリアンネ殿下の安全の保障は、王城コンクエスタム内における最重要事項であるとも。 随伴の方々も、あちらの旧重臣の方々のご子弟。 御身体に危害が加われば、いかなテイナイト家と云えども、生半可なお叱りでは済みますまい。 父上、お含みおきください。 我らは岐路に立っております。 過去と共に沈むか…… それもと、未来を見つけ出せるか。 父上の御決断に掛かっております」

「アンソニー…… お前……」

「ご報告は以上に御座います。 マクシミリアン殿下の元に参らねばなりません。 御前、御免ッ!!」




 アンソニーは、キッチリと ” 上位者 ” に対する軍令則に則った美しいと表現できるような敬礼を差し出し、踵を返すと、執務室を出て行った。 テイナイト公爵は唖然とし、その後ろ姿を見送る事しかできなかった。



 何時の間に…… あんな漢に成ったのだ?



 疑問が浮かぶ。 実戦は、子供を否応なく大人にする。 血臭と、屍が嫌が応にも、そうさせる。 アンソニーの後姿に、子供ではない騎士の背中を見たテイナイト公爵。 

 執務机の上に置いた拳に力が入る。



 なんだ、コレは……

 何なのだ…… 一体……



 口の中に、幾度も浮かび上がる言葉は…… ついぞ、漏れる事は無かった。






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