その日の空は蒼かった

広がる世界、狭まる選択

帰還 エスコー＝トリント練兵場へ

　北国街道の冬の訪れは早かった。



　あの日から雪が積もり始め、街道を埋める雪にちょっと日程が遅れる程。　街道両脇の森も真っ白になり、下生えの草も枯れているのよ。　まぁ、こんな雪の下にも、とっても貴重な魔法草は有るんだけどね。

　採取がてら、狩がてら、街道周辺の森を散策しつつ、道行を進めるの。　今年は……　特に雪の日が多いみたいね。　街道脇の幾つかの村でも、そんな事を聴いたわ。　雪に閉ざされたそんな村々には、やっぱり、物流の滞りは顕著でね。　物資の払底は、とても見てられない位なの。

　そんな村で、私が出来る事と云えば、村の人達の健康診断くらいね。　子供たちが発熱したとか、咳が止まらないとか、そんな病を抱えた人がわんさか居たの。　症状に合わせて、お薬を錬成すして処方する。　常備薬としていくつかのお薬を渡しておく……


　そんな事をしていたの。　だから、道行の最中の「魔法草採取」は、重要な案件だったのよ。　


　村の人達には、軍務と云う事で、代金は受け取らなかった。　だって、何も無いのよ？　一冬を越すのに、精一杯なんだよ？　金穀を持って、対価としたら、冬を越せなくなるでしょ？　本末転倒な事態になるわよ。　「人」は宝。　「人」無くして王国は立ち行かない。


　本当なら、除雪の部隊が居てもおかしくないわ。


　昔だったら、軍の工兵隊がその役目を負っていたって、村の古老の人にそう聞いたの。　成程ね、だから、こんな環境の厳しい所にも人が住んで行けてたんだ……　今は、軍の予算が相当に逼迫しているし、軍自体の輜重もギリギリで前線を支えているから、余力は無いって、云われたんだって……　

　そうね、軍なら、わざわざ大変な街道を使わずとも、迂回して中域街道とか、南域街道を使えばいいだけなんだものね。　……なんだかなぁ。

　だったらって云う事で、私は私が出来る事で、その代りと云っちゃなんだけれど、お薬を配り歩いたの。　勿論、軍からの支給品って事にしたわ。　魔法草の採取は順調だし、錬成は私一人で十分だし。　風土病の知識も仕入れてたしね。


　エスコー＝トリント練兵場への帰還は、そんな道行だったの。


　どのみち通る街道の村々なんだものね。　打算も有ったのよ。　第四軍の評判を上げるのも、今後の事を考えると、いいんじゃないかなってね。　なけなしの物資を毟り取る軍と、困っている人にお薬を渡す軍。　評判は天と地ほど違ってくるモノ。


　だから、第四軍の意思として、無償での配布を決めたのよ。


　なにせ、原価は、無いんだもの。　錬成中ちょっと、疲れるだけ。　それは、私持ち。　でも、十分な内包魔力を持っている私には、その程度の錬成でどうにかなるような感じは全くないわ。　反対に、魔力を使わないと、溢れ出してしまう可能性だって捨てきれないんだもの……

　そうなれば、引き起こされるのは、魔力爆発……

　単純に計算してみたの……　あの、広場で魔力爆発した、マグノリアの人。　そう、公女リリアンネ様に擬態していた人。　あの人の内包魔力量がどのくらいだったのか。　極大の魔方陣で吸い上げて、空中に強制昇華させたときの、記録は取ってあった。

　単純な値だけど……　私の髪の毛に保存してある魔力量と変わらない位だったのよ。　思わず、えっ？　ってなったわ。　確かに、私の内包魔力量は多いのよ。　お母様から血の継承を受けてたから余計にね。　その上、小さい頃から、魔法を使いまくっていたから、その分も含めると……　相当に多いのよ。

　使用している魔方陣には、魔力の節約術式を組み込んでいるから、使う方はまぁ……　少ないわ……

　常時展開している魔方陣もいくつかあるけど……　その分は、魔力回復回路が簡単に補ってくれる。　というよりも、油断すると回復回路が取り入れる魔力が、限界を越えそうになるの。


　それでね……


　仕方ないから、【気配察知】の察知半径を倍に……　つまり、気配を察知できる「範囲」を今までの四倍に増やしたの。　その上、【気配察知】に【詳細鑑定】の一部術式を埋め込んで、意識を向けるだけで、何がどんなモノを持って、どのくらいの敵意を持って、近寄ってくるか、判る様にしたのよ。


　魔力の節約回路は、ちょっと緩めに設定してね。


　かなりの内包魔力を使う仕様にしたの。　試しに常時展開してみたら……　調子いいのよ。　私がねッ！　内包魔力の総量も安定して、入る魔力と使う魔力が均等になったのよッ！！　自画自賛しちゃったわ。　ほんと、楽になったんだもの。


