その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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広がる世界、狭まる選択

「森都ブルシャト」の獣人族

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 シルフィーとエンゼオさんとツェナーさんが先頭を切って森の中を進んでいく。 私はラムソンさんの隣。 その周囲にプーイさん達穴熊族の方々。 まぁ、順当と云えるわよね。 暗くなってから、森にはいっちゃダメって、おばば様に口を酸っぱく言いつけられていたけれど、専門家の下で森に入るんなら……


 いいよね?


 森の道なき道を、皆さんはズンズンと進んでいくの。 わたしも…… まぁ…… 見覚えが有るんだけど…… そこはね。 あの時は、急いでたし、こんなに暗くも無かったし。 足元は、【浮揚】を使って持ち上げているから、躓く事もないわ。


 それに、走って跳んでって事は無いし…… 


 雪が舞う、そんな天候の中、森に入るんだもの、光源なんて一つも無い。 闇に沈んだままの、暗い世界。 そりゃ、【限定詳細鑑定】を眼に張り付けているから、その限定の一部を外すだけで、こんな闇の世界でも、良く見えるんだけど…… 普通は有り得ないよね。

 人族なら、松明やら、魔法灯を持ち出すんだけど、第四四〇〇護衛隊の人達は皆さん獣人族。 獣人族の人達って、基本暗闇でもモノが見えるの。 一行の中で人族は私だけ。 そんな私は、【限定詳細鑑定】のお陰で、暗闇もなんのそのだけど、本来ならこの暗闇はとてもじゃ無いけれど進めない。

 きっと…… 護衛隊の人達、私が魔法を使って視界を確保している事、忘れちゃってるのかな? エスコー=トリント練兵場でも、ちょくちょく夜の練兵場で訓練してたから…… きっと、私は夜目が効くと誤解しているのかもしれなのかな? どちらにしても、シルフィーまで、私が見えている事を前提に、サクサク歩みを進めるのよ。

 他の人族には、しないでね? きっと、直ぐに転んだり、皆を見失ったりしちゃうから……

 四半刻も歩いたかな? 樹々の間が段々と狭くなってくるの。 そう云えば、なぎ倒された樹々が有った様な…… あれって、プーイさん達が暴れた跡なのかな? 倒木やら、根っこやらが歩きにくくしていたのよ。 

【浮揚】の高さをちょっと上げたら、あんまり変わらなくなったんだけどね。 そして、樹々の間がかなり詰まって来たの。 もうね…… 深い森よ、此処は。 明らかに違ってきたの。 漂う空気すら濃く森の香を内包しているの。


 ――― 原初の森 ―――


 頭に浮かんだのが、その言葉。 刻を進めて、森を再生した結果…… 樹々が生い茂る、原初の森にに成ったんだっけ…… 「穢れし森」 いえ、違うわね、「森都ブルシャト』の森ね。 こんなに成ってたんだ…… 

 あの中央の湖から、広場に戻る時は、魔力枯渇で昏倒してたから…… 知らなかったよ。 そっかぁ…… 深い森に成ったんだねぇ…… まだ、生き物の気配が少ないのは、きっと、魂を持ったモノ以外しか、時間を進めていないからだろうね。 でも、これだけ豊かな森だったら…… 直ぐに周りから獣も鳥もやって来る筈。



    楽園……



 そんな言葉が浮かび上がって来たのよ。

 そのまましばらく進む。 歩きにくい道なき道を、獣人族の人達は何の指針も無く、ズンズン歩いて行くの。 もう、この森の事を把握している…… そんな感じがするの。




「リーナと、穴熊の連中を運び出すのに、行き来したからな。 シルフィーは一度着た場所は忘れない。 すでに何往復かしているから、こんな暗闇でも屁でもないな」

「そう……ね。 おとなしく着いて行くだけね。 でも…… 誰が何のために?」

「それは判らん。 先入観を持って、そこに行く事を嫌っているのか、それとも、顔見世のみを考えているのか。 アイツの考えは読めんからな」

「ラムソンさんでも?」

「あぁ…… 判らんよ」




 隣を歩くラムソンさんの困惑した声。 獣人族の人でも、やっぱり暗いんだね。 無言で歩く私達。 【浮揚】の魔法を使っている私からは、基本的に足音がしない。 獣人族の人は生まれながらにして、足音を立てない人達…… 凄く静かなんだよ。

