その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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広がる世界、狭まる選択

王の叱責

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 大音声が辺りを制するの。




 とても、威厳があり、そして、強く心に残る声。




「穴熊族の誇りは何処へ行ったかッ! 恩を受けてた相手に、敵意…… いや、殺意を向けるなど、有り得ぬ…… 貴様らは、長きに渡る放浪で、穴熊族の誇りと矜持を失ったかッ!! あり得ん…… コレが、我の赤子せきしであり、末裔とは…… 情けない、怒りを持って、言い渡すッ! 貴様に穴熊族を束ねる事は許さぬッ!!」




 光の像は、威圧感で辺りを圧倒するの。 吹き飛ばされていた、穴熊族の指導的立場の人が、ブルブルと震えているのよ…… バハムート王にそこまで言われてしまったんだからね。 そうなるよね。 真っ直ぐに私は見てたの。 その光景をね。




「お、俺は…… 俺は……」




 穴熊族の指導的立場の人は、酷くつっかえ乍ら、なんとか弁解しようとされていたわ。 でも、そんな彼に向かって、バハムート王は一喝するのよ。




「黙れ、痴れ者めッ!! 矜持なき穴熊族は、獣に劣る。 下がれ、下郎ッ!! そんなモノに従う、他種族のモノ達も同じ穴の獣だッ!! お前たちへの加護など、必要無いッ!!」




 穴熊族の指導的立場の人は、恐れ戦いて、蹲っちゃったの。 こうべを地面にこすりつける様にして、震えていたわ。 彼の後ろに、何種族かの同じく指導的立場の人も居たのよ。 その方達も、揃って蹲ってこうべを地面に押し付けて震えていたの。

 フンって蔑んだ視線の一瞥を投げた後、ゆっくりと私の方を見た、バハムート王。 静かで威厳のある声で語り掛けて来たの。




「” 緑の大地を踏みしめたる ” 、小さき魔術師。 何故に左腕に宿りし ” 尊き御方 ” の力を借りなんだ? あのお方の御顕現あらば、こ奴らもこの様な無茶はせなんだろうに」

「偉大なるバハムート王様に直言せし事、ご許可頂けますか?」

「許す。 何なりと申せ」

「我が左腕に宿りし、” 尊き御方 ” は、この地の浄化に際し、多大な魔力を放出されました。 霊体である ” 尊き御方 ” は、今……眠りについておられます。 今は…… お目覚めに成りますまい。 それほどの魔力を注がれたのです」

「そうか…… そうであったな。 ならば、問う。 なぜ、命を…… 魂を差し出そうとした」

「私の愛すべき人達に、禁忌を侵させてはなりませんでした。 獣人族の方々にとって、同族殺しは、極めて重い禁忌に御座います。 そんな事はさせてはならないと、そう思いました。 ですから……」

「小さき魔術師よッ! お主は、よく学んでいる。 それは認めるが、お主は間違っておるッ!!」




 言い切らない内に、バハムート王からのお叱りが降って来たの。 とても、とても、御怒りに成っているわ。 威圧感で蹲りそうになったのよ。


 ―――― 耐えたわよ。


 でも…… だって………… そうでもしないと…… 大切な人達に禁忌を犯させることに成ってしまうんだもの……

 私がプルプルしながらも、立ち続けバハムート王の前に立ち続けていたの。 そんな虚勢は判っているとばかりに、王は声を潜め、優し気に言葉を紡ぎ出されたの。




「良いか、確かに同族殺しは、重き『禁忌』ではある。 しかし、” 「心よりの忠誠」を誓う者 ” を、差し出して迄、禁忌を避けるような、そんな臆病者は、真の『獣人族』には居らんぞ。 お主は…… その者達の心を、殺したのも同然ぞッ!! お主を敬愛し、慈しむモノ達の心を踏みにじる行為である。 真に忠誠を誓う者の、心をなッ!! 改めよッ!! 精霊様に顔向けできぬぞッ!! お主は何のために生きておるのかッ!」




 うっ…… こ、言葉が出ない。 胸に刺さるよ……




「我が、遠き時の輪の果てより、この場に降臨したのは、精霊様に願われての事。 一柱だけでは無く、この地に根差す全ての精霊様よりの願いであった。 さもなくば、降臨など叶わぬ。 大精霊である、水の精霊ウンデーテ様、樹々の精霊ユグドラール様、大地の精霊ガイアール様、風の精霊シルフィーネル様、 そして、お主を愛してやまぬ、闇の精霊ノクターナル様。 その他の方々もまた、一様に儂に命じられたのだ。 そう、” 小さき魔術師よ、お主の命を助けよ ” とな」




 えぇぇぇ…… な、なんで?! なんで、そんな高位の方達が?!




「この地に、ブルシャトの森を再生せしむ、小さき魔術師。 お主に、未来を視られたのだ。 大森林ジュノーを荒野と変えて、未だ猛威を振るう、異界の穢れ。 それを浄化し、ジュバリアンの魂の故郷を再興せしめる可能性を視られたのだッ! その、大いなる力を秘めし、小さき魔術師が、この様な場所で朽ち果てるのは許されん。 まして、それを成すのが、穴熊族の王族に連なる者とは…… 儂は………… 儂は、情けないぞッ!!」




 もう一度の大音声…… 魂を揺さぶる様な、その声についに、穴熊族の指導者的立場の人が、気を失ったの。 並みいる獣人族の人達も、恐れ戦いているわ。 勿論、私もね。




「” 緑の大地を踏みしめたる ”、小さき魔術師よ。 今後、軽々しく命を懸けるでは無いぞ。 お主にはやらねばならぬ「使命」が有ろう。 再度、その誓約を見詰め直せ。 …………こちらへ」




 バハムート王が、手を差し伸べるの。 湖の方に…… 湖面が、揺らいで…… 霜が走るの。 ずっと向こう。 そう湖の中心部分に向かって、氷の道が走ったのよ。 バハムート王が降臨された所には、光の柱が立っているの。 そこまで向かう、湖上の氷道。 両側には小さき精霊様達が、湖面に浮かんで並んでいるわ…… 精霊様本来の御色にほんのりと発光されているのよ。



 蒼く、碧緑に、紅茶色に、薄水に……



 真っ直ぐに光の柱へ向かう氷道を照らし出すかのように……




「この者に忠誠を誓うモノ達よ、お主らも共に来い。 その忠誠に一欠けらの混じりけも無いのであらば、この道を行くことが出来ようぞ」




 私が、誘われるまま、その道を歩き出した時、バハムート王がそう仰ったのよ。 当然と云わんばかりに、ラムソンさん、シルフィーが続く。 ちょっと振り返ると、私の後ろに、穴熊族のプーイさん達五人が、さらに兎人族のエンゼオさん、森狼族のツェーナさんもまた……




 畏れる事も無く、堂々と顔を上げて……




 私と一緒に来てくれたのよ。




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