その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
348 / 713
広がる世界、狭まる選択

広がる世界、狭まる選択(2)

しおりを挟む




 覚悟か……




 甘かったのかもね。 今までの私がしていた、『 覚悟 』なんて。 ふと夜空を見上げるの。 ぽっかりと丸く穿たれた雲の向こうの冬の星空。 優しい闇が私を包んでくれる。 そうね…… やっぱり、決めるのは自分なのね。 判った。




「シルフィー、これからも一緒に来る? とても、辛く長い道になるかもしれない。 困難にめげそうになるかもしれない。 それでも、私、薬師錬金術士リーナと共に来る?」

「なにを今更ッ! すでに、忠誠は捧げている。 最初はリーナ様の左腕に宿りし ” 高貴なる方 ” への忠誠だった。 常に側に侍る様になって、その忠誠は、リーナ様に向けられた。 貴女の言葉、行動…… 何よりも種族を越え、皆に慈愛の眼を向ける、貴女に…… 私は忠誠を誓った。 『答え』に成るか?」

「確かにね。 そうね、十分すぎる程の『答え』よ。 …………ラムソンさん。 第十三号棟で出会って、今まで、色んな事があったね。 怪我をしそうになったり、命が危なくなった事もあったよね。 それでも、一緒に来る?」

「元より。 そのつもりだな。 シルフィーよりも前に出会って、やさぐれて居た俺を…… 救い上げたのは、ほかならぬリーナだ。 バハムート王も言っていただろ、” その忠誠に一欠けらの混じりけも無いのであらば、この道を行くことが出来ようぞ ” って。 俺は、俺たちは、リーナに続き、この氷道をここ迄来た。 絶対の忠誠心無くして、あの暗い氷道を迷いも無く付き従う事はないな」




 そうね、バハムート王が、この人達に選択を与えたんだっけ…… この祈りの場に付き従うならば、確固たる忠誠心が無くてはならないって…… もし、疑ったり、欠片でも害意を持ったら…… この暗い湖に叩き落とされていたのよね…… 




「今ここに居る、穴熊の連中にしても、兎人にしても、森狼にしても、同じこった。 第四四〇〇護衛隊の連中も、あの場に居たら、同じように来るぜ。 全く、リーナは何をそんなに迷っているんだ。 お前は、お前の成すべき事を成せばいいんだ。 困難や障害は俺たちが払う。 今も。 そして、これからもな。 二度とふざけた事をするんじゃねぇぞ? 精霊様とサシで話が出来ちまう、そんなリーナには、重い『役目』が与えられんだろ? その役目を果たすまでは、死んじゃなんねぇんだろ? 背中は任せろ。 ……あの、踊りの時みたいにな」




 ラムソンさん…… 憶えていてくれたんだ。 学園舞踏会の時に背中を預けてた事を…… 信じられる戦闘力を保持した『味方』があの時は…… ラムソンしか居なかったの。 そうね…… 信じたんだものね。

 だったら…… もう、聞かない。 覚悟だって決める。 背中を預けるに足る人達は、あなたたち以外に居ない。 もう、迷いはしない。 




「これからも、宜しくね。 精霊様達と、再誓約を交わした私には、とても重い「御役目」が課せられたわ。 その為には、あなた達の力と、協力が必要なの。 この出会いを授けて下さった、神と精霊様に、感謝の祈りを捧げます」




 皆、一様に頷くの。 頭上のぽっかり空いた雲の隙間も、周囲から雲が押し寄せ、段々と狭まるわ。 もう、靄がかかり、瞬く星空は覗けないもの。 風が吹く前に、湖畔に帰らなくては……




「行きましょうか。 そうだ、バハムート王が告げよと、仰った事…… どうしよう? ねぇ、ラムソンさん」

「それなら、穴熊の連中と、兎人、森狼が広めれば済む話だ。 どうせ、湖畔に居る奴らの頭目は役に立たないからな。 なぁ、プーイ、エンゼオ、ツェナー。 どうだ?」

「そうだねぇ…… アイツがあんな奴だったなんて、思いもしなかったよ。 湖畔にいる連中にも、バハムート様の声は聞こえていただろうしね。 アイツ等を使って、広めればいいんだ。 これ以上の醜態をさらそうもんなら、あいつ以外の穴熊族のモン達も、精霊様、祖霊様の御加護は失われるからなッ!」

