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広がる世界、狭まる選択
広がる世界、狭まる選択(2)
しおりを挟む覚悟か……
甘かったのかもね。 今までの私がしていた、『 覚悟 』なんて。 ふと夜空を見上げるの。 ぽっかりと丸く穿たれた雲の向こうの冬の星空。 優しい闇が私を包んでくれる。 そうね…… やっぱり、決めるのは自分なのね。 判った。
「シルフィー、これからも一緒に来る? とても、辛く長い道になるかもしれない。 困難にめげそうになるかもしれない。 それでも、私、薬師錬金術士リーナと共に来る?」
「なにを今更ッ! すでに、忠誠は捧げている。 最初はリーナ様の左腕に宿りし ” 高貴なる方 ” への忠誠だった。 常に側に侍る様になって、その忠誠は、リーナ様に向けられた。 貴女の言葉、行動…… 何よりも種族を越え、皆に慈愛の眼を向ける、貴女に…… 私は忠誠を誓った。 『答え』に成るか?」
「確かにね。 そうね、十分すぎる程の『答え』よ。 …………ラムソンさん。 第十三号棟で出会って、今まで、色んな事があったね。 怪我をしそうになったり、命が危なくなった事もあったよね。 それでも、一緒に来る?」
「元より。 そのつもりだな。 シルフィーよりも前に出会って、やさぐれて居た俺を…… 救い上げたのは、ほかならぬリーナだ。 バハムート王も言っていただろ、” その忠誠に一欠けらの混じりけも無いのであらば、この道を行くことが出来ようぞ ” って。 俺は、俺たちは、リーナに続き、この氷道をここ迄来た。 絶対の忠誠心無くして、あの暗い氷道を迷いも無く付き従う事はないな」
そうね、バハムート王が、この人達に選択を与えたんだっけ…… この祈りの場に付き従うならば、確固たる忠誠心が無くてはならないって…… もし、疑ったり、欠片でも害意を持ったら…… この暗い湖に叩き落とされていたのよね……
「今ここに居る、穴熊の連中にしても、兎人にしても、森狼にしても、同じこった。 第四四〇〇護衛隊の連中も、あの場に居たら、同じように来るぜ。 全く、リーナは何をそんなに迷っているんだ。 お前は、お前の成すべき事を成せばいいんだ。 困難や障害は俺たちが払う。 今も。 そして、これからもな。 二度とふざけた事をするんじゃねぇぞ? 精霊様とサシで話が出来ちまう、そんなリーナには、重い『役目』が与えられんだろ? その役目を果たすまでは、死んじゃなんねぇんだろ? 背中は任せろ。 ……あの、踊りの時みたいにな」
ラムソンさん…… 憶えていてくれたんだ。 学園舞踏会の時に背中を預けてた事を…… 信じられる戦闘力を保持した『味方』があの時は…… ラムソンしか居なかったの。 そうね…… 信じたんだものね。
だったら…… もう、聞かない。 覚悟だって決める。 背中を預けるに足る人達は、あなたたち以外に居ない。 もう、迷いはしない。
「これからも、宜しくね。 精霊様達と、再誓約を交わした私には、とても重い「御役目」が課せられたわ。 その為には、あなた達の力と、協力が必要なの。 この出会いを授けて下さった、神と精霊様に、感謝の祈りを捧げます」
皆、一様に頷くの。 頭上のぽっかり空いた雲の隙間も、周囲から雲が押し寄せ、段々と狭まるわ。 もう、靄がかかり、瞬く星空は覗けないもの。 風が吹く前に、湖畔に帰らなくては……
「行きましょうか。 そうだ、バハムート王が告げよと、仰った事…… どうしよう? ねぇ、ラムソンさん」
「それなら、穴熊の連中と、兎人、森狼が広めれば済む話だ。 どうせ、湖畔に居る奴らの頭目は役に立たないからな。 なぁ、プーイ、エンゼオ、ツェナー。 どうだ?」