　お陰で、道行がとてもとても、安全になったわ。


　本領に入る前に、山賊さんとの遭遇もあったの。　普通なら遭遇戦闘に成る訳よ。　でもね、早期警戒線に引っ掛かって、山賊さんに見つかる前に、こっちが見つけちゃったのよ。　そうなれば、簡単に排除できるし、何も殲滅する必要も無いわ。

　頭目を長距離狙撃しただけで、蜘蛛の子を散らす様に配下の山賊さん達は散っていったし、根城にしていた場所も抑える事が出来た。　近くの街に向い、事の次第をその街の衛兵さんに伝えたの。　衛兵さん達に、根城に貯め込んでいた物資を渡してね。　とても喜ばれたわ。




「こんな寒い場所では、残りの奴らも生きていけないでしょう。　自滅するか、投降してくるか。　あの山賊は、頭目で持っていた様なモノです。　討伐して頂いた、頭目の遺体は引き取ります。　手配中の男でしたから、ギルドにも討伐依頼が出ておりました。　ギルドに行けば、報奨金がでますよ？」　

「ギルドへの討伐依頼は、そちらで下ろしてくださいませ。　わたくし達は、今、行軍中ですので、軍務に付いております。　よって、軍の職務として、街道の安全を保全する為に、討伐を実施したまでに御座いますから、報奨金を受け取るいわれは御座いません。　目的が違いますから。　山賊に捕らえられていた人は？」

「まぁ……　その辺は……」

「何でしたら、その方々……　女性ですわよね。　健康診断と治療をさせて頂きますが？　軍務として」

「街にも……　治癒師は居ります。　これ以上のご迷惑は……」

「軍務の一環としてですわよ？　応急処置は致しましたが、経過観察が必要な方も……」

「御志、誠に有難く思います。　街の治癒師にも相談いたしますから……　今夜の宿は？」

「えっと、まだ……」

「ならば、衛兵隊の営舎をお使いください。　雨露と寒さは凌げます。　護衛隊の方々もご一緒に」

「済みません。　有難く」

「なんの、このくらいは、すべき事です！　アイツ等を処理してくださった、特務隊の方々ですからねッ！」




　衛兵長さんが、とても良い笑顔でそう云って下さったの。　よかった、獣人族への忌避感が薄いんだものね。　御言葉に甘えたの。　その夜はとても暖かな場所で眠れたわ。　ご飯迄頂いたのよ。　有難いわ。　

　その街の治癒師さんとも話し合って、必要なお薬も渡したし……　女性の方々は……　街の皆さんが優しく接してくださることを願うしか無いわ。

　本当に山賊って、困った人達だものね。　でも……　山賊に成りたくてなっている人は、そんなには居ない筈。　食い詰めて……　それしか生きて行く術が無くなった人達も大勢いるもの……

　闇は深く……　決して無くなりはしないけど、少しでも、ちょっとでも、そんな人たちが居なくなるように頑張らないとね。




＾＾＾＾＾



　行程はユルユルとだけど進んで、ついに領境を越えたの。

　此処からは、雪もそんなに積もっていないし、本領領域だから治安も格段に良くなるの。　冬到来を告げ、枯野に成っている穀倉地帯は、何もない冬の景色。　農家の点在する広々とした農地の間を抜ける、街道。　

　北域街道を抜け、本領の街道に入るともうすぐエスコー＝トリント練兵場への支道に入る。　見知った街も通り抜ける。　すでに、第四四師団の人達とも会ったわ。

　小部隊で、最後の仕上げに掛かっているのか、街道での行軍訓練をしていたの。

　懐かしい顔も見えた。

　軽く会釈をして、笑顔を交わす。

　ついに、戻って来たわ。



　エスコー＝トリント練兵場への営門が見えたの。



　御者台の上で、眼を細めるの。


　はぁぁ…………


　長かったわ。　やっと、護衛任務を終了する事ができるわ。



　本当だったら、王都ファンダル、王城コンクエストム迄行かなくちゃならなかったんだけど、ギフリント城塞で受け取った最後の命令書には、このエスコー＝トリント練兵場に帰還する事に成ってたからね。



　　　　　　ただいまッ！！



　帰って来たよ。


　やっと……　やっと……　これで……


　日常に復帰できるのよね。






　ホッとしたの。　緊張の連続だったから。　報告をまとめて、提出して……　そして、作戦は終了よね。


　だから、その時は本当に、安堵してたの。







　エスコー＝トリント練兵場の建物の中で……


　手ぐすねを引いて待っている人が居るなんて……


　思っても居なかったんだもの……