 怖いくらいの静寂が私達を押し包んでいるの……

 常時展開している、改良版の【気配察知】に輝点が浮かび上がるの。 


 一つ……

    二つ……


 あっという間に数十、数百に膨れ上がるの。 そこは…… あの…… シルフィーに抱き留めらた場所。 そうね、この『森都ブルシャト』の森の中心にある湖の湖畔。 あの場所だったわ。 ある程度、伐り開かれてて、ちょっとした広場に成っていたの。



 雪がね…… しんしんと降っているの。 



 湖と、森の境に作られた広場…… 森から出た私は、その光景に息を飲んだの。 広場に集う沢山の獣人の人々。 光源が無いのに…… 彼等の眼が光っているのよ…… 双眸が金、銀、青、灰色…… 高く低く…… その広場一杯に居たの。

 森を出たところで、いったん止まる私達。 ちょっと高い場所に立ったシルフィーが、その群衆とも云える人々に向かって言葉を紡ぎ出したの。




「薬師リーナ様をお連れした。 お前たちの、逢いたいと云う 「 要望 」に応えられた」




 ひときわ大きな体格をした獣人さんが進み出て来たの。 あの体格からすると…… 穴熊族かな?




「人族の子、薬師リーナ。 「穢れし森」を浄化再生させたと、そう聞く。 誠か!」




 まぁね。 でも、私一人がした事じゃないわ。 言い淀んでいると、その人が続けて云うの。




「人族の子の技で森は壊滅した。 その人族の子が森を再生したなど、にわかには信じられん! 何が目的かッ! この地に何をしたのかッ! その真意を聞かせて貰おう!」




 はぁ…… なんか、ちょっとね。 おばば様の願いと、精霊様とのお約束を守っただけなんだけどな。 私が人族って事で、疑心暗鬼になられているのよね、これって。 仕方ないよね。 豊かな大森林ジュノーを奪ったのは、紛れもなく人族の所業なんだものね。 信ずる事など、出来はしないだろうしね。 でも、言葉を尽くしてお話したら…… とも、思うのよ。 だから、言葉を紡ぎ出したわ。




「大地の惨状と、異界の魔物による汚染は、人族の成した事。 その技の詳細は今は失っています。 しかし、その惨状を見、心を痛めた人族もまたいらっしゃった。 長年の研究の果て、ようやく【浄化】の術式を組上げられた。 人族の偉大なる魔術師が、心を込め編んだ魔法の術式が有ればこそ、この地の汚染は浄化されました。 樹々を育て、この原初の森を取り戻したるは、穴熊族が王、バハムート王の御霊。 偉大で誇り高く、矜持に満ち、慈しみの心を持ちし魂が、この地に森を再生されました。 そのお手伝いをしたのは、わたくしでは御座いますが、真にこの森の再生を願われたのは、彼の偉大なるバハムート王に御座います」




 息を飲む気配。 穴熊族の人の問いかけが、この場に集う獣人族の人々の疑心暗鬼を取り払う為に行われたのか、それとも、その人自身がそう思っているのかは知らない。 だけど、事実は伝えないと…… 私の精霊誓約は、生きとし生けるモノの安寧を護る事。 だから、彼等の安寧もまた護らねばならないの。 たとえ、疑われてもね。