「そうだねぇ…… アイツがあんな奴だったなんて、思いもしなかったよ。 湖畔にいる連中にも、バハムート様の声は聞こえていただろうしね。 アイツ等を使って、広めればいいんだ。 これ以上の醜態をさらそうもんなら、あいつ以外の穴熊族のモン達も、精霊様、祖霊様の御加護は失われるからなッ!」
「兎人は、耳が早いんだ。 それに、こんな重大案件なら、一気に広がるっすよ。 遠くのモノ達にもね」
「森狼たちは、群れで動く。 湖畔にも居た。 アレに含ませれば、居留地全体に話は行き渡るな」
みんな…… ありがとう。 あっ、でも、私の名前……
「あ、あの…… その…… 私の…… 名前なんだけど……」
振り返ったプーイさんが、言ったのよ。 真顔でね。 それは、もう真剣な顔だったのよ。
「人族の ”緑の大地を踏みしめたる、小さき魔術師 ” の名だろ。 精霊様に誓いを立てられた方の名は、『 エスカリーナ=デ=ドワイアル 』 ……だったよね。 それが、リーナの真名だろ? 伝えないって選択は無いよ」
やっぱり、聞こえていたのね…… マズいなぁ……
「その名は秘されるべき『名』なのです。 表には出せない『名』なのです。 すでに、失われてしまった、ファンダリアの「忌み児」の名。 伝えないで欲しい……」
「それでは、王との約束を果たせんよ。 ………… ” 秘するべき名 ” として、伝えるよ。 その名は口に出さず、祈りを捧げよってね。 表向きは、” 緑の大地を踏みしめたる、小さき魔術師 ” と呼べって」
んー んー やっぱり、ダメよ…… その名は本当にマズいもの…… 頭を抱えそうになるわ。
「やっぱり、止めない?」
「「「 無理ッ!! 」」」
なんで、護衛隊の皆さんが、一斉に否定するのよ!! 湖畔に向かって歩きながらも、ちょっと困惑してしまう。 そんな私をラムソンさんが、ニヤリと笑みを浮かべて見ているの。 シルフィーは、プイッって、顔を背けているわ。
「えっと、えっと、えっとね…… ホントに、表に出ない? 大丈夫?」
「精霊様がそう思召したらね。 精一杯の妥協点だよ」
嬉しそうにプーいさんが笑うの。 待ってよ…… 本当にマズいんだって! うつむき加減で、ブツブツと文句を言う私に、ラムソンさんが半分呆れたように、声を掛けて来たのよ。
「王国内では無いんだ。 祭りは年に一度。 小さき魔術師に感謝を込め祈るだけ。 そうそうには、ファンダリアには伝わらない。 それでいいんじゃないか? 反対に、” 緑の大地を踏みしめたる、小さき魔術師 ” と、リーナを結び付けるモノは無いんだ。 王国には、森の再生の話は通してないんだろ? なぁ、シルフィー、そうだったよな」
「えぇ、そうよ。 リーナ様はあくまで護衛を完遂したまで。 この森が再生したのは、たまたま、その時に近くに居ただけって、そう報告書を書き上げているわ。 リーナ様、そうでしたね」
「う、うう…… そうだけど…… 」
まだ…… 私を探している人もいる筈なんだよ。 もし…… 万が一…… エスカリーナの名が、その人の耳に入ったらと思うと……
ちょっと、怖いよ。
真っ直ぐに飛んでくるかもしれない、そんな人が…… 脳裏に浮かぶのよ。 柔らかい笑顔と慈愛の心に満ちた人。 姉であり、母であった人。 絶望的な場面で、愛しい人の名を呼んだことを、後悔して…… 多分…… 今も心を苛み続けている人……
―――― ハンナさん
貴女の耳に入らない事を…… 願うわよ。 貴女はすでに、重き重責を担う、そんな立場に立ってしまった人。 ベネディクト=ベンスラ連合王国の上級皇太子妃としての重責をね。 煩わせたくないのよ……
だから…… だから……
エスカリーナの名は……
表には出さないで欲しいの。
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