「兎人は、耳が早いんだ。 それに、こんな重大案件なら、一気に広がるっすよ。 遠くのモノ達にもね」

「森狼たちは、群れで動く。 湖畔にも居た。 アレに含ませれば、居留地全体に話は行き渡るな」




 みんな…… ありがとう。 あっ、でも、私の名前……




「あ、あの…… その…… 私の…… 名前なんだけど……」




 振り返ったプーイさんが、言ったのよ。 真顔でね。 それは、もう真剣な顔だったのよ。




「人族の ”緑の大地を踏みしめたる、小さき魔術師 ” の名だろ。 精霊様に誓いを立てられた方の名は、『 エスカリーナ=デ=ドワイアル 』 ……だったよね。 それが、リーナの真名だろ? 伝えないって選択は無いよ」




 やっぱり、聞こえていたのね…… マズいなぁ……




「その名は秘されるべき『名』なのです。 表には出せない『名』なのです。 すでに、失われてしまった、ファンダリアの「」の名。 伝えないで欲しい……」

「それでは、王との約束を果たせんよ。 ………… ” 秘するべき名 ” として、伝えるよ。 その名は口に出さず、祈りを捧げよってね。 表向きは、” 緑の大地を踏みしめたる、小さき魔術師 ” と呼べって」




 んー んー やっぱり、ダメよ…… その名は本当にマズいもの…… 頭を抱えそうになるわ。




「やっぱり、止めない?」

「「「  無理ッ!! 」」」




 なんで、護衛隊の皆さんが、一斉に否定するのよ!! 湖畔に向かって歩きながらも、ちょっと困惑してしまう。 そんな私をラムソンさんが、ニヤリと笑みを浮かべて見ているの。 シルフィーは、プイッって、顔を背けているわ。




「えっと、えっと、えっとね…… ホントに、表に出ない? 大丈夫?」

「精霊様がそう思召したらね。 精一杯の妥協点だよ」




 嬉しそうにプーいさんが笑うの。  待ってよ…… 本当にマズいんだって! うつむき加減で、ブツブツと文句を言う私に、ラムソンさんが半分呆れたように、声を掛けて来たのよ。




「王国内では無いんだ。 祭りは年に一度。 小さき魔術師に感謝を込め祈るだけ。 そうそうには、ファンダリアには伝わらない。 それでいいんじゃないか? 反対に、” 緑の大地を踏みしめたる、小さき魔術師 ” と、リーナを結び付けるモノは無いんだ。 王国には、森の再生の話は通してないんだろ? なぁ、シルフィー、そうだったよな」

「えぇ、そうよ。 リーナ様はあくまで護衛を完遂したまで。 この森が再生したのは、たまたま、その時に近くに居ただけって、そう報告書を書き上げているわ。 リーナ様、そうでしたね」

「う、うう…… そうだけど…… 」




 まだ…… 私を探している人もいる筈なんだよ。 もし…… 万が一…… エスカリーナの名が、その人の耳に入ったらと思うと……

 ちょっと、怖いよ。

 真っ直ぐに飛んでくるかもしれない、そんな人が…… 脳裏に浮かぶのよ。 柔らかい笑顔と慈愛の心に満ちた人。 姉であり、母であった人。 絶望的な場面で、愛しい人の名を呼んだことを、後悔して…… 多分…… 今も心を苛み続けている人……




 ―――― ハンナさん




 貴女の耳に入らない事を…… 願うわよ。 貴女はすでに、重き重責を担う、そんな立場に立ってしまった人。 ベネディクト=ベンスラ連合王国の上級皇太子妃としての重責をね。 煩わせたくないのよ…… 



 だから…… だから……



 エスカリーナの名は……





 表には出さないで欲しいの。




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:859pt お気に入り:10,037

王家の影である美貌の婚約者と婚姻は無理!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:17,515pt お気に入り:4,439

君じゃない?!~繰り返し断罪される私はもう貴族位を捨てるから~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:11,013pt お気に入り:1,842

六丁の娘

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:4

召喚されたのに、スルーされた私

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:255pt お気に入り:5,599

妖精のお気に入り

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:1,760pt お気に入り:1,103

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:44,140pt お気に入り:12,057

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。