その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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広がる世界、狭まる選択

降臨

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 私の周囲…… そう、第四四〇〇護衛隊の人達も、【身体強化】魔法を纏う。 瞳に剣呑な光を浮かべてね。 そっかぁ…… この人達も…… そっかぁ…… お友達に成れたと思っていたんだけどなぁ……


 ラムソンさんは、色んな術式を纏って、私の傍らに立つの。 


 逃亡用の術式だって云うのは、一目見て判った。 常に私の側にいて、私の安全に十全に気を配っているラムソンさんは…… 何処までも私の事を案じてくれるのかぁ…… ちょっと…… 嬉しかったの。 小高い岩の上で、シルフィーが声を荒げる。 身体から染み出るような、妖気と鬼気。 魔人の様な、強烈な威圧感……




「貴様らの 「 懇願 」に応じ、出向いた薬師リーナに対し、その言、誠に許し難し。 その身の献身に疑義を挟みし事、まことの獣人族とは言えぬッ! その眼で見、その心で聞いた筈の、この地の再生を、リーナ様の献身を穢す その言動! その魂を持って、償うかッ!! お前たちがどれ程のモノかは、知る必要も無い。 ただ、懇願に応じた我が主を貶めるその言葉、万死に値する!! 貴様らが束に成っても、我は抗う。 この命尽き果てるまで、我が主リーナ様を御守し、貴様らに教訓を垂れてやるッ!! プーイ! 貴様の『 精霊誓約 』とは、そんな物かッ!!」




 荒ぶっているシルフィーさん。 彼女もまた、ラムソンさんと同じく私を助けようとしてくれているわ。 とても…… とても、心強く感じるの。 でも、相手は数百を超す獣人族の人達。 森に逃げ込んでも…… 包囲されたら…… 細切れにされちゃうよね。

 突然、プーイさん達が行動に出たの。 えっ? なんで、私の前に出るのよ…… 貴女達も…… この広場の獣人族の人達と同じに……




「シルフィー。 何を勘違いしているのかは知らないんだけどさ、うちらは、精霊様に誓った。 この魂、果てるその刻まで、リーナ様を守護すると。 これだけの憎悪を受けても尚、小動こゆるぎもしない、リーナ様。 その言に偽りあれば、容易く折れる。 崇高な魂は、どんな困難を前にしても折れぬ。 穴熊族はそれを知っている。 ならば、屍山血河しざんけつがを築こうとも、それが同族の ” モノ ” で、在ろうとも、うちらはリーナを護るッ! 護り切るッ!」




 ギリリと殺気が軋む。

 一触即発って云うのは、こういう事なのね。

 殺気と殺気がぶつかり合って、不可視の火花が私達の間にバチバチと弾けて飛んでいる。 どうやって収めようか…… やはり…… 血を見ないと、ダメなのかなぁ。 同族殺しは、獣人族の間では禁忌に成っている筈。

 私の為に、そんな事をさせるには……

 行かないわよね。

 例え、プーイさん達が精霊様に誓っていたとしても。 ラムソンさんやシルフィーがどんなに私を想っていてくれても…… それだけはね……




 ……………… ダメよね。




 前に出たプーイさんと、シルフィー、それに ラムソンさんを抑えて、私が前に出たの。 凶悪な顔に成っている穴熊族の長の前に敢えて出るの。 じっと相手を見詰め、震える足を叱咤激励して、前にでるの。 この人達に…… 大切な人達にそんな馬鹿げた 『罪』を犯させてはいけない。

 その想いが強く強く私を捕らえたから……




「わたくしの矜持に掛けて、嘘偽りは御座いません! それでも尚、わたくしを御疑いに成るのならば…… 仕方ありません。 …………この命、差し出しましょう! それほどまでに人族で有るわたくしの事を厭い、滅したいのならばッ!!」




 息を飲むのは、ラムソンさん、シルフィー、そして護衛隊の皆さん。 だって、仕方ないじゃない。 そうでもしないと、きっと、収まらない。 せめて、あなた達だけでも……



「「「  ダメです!! リーナ様! そんな事は! ダメです!!  」」」



 皆の絶叫が私の耳に響くの。 憎悪にまみれた獣人族の人達の殺意が大きく膨らむ。 叩きつけられるような、威圧感と殺意が私を包み込む…… 振り返り、微笑みを頬に浮かべ、そして、手で殺気を膨れ上がらせつつあるラムソンさん達を制しながら……


 私は殺気漲る獣人さん達の方に顔を向け、そして、ゆっくりと瞼を閉じるの…… 


 去来するのは、私に優しくして下さった方々の御顔…… そして、心は目の前の湖の水面の様に凪いだの。 浮かぶ想いは、言葉に成って口から洩れたわ……







「此処までかぁ…… 仕方…… 無いよね……」








 そう、呟いた時……










 瞑った目も眩むほどの光が落ちて来たの。 雪の舞い散る曇天を貫き、湖の中央に突き刺さる様な光の柱…… うっすらと開いた目に映るのは、幻想的な光景。 そして、魂に響く様な、耳では無く全身に木霊する、暖かく、慈愛に満ち、そして、トンデモナイ怒気を孕んだ声。



 ” バカ者どもめッ!!!! ”



 光が湖面を走り、湖畔のこの広場に到達するの。 まるで、光の圧力というか、そんなもので、吹き飛ばされて行く、湖畔の広場に集まった獣人族の人達。 その光の帯は、私の眼の前に降り立ち、凝縮してその姿を現したの。 

 眼を見開き、凝視するのは、目の前の光り輝くその巨躯。 厳めしい御顔も、すでに懐かしい。 ちゃんと、お嬢様に手を引かれて逝ったのではないの? 魂の故郷へ。 遠く時の輪の接する所に…… 逝ったのじゃ無いの? だって、そうだったじゃ無いの。 高く、高く天空に上がっていったじゃ無いの……




 まだ…… まだ、なにか、心残りが有るって云うの?




 ねぇ…… 穴熊族の偉大なバハムート王。







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