「その言、誠の事かどうかは知らぬ。 人族の者にそんな慈愛の心を持つ者が居るとは、信じられぬ。 さらに問う、この地で何を成そうとするのかッ! この地は、穴熊族のモノであるッ! 獣人達の国、ジュバリアンのモノであるッ! 人族が入る事、許すまじッ!」

「わたくしは、バハムート王が願いを聞き、精霊様にお願いをし、この地に森を再生致した迄。 その後の事は、この地を魂の故郷とされる方々が良きように図られるべきかと。 出て行けと云うのならば、出てゆきましょう。 以前の国境線を固持するならば、ファンダリア王国は何も言いますまい。 この地を狙うは、我が祖国では有り得ないでしょう。 偉大なる獅子王陛下が、宣下なさいました。 ジュバリアンとの諍いは厳に慎む事と。 今もその宣下は生きております。 あなた方は、あなた方の思うがまま、この地を治れば良いかと思います」

「バハムート王が願いとは何ぞやッ!」

「この地に住まう者達の安寧と、森都ブルシャトの再興。 護れず、破壊してしまった故郷の復興を願われました」

「その証拠はッ! この薄汚い人族めッ!!」




 ギランって感じで目が光る、巨躯を持つ獣人さん。 殺気? 威圧? そんな感じの圧迫が有るのよ。 そうは云われても……ねぇ。 あのときは必死だったし、もうちょっとで魔力枯渇で私も危ない所だったし…… そんな証拠なんて、ある訳無いわ。 

 ―――沈黙を持って、応えるの。

 言いようがない事は、言葉に出来ない。 だから、黙っているの。 でも、それは、彼等にとっては、私が嘘を言っていると云う事に他ならなかったみたい。 次々と戦闘色に変わる瞳の色。 物凄い威圧感が私を襲うの。 ピリピリとした殺気が、私の肌感覚に迄及ぶ。 

 でもさぁ…… 私を此処で弑しても、なにも変わりは無いんだよ? 意味の無い事なんだよ? 困惑が私を包むの。 長きに渡りその矜持を踏みにじられ、暴虐に晒され続けていた獣人族の人達…… 易々とは信じられないのは…… 理解するけど……

 コレは無いんじゃない?

 呼び出しておいて、コレは……

 仕方ないよね…… 




「証拠は何処にもありません。 ただ、わたくしが真実を語るのみ。 信じられぬともそれは、そちらの心です。 わたくしはそれを咎めもしません。 わたくしの在り方が、それを許しません。 ならば、どうされるのか? 森を出ろと云わるのならば、そうします。 この命を奪うと云うのならば抗います。 わたくしにも矜持は御座います。 辺境の薬師リーナは、成すべき事を成し、精霊様のご意志を顕現させた迄。 その事に嘘偽りは、欠片も御座いません」




 声を張り、【身体強化】魔法を纏う。

 襲われても逃げ出せるように。 なにより…… この人達を傷つけたくは無かったから。 護衛の人達もまた、獣人族。 この中で一人だけ……


 そう、一人だけ人族なんだよ。


 周囲を取り囲む、憎悪の視線。 親が、子が、仲間が、父が、母が、妻が、娘が、息子が…… 人族の手に掛かり儚くなり、奴隷として尊厳を奪われ、そして、略取されて行った。 その憎悪は何にもまして強く…… 大きく…… 今、私に叩きつけられている。 それだけは理解しえた。

 幾ら虚勢を張っても、そこは十四歳の小娘なんだもの。

 足は震え、恐怖に身は竦む。 そして、どこか、冷静な部分が残る私の中の一部が囁くのよ……



 ――― これは、逃げられないかもしれない ―――



 ってね。 あぁ…… 帰りたかったなぁ…… 南方辺境域に。 厳しい場所だったけれど…… 私には…… とても、良い場所だったわ。 庶民の薬師リーナが必要とされ、共に生きていける場所だったもの……




 おばば様……

 皆さん……

 ごめんね……





 ちょっと、対処しきれないわ……




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