その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
349 / 714
広がる世界、狭まる選択

広がる世界、狭まる選択(2)

しおりを挟む




 覚悟か……




 甘かったのかもね。 今までの私がしていた、『 覚悟 』なんて。 ふと夜空を見上げるの。 ぽっかりと丸く穿たれた雲の向こうの冬の星空。 優しい闇が私を包んでくれる。 そうね…… やっぱり、決めるのは自分なのね。 判った。




「シルフィー、これからも一緒に来る? とても、辛く長い道になるかもしれない。 困難にめげそうになるかもしれない。 それでも、私、薬師錬金術士リーナと共に来る?」

「なにを今更ッ! すでに、忠誠は捧げている。 最初はリーナ様の左腕に宿りし ” 高貴なる方 ” への忠誠だった。 常に側に侍る様になって、その忠誠は、リーナ様に向けられた。 貴女の言葉、行動…… 何よりも種族を越え、皆に慈愛の眼を向ける、貴女に…… 私は忠誠を誓った。 『答え』に成るか?」

「確かにね。 そうね、十分すぎる程の『答え』よ。 …………ラムソンさん。 第十三号棟で出会って、今まで、色んな事があったね。 怪我をしそうになったり、命が危なくなった事もあったよね。 それでも、一緒に来る?」

「元より。 そのつもりだな。 シルフィーよりも前に出会って、やさぐれて居た俺を…… 救い上げたのは、ほかならぬリーナだ。 バハムート王も言っていただろ、” その忠誠に一欠けらの混じりけも無いのであらば、この道を行くことが出来ようぞ ” って。 俺は、俺たちは、リーナに続き、この氷道をここ迄来た。 絶対の忠誠心無くして、あの暗い氷道を迷いも無く付き従う事はないな」




 そうね、バハムート王が、この人達に選択を与えたんだっけ…… この祈りの場に付き従うならば、確固たる忠誠心が無くてはならないって…… もし、疑ったり、欠片でも害意を持ったら…… この暗い湖に叩き落とされていたのよね…… 




「今ここに居る、穴熊の連中にしても、兎人にしても、森狼にしても、同じこった。 第四四〇〇護衛隊の連中も、あの場に居たら、同じように来るぜ。 全く、リーナは何をそんなに迷っているんだ。 お前は、お前の成すべき事を成せばいいんだ。 困難や障害は俺たちが払う。 今も。 そして、これからもな。 二度とふざけた事をするんじゃねぇぞ? 精霊様とサシで話が出来ちまう、そんなリーナには、重い『役目』が与えられんだろ? その役目を果たすまでは、死んじゃなんねぇんだろ? 背中は任せろ。 ……あの、踊りの時みたいにな」




 ラムソンさん…… 憶えていてくれたんだ。 学園舞踏会の時に背中を預けてた事を…… 信じられる戦闘力を保持した『味方』があの時は…… ラムソンしか居なかったの。 そうね…… 信じたんだものね。

 だったら…… もう、聞かない。 覚悟だって決める。 背中を預けるに足る人達は、あなたたち以外に居ない。 もう、迷いはしない。 




「これからも、宜しくね。 精霊様達と、再誓約を交わした私には、とても重い「御役目」が課せられたわ。 その為には、あなた達の力と、協力が必要なの。 この出会いを授けて下さった、神と精霊様に、感謝の祈りを捧げます」




 皆、一様に頷くの。 頭上のぽっかり空いた雲の隙間も、周囲から雲が押し寄せ、段々と狭まるわ。 もう、靄がかかり、瞬く星空は覗けないもの。 風が吹く前に、湖畔に帰らなくては……




「行きましょうか。 そうだ、バハムート王が告げよと、仰った事…… どうしよう? ねぇ、ラムソンさん」

「それなら、穴熊の連中と、兎人、森狼が広めれば済む話だ。 どうせ、湖畔に居る奴らの頭目は役に立たないからな。 なぁ、プーイ、エンゼオ、ツェナー。 どうだ?」

「そうだねぇ…… アイツがあんな奴だったなんて、思いもしなかったよ。 湖畔にいる連中にも、バハムート様の声は聞こえていただろうしね。 アイツ等を使って、広めればいいんだ。 これ以上の醜態をさらそうもんなら、あいつ以外の穴熊族のモン達も、精霊様、祖霊様の御加護は失われるからなッ!」

