その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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広がる世界、狭まる選択

広がる世界、狭まる選択(1)

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 光源が無くなり、一気に暗闇が押し寄せるの。


 初冬の夜。


 ぽっかりと真上に丸く開いた、雪雲の向こう。 天空の星空が覗いていたの。 ブルッ! さ、寒いッ! そ、そりゃそうよね。 鏡の様な湖水のど真ん中。 吹き曝しもいい所なんだものね。 オマケに、私達の居る場所は、氷のお盆の様なモノの上。




「寒いね……」

「そうで御座いましょうともッ!」

「おう、寒いなッ!」




 二人ともなんか、怒っているのよね。 そうね、危険な所に引っ張って来ちゃったんだものね。 シュンとして、シルフィーとラムソンさんを見る。 彼女達の様に、耳が有れば、ペタンって成ってて、尻尾が有れば、ダランって成ってるわよ、きっと。

 ごめんね……




「主様は私達が何に怒っているのか、、誤解されておられますッ!」

「今回ばかりは、シルフィーに同意する。 前にも、リーナは、釘を刺されただろに…… 周りのモノ達の気持ちも考えろって、シュトカーナ様に…… あの魔女ロマンスティカ嬢にも……」

「えっ? ええ…… えっと…… ごめんなさい。 これからは…… 命を投げ出したりしないわ。 精霊様達に、お約束もしたから…… ご、ごめんなさい……」




 ――― そ、そっちかッ!! 



 私が命を投げ出すのって…… 慕ってくれている人たちの、気持ちを…… ” 心を殺す様な真似 ” だって、バハムート王に叱られたんのよね。 その人たちの為とか、護る為とか…… そんなの、言い訳にしかならないって…… 


 『護られる者の  』が足りないって、そう云われた様なモノね。


 王族に生まれるモノ、高位貴族に生まれるモノは、皆、生まれながらにして持っているモノだものね。 護られる覚悟。 死なない覚悟。 自分を護る為に傷付いて行く者、死んで行く者を目の前にしても、心を揺らす事なく、与えられtが使命を全うする為に、それを許容し、受け入れる覚悟……

 前世でね、王妃教育の際、散々教え込まれた事なのよ。 貴族の矜持は、この一点に集約されるって。 それだけ、護られるのにも、覚悟が必要なの。 護られた命で、何を成すか。 自分の為に傷付き、死んでいく者達へ、胸を張って、 ” お前たちの献身は無駄では無かった ” と、そう云えるかどうか。

 自身の使命を認識しているのならば、その使命を全うする事こそ、その献身に応える事に成るって…… 忘れてたよ…… そんな事……

 王族や、貴族の存在意義は、無数の犠牲の上の立ち、より良い未来を創造し、引き寄せる為に懸命に努力する事に他ならないわ。 ……庶民に降りた私には…… もう、そんな心構えは必要は無いと思っていた。

 ダクレール領に棲み、辺境での生活ばかりで在ったら、そうだったのかもしれない。 薬師錬金術士として、辺境の人々を癒し歩いていたならば…… 独りぼっちになっても、その歩みを進めるだけならば…… 一介の庶民の『薬師』で、あったならば……

 でも…… 諸般の事情とは言え、今は軍属の薬師錬金術士。 それも、第四四〇特務隊の指揮官と云う立場。 その上、幾重にも精霊様と誓約を交わしてしまったわ。 

 おばば様が、” 世界を見てきなさい ” って、そう仰った。 王国のこの様な場所は、前世でも来たことは無かった。 これからも、知らない場所に出向く事も有るだろうし、その時はシルフィーもラムソンさんも一緒に来てくれるだろう事は、想像に難くない。

 それに…… 二人の後ろに控えている、穴熊族の人達も…… この私に…… 第四四〇特務隊の指揮官としてでは無く ” 「薬師」リーナ ” に対し、個人的に忠誠を誓い、『精霊誓約』まで、誓った人達。 きっと、私が軍籍を抜けても、付いてくるわね…… そんな気がするの。

 この献身に報いる為には…… 彼等の心に報いる為には…… 

 私は……

 私の責務を全うしなきゃならないんだ。 私の「精霊誓約」を、まっとうしなきゃ。




 ――― 死ねないんだ ―――




 私が、「闇」の精霊様に許されて、そのかいなに抱かれるその時まで。 この世界に住まう、生きとし生けるモノの安寧を護ると云う「誓約」を真っ直ぐに履行しなきゃならないんだ。 




 ――― おばば様。




 確かに世界は広がりました。 果てが見えない位、広く広く。 多くの知己を得ました。 優しく、誇り高く、矜持に満ちた人達でした。 日々の生活を謳歌する民を肌で感じました。 王都で、エスコーで、トリントで、そして、東部辺境、南部辺境の街や村で…… 

 広がった世界には、多くの傷付き倒れた人が居ました…… 病に苦しむモノも大勢。 薬師錬金術士として、彼等に救いの手を差し伸べ、癒しを提供し、精霊様のご加護を願い、安寧を引き寄せる様に努力しています……

 この先、未来への道を歩むとき、その道の先に光が有るのかどうか、それは判りません。 でも、ノクターナル様は、仰いました。 ” その道こそが、この世界に光をもたらす唯一の道。 ” と。 私の選択が、この世界の安寧に役立つのならば、私は進まねばなりません。


 ――― お前が行く道は限りなく細く険しい。 ―――


 耳に木霊する、ノクターナル様の声。 そう、選択の幅はとても狭く、その実行も困難が予想される。 でも…… でも…… 私は一人じゃないわ。 朋と一緒にその道を歩めるんだもの。 朋もまた、その道を行くことを望んでいる。 たとえ、道半ばで倒れようとも、私を護ると心に決めて……


 そんな人たちの想いを受ける私。


 とても重いその想いを受けなければならない私。


 『使命』を、『お約束』を、全うする為には、どうしても必要な人達の忠誠。


 彼等の覚悟を受けるには、相応の覚悟が必要なの。 



 それは、高位貴族の在り方にも似た……



 私が逃げ出した、そんな世界を支えていた、心の在り方。



 私もまた、心を決めなければ成らなくなったの。







 でも…… こんな私なんだよ? 小さくて、力ない私…… この小さな手は、成すべきを成すには、あまりにも……






 ちょっと…… いいえ、かなり…… 不安がせり上がって来たのよ……





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