「兎人は、耳が早いんだ。 それに、こんな重大案件なら、一気に広がるっすよ。 遠くのモノ達にもね」

「森狼たちは、群れで動く。 湖畔にも居た。 アレに含ませれば、居留地全体に話は行き渡るな」




 みんな…… ありがとう。 あっ、でも、私の名前……




「あ、あの…… その…… 私の…… 名前なんだけど……」




 振り返ったプーイさんが、言ったのよ。 真顔でね。 それは、もう真剣な顔だったのよ。




「人族の ”緑の大地を踏みしめたる、小さき魔術師 ” の名だろ。 精霊様に誓いを立てられた方の名は、『 エスカリーナ=デ=ドワイアル 』 ……だったよね。 それが、リーナの真名だろ? 伝えないって選択は無いよ」




 やっぱり、聞こえていたのね…… マズいなぁ……




「その名は秘されるべき『名』なのです。 表には出せない『名』なのです。 すでに、失われてしまった、ファンダリアの「」の名。 伝えないで欲しい……」

「それでは、王との約束を果たせんよ。 ………… ” 秘するべき名 ” として、伝えるよ。 その名は口に出さず、祈りを捧げよってね。 表向きは、” 緑の大地を踏みしめたる、小さき魔術師 ” と呼べって」




 んー んー やっぱり、ダメよ…… その名は本当にマズいもの…… 頭を抱えそうになるわ。




「やっぱり、止めない?」

「「「  無理ッ!! 」」」




 なんで、護衛隊の皆さんが、一斉に否定するのよ!! 湖畔に向かって歩きながらも、ちょっと困惑してしまう。 そんな私をラムソンさんが、ニヤリと笑みを浮かべて見ているの。 シルフィーは、プイッって、顔を背けているわ。




「えっと、えっと、えっとね…… ホントに、表に出ない? 大丈夫?」

「精霊様がそう思召したらね。 精一杯の妥協点だよ」




 嬉しそうにプーいさんが笑うの。  待ってよ…… 本当にマズいんだって! うつむき加減で、ブツブツと文句を言う私に、ラムソンさんが半分呆れたように、声を掛けて来たのよ。




「王国内では無いんだ。 祭りは年に一度。 小さき魔術師に感謝を込め祈るだけ。 そうそうには、ファンダリアには伝わらない。 それでいいんじゃないか? 反対に、” 緑の大地を踏みしめたる、小さき魔術師 ” と、リーナを結び付けるモノは無いんだ。 王国には、森の再生の話は通してないんだろ? なぁ、シルフィー、そうだったよな」

「えぇ、そうよ。 リーナ様はあくまで護衛を完遂したまで。 この森が再生したのは、たまたま、その時に近くに居ただけって、そう報告書を書き上げているわ。 リーナ様、そうでしたね」

「う、うう…… そうだけど…… 」




 まだ…… 私を探している人もいる筈なんだよ。 もし…… 万が一…… エスカリーナの名が、その人の耳に入ったらと思うと……

 ちょっと、怖いよ。

 真っ直ぐに飛んでくるかもしれない、そんな人が…… 脳裏に浮かぶのよ。 柔らかい笑顔と慈愛の心に満ちた人。 姉であり、母であった人。 絶望的な場面で、愛しい人の名を呼んだことを、後悔して…… 多分…… 今も心を苛み続けている人……




 ―――― ハンナさん




 貴女の耳に入らない事を…… 願うわよ。 貴女はすでに、重き重責を担う、そんな立場に立ってしまった人。 ベネディクト=ベンスラ連合王国の上級皇太子妃としての重責をね。 煩わせたくないのよ…… 



 だから…… だから……



 エスカリーナの名は……





 表には出さないで欲しいの。




しおりを挟む
感想 1,880

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!

伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。 いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。 衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!! パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。  *表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*  ー(*)のマークはRシーンがあります。ー  少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。  ホットランキング 1位(2021.10.17)  ファンタジーランキング1位(2021.10.17)  小説ランキング 1位(2021.10.17)  ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。 「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。 